7Days to the Dead 9th
森の中を無心で駆ける。
できるだけ背中の荷物を揺らさないように。
音を立てずに、気配を鎮めて。
前方には2羽のワタリガラス。
教授の使い魔であるフギンとムニンが、道案内兼切り込み隊として飛行してくれている。
森の上空を飛ばれたら、とてもじゃないけど追いつけない。
でも今は、あたしに見える位置をキープしてくれるので、速度は遅めだ。
それでも普通のカラスには無理な鋭角ターンを決めながら、鬱蒼とした森を突き抜けていく。
できれば2羽にも開拓村まで来て欲しいけど、魔力補充の関係で、川までが限界らしい。
なのでそこまでは護衛を引き受けてくれている。
途中で襲ってきそうな獣が居ると、交互に魔法で追い払ってくれる。
教授が2羽の為に開発したという土魔法『リボルバー』だ。
「うん、教授らしいネーミングだよね」
できれば6発撃てるようにしたかったと言っていた。
3発でも驚異的だと思うけど。
なにせランク1魔法なのに、元の『ストーン・バレット』より威力も射程も倍になって、さらに無詠唱とか、盛りすぎだと思う。
そして脅威の残弾3.
詠唱してから発射まで、待機状態を維持できるのが特徴だ。
今も、フギンが大猪の鼻面に一撃打ち込んでから、相手の出方を覗っている。
その嘴の周りを、残りの弾がゆっくりと回転しているのが見える。
それを見た大猪が、一目散に逃げていった。
威圧力も抜群です。
あたしも欲しかったけど、教授は許可してくれなかった。
『君にはもっと必要な呪文があるはずです』
それは、あたしが教授の生徒だったときに、何度か聞いた言葉。
『君達にはもっと学ぶべき事があるはずです』
ふざけてないで勉強しなさい。
覚えるなら役立つ事にしなさい。
まだ間に合うから努力しなさい。
できるだけ自分を大切にしなさい。
色々な意味が含まれた、「もっと」と「あるはず」……
あの頃は聞き流していた。
今なら少しわかる。
やりたかった事、やっとけば良かった事、やらなければいけなかった事。
皆、あの日に残して来たから。
だからこっちでは、毎日を全力で。
今やるべき事を忘れずに。
そして後悔しないように。
「とはいえ、それが難しいんだよね」
泣き落とししてでも教授を引っ張ってくるべきだったかなぁ。
でも村が襲撃される度に、乙女の最終兵器使うのも違う気がするし…
「オトメ ッテ ダレダ?」
「タンチ ハンイナイ ニハ イナイナ」
ほほう、よかろう、ならば戦争だ。
「エルフダッシュ!」
「ヤバイ ヌカサレル」
「コイツ ホンショウ ダシタゾ」
教授の指令は『川までの道案内と道中の露払い』だから、あたしより先を行かないと命令違反になるんだよね。
「ほらほら、抜いちゃうぞー」
「「 ヤメテー 」」
川には予定より若干、早く着いた。
ここで一旦、休憩をとる。
天幕などの野営道具は持ち運べなかったので、唯一持ってきた毛布に包まって仮眠した。
その間の警戒はフギンとムニンがやってくれる。
2羽とは道中の間に仲良しになれたと思う。
「ナカヨシ?」
「マウント トリニ キタダケ」
4時間ほど仮眠をとって、フギンの出してくれた『ランチボックス』でお腹を満たす。
「あたしもこの呪文覚えたいなぁ」
「ムリ」
「フカノウ」
「なんでよ?」
水魔法がランク3になれば、樹魔法にも手が届くはずです。
教授に習えば、それほど苦労しないと思うけど。
「『シルヴァン・ベリー』ナラ ワンチャン」
「『ランチボックス』ハ ゲキムズ」
そっか、樹魔法ランク1で覚えられるのは別の魔法だっけ。
それを元に教授が作り出した魔法は、凡人には理解もコピーもできないわけか。
「やっぱ魔法特化はチートだわ」
ここからは、いつものルートで開拓村を目指します。
つまり渓流散歩です。
「ウォーターウォーキング!」
水上歩行もだいぶ慣れて、今では地上と同じような速度で走れるようになりました。
コツは、水の流れを利用する、です。
エスカレーターの下りを駆け下りる要領ですね。
あと注意するのは、走るのに夢中になって、呪文の効果時間をオーバーすることです。
余裕を持って重ね掛けすれば良いのに、魔力の節約を考えて、時間切れギリギリまで粘っていると、事故る可能性があります。
一度だけ、踏み出した足が水面下に沈んだときがあって、めちゃ焦りました。
そこが浅瀬だったので、両足が膝まで濡れた程度ですみましたが、あれが深い場所だったらと考えると、ぞっとします。
安全運転で行きましょう。
フギンとムニンに手を振って、ここでお別れです。
「タッシャ デナ」
「シヌ ナヨ」
2羽はあたしの上空を二度ほど旋回してから、教授の元へと飛び去って行きました。
ここからは一人です。
ノンストップで村まで走り抜ける予定でいます。
すぐにアンデッドの警戒区域に入るでしょうが、水の上なら封鎖はできないはずです。
ゾンビになっても、狼も鼠も泳げるとは思いますが、生前よりは不器用になってるはずです。
川の流れに逆らいながら、待ち伏せするとかは無理でしょう。
この地域は水温が低いので、大型水棲獣がいなくて幸いでした。
ゾンビ・アリゲーターとか出てきたら、泣けましたからね。
そんな事を考えていたら、フラグが発生したようです。
渓流の先に、木製のダムが出来ており、川が堰き止められています。
流木と木の枝で作られたダムの上には、3体のアニマル・ゾンビが…
ゾンビ・ビーバーです。
「なるほど、そう来ましたか」
これはあたしの接近を阻む目的ではなく、川舟を阻止する為のものですね。
その証拠に、岸に上がって森を抜けたら、普通に通れました。
ゾンビ・ビーバーは無視します。
どうせ船足を止めて、ダムの上の見張りと戦っている隙に、水中から別働隊が近づいて、船底に穴を開ける作戦なのでしょう。
残念ながら、こちらは水陸両用です。
安全な陸路を選択させていただきます。
「この様子だと、村の川下にもダム作ってるね」
川を使った救援を阻止する為のものでしょう。
そして敵が封鎖線を張っているということは、開拓村が近い証拠です。
迂回して川に戻って、一気に突破を狙います。
あちこちから、野良ゾンビが姿を現しますが、指揮されていないので、簡単に撒けます。
すぐに、村が見えてきました。
村は…
焼け落ちていました……




