7Days to the Dead 6th
恋話や夜の交渉に興味津々な、思春期のウッドエルフ娘は寝かしつけて、アインと共に今後の対策を練る。
「さて、まずは何が起きているのかの確認だな。ショーコ君の情報のみだと確度の低い推測にしかならないが」
「はい、マスター」
アインの使徒チームの情報は精度が高いが、開拓村を襲ったゾンビの集団の戦力からしか戦力の予想がつけられないのが問題か。せめて術者と指揮官らしき姿を見たという聖獣がこの場に居てくれたらな。
「襲撃者に死霊使いがいるのは間違いない。そして術者自身もアンデッド化しているのも、ほぼ確定だろう」
「はい、里から試練に送り出されたのが8名で、その内の4名を最初の聖獣との戦闘で失いました。一人は逃亡しようとして落とし子に喰われましたが、残りの3名の死亡は、あの場を離れるときに確かめてあります」
「であるならば、可能性は3つ。別の死霊使いが3人を使役したか、強い悪霊が憑依してアンデッド化したか、最初からアンデッド化するように謀られていたかだな」
「別の死霊使いというのは確率的にありえないと思いますが?」
「だろうな、俺もそれは無いと考えたい」
里から監視役として、ずっと追ってきたのならまだしも、通りすがりの死霊使いが、ほいほいいたら堪らないからな。
「悪霊が憑依するのは、ありそうですが、それで死霊使いの能力が使えるようになるのは、いささか…」
だよな、普通はスケルトンかゾンビになるはずだ。
憑依するアンデッドが元から召喚の能力を持っている事はあるが、それだと憑依された使徒が死霊使いである必要はなくなる。
そしてその場合は、召喚されるアンデッドは、ほぼ人型である。動物型のゾンビが主力の今回は違いそうだ。
「最初から謀られていたというのは…」
これはアインにとっては認め辛いとは思うが、俺は一番可能性が高いと思っている。
なぜならアインに神器が渡されたように、他の使徒にも何かが託された可能性があるからだ。
「ツヴァイは指揮権争いや方策の是非で、アインと対立する様に送り込まれたと思われるが、他にも仕込まれている可能性は高い」
「それは…否定できません」
アインの試練突破とその推薦者の立場の向上を良しとしない派閥が、ツヴァイのような不確定な存在に全てを託すとは思えない。
次善の策として死霊使いに何か仕込んだと考えた方が理にかなっている。
「問題は、それが何かだが」
状況だけで判断すれば、術者が死亡したときに自動的にアンデッド化して、使命を完遂させる魔道具の様なものが使われた可能性が高い。
そしてその場合には、アインや他の生存者は死んで配下になってもらう事になる。
そう聞くとアーティファクト級の宝具に聞こえるが、使用者が死霊使いなら、もっと手軽につくれるはずだ。
なぜならランクの高い死霊呪文には、似た効果のものがあるからだ。
『転化の外法』と呼ばれるそれは、死霊使い本人が自分自身に掛ける呪文であり、術者の力量により、ヴァンパイアやリッチやデミリッチに転化するらしい。
まあ、デミリッチなどは伝説の中にしか存在しないが、ヴァンパイアに転化する死霊使いはそこそこいるという。
人は不死に憧れる。
それは短命種の業でもある。
俺も転生するときにハイエルフを選んだのは、老衰で死にたくなかったからだ。
だが、百年後、二百年後にそれを恩恵と受け取るか、呪いと感じるかは、その時になってみないとわからない。
だが、魔法を極め、死を操るようになった死霊使いが、さらなる叡智を求めて転化するのは自然な成り行きだと思う。
死霊使いである時点で、禁忌や自省をどこかに置き忘れているのだから。
「『転化の外法』を封じた護符か…」
俺の呟きにアインが驚きの声をあげた。
「そんな、有り得ません!」
「そうか?俺が死霊魔法の師匠なら、黄泉路に旅立つ弟子に託すのはありだと思うが?」
「ですが、あの魔法は里でも禁忌とされています。もしリッチにでもなったら脅威ですから」
まあ、そうだな。そして術者が里からの扱いに不満があれば、転化後は敵対するに決まっている。
「だが、死霊使いに禁忌といってもだな」
「それは…そうかも知れませんが…」
この反応だとアインとその推薦者は、常識派だったのだろうな。
才能の有る者が、努力して成長して里を良い方向に導く。
だがそれは、無能で怠惰で自己顕示欲の強い者の目には、傲慢と映る。
そして彼らは、嫉妬や憎悪から常識派の妨害をするようになるのだ。
たとえそれが彼らの崇める女神の意思に反したとしても…
「それに『転化の外法』は術者本人が、儀式呪文と多大な代償を払って行うものだと聞きました。護符などに封じれるものとは思えません」
「なに、完全な呪文である必要は無いさ。完璧に発動しなくても良い。使用者の力量に見合ったアンデッドに転化できれば良いわけだから」
「それでは実験体ではないですか」
アインは怒っているけど、それが本質かもしれないな。
「良い着眼点だ。死霊使いの師匠たるもの、弟子の万が一を慮るより、そのチャンスに未完成の魔道具の実験をしようと考えた方が理に適っている」
「そんな…」
アインが絶句したのは、非道な死霊使いの師匠に対してなのか、それを当然と判断した俺へなのか。
ちょっと刺激が強すぎたかな…
「まあ、転化したとしてもワイト(屍鬼)かレッサー・ヴァンパイア(低級吸血鬼)止まりだろう」
少し強引に話を戻してみた。
「なぜでしょうか?」
アインも蒼褪めた顔のまま、会話には乗ってきた。
「聖獣の目撃情報に依れば、術者には実体があったそうだ。ゾンビやグールでは死霊使いの能力を十全には発揮できないだろうし、マミーやヴァンパイアまでいけば、ゾンビよりもっと高位のアンデッドが自力召喚できる」
レイスやスペクターは非実体なので、装備などは持ち運ばない。
なによりゾンビなんか召喚しなくても、生気を吸い取ることで、どんどん眷属が増えるタイプだから。
知能の高いレイス・ネクロマンサーに狙われたら、落ち零れシスターしか居ない辺境の開拓村では、ひとたまりもなかっただろう。
今回の元凶が召喚できるのがゾンビ止まりで助かったと言う他ない。
「護符ではなく、条件発動する遅延呪文という可能性もあるが、この場合は対象者の認可が必要になるし、技術的にもかなり難しくなる」
まあ、これは高位の契約呪文なので、俺よりもアインの方が詳しいだろうけど。
「そうですね、紋様呪文を使うよりは護符の方が可能性は高いと思います」
なにせ条件発動させるには、契約呪文が死霊呪文よりランクが高くないとできないからな。
さすがにそんなハイスペックな術者は里には居ないだろう。
「というわけで、襲撃者はワイトに転化した死霊使いが、大量のゾンビを召喚していると思われる」
「ですが、聖獣が残りのメンバーの二人が指揮官のようだったと…」
そういえば、そんな話もあったな。
ゾンビだと知能が無いから指揮官にはなれないか…
「だとするとレッサー・ヴァンパイアが候補に上がるが、ゾンビしか使役していないのがな」
低級吸血鬼だと、生者の生血を吸って眷属化することは出来る。ただし、それで生まれるのはレブナント(吸血鬼もどき)である。
レブナントはゾンビよりは強いが、レブナントに血を吸われてもレブナントになったりしない。
つまりちょっと素早いゾンビみたいなものである。
もちろんゾンビに噛まれてもゾンビにはならない。
病気や毒がうつることはあるけども。
大本にヴァンパイアが存在して、それがどんどん眷属を増やしていけば、鼠算式にレブナントも増えるが、そうでないなら増殖率は低い。
そしてなによりレッサー・ヴァンパイアはワイトより弱い。
なぜなら弱点が多いからである。
ヴァンパイアから弱点の全てを引き継ぎ、特殊能力の殆どを引き継げなかったもの。
故にレッサー(低級)。
「なので低級吸血鬼だった場合は、処理が楽になるだけなので、候補からは外す」
「ですね」
「あとはワイト・ネクロマンサーの死霊魔法ランクが高いと、使徒二人を同じワイトとして召喚した可能性がある」
「眷属化ではなく召喚ですか?」
ワイトに殺された者は、次の晩にワイトとして復活する。
これが眷属化だが、他者が殺した死体を眷属化はできない。
ただし、死霊使いの能力が失われていないならば、アンデッドの召喚はできる。
大量のゾンビはこうやって生み出しているのであろうが、高位のアンデッドを呼べないわけではない。
問題は制御できなくなる可能性があるのだ。
「死霊使いの生前の魔法制御のランクはわかるかね?」
「魔法制御ですか…確かランク4だったかと」
思ったより高いな。ワイトなら4体、ゾンビなら16体はいけるか。
「だとすれば、使徒二人をワイトで召喚して、さらにゾンビを8体は操れることになる」
「ですが、報告によれば襲撃にはゾンビが30体以上はいたとありますが」
「そこで指揮官だな。獣人の二人がそれぞれの眷属を操っていれば、数は揃えられる」
死体とマナさえあれば、ゾンビはいくらでも召喚できる。
ただし制御できないと好き勝手に動き出すだけだ。
それらを指揮官が制御できれば、死霊使いの負担は激減する。
「確かに、それなら可能かも知れません」
あとはどうやって倒すかだな。
できれば開拓村の戦力で撃退できるのが望ましい。
俺が現地に行けば、光魔法の範囲攻撃で一網打尽だが、それでは村人の自主性が損なわれる危険がある。
なにより面倒だ。
「さっさと終わらせるか」
「はい、マスター」




