ボーイ(ニート) ミーツ ガール(ゆるきゃん) その4
「まずいな」
「どうしたドライ?」
「嬢ちゃんの速度が上がっている」
墓場でスケルトンに苦戦していたドライは、駆けつけたアイン達に救出されて、全員での追跡行になっている。
「疲労で遅くなるならわかるが、この状態で早くなったと?」
「ああ、信じられないスタミナと根性だな。何が何でも逃げ切る気だろう」
何があのウッドエルフを駆り立てているのか。
「聖獣がそんなに大事なのか?」
「森の女神の信徒なら、その御使いを無下にはしないだろうが、あれはなんというか、扱いはぞんざいだからなぁ」
「ああ、そういや雑に背負ってたな。後ろから見ると盾にしているようにも見えた」
本人は必死なのだろうが、傍からみれば負傷兵を担ぐついでに後ろからの攻撃を防いでいる様にも見える。
まあ、聖獣の体毛は、生半可な攻撃では傷がつかないので、それはそれで正解なのだが。
「なんにせよ、このままだと振り切られかねないのだな」
「ああ、こっちも全速で追うしかないぜ」
「なら、そうするしかあるまい」
アインは、遅れがちなツヴァイとゼクスを見ると、声をかけた。
「ゼクスは限界だろう、私が背負っていく。ツヴァイは死ぬ気で走れ」
「おい、扱いが違いすぎねえか?」
「お前の図体では、私もドライも担げん。あきらめろ」
「拙者もまだ走れます」
「ゼクス、今は無理をするときではない。あのウッドエルフの目的地に敵対勢力が居ないとは限らないのだ。ここは黙って指示に従え」
「御意」
ローブ姿のゼクスを背負うと、ドライを先導役にしてアインは疾走を始めた。
それは慣れない森林を走り回って、疲労困憊のツヴァイでは、付いて行くのもやっとの速度であった。
「はあっ、はあっ、野郎手を抜いてやがったな」
「お前に合わせていただけだ。だいたい全力を出しきって、その後どうするのだ?帰りもあるのだぞ」
人一人背負って、まだ余裕のあるアインにツヴァイも文句の告げようがなくなる。
というより、もう喋るのもキツイ。
「はあ、はあ、はあ」
「日頃の鍛錬不足だな。瞬発力だけ上げて、持久力を疎かにした報いだ」
「うるせえ、はあ、戻ったら鍛え直す。そしてテメエの鼻を明かす、はあ」
「…次があれば良いがな…」
最後の言葉はツヴァイには聞き取れなかった。
その頃、あたしは北を目指して全力で駆けていた。
言うほど、余力があるわけもなく、速度が上がったのは不要な物を全部、捨てたから。
鉈も解体ナイフも、全部放り出した。
少しでも軽くする為に、ヌコ様を4点ハーネスで背中に縛り付けると、余ったロープも捨てた。
今あるのは、腰のポーチに入れた岩塩が一欠片のみ。
それもここで使い果たす。
「クリエート・ウォーター」
警戒スキルに追っ手が反応しなくなった所で、立ち止まって水分補給をする。
手のひらに受けた水に、岩塩を浮かべて、塩分も補給しておく。
「はあっ、はあっ、ヌコ様も、飲んでください」
手ですくった水を口元にもっていくけれど、反応がない。
仕方なく、口に流れ込むように少量の水を垂らした。
「もうすぐですからね」
すでにしがみつく力も無くなって、ぐったりと背負われたヌコ様は、体からどんどん生気が失われていくのがわかる。
間に合わないかも知れない、そんな弱気な考えを振り払って、前へ進む。
たしっ
ヌコ様が弱々しくあたしの肩を叩いた。
「嫌ですよ、置いていきません」
たしっ
「こればっかりは、ヌコ様の言いつけでも聞けません」
たし
「理由なんて、あたしにもわかりませんよ」
ヌコ様は、雪豹で、森の主で、焼き魚好きで、あたしの……そう、あたしのキャンプ仲間なんですから。
「キャンパーはね、仲間をぜったいに見捨てないんです」
だから、前へ進もう。
この絶望も、焚き火の傍での思い出話に出来る未来へ。
小休憩でさえ、追手は距離を詰めてきた。
向こうも本気になったのだろう。
だけど、このままいけば…
「見えた!」
森の中にぽっかりと、木が切り開かれた場所がある。
遠くからでも、そこだけ月明かりが差し込んでいた。
「間に合った」
最後の力を振り絞って、円形の広場に飛び込んだ。
最初に感じたのは違和感。
初めてこの場所に降り立ったときの、神聖な雰囲気が無くなっている。
次に困惑。
確かにここは森の中の広場だけど、日時計と思った石柱が一つも転がっていない。
最後に絶望。
「ここじゃない?…」
思わず両膝を付きかけて、懸命に踏ん張る。
ここで崩れ落ちたら、二度と立ち上がれないから。
「どこで迷った?」
南北は間違えようがない。
でも東西は?
足に受けた傷を、無意識に庇って、少しずつズレた可能性はある。
だとしたら、向かう先は、西。
距離も1kmと離れていないはずだ。
邪魔さえ入らなければ、すぐに…
「どうやらアテが外れたみたいだね」
氷の刃の様な声が響いてきた。
「ぜえ、はあ、ぜえ、面倒かけさせやがって、ぜえ」
「まあ、一人でここまでこれたんだから、お嬢ちゃんを褒めるべきでは?」
「もしくは仲間の不甲斐なさを嘆くべきだな」
「ああん?それは俺様のことかよ?」
「誰とは言っておらん。お主は心当たりがあるのかな?」
「けっ、女に担がれてたら世話ねえよな」
「脳筋のくせに走りで根を上げるやつよりましかと」
「静かにしろ、まだ決着は付いていない」
アインに一喝されて、黙り込む二人。
「そうは言っても、こっから逆転は難しいと思いますよ。いくら頑張り屋のお嬢ちゃんでも」
「そうか?私にはまだやる気のように見えるが」
「はっ、幾ら気張っても、もう御終いだぜ。俺様が引導渡してやるよ。おらっ、くたばれ!」
「おい、勝手に攻撃するな馬鹿ものが」
「ちいっ、詠唱阻害が間に合わん」
相手の足並みが揃っていないのを好機に、あたしは準備していた光呪文を解き放つ。
「ブライト!!」
それはこの広場を埋めつくすほどの光の玉。
あっちで言うところの閃光弾である。
「ぐわっ、目が、目があぁ」
「ちいっ、ここまで来て、まだ小細工かよ」
バカ正直にあたしを見ていたツヴァイは、閃光の直撃を受けて、目を抑えながらのたうち回っている。
けれど、冷静な3人は、あたしの詠唱から呪文を予測して、目をつぶっているから、被害はほとんどない。
しかも反射的に距離をとって、包囲網を崩さないように位置取りしていた。
「お嬢ちゃん、いい加減あきらめな。あんたの能力じゃあ、ここから脱出するのは無理だ」
ドライが、弓を引き絞る。
ゼクスが詠唱を始めた。
そしてアインが…
「待て、何かくるぞ」
「飛行生物、小さいが2体だ」
アインの警告にドライが即座に反応する。
ゼクスも詠唱を取りやめて、次の指示を待つ。
しかし空気の読めないツヴァイは、目をこすりつつ怒鳴った。
「なんだと思えば、ガー助じゃねえか。こんな雑魚にびびってんじゃねえぞ」
飛来したのは2羽のワタリガラスだった。
近くの樹の枝に綺麗に着地する。
「馬鹿か、普通のカラスがこんな修羅場に寄ってくるものか。これは使い魔だ」
アインの指摘に他の3人が警戒態勢をとった。
その時、片方のカラスが人語を喋った。
「ドチラニツク?」
もう片方が応える。
「エルフ」
そして両方が同時に喋った。
「「 ダロウナ 」」




