7Days to the Dead 5th
森の中は不気味なほど静かだった。
動物がまったく姿を現さないのだ。
幾らヌコ様がいるといっても、それで逃げ出すのは肉食獣だけで、草食動物や小動物は、逆に安心して餌を食んでいることが多い。
それが今は、まったく気配が無い。
「これって、アンデッドのせいですかね?」
「がう」
やはり野生の動物は、不死なる者の気配に敏感らしい。
「がうがう」
「なるほど、その上にゾンビの補給の為に、狩りもしていると」
アニマルゾンビを生み出すには、その母体となる動物の死体が必要らしい。
人型ゾンビであれば、墓場や戦場で集められるけれど、動物となると自力で倒したほうが早いのだという。
草食動物であれば、とにかく逃げるけれども、肉食動物だと反撃したりするそうだ。
その結果、ゾンビになるのは狼や熊が大半を占めることになる。
ではネズミはどうなのかというと、まず数が違う。
まさに鼠算式に増えるので、そこらじゅうに生息している。
なので逃げ遅れたネズミの相当数がゾンビになったと思われる。
とはいえ、開拓村の周囲を大規模に監視封鎖するには数が足りないのか、数キロも離れると、森に平穏が訪れる。
「ここまでくれば敵の影響力も届かないみたいです」
逆に戻るときは、ここからが危険区域になると思われる。
ヌコ様を背中から降ろすと、別れの挨拶をした。
「ヌコ様、村を頼みます」
「がう」
「はい、あたしも役目は果たします」
そう言って、二手に分かれた。
ヌコ様は村に。
あたしは師匠の元へと。
「がう」
「あ、こっちじゃないですか、へへ」
ちょっと方向が違ったらしい。
「がうがう」
「え?川沿いに滝まで行ってから、北上したほうが良いですかね?でも遠回りになりませんか?」
「がう」
「あ、はい、そうします」
どうやら方向感覚については信用してもらえないようです。
しばらくの間ヌコ様は、あたしが走り去った方向を心配そうに見つめていました。
当初の予定では、森を突っ切って行き、途中で一泊して師匠の元に合流でした。
しかし川沿いに行くと、半日は余計にかかります。
けれども、師匠の警戒網にかからないほどルートがずれると、それ以上に無駄な時間を取られる可能性もあります。
ヌコ様は確実に到達できるルートを選択したみたいです。
川沿いルートなら、未知の場所で野営するより秘密基地まで走ったほうが安全です。
1日半の強行軍になりますが、設営にかかる時間や、安心感から考えれば妥当でしょう。
ルートを外れる恐れも無いので、全開で走ります。
道中でアクシデントもなく、滝に辿り着きました。
食事はアズサさんが作ってくれたお弁当をいただきます。
パンに挟んだ鹿肉の生姜焼きでしたが、はらぺこのお腹に染みる美味しさです。
お腹が膨れたので、そのまま泥のように眠りにつきました。
嫌な夢を見て目が覚めました。
眠りについてから4時間ほどたったでしょうか。
まだ体力は完全には回復していません。
でも胸騒ぎがして、これ以上は寝ていられませんでした。
急いで身支度をすると、再び走り始めます。
「師匠の元まで行けば、食事も睡眠もとれるから…」
そう自分に言い聞かせて、森を北上します。
いざ北へ向っていくと、所々に目印があるのに気が付きました。
「これって、ヌコ様?」
丁度、あたしの頭の高さで、枝が不自然に折れていたり、木の幹に横線が刻まれていたりします。
きっと背中にいたヌコ様が、あたしが戻る事を考えて残してくれたに違いありません。
「ちょっと過保護ですよ…」
それでも今はその配慮がありがたいです。
あたしはヌコ様に感謝しながら、目印を追って走り続けました。
夕暮れ前には、師匠のキャンプ地へと辿りつきました。
途中から、カラスの使い魔さんの案内つきです。
「はっ、はっ、開拓村が、アンデッドで、ヌコ様が、はっ」
「イミフメイ」
「ヨクワカラン」
報告は直接聞くから急いで来いと言われました。
キャンプ地はあたしの記憶より、ずいぶん奇麗になってました。
雑草が丁寧に取り払われ、地面も平らに均されています。
シャワー用らしい簡易部屋も完備されていました。
でも魔法のシェルターが3つもあるのは何故なんでしょうか?
てっきり二人で同居してると思ってたんですけど。
「なんだね、その残念な大人を見るような目つきは?」
教授に怒られました。
「え?でも褐色巨乳メイドですよ?なんでもしますご主人様ですよ?普通なら…」
「よしそこまでだ。どうやら君は薄い本や広告のゲームに毒されているようだな」
ああ、まあ、そうですね。
「君個人の妄想は置いといて、開拓村の危難とやらを話したまえ」
「はっ、そうでした、実は…」
現実に引き戻されたあたしは、開拓村で起きたことを全て伝えた。
ドワーフと酒盛りをした話では、盛大に怒られたけど、話は最後まで聞いてもらえました。
「なるほど、闇の使徒のネクロマンサーか…アイン、心当たりはあるかい?」
教授の横で静かに控えていたアインさんが、心苦しそうに答えてくれました。
「はい、4番目が死霊使いでした」
「どんな奴だったかね?」
「よくいる普通のネクロマンサーだと思います」
いやいや、ネクロマンサーがよく居たり、普通だったりしないでしょう?
「ああ、言い直します。典型的なネクロマンサーでした」
「というと?」
「人付き合いが苦手で、じめじめした暗い所が好きで、デートに夜の墓地を選ぶような?」
アインさんのネクロマンサー感が、酷過ぎです。
「逆に言えば、今聞かされた様な、大規模な襲撃ができる器ではなかったはずなのですが…」
「なるほど、そこに違和感があるか…」
確かに、開拓村を襲ったアンデッドは、ネクロマンサーが一人で操れる規模をはるかに超えています。
「あ、そういえば他に2体ほど、指揮のできそうなアンデッドがいたそうです」
「ほう、それも使徒の成れの果てなのかな?」
「あの時点で遺体が残っていたのは、4番、5番、8番ですね。5番は鼠獣人の盗賊、8番は狼獣人の盾戦士です」
なるほど、なんとなくですが敵の全貌が見えてきました。
鼠と狼は、それぞれ別の指揮系統になっていそうです。
「ふむ、それでショーコ君は、我々にどうして欲しいのかな?」
「できれば開拓村を救うのに手を貸して欲しいです。あそこには、あたしが守りたい人々が居るから」
「まあよかろう。弟子の頼みでもあるし、結構な贈り物ももらったしな」
実は、師匠に救援を依頼するにあたって、錬金術師のローブと基本セットを贈呈することになったのです。
少しでも好感度を上げておこうというマッコイ爺さんの策なのでした。
「まずは少し休みなさい。ショーコ君には、すぐに村に戻ってもらうことになるだろうから。対策はこちらで考えておくとしよう」
そう言って教授が、シェルターと食事を用意してくれました。
お言葉に甘えて、睡眠をとります。
もう体力の限界でもありました。
「教授、このシェルターは防音ですか?」
「なぜかね?」
「夜中に、色々聞こえてくると気まずいのですけど…」
「いいから、とっとと寝ろ!!」




