教授とメイドその3
いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
困ったことにアインのメイドとしての仕事がない。
食事は俺が菜食主義な為に、『ランチボックス』で出した方が早い。
当初、俺の食事制限を聞いたアインが、野草と昆虫を探しにいって、ドクダミとカミキリムシを手にして戻ったときに、食事は魔法で生み出す事を決めた。
幾らなんでも、それで済ますのは勘弁して欲しい。
里では普通に食べていたそうだが、我が家ではそれは非常食である。
そして俺のMPは簡単には枯渇しないので、永遠に非常食のままである。そうあって欲しい。
部屋の掃除も必要ない。
『シークレット・シェルター』は二日毎に新築するので、汚れることは無い。
床に解体時の血痕が飛び散ったとしても、血抜きするより再構築した方が早い。
風呂炊きもいらない。
『シャワー』でお湯が出て、『ドライヤー』で乾かせるからだ。
なんなら土魔法で湯船をつくってお湯を溜めても良い。
俺はあちらでは一年中シャワーで済ませる派だったが、たまの銭湯や旅先の大浴場では、のんびり湯につかる事もあった。
「これはとても良いものです」
アインも温かいお湯の風呂は気にいったようだ。
里では地底湖で水浴びだったそうで、やはり冬は凍えるほど寒かったそうだ。
作り出した湯船を再利用するなら掃除が必要だが、一度使ったら、すぐに更地に戻す。
また使うときに作るのが、土魔法の訓練になるからだ。
できる事からコツコツと。
ランクの高いスキルは、意識的に使っていかないとランクアップしない。
洗濯と裁縫は、代えの服がこないとどうしようもない。
そういえば俺の服も欲しかったのだが、言い忘れてしまった。
ショーコ君は気を利かせてくれるだろうか?
「望み薄かと」
「だろうな」
聖獣が村まで同行してくれたら、服を買い求めているときに男物を指示して気づかせてくれるかもしれないが、たぶん人前には出ようとしないだろうから、可能性はゼロに近い。
「私の服をほどいて縫い直してみます。縫製は畑違いでしたので、上手く行くかはわかりませんが」
「いや、そこまで危急に必要なわけでもない。次の買出しのときにでも頼むとしよう」
『ヴェイン・クロース(自称)』も手馴れてきて、肌触りがましに成ってきた。見た目が奇妙なだけで、使用感は問題ない。
「マスターがお気に召しておられるのなら結構なのですが、初見の相手ですと、モンスターに誤認されると思いますが」
「やはりそうか、それもまずいな」
敵対者を威嚇するには便利だが、問答無用で攻撃呪文を打たれるのは勘弁して欲しい。
将来的には導師らしい服装も必要になってくるかも知れない。
というわけで、アインには警護と紋章知識の教師を、主にしてもらうことになった。
警護については、特に問題は無さそうだ。
まず使い魔のフギンとムニンに紹介する。
「あっちがフギンでこっちがムニンだ」
「新しくマスターのメイドになりました、アインです、よろしくお願いします」
「「 コチラコソー 」」
アインが2羽に対して、えらく低姿勢なのだが、従者として先輩だからだそうだ。
2羽も認められて嬉しそうである。
俺の側にアインがいるので、2羽とも周囲の警戒に出せるようになった。
『アラーム』の結界と、フクロウ達の固定監視、それにフギンとムニンの周回監視で、安全性はかなり高い。
アインの聞き耳と警戒スキルもベテランの域に達しているので、信頼できる。
奇襲に対して、咄嗟に反応してくれる護衛がいるのは、心強い。
一瞬を凌いでくれたら、あとは俺がなんとかできる。
「ところでマスターの拠点はここで、よろしかったのでしょうか?」
「いや、少し西にある遺跡にいたのだが、ショーコ君が合流するまでは移動しない方が良かろう」
遺跡というほどの規模ではないが、他に形容のしようもなかった。
「そうですね、ではここを仮の拠点といたします」
そう言って、アインは邪魔な岩や大きな枯れ木をどかそうとするが、俺が土魔法であっさり終わらせた。
「マスター、これでは私の仕事がありません。少しは使用人を使うことも覚えてください」
「いや、魔法で簡単にできる事を、態々労力と時間を使ってやる必要もないだろう。それで空いた時間を有意義に使ったほうが良い」
「それはそうなのですが」
「というわけで、紋章知識の授業を始めてくれ」
「了解しました」
授業用のシェルターに、『プラント・コントロール』で作った座卓を二つ持ち込む。
座卓の表面には『アース・コントロール』で固めた石版が乗っていて、そのまま黒板の代わりになる。
チョークは近場で見つけた石英で代用する。
昔はアスファルトに石英でラインを引いて、ベースラインやコートを決めて遊んでいた。
今は駐車場さえ砂利や礫石ではなく、アスファルトやコンクリートで埋められていて、手近に小石の一つも転がっていることが無くなった。
道路に落書きすれば、近所の大人からクレームがくる世の中である。
黒板消しは、松葉を集めて蔦でくくった、箒とタワシの合いの子みたいな物で代用する。
こんな中途半端な物でも、アインにとっては画期的な勉強道具らしい。
里では地面に木の棒で書いていたそうだ。
「それなら浅い木箱に砂を敷き詰めた方が、良くないか?」
「それは盲点でした」
どちらにしろ、見辛いし崩れ易いので、この教室では代用黒板を採用する。
将来的に漆塗りの板と、石灰か貝殻の粉が手に入るなら、ちゃんとした黒板とチョークを作ることにする。
「まずは紋章知識の基礎になります。象形ルーンと表音ルーンの書き取りです」
こちらでは、共通言語で使われているアルファベットのような文字以外に、ルーン文字が存在するらしい。そして契約魔法の魔方陣などには、このルーン文字が使われている。
「象形ルーンは、一文字で別な何かを象徴します」
「なるほど」
「表音ルーンは、一文字から三文字で一つの音を作り、その繋がりで言語を作ります」
「その方が共通言語に近いな」
「象形ルーンには、○、●、□、@、などがあり、それぞれ…」
「光、闇、大地、風を表していると」
「ご存知なのですか?」
「うむ、古代知識を学ぶときにちょっとな」
嘘です、あちらのゲームでの知識がたまたま活用できただけです。
それでも大半が極似していたので、すぐに全部覚えられた。
「表音ルーンは20文字からなり…」
「5つの母音と15の子音から成り立っていると」
「マスター、実は紋章知識もランク3ぐらいお有りでは?」
ジト目で見つめるアインを、あわてて宥める。
「おいおい、技能分析で俺のスキルは見たろ。単に他の知識と重なっていただけだ」
「それはそうなのですが」
ローマ字で50音を表記したとき、アルファベット26文字は使わない。
C L Q J X V は混同しやすいから排除されている。
なので20文字で表記されるのはある意味正しいのである。
こちらの表音ルーンのうち、母音にあたる5文字と、K S T N H M Y R W に当たる9文字を覚えれば、それで50音は完成する。
追加で濁音の G Z D B の4文字と破裂音の P を合わせた5文字で19文字。最後は「ん」を表す1文字で合計20文字になる。
50音表を作って、書き取り100回やったら、1時間で覚えることができた。
「ありえません、1時間で紋章知識がランク1になるなんて…」
アインが唖然としていたが、技能分析でちゃんと増えているのが確認できている。
「まあ、基礎はほとんど出来ていて、あとはスキルに昇格するかどうかだったのだろうよ」
そういって誤魔化した。
「そ、そうですね。マスターならそういうこともあるかも知れません。ならば次に進みましょう」
そういって紋章知識ランク2の授業が始まった。
「ランク2は、貴族の家紋についてです。これは数百いる諸侯のそれぞれに対応していますから、一つずつ暗記していくしかありません」
「それは面倒だな」
「基本は王家の竜に始まり、北の諸侯が獅子又は虎を、東の諸侯が鮫又は海蛇を、南の諸侯が火炎鳥又は双頭の鷲、西の諸侯が天馬又は一角馬を紋章にしています」
「なるほど」
「紋章は盾に印されることが多いので、それに合わせた形状をしており、末端になるほど図形が分割されています」
「それは王家は中央に竜が描かれているが、公爵は右半分に描かれているということかな?」
「マスター、もしかしてこれもご存知なのですか?」
いや、中世ヨーロッパの紋章は興味があって多少は調べたけれど、そのままだとは思わないじゃないか。
「いやアインの説明から推測しただけだ。先を続けてくれたまえ」
再びジト目で見つめるアインを、宥めて先に進む。
「マスターの仰る通り、中央に象徴が描かれるのは皇家とそれに連なる4選侯だけで、後は2分割された右にあるのが公爵、左にあるのが侯爵、3分割の上にあるのが辺境伯、下にあるのが伯爵、4分割の右上にあるのが子爵、左上が男爵、右下が準男爵で左下が騎士爵になります」
一見複雑なようだが、象徴とされる生物がどの位置にいるかで、爵位が判別できるのは機能的だ。
象徴の生物の種類で、どの方面の貴族かもわかるので、覚え易い。
そして分割された残りの空間に、どんな紋章や記号が入るかで、その貴族家の成り立ちや、婚姻関係がわかるようにできていた。
たまに好き勝手な紋章を掲げる貴族もいるようだが、それらは覚える価値も無いとされている。
数百の貴族の家名など覚え切れないと思っていたが、皇家と4選侯の家名を覚えた時点で、紋章知識はランク2になった。
どうやら家紋の成り立ちが理解できていれば合格らしい。
「あの苦労はいったい…」
ほとんどの貴族名を覚えたアインが、放心状態に陥っていた。
紋章知識ランク2の習得に、1年かかったらしい。
「まあ、苦労して得た知識は無駄にはなるまいよ」
「極東の島国の男爵家の家紋と家名が必要な時が来るでしょうか…」
それは、まあ、来ないかも知れないね。
その夜はアインをねぎらって、宴会を催した。




