ボーイ(ニート) ミーツ ガール(ゆるきゃん) その2
夜中に胸騒ぎで目が覚めた。
枕元に立てかけてあった短槍を手に、そっと洞窟を出る。
滝の向こうは、いつもと変わらず、紫色の月明かりが、地表を照らしていた。
渓流の向こう岸に、溶け残った雪の塊が…
「つっ!」
下唇を噛み締めながら、滝の裏から飛び出した。
雪じゃない。
ヌコ様が倒れていた。
思わず叫び出しそうになるのを堪えて、体勢を低くしながら駆け寄る。
警戒スキルに反応はない。
でも油断はできない。
そっとヌコ様の様子を探る。
「右脇腹に矢尻が刺さってる…」
そこから、赤黒い血が、ポタリポタリと滴っていた。
「マイナー・ヒール」
小声で光魔法の治癒を唱えるけど、傷は癒えない。
「毒かも。キュア・ポイゾン」
出血毒の場合、ただ治癒をかけても血は止まらない。毒を消し去らないと。
それでも出血は止まらない。
「どうして?」
ヌコ様はぐったりしていて、息をするのも辛そうである。
「ただの矢傷でもなく、毒でもない…まさか呪い?」
よく見れば、突き刺さった矢尻は黒曜石を削り出したような特殊な作りで、なにか禍々しさを感じさせた。
「これを抜かないと、傷が治らないのかも」
そう思って、指を突っ込んだら、激痛が走った。
「痛っ!なによこれ?」
指が血塗れになっていた。
何かの呪術的反発なのだろう。
「マイナー・ヒール」
あたしの指の傷は治癒呪文で治る。
でもヌコ様を助ける方法がみつからない。
「とにかく安全な場所へ」
ヌコ様をマントの様に担いで、洞窟へ戻ろうとしたとき、
「我々の獲物を横取りしないでもらおうか」
背後から、冷酷な声がした。
「誰?!」
振り向くとそこには、黒い革鎧に黒い頭巾を被った怪しい人物がいた。
声は低いけれど、体のラインから女性とわかる人物が、クロスボウを構えてこちらを牽制している。
「やっとそこまで弱らせたのだ。今、回復されては元の木阿弥だからな」
そう言って、威圧してきた。
「嫌だと言ったら?」
あたしの精一杯の虚勢に反応したのは、別の声だった。
「そしたらここに哀れなウッドエルフの死体ができるだけだ。俺たちはどっちでも良いんだぜ」
森の奥から、黒革鎧に黒頭巾、さらに背中に巨大な両手剣を背負った男が姿を現した。
「最初から、目撃者は殺すつもりだったんでしょ?」
この二人の装束と、ヌコ様に使った呪具の類から、ろくなもんじゃないと見当をつける。
「いや、我々は神の神託により行動しているだけだ。誰に恥じるわけでもない。邪魔をしなければ見逃そう」
「おいおい、アイン。同じエルフだからって、甘すぎねえか?司祭からは俺たちの仕業とはバレないようにしろって言われてたよなぁ」
「ツヴァイは黙っていろ。この試練のリーダーは私だと決まっている。お前に決定権は無い」
「ああん、誰にもの言ってんだよ。俺様より弱いくせにリーダー面すんじゃねえよ」
なぜか二人が言い争いを始めた。
どうやら主導権争いのようである。
「今のうちに」
気配を消して、渓流の方へとにじり寄っていく。
「おっとそこまでだ。お嬢ちゃん」
さらに現れた3人目の人物に呼び止められてしまった。
3人目は、少し小柄で黒頭巾が犬の頭のように膨らんでいた。
犬の獣人のようだ。
「狼だよ、狼。犬じゃねえから」
普段から言われ慣れているらしく、あたしの視線を受けてすぐに訂正してきた。
短弓と矢筒を背負った風体から、ハンター系だと想像できる。
「犬の嗅覚に猟師のスキルか…面倒ね」
「だから犬じゃねえ!」
そしてもう一人、こちらの視界に入らないように、木の陰から様子を伺っている人物がいた。
特に潜伏に優れているわけではないので、接近戦を不得意としているのだろう。彼だけ黒いローブを着ているので、たぶん魔術師だと思われる。
それだけに遠距離から狙われていると、反撃のしようが無い。
「4人か…」
「ああ、最初は8人だったんだけどよ、そこの猫野郎に半分もってかれたぜ。だからこっちも引けねえのよ、わかるか?貧相な姉ちゃんよ」
『奴だけはぬっころす』
ツヴァイとやらは許すまじである。
「ツヴァイ、べらべらこちらの内情をしゃべるな」
「ああん?いいだろうが、どうせ誰かに伝えられやしないんだしよ!」
そう言いながら、両手剣で斬りかかってきた。
「ウォーターウォーク!」
来ると読んでいたあたしは、用意していた呪文を短縮詠唱すると、ギリギリで初太刀をかわして、渓流の上を走り抜けた。
「なに?ここで逃げるか」
包囲を突破する為に、反撃してくると予想していた敵陣に一瞬の遅滞が生まれる。
素早く立て直して追撃を放とうとしたが、その時にはあたしは滝の裏に姿を消していた。
「滝の裏に抜け穴とは古風な」
「関心してる場合じゃねえぞ、追え!」
しかしツヴァイの指示には誰も従わない。
「馬鹿か、闇雲に追って罠が仕掛けてあったらどうする?」
アインの冷静なツッコミもツヴァイは聞く耳もたなかった。
「罠なんか食い破ればいいだろうが」
「脳筋なお前は良くても、ゼクスはそうはいかない」
「ちっ、だからひ弱な術者とかいらねえって進言したのによ」
「その術者に何度も助けられたのは誰だ?」
「と、とにかく追わなくていいのかよ」
「追うさ、私とゼクスは滝の裏から追い詰める。ツヴァイとドライは崖を登って、奴の逃げ道を塞げ」
「ああ?なんで俺が遠回りする役なんだよ?」
ごねるツヴァイに、アインは冷え切った眼差しを送った。
「貴様の自慢の両手剣は、洞窟の中では振り回せないだろうが」
「ちっ、しょうがねえな。今回だけは譲ってやるぜ」
『こいつ頭悪いのになんでリーダーやりたがるのかね?』
それが他の3人の共通意見だった。
その頃、秘密基地の中で息を潜めていたあたしは、エルフイヤーを全開にして、彼ら会話を盗み聞きしていた。
「2-2に別れたか。あのアインって人は優秀だね」
3-1に別れたら、1の方を強行突破しようと考えていたけど、2-2だと分が悪い。
「ツヴァイって人は脳筋で前衛だから、足は遅いはず。ゼクスって人も術者で体力がなさそうだから、森の中なら撒けると思う」
問題はハンターのドライとリーダーのアインだ。
オールランダーっぽいアインはともかく、ドライはヌコ様を背負ったあたしより確実に早いはず。
二人から距離がとれれば、走っていれば追いつかれないと思う。
「目的地は転生の日時計」
あそこは森の女神の聖地ぽかったから、ヌコ様の回復力が上昇する可能性がある。
あたしの光魔法がランクアップすれば、解呪の魔法も唱えられるかもだし。
「ヌコ様、しばらく我慢してくださいね」
けほっ
呼吸が浅い。
急がないと。
「行きます」
「ディグ」
秘密基地の最奥の天井に穴を開けて、地上とつなぐ。
バックパックを踏み台にして、ヌコ様を背負ったまま、地上に飛び出した。
「いたぞ、こっちだ!」
ドライの声が闇に紛れて響く。
あたしはジャガイモ畑の縁に沿って、北の奥へと走り抜ける。
「行かせるかよ!ここで散れ!」
ツヴァイが、両手剣を振りかぶって突進してきた。
けど、それは悪手。
ズサッ
「うおお、なんじゃこりゃあ」
猪避けの釣り罠に見事に引っかかってくれた。
「こんな見え見えの罠にハマって、お前は猪か?」
ドライが短剣を投げて、ツヴァイの足を釣っていたロープを切断する。
でも、獣罠を見分けるのって素人には難しいと思うよ。
宙ぶらりんの体勢から、器用に半回転して着地したツヴァイは、激昂して襲ってきた。
「このクソエルフが、恥かかせやがって、許さねえ!」
いや、注意力不足はあなたの不徳だよね。
ほら、そこにもあるよ。
「はっ、同じ罠には2度はかからねえよ」
ジャンプして釣り罠をかわすツヴァイ。
しかしそこには別の罠が。
蔦の紐を切ったとたん、頭上から丸太の振り子が襲ってくる。
「ぐはっ」
見事に即頭部を打たれて、地面に転がる。
そして釣り罠を踏む。
「畜生めがあああ」
「あああ、罠師にいいように遊ばれちゃって。もう短剣が無いから助けないよ」
「おいまてドライ、俺様を見捨てる気か?」
「すぐにアイン達がくるよ。助けてもらいな」
「あいつに頭下げるぐらいなら、自力で脱出するぞ」
「どうぞ、ご勝手に。おいらはエルフを追うからね」
そう言い残して、ドライは追跡を再開した。
すこし離されたが、痕跡はしっかり残っている。
見失う可能性はゼロに近い。
「しかし、若いのになかなかやるね」
害獣避けで設置したものだろうが、釣り罠はツヴァイの体重をしっかり支えていた。
「下手に反撃の時間を与えると、面倒なことになりそうだ」
ドライは自分一人でも、エルフの足を止める覚悟を決めた。




