聖獣とキャンパーその8
我輩はヌコである、真名はまだ教えていない。
この大陸の北方大森林の一部を守護している聖獣である。
守護神は森と狩人の守護女神「フレイア」様、我輩自身に仕える者は、まだいない。
居ないのだが、奇妙な連れができた。
ウッドエルフの娘だ。
大森林に流れてきて、ふらふらしている所を拾った。
普通は、辺境の地で純白の獣を見れば、聖獣とわかるはずなのだが、その娘は理解していないようだった。
何度か会う度に、美味い物を献上してくるので、使徒見習いにしようかと考えていたが、その機会を失ってしまう。
我輩が闇の眷属に負けたからだ。
既に死が近い…
聖獣としての力も、もはや尽き掛けている。
死に場所として滝の洞窟を選んだ。
ここならば我輩の死を、エルフの娘が見取ってくれるであろう。
遺骸はそのまま森に埋めてくれれば良い。
土に還り、樹の養分となり、森の一部となる。
それが聖獣の死だ。
…だのに何故、この娘は我輩を背負って逃げているのか?
神器は脇腹に刺さったままで、今でも少しずつ我輩の生命力を奪っている。
エルフ娘の光魔法では、この緩やかな死を止めることはできない。
なのに、瀕死の我輩を奪うようにして逃げるから、奴らが追ってくる。
このままでは、この娘も巻き込まれて死ぬ。
たしっ 『我輩を置いて一人で逃げよ』
たしっ 『もう手遅れだ。我輩はすぐに死ぬ』
たし 『使徒でもないのに殉死など無意味だ』
それでもエルフ娘は、頑なに我輩を背負い続ける。
ときには追っ手を罠にかけ、ときには死者を呼び覚ましてまで。
スケルトンまで召喚したときは仰天したが、どうやらあれも罠の一種だったようだ。
その結果、追っ手から距離をとることに成功した。
どうやら目的は変人ハイエルフの拠点のようだ。
だが、残念なことに、やや方向がずれている。
このままだと東を通り過ぎる。
だが、それを伝える力は、もう我輩には残っていない。
変人の使い魔が、気が付いてくれることを祈るしかない…
そして、エルフ娘の奮闘は、女神のご加護により、成就することになった。
追っ手との魔法戦闘を見咎めて、変人ハイエルフが乱入してきたのである。
さすがハイエルフ、少し見ない間に変人に磨きがかかっていた。
蔦を全身に巻きつけた姿は、『プラント・パペット』にそっくりで、我輩でも自分の目を疑った。
そして圧倒的な魔法力。
もう大森林の守護は、こいつだけで良いんじゃないかと思うほどだ。
我輩に刺さった神器も、すんなり解呪するし、死にかけの身体もすっかり元通りに癒してくれた。
これほどの使い手は、この大森林には存在しない。
そして、その割には眷族に甘い。
いや強者だからこその余裕なのか。
追っ手は全滅するべきだ。
証拠の隠滅と後の禍根を断つためにも。
なのに追っ手のリーダーであったダークエルフを従者にするという。
ハイエルフにとって、ウッドエルフもダークエルフも大して違わないのはわかる。
等しく従属種族なのであろう。
ならば奴隷扱いにすれば良いと思うのだが、それもしない。
いつか後ろから刺されると思うのだが。
まあ、今回は助けられた側だ。
変人ハイエルフのやり方に異議を唱えるのは止めよう。
そしてエルフ娘よ、なんでもかんでも「ずるい」を連呼するのは止めたほうが良いぞ。
その変人を怒らすと、ろくなことにならないからな。
あれは、こちらを完全な味方とは見ていない。
いつ襲ってきても良いように警戒しているのがわかる。
ハイエルフだが、「フレイア」様を信仰してるわけでもなさそうだし、ウッドエルフだからとか、聖獣だからとかが通用するとは思わないことだ。
とにかく敵意がない事を示して、保護下に入ることを薦める。
エルフ娘が変人ハイエルフから村への使いを頼まれたらしい。
強者に阿るのは弱者にとって必要なスキルだ。有能であることをアピールすると良い。
もし簡単な使いもできないようなら、見放されることを覚悟しておくように。
我輩は頼まれていないので、成否の責任は負いかねる。
エルフ娘の途中までの護衛なら引き受けよう。
変人ハイエルフに受けた恩は、少しずつ返して行こうと思う。
そうでないと、後が怖い。
一旦、滝の洞窟まで戻るというので、道中の再現を提案してみた。
断ると思っていたら、承諾したので驚いた。
『こんなにチョロくて大丈夫か?これ』
変人ハイエルフに確認したが、好きにして良いようだ。
なら、楽をさせてもらおう。途中でさすがに変だと気づくであろう…
気付かなかったようだ。
エルフ娘は快調に森を走り抜け、途中で放り出した装備を回収して、滝まで辿り着いた。
このエルフ娘には騎獣としての才能があるかもしれない。
じっくりと伸ばしていこうと思う。
そして罠にかかったヘラジカを解体したエルフ娘は、筏で川を下っていった。
竿捌きは素人のそれだが、水魔法で水面に降り立てるので、転覆することはない。
なるほど考えたなと思う。
あちこちぶつかりながら、下っていく姿を見送ったが、よく考えると走ったほうが速い気もする。
まあ、荷物が多すぎて無理だと言っていたから、戻ったら荷重訓練だな。
身体強化スキルを訓練すれば、3倍の荷重を背負っても、普通に行動できるようになる。
まずはそこを目指そう。
昼飯のヘラジカの肉を食べきってから、食休みをする。
やはり肉は焼いて塩を振ったほうが美味い。
香草で臭みが消されているほうが、さらに美味い。
なのでエルフ娘の帰還が待ち遠しい。
決して一人が淋しいわけではない。
だが、やることも無い…
そこで閃いた。
エルフ娘が村で売り捌こうとしていた物品の中に、ポーションの類があったはずだ。
あれは追っ手の全員が持っていたはずである。
ならば、我輩が倒した奴らも持っていたはず。
奇襲で倒した二人は、使う間もなかったろうから、まだあの戦闘地点に残っているはずである。
遺骸はもう森の掃除屋達に、奇麗にされているだろうが、武器などもまだ残っている可能性が高かった。
持ち帰るのは無理でも、側に隠しておいて、後でエルフ娘に回収させるのはどうだろう。
次に村に使いにいったときに、香草に替えてくるように伝えよう。
うむ、それが良い。
我輩は、即座に行動に移った。
闇の使徒達と遭遇したのは、南西に1日半ほど移動したあたりのはずだ。
ここからだと、開拓村の方が近いが、それでもまだ冒険者や狩人が入り込むエリアではない。
この辺りには亜人や妖精はほとんどいないので、ポーションや剣を拾っていく者はいないだろう。
硬貨などは、もうカラスなどに持っていかれているだろうが。
全速を出せば、夜までには辿り着けた。
だが、何も見当たらない…
場所を間違えたのかと思ったが、戦闘の痕跡は残っていた。
遺骸と装備だけが、奇麗に無くなっていたのである。
遺骸が無いのはわかる。
獣だと骨は残すが、昆虫やスライムの中には、骨まで食べる又は溶かすものもいる。
しかし装備を全部食べるものはいない。
ならば何者かが拾っていった?
根気良く、周囲を調べて見た。
その結果、満足に動かせない身体を、無理矢理引きずったような足跡が、3人分あった。
つまり、あそこで死んだはずの闇の使徒が、生き延びた……又は甦った…
その足跡は、ふらつきながらも、どれもが西へと向っていた。
その先には、開拓村がある。
我輩は、嫌な予感を胸に秘めたまま、夜の森の中を駆けた。




