聖獣とキャンパーその3
川下りも二晩目に入り、眠くて仕方ありません。
川岸を全速で走った方が早かったのは誤算でした。
200kg近い積荷があるから仕方ないんですが、距離が稼げないので、夜もそのまま筏で流れます。
ウッドエルフが睡眠をとらなくて良くても、緊張が続けば疲労は貯まります。
舟竿で川底を突きながら、うつらうつらしてたりします。
たまに岸にぶつかったり、中洲に乗り上げたりしますが、身体が反射的に反応するので、大事にはいたりません。
積荷にちょっと水がかかるぐらいです。鹿肉が冷えて丁度良い感じだと思います。
嘘です。肉がふやけるので、良くはありません。
でも不可抗力というやつです。
ほぼ二昼夜かけて、開拓村まで降ってきました。
門番の方が、櫓からこちらを見つけて何か騒いでいます。
ちょっとエルフイヤーで聞いてみましょう。
「…今度はエルフの船頭が来たぞ!」
残念、筏に乗った猟師でした。
「こんにちわ、ハンターのショーコです」
「なんだ、猟師のお嬢ちゃんじゃないか。船頭に転職でもしたのかね?」
「いえいえ、獲物が大きすぎて運べなかったので、見様見真似ですよ」
「ほー、それにしちゃあ、堂に入った竿捌きだがなぁ」
あ、やっぱり他の人が見ても、そう見えちゃいますかね。
ちょっと自信がつきましたよ。
「それで、荷物を堀から運びあげたいのですが…」
「ああ、それは一人じゃ無理そうだな。よし若いのに手伝わせよう」
「すいません、お手数おかけします」
筏は跳ね橋の手前に舫って、門が開くのを待ちます。
すぐに中から4人ほどの自警団の方々で出てきて、積荷を荷揚げしてくれました。
「お、今日は鹿肉か。しかもこの量なら、しばらくは食卓に並びそうだぜ」
「新鮮な鹿肉はなかなか手に入らないからな。さすが伝説のハンターだな」
いえいえ、そんな大層な者ではございませんですよ。
まあ、一頭丸々運んで来る方が苦労しましたですね。
「で、これどこに運ぶんだい?」
「あ、マッコイ商会にお願いします」
「「 あいよ 」」
さてさて、マッコイ爺さんはいるかな~
「おるよ」
「あ、お久しぶりです」
「まだ十日もたっとらんだろう」
そう言われれば、開拓村を離れてから一週間ちょっとでしたね。
間に凄い濃いイベントがあったので、もっと時間が経った気がしていました。
「ヘラジカが罠にかかったので、腐らせるよりはと思って特急便で来ました」
「奴らに聞いたが、筏で渓流を下ってきたそうだな。素人が無茶をする」
「さすがに一人で200kg近い肉は運べませんから」
「まあ、そうだな。その強欲さは褒めてやろう」
「いやいや、あたしは村の皆さんに食べて欲しかったからですねぇ」
「ついでに肉が高く売れれば、と思っただろ?」
「それは…否定しませんが」
「なら、建前なんぞ放っておいて、値段交渉せんかい」
マッコイ爺さんにとっては、少しでも多くの鹿肉を売ろうとすることは、正義なんだそうです。
持ちきれないから捨てていくのではなく、創意工夫をして持ち帰る。それが大切だと。
まあ、事前に荷車かポーターを雇っておけば完璧だったそうですけど。
次回はそうしましょう。
教授にお願いすれば、なんとかしてくれるはずです。
「で、今回は鹿肉だけか?」
秤で肉の重量を量りながら、マッコイ爺さんが聞いてきました。
「じゃじゃ~ん、ヘラジカの角と皮もセットです」
バックパックから取り出して、検品台の上に並べます。
こうして見ると、ヘラジカって大きいですね。
皮の手足が台からはみ出しています。
「こりゃ、大物だな」
マッコイ爺さんもびっくりしてます。
「角は薬効はあるんですか?」
「いや、ヘラジカの角はナイフや小剣の柄にする事が多いな。薬師は興味ないらしい」
残念です。エゾジカの角なら漢方薬にもなったんですけど。
「皮はどうでしょう?」
「こっちは中々のもんだ。傷も最小限だし、解体も合格点をやろう」
やりました、今回の解体は「良」判定をいただきました。
「ふむ、まあ全部合わせて金貨29枚だな」
おっと、思ったより高値が付きましたね。
でもここからが勝負なのです。
「内訳はどうなってます?」
「肉が180kgで金貨23枚と銀貨4枚、角が金貨2枚と銀貨1枚、皮が金貨3枚と銀貨5枚だな」
ふむふむ、鹿肉は100gあたり130円計算ですか。豚コマよりちょっと高いぐらいかな。
狼肉が100円ぐらいだったので、もうちょっと高くても良いような気がします。
「鹿肉は新鮮なのに安くないですか?」
「量が多すぎる。必然的に値は下がる」
しまった、そうでした。需要と供給からすれば、値下がりするのも当然です。
しかし、ここで負けてはいけません。
「でも燻製にでもすれば、冬の保存食にもなりますし…」
「その手間賃は誰が払うんだ?」
ですね。保存食は燻製にしろ塩漬けにしろ、燃料費と加工費がかかります。
あたしが加工してから持ち込めば、高く買ってもらえたかもしれませんが。
「わかりました、金貨30枚で手を打ちましょう」
マッコイ爺さんの眉が片方だけ上がりました。
「ほう、言うようになったな。いいだろう金貨30枚払ってやる」
やった!値上げ交渉に成功しました。
「金貨32枚ぐらいで落ち着くかと思ったが、そちらから値下げしてくれるなら願ってもないからな」
「とほほ」
やはりマッコイ爺さんには、かないそうにありません。
「なに、売り場はプーキーが担当だ。少しは負けてくれるだろうよ」
そこまで織り込んでの買取交渉。
あたしが勝てるはずもありません。
「わしに勝とうなんざ100年早いわ」
言いましたね、100年後にまた交渉しに来ますよ。
「とっくに死んどるわい!」




