ボーイ(ニート) ミーツ ガール(ゆるきゃん) その8
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
俺は未だに地べたに座り込んでいる、アインの方へと歩みだした。
近づくと、その瞳には力が戻っていた。
「心の整理はついたのかな?」
「はい、無様な姿をお見せしました」
「なに、信じていたものが足元から崩れたんだ。致し方あるまいよ」
それでもこの短時間で復活できたのだから、相当な精神力といえる。
「それで、この先、どうする?」
流石に敵対してくるほど愚かではないだろうが、人生に絶望して予想外な行動に走る可能性はある。
「それですが、私をハイエルフ様の弟子にしていただけないでしょうか?」
ほう、そうくるか。
「弟子な…」
「眷属としては最底辺の闇の者ではありますが、誠心誠意勤めさせていただきます。どうかお慈悲を」
そういって土下座した。
「いや、ダークエルフだからと言って卑下する必要はない。眷属に優劣があるわけもない」
「それでは?」
「実は先にあの娘に生徒にしてくれと頼まれてな。一旦は保留にしているのだが、今現在は誓約によって弟子は一人しか取れないのだよ」
「なるほど、魔導師の誓いなのですね」
「うむ、故に徒弟としてどちらかを選ぶことになる」
正式に生徒にしてくれと頼まれたわけではないが、今後も魔法を教えてくれと強請ってくると思われる。
ここで勝手にアインを弟子認定すると、ぜったいに自分の方が先だったと文句を言うに違いなかった。
「そうですか…それでは、奴隷として扱ってください」
「いや、それはどうかと思う。奴隷契約もできないしな」
さすがに奴隷は行きすぎだろう。色々秘密を抱えた身なので、奴隷契約できれば安全ではあるが、ダークエルフの奴隷とか、世間体が悪すぎる。
そしてぜったいにショーコ君がセクハラだとか騒ぎ出すに違いない。
「私が出来ます。契約魔法のランク3まで使えますので、奴隷契約が可能です」
「ふむ、それは術者が奴隷になる側でも成立するのかね?」
「はい、事実上の服従宣言として扱われます」
なるほど、この誓約を破ったら死をもって償います、とか宣言するわけだ。
「それなら主従契約は結べるかね?」
「はい、そちらも可能です。商家などでは雇用契約として良く使われています」
「そうか、なら私の使用人にならないか?」
「身の回りのお世話をさせていただけるのですか?!それでお願いします!」
すごい勢いで喰いついてきたけれど、弟子より使用人の方が良いのか?
ああ、まあ弟子は授業料を払う側だが、使用人は賃金がもらえるか。
「丁度、雑用を任せられる者を探していたところだ。メイド兼護衛として働いてもらおうか」
「ははっ、この身の全てを捧げてお仕えする所存です」
「いや、まあそう畏まらなくてもいいから」
「そうは参りません」
少し思い込みが激しいが、有能なメイドが雇えたし、これはこれで良いだろう。
その後、雇用契約という名の主従宣誓をして、ダークエルフの戦闘メイドが誕生した。
眼が覚めた後、アインの去就を聞いたショーコ君が、盛大に文句をいったのは想定通りであった。
「教授、ずるいです。美人の褐色エルフのメイドとか、異世界転生のご褒美じゃないですか。美味しいとこだけ全部もってくとか、ずるいです!」
そっちかよ。
アインを雇用したついでに、里の話を聞きだしてみる。
なにより、彼女に追っ手がかかるかどうかである。
「それは無いと思います」
アインはきっぱりと否定した。
「女神の試練は達成が非常に困難とされていて、ここ30年で達成者は3人と聞いています。殆どのチームが全滅しているわけですので、私たちもそう思われているかと」
「なるほど、では次の試練の対象として、彼の聖獣が再び選ばれる可能性は?」
失敗した者達の追及は無いとしても、何度も狙われるのは面倒なのだが。
「それも無いかと。試練の対象は同じであった事はないはずです。何かの事情で女神に敵対するものとして認知されてでもいなければ、次は別の聖獣が選ばれるでしょう」
「ヌコ様、何か、おいたしましたか?」
スンッ
ショーコ君の問いかけに、無言で否定する聖獣。
しかし、表情豊かだな、この雪豹。
そして謎の理解力を示すショーコ君。普通、「がう」だけで会話は成立しないからな。
「なら安心か。落とし子の種は処分したし、アイン君の痕跡を辿るのは難しかろう」
「マスター、アインとお呼び下さい」
「いいな、いいな、マスター、いいな」
主従関係を指摘して、呼び捨てを希望するアインはわかるが、マスターと呼ばれることに嫉妬するショーコ君は意味がわからない。
「ええ?わからないですか?ご主人様も良いけれど、マスター呼ばわれは別格ですよね」
アインをサーヴァントかなにかと間違えてないか?
まあ、アサシンにいそうな風体と能力だけども。
「そういえば名前はどうする?アインはいわゆるナンバーだろ?」
リーダーが「アイン」で「ツヴァイ」「ドライ」とくれば、№1、№2、№3で間違いないだろう。「ゼクス」は6番だから、8人いたというのも嘘ではなさそうだ。
「いえ、私にアイン以外の名前はありませんでした。私は里に捨てられていたそうなので」
「他のメンバーも境遇は同じだったかね?」
「はい、乳幼児の頃に拾われて、順番に番号を振られています」
それは拾われたではなく、攫われただと思うが、今は追及しないでおこう。
これ以上、精神的ショックを与える必要もないしな。
「それだとアインさんがトップになるの?」
ショーコ君が鋭く突っ込む。
「いや、正確には私は『黒き獣の年のアイン』と呼ばれていて、同年代では1番とされていただけだ。そしてツヴァイは私の2年先輩にあたる」
「ならば彼がリーダーになるべきだったのでは?」
「それは里の長老が決めたことなので」
「まあ、あの性格ではチームを率いるのは無理だろうからな」
「マスターのご賢察の通りです」
ツヴァイは里でも問題児だったのだろう。そして年下のアインに率いられることに屈辱を感じていたに違いない。
まあ迷惑を被ったのはアイン達の方だろうけれども。
「ならばこれからもアインと呼ぼう。バークレイ家の使用人序列では文句無く一番だからな」
「ありがたき幸せです」
「いいな、いいな~」
なんでも羨ましがるのは止めなさい。
さてそうなると、アインの衣食住に責任を持たなければならない。
「食事の希望はあるかね?もしくは禁止されているものとか」
「いえ、特には。里では昆虫食とキノコがメインでしたが、ほとんどの物は食べられると思います」
ああ、地下生活しているようだからな。
しかしキノコはわかるが、昆虫食か…
「捕獲するんですか?」
ショーコ君が好奇心で聞いている。
「まあ捕まえるときもあるが、メインは養殖だな。コオロギが繁殖力も強くて、栄養価も高い」
「コオロギかぁ~」
食用芋虫とか、蜂の子とかくるかと思ったが、まさかのコオロギである。
ショーコ君も若干引いているように見える。
「あれ、醤油と砂糖で甘じょっぱく煮付けると、いけますよね」
「醤油が何かわからんが、里では油でからっと揚げて塩で食っていたな」
「ああ、それもいけそうですね。そうか、から揚げかぁ~」
前言撤回。
コオロギはキャンプ女子には、ありだそうだ。




