表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/95

教授とメイドその4

 昨晩の宴会は荒れた。

 アインが溜まっていた鬱憤を爆発させたからだ。


 主な原因は、俺が『ランチボックス』でワインの生成に成功してしまったからだろう。

 完熟ブドウの発酵果汁を、濃縮していったら、アルコール度数15%のワインができていた。


 一粒は巨峰ぐらいのサイズだが、その分、パクパクと食べるように飲める。

 つまみは松茸の炭火焼きだ。

 醤油で軽く味付けしたものが特にお気に召したようだ。

 

 ワインにはあまり合わないと思うが、キノコ大好きダークエルフには、嵌ったようだ。


 「マスター、お替りを希望します」


 言葉の内容はお願いの様だが、その表情と威圧感は強制である。

 俺は言われるままに、樹魔法を唱え続けた。


 「だいたい、マスターは一人で何でも出来すぎなんです。私はいらない子ですよね」


 「いや、そんな事ないぞ。話相手が欲しいとずっと思っていたんだ」


 「そんなの、フギンとムニンでいいじゃないですか」


 「いや、あの2羽は使い魔だから、複雑な会話は無理なんだよ」


 「メイドになっても仕事も無いし、知識スキルは勝手に覚えちゃうし、酷過ぎます」


 まあ、1年かけて覚えた知識を、一日で追いつかれたら俺でも教師やめるかもな。

 ただし今回の場合は、古いタイプの教師に丸暗記を強制された受験生が、試験対策重視の教師にコツだけ教わった受験生に、テストで同じ点数を取られたのに近い。


 蓄積された知識には雲泥の差があるので、そこまで悲観することもない。

 まあ、契約魔法を覚える為に、紋章知識をランク3まであげるには、一夜漬けでも構わないのが問題ではあるのだが。


 ランク3は少し苦戦することを祈ろう。

 そうでないとアインの精神が持たなそうである。



 結局、ワインボトル4本分ぐらいの発酵貴腐葡萄果汁を飲んで、アインは沈没した。

 シェルター内なら風邪も引かないので(温度・湿度管理が完璧だから)、そのまま寝させておく。


 俺は隣に新しいシェルターを出して、使い魔にMP補給をした後で、眠りについた。




 翌朝はアインの土下座から始まった。

 眼が覚めると、俺のシェルターの前で土下座していたのだ。


 「おはよう、良く眠れたかね?」


 「申し訳ございません」


 「なに、ストレスが溜まっていたのだと思う。発散するのは大事だ」


 「醜態をお見せいたしました」


 「それほどでもない。少しアインの本音が聞けて嬉しかったぐらいだ」


 「つっ……罰を、罰をお与えください」


 「必要ないな。どうしてもというなら、その羞恥が罰ということで」


 「くふっ…」


 安易に罰を与えて、贖罪させるよりも、羞恥心で再発を防止する方が、ある意味厳しい処置だと思う。

 仕事に完璧さを求め、優秀な人材であることに誇りを持つアインには、クリティカルな罰であろう。



 その後、なんとか立ち直ったアインと、軽い朝食を済ませると、昨日の授業の続きを始めた。


 「紋章知識のランク3は、契約魔法全般で使用される、古代言語の単語と構文です。これが理解できていないと、契約魔法を唱えることができません」


 「それは無詠唱であってもかね?」


 「はい、契約魔法は専用の魔法陣とそれに書き込まれる古代言語により発動します。呪文を唱える際に、頭の中で魔法陣を思い浮かべていると考えてください。定型化すれば詠唱短縮も可能ですが、原本は一度は脳内で作成する必要があります」


 「ふむ、既存のものを丸写しではダメなのかね?」


 「契約には相互の指定が絶対に必要です。主と従を特定しないと誰でも主人になれてしまいます」


 なるほど、「俺が今日からお前の主人だ」と言った者勝ちになってしまうわけだ。


 「そして古代言語のやっかいな所は、同じ構文に、3種類の異なる文字を使うことです」


 「ん?それの何がやっかいなのかね?」


 「はあ?…いえ、失礼しました。マスターならば当然でした」


 いやいや、ハイエルフでなくても日本人なら普通にできると思うんだが。


 「私達凡人は、共通言語の文字を使うことに慣れております。会話の最中も文字に変換すれば共通文字の羅列です」


 「なるほど」


 「ですが契約魔法では、古代表意ルーンと古代表音ルーン、それに共通文字が複雑に混じってきます。これを覚えるのが一番の難関なのですけれども……」

 

 アインが何かを疑うようにジト目で見つめてくる。


 「それは、あれかな?名詞と動詞は古代表意ルーンで、その補助は古代表音ルーンで、そして対象指定に共通文字を使っているとか、そういう感じなのかな?」


 俺は恐る恐る聞いたみた。


 「………」


 アインは無言である。


 どうやら図星だったらしい。


 

 いやいや俺は悪くないよね?だって契約魔法の呪文構文が、たまたま日本語に近くて、たまたま日本人は、複数の文字を使いこなせるだけだから。


 名詞と動詞が漢字で、「てにをは」と送り仮名が平仮名で、外来語はカタカナ表記するのは、普通だよね?

 前世が日本人なら誰でもできると思う。


 まあアルファベット26文字しか教わっていない生徒が、平仮名50音と常用漢字300を覚えなさいといわれたら苦労するとは思う。


 これを小学生のうちに全ての国民に教え込む日本の教育制度が、ある意味おかしいのだろう。

 なにせ漢字、平仮名、カタカナ、ローマ字と4種類も文字を教え込むのだから。


 けれどもその変態的な義務教育が、ここにきて活躍しております。

 そしてアインを絶望の縁に追いやっております。


 「アイン先生、続けてください」


 「……ふう~~。わかりました、続けます」


 腹の底から搾り出すような溜め息をついたアインが、何かを吹っ切った様子で授業を再開した。



 その後、契約魔法に頻出する単語(精霊、マナ、誓約、呪縛など)の古代表意ルーンを教わったところで、紋章知識がランク3になった。

 それと同時に契約魔法の習得条件をクリアできた。


 「ありがとう、アインのおかげだ」


 「…マスター、一つお願いがあります」


 「なんだね?」


 「今晩も宴会でお願いします」



 そしてアインは荒れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ