ボーイ(ニート) ミーツ ガール(ゆるきゃん) その6
「くそったれがあああ!」
神の落とし子に意識を取られていた我々は、まだ心が折れていない人物がいたことを思い出した。
全身から血を噴出しながら、それでも両手剣を引きずるように前へと歩き出してくる。
「ツヴァイ、もう無理だ。あきらめろ」
だが、こうなった彼が私の言うことを聞くはずもなかった。
「うるせい!こうなったら、そこの小娘だけはブチ殺す!」
「おやおや、事ここに到って、やることは弱い者虐めかね。剣士としての誇りも、男としての意地も無いらしい。アイン君、よくこんな愚か者と組んでいたね」
「はっ、誠にもってお恥ずかしく」
「煩い、元はと言えば手前が横槍入れてこなきゃ、あっさり終わってたんだよ。そこのダークエルフは、尻尾巻いてご機嫌取りしてるが、俺様は、ハイエルフごときに頭下げねえんだよ」
「ならば私に向ってくるのが順当というものだろう?それを勝てないから、弱者に八つ当たりとは、いやはや」
「何とでも言いやがれ、手前に吠え面かかせるには、これしかねええええ!」
残った力を全て込めて、ツヴァイはウッドエルフに向って剣を振り下ろそうとした。
「ウィンドカッター!」
「「 クエッ 」」
聖獣を守りながらも、戦闘を注視していたショーコが、むざむざ斬られるわけもなく、さらに使い魔も2羽同時に反応していた。
3発の魔法を受けて、ツヴァイの身体が地に伏した。
「暴力で他者を踏みにじる者は、より強い暴力に屈することになる。因果応報と覚えておくことだ」
「心に刻んでおきます」
「そんな事より、ヌコ様を!」
「ああ、悪い。そちらが急ぎだったな。『キュア・オール(完全回復)』」
ハイエルフ殿は、何気なく光魔法の高位治癒呪文を聖獣にかけている。
しかし、多少は回復したようだが、神器の呪いは解けない。
「む、これは面倒な」
やはり、幾ら伝説のハイエルフ殿でも神の領域には届かないようだ。
「アイン君、これはあの鏃の能力かね?」
「はい。今回の試練に先立って、司祭長から手渡されたものです」
「ふうむ、君らの素性からして、闇蜘蛛の女神の神器のようだが、あれは確か短剣じゃなかったかな?」
「そこまでご存知でしたか。伝承では神敵を倒すときに折れたものを、後に鏃に打ち直したと。一度刺されば外れることはなく、対象を確実に衰弱させて死に至らしめると言われております」
「そ、それじゃあヌコ様は助からないの?」
「私は解呪の方法は教わっていない」
「そんな!」
アインに食って掛かろうとするショーコを、教授が止める。
「まあ、慌てるな。こうやって高位の治癒呪文は効果があるのだ。時間はある」
「ですが、さきほどの高位呪文を連続して唱えるのは」
「ん?特に問題はないぞ。1時間に1度ぐらいなら魔力切れもおきないしな」
「それほどですか。さすがハイエルフ様」
「でも呪いが解けないと、ずっとこのままじゃあ」
「それもまあ、なんとかなるだろうよ」
「ですが神器の呪いを解くのは…」
「それだ。元は短剣だったのであろう?なら刺さったら抜けないというのは妙な特性だと思わぬか?」
「そう言われれば確かに」
神器だけにどんな能力があっても不思議には思わなかったが、短剣ならば急所に当たるとか、確実に奇襲になるとかが主流である。
「恐らく、折れた短剣を鏃に打ち直したときに、鍛冶師か高位司祭が後付けで付与した能力だと思う」
それを聞いてショーコも理解できた。
「じゃあ、その付与を消せれば」
「うむ、対象を絞って解呪してみよう。『ディスペル・エンチャントメント(付与解呪)』」
チィイーン
教授が高位光魔法の『付与解呪』を唱えると、澄んだ音とともに、脇腹に刺さっていた黒い鏃が抜け落ちた。
「女神の牙が…外れた?」
呆然とするアインを横目に、教授の2度目の『キュア・オール』で聖獣は完全に回復したのであった。
「ヌコ様よかったああああ」
聖獣に抱きつきながら、涙を流すショーコの横で、アインは覚悟を決めるしかなかった。
アインにとって、女神の牙と呼ばれる神器が、最後の頼みの綱だったのだ。
幾らハイエルフ様が強くても、神の御力は凌駕できない。
このまま時間が経って、聖獣が息絶えれば、試練は成功にはならなくとも、放棄したとは見做されまい。
あとはハイエルフ様のご不興を買わなければ、里に戻ることもできる。
だが、現実は非情である。
ハイエルフ様の魔法に対する知識と技術は、アインの想定を遥かに超えていた。
「完敗です」
「やっと認めたかね?」
やはり私の思考を読んでいらっしゃった。
背中の刺青と、そこに埋め込まれた種が、ジクリと疼いた。
私の心が、試練が達成できないことを認めかけている。
だが、ツヴァイのように無謀な突撃を仕掛ける勇気もなかった。
「最後のお願いがあります」
「醜態は晒したくないかな?」
「御意」
そこまで読まれているなら、いっそ清々しい。
落とし子に喰われるよりは、呪文で一思いに…
「よかろう」
「教授?」
何が起ころうとしているのか察した、ショーコが、止めるか見守るか悩んだ。
その瞬間、光魔法が炸裂した。
「ディスペル・エンチャントメント!」
ズリュッ
嫌な音とともに、アインの背中から、黒く蠢くものが剥がれ落ちた。
「ハイエルフ様!?」
地面に落ちてもなお、宿主を求めて蠢くものを、光魔法で消し飛ばすと、教授はアインに告げた。
「司祭長とやらが、君に付与した呪縛を解いた。本来、闇蜘蛛の女神は、敵には無情でも眷族には慈愛深いので有名だ。試練に失敗したぐらいで、死を賜るはずがないのだよ」
「それでは、落とし子の呪縛は?」
「信徒が逃げ出さないように、司祭階級の連中が後付けで付与していたのだろうな」
「そんな、そんな馬鹿な!それでは仲間の死はなんだったというのです!」
女神の信徒として認められるには、試練を受けなくてはならなかった。特に里の出身でない者は、強制であり、試練を達成するまでは奴隷同然の扱いをうけた。
失敗するような無能者は、女神様に見捨てられる。そう教わってきたから、死に物狂いで訓練もしたし、能力の低い者達を引き連れて、ここまで来たのに。
「それが嘘だったというのですか?」
「私の力で解呪できたのだから、女神の意思ではないのだろうな」
「そんな…」
「とにかく、君を縛っていた鎖は解いた。あとは好きにしたまえ」
里に帰っても歓迎はされないだろうが、君が選ぶなら止めはしない。
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