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聖獣とキャンパーその6

 食後にダイナーさんとモルガンさんを訪問する。


 アズサさんに聞いたら、職人は昼間は忙しいが、夜は鍛冶場とかの騒音の関係で働けないので、会いに行くなら夜が良いそうだ。

 ただしドワーフは絶対に飲んでるし、行けば付き合わされるとのこと。


 「人族だと何歳からお酒は飲めるんですか?」


 エルフの常識しか知らない風を装って、聞いてみた。


 「そうさね、場所によっても様々だけど、ここらでは15歳から解禁かな」


 「ほうほう」


 「なにせ寒いから。酒も重要な暖房器具扱いなのさ」


 「なるほどー」


 それで塩と一緒に酒が生活必需品扱いだったんだね。


 「ショーコは飲める口かい?」


 「ああ、まあ普通ですかね、はは」


 適当に誤魔化しておいたが、実は酒は強いほうだ。

 もちろん、あっちでは未成年は飲酒禁止だったが、飲んでいたのは中3までである。


 地元では、未成年の飲酒に対して、大人の監視が緩い。

 というか酔っ払うと、小学生に飲めと勧めてくる親爺もいたりする。


 さすがに周囲が止めるが、その頃からお猪口に一杯ぐらいは日本酒を飲めるようになっていた。


 さらに地元の粕汁は、アルコールが飛んでない。

 普通に酔っ払える濃度で出てくる。


 あと甘酒。

 都会で甘酒を飲んでビックリした。

 お酒じゃないのだ。


 『アルコールが入ってない?』


 そう呟いたら、一緒に飲んでいた同級生に笑われた。

 どうやら『甘酒』だからお酒と思ったと勘違いされた。


 あたしは『甘酒』に都会ではアルコールが入っていないことに驚いたのだ。

 地元では普通に酒だったから。


 そして普通に神社とかで年末年始に配られていたから。



 とどめは狩人の師匠たる祖父ちゃん。

 山に入るときは必ずスキットルを渡された。


 中は手製の濁酒。

 なんかもう色々やばくて、どこから突っ込んでいいか判らないけど、その当時はそれが当たり前だったのだ。

 建前としては、はぐれた時に身体を温める為に使えと言われていたけども。


 猟から帰るときは大抵、空だったね。

 だって祖父ちゃんの濁酒美味しいんだもん。


 反対に、都会に出てからは、まったく飲まなくなった。

 女子校だったから、友達は皆、お酒よりスイーツ派だった。

 私服でカラオケに行っても、学割は使うのでアルコールは禁止だったし。


 なので、たぶん今も飲めば飲めると思う。

 まあ、ドワーフと晩酌は遠慮したいけれども。


 「ドワーフは底なしだからね。ぜったいに夜通し酒飲みにつきあったりしたらダメだよ」


 アズサさんも心配していた。

 それでも手土産には一本持って行った方が良いらしい。

 モルガンさんが好きそうなお酒を用意してもらった。


 「では、逝って来ます」


 「無事に帰っておいで」


 「ショーコお姉ちゃん、逝かないで」


 マーヤちゃんの微妙なお見送りで宿をでる。

 目標は細工師のダイナーさんのとこだ。

 もしモルガンさんに捕まったら、今日中に行けないかもだから。



 ダイナーさんの仕事場では、満面の笑みで迎えられた。


 「待ってましたよショーコさん」


 「あれ?あたし名乗りましたっけ?」


 「あのあと追いかけたのですが、宿の女将さんに追い返されまして。次の日に行ったら、もう出立されたいうので、お名前だけは調べておきました」


 笑顔なんだけど、目が笑っていないような。


 「立ち話もなんですから、まずは中へどうぞ」


 案内された、拡張された趣味の部屋を見て、来る順番を間違えたかなと心配になりました。



 「さてお話したい事は沢山あるのですが」


 「このあとも予定があるので、手短にお願いします」


 「では、まずこちらの完成品を見てください」


 そう言ってダイナーさんが取り出したのは、十数種類もあるカワゲラの成虫を模した疑似餌針だった。


 「これは、素晴らしい出来ですね」


 思わず呟いてしまうほど、それは良くできていた。


 「これをわずか10日ほどで?」


 「ええ、仕事が入らなければ、もっと揃えられたのですが」


 そこは仕事を優先して欲しい。


 「リールとフライ専用の釣り糸に関しては、まだ研究中です。なにせ新機軸ですからね」


 「ですね、焦って中途半端な物になるより、じっくり開発してください」


 そして村の仕事もちゃんとやってください。



 「さて、お聞きしたいのは『魚拓』についてです」


 ああ、やっぱりそれか。前回うっかり喋ったからね。


 「それなんですが、実はあたしからお願いがありまして」


 「ほう、情報は特注依頼と交換ということですかな?」


 ダイナーさんの目が、きらりと光った。


 「いえ、依頼自体は普通のものです。錬金術基本セットが一つ欲しいんですが、納期を早めてもらえませんか?」


 「ほー、これはまた珍しいご注文ですね。確かに基本セットなら今ある材料で2日もあれば製作可能ですが…」


 「どうでしょう?優先的に作ってもらえるなら『魚拓』についてお教えします」


 「良いでしょう。どうせマッコイ商会に依頼されたら、あの爺さんが毎日煩く催促にくるでしょうし、それならショーコさんに納品したほうが利があります」


 どうやら納得してもらえたようだ。


 「で、『魚拓』とは?」


 ダイナーさんが、ずいっと近づいてきた。

 顔が近いです。


 「魚拓は魚を釣り上げたときに、そのサイズを残しておくための記録です。大物を釣り上げたら、魚の半面に墨を塗って、紙に押し付けます。釣り上げた場所、日付、釣り人の名前を書いて、額に入れて飾ったりするものです」


 「おおおお、素晴らしい。酒場でよく釣り上げた魚の大きさで殴りあいの喧嘩になったりしますが、それなら一目瞭然ですね」


 殴り合いの喧嘩になったりするんだ、この村の釣り人…


 「紙がかなり高くつきそうだが、かえって高級感がでるな。額縁に入れたくなるのもわかる」


 まあ、魚拓なら釣った魚がいなければ作りようがないから、仕事の邪魔にはならないはず…


 「これは新作の疑似餌針を試しに、さっそく明朝から…」


 だよね、そんな話を聞いた釣り人が、我慢できるわけないよね。


 「あの、錬金術基本セットの方は…」


 「ああ、大丈夫ですよ。鍛冶屋と細工師は仕事場が煩いので。夜から早朝にかけては作業は禁止されているんです。早朝の魚の喰い時が終わったら、作業にかかります」


 本当ですよね?大物が釣れないからって、昼まで粘ったりしないですよね?


 ものすごく不安だったけど、あたしに出来るのは祈ることだけなので、お暇した。

 ちなみに基本セットは金貨5枚に負けてもらった。



 鍛冶場を訪ねるとモルガンさんは、もうすでに家で飲んでました。

 食事は済んでいるそうで、お土産のお酒を渡したら、


 「ワシと嬢ちゃんの仲で、手土産なんぞ水臭いぞ」


 と言ってましたが、嬉しそうだったので、持って行ってよかったです。


 そして予想通りに酒盛りになりました。

 

 なんでも手土産の酒は、その場で開けてお客と共に飲むのがドワーフ流だそうです。

 それをしないと、『あいつは酒にせこい』と噂されてしまうんだとか。


 良いお酒なら自分も飲みたいですもんね。


 なので、あたしも仕方なくお付き合いです。


 仕方なくですからね、そこはお間違いなく。



 「ぷはーー」


 「おお、嬢ちゃん、良い飲みっぷりだ。さあ、もう一杯」


 「そうですか?ではお言葉に甘えて…おや、モルガンさんのジョッキも空いてるじゃないですかあ」


 「おっと、すまんな、それじゃあ乾杯といこうか」


 「は~い、墓場から甦ったレオンさんの執念に、かんぱ~い」



 「……嬢ちゃん、その話、聞いてないんじゃが?」


 「あれ~言ってませんでしたかぁ~」


 「ああ、今、聞いた」


 「なら良いじゃないですかぁ~」


 「良いわけなかろう!墓場から甦ったじゃと!?」


 「は~い、お墓が空っぽになってましたからぁ~。自力で脱出したみたいですう~」


 「なんでそんなことに…」


 「なんででしょうねえ~」


 「それでレオンはどこに行ったんじゃ?」


 「知りたいですかあ~」


 「知りたい!」


 「なら、もう一杯ください」


 「くっ、この嬢ちゃん酒癖が悪すぎじゃろ」


 「ほら、モルガンさんも飲んで、飲んで~」



 翌日、二日酔いで宿に戻ったら、アズサさんとマーヤちゃんに、しこたま怒られました。

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