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村に買出しにその9

 矢の補給をお願いしにモルガンさんのとこまで急ぎで戻ったけれど、普通の買い物はマッコイの爺さんのとこでしてくれと頼まれました。

 あの人、かなりの有力者らしくて、この村の職人さんは頭が上がらないそうです。


 本来なら、こんな辺境の開拓村で店長をやっているような立場じゃないんだとか。


 それを商会は息子に任せて、本人はこんな最前線で辣腕を振るっているんだそうです。

 お金にがめついので、迷惑なんだけれども、彼が居ないとそもそも、こんな辺境まで荷が届かないという事もあって、誰も表立っては文句も言えないらしいです。

 なので陰口を叩くだけになるというわけです。


 買取は安く叩かれるし、売値は辺境値段だしで、客としては他に店があれば遠慮したいぐらいです。

 それでも、生活必需品(塩や酒など)は安定した値段で供給してくれるし、物が良ければ高値で買い取ってもくれるので、信頼はされてます。

 決して好かれてはいませんが。


 「矢を40本と、ロープ50m、手拭い2本と、あと香辛料も幾つか」


 買出しのリストを思い出しながら、次々に注文をだします。


 「はいはい、まいどあり。全部で金貨3枚と銀貨5枚ですね」


 プーキーさんは、手早く品物を揃えると、多少おまけしてくれました。


 「店長には内緒ですよ」


 「はい、了解です」


 そうだ、あと釣り針を買わないと。


 「釣り針って売ってますか?」


 そう聞くとプーキーさんは苦笑いした。


 「釣り針と竿はうちでは扱ってないですね」


 「ああ、そうなんですね」


 でもなんで苦笑いしたんだろう。


 「村の釣り好きが、寄って集って渓流の魚を釣り上げてしまったので、この付近ではめったに釣れなくなったんですよ」


 なんと、魚がスレすぎて釣り道具が売れなくなったそうだ。


 「初夏の一時かな、初めて河を登ってきたマスとかが釣れるのは。それもすぐに釣れなくなるけど」


 どんだけ熱狂的な釣り人が多いんですかね。


 「なにせ細工師のダイナーが筆頭だからね」


 竿や釣り針を作ってる職人さんが、率先して釣りに嵌っているようです。

 ですが、これはチャンスかもしれません。


 この村の周辺では釣れなくても、大森林の奥までいけば入れ食いでした。

 職人技の道具があれば、爆釣間違いなしです。


 プーキーさんにダイナーさんの仕事場を聞いて、すぐに訪ねてみます。



 「あのーこちらで釣具が揃えられると聞いてきたんですが」


 「はいはい、いらっしゃい。おや、噂のエルフさんですな。ダイナーの沼へようこそ」


 愛想良く出てきたのは、壮年の人族の男性で、線が細く、いかにも手先が器用そうな姿をしています。


 「はあ、どんな噂なのかは知りませんが、たぶん、そのエルフでショーコと言います」


 「腕の良い狩人だと聞いておりますよ。それで釣りもなさると。良いですなあ、良い趣味をお持ちです」


 「え、ああ、まあ趣味と実益を兼ねてですけど」


 「確かに、辺境においては重要な食料源ですからね。判ります判ります」


 とあまり判ってなさそうな返事です。

 きっとダイナーさんにとっては、魚は食べるよりも釣ることに意義があるのでしょう。


 あたしは釣ったら食べる派なので。



 通された場所は、仕事場の一角に作られた趣味の空間で、ダイナーさんの釣りにかける思いが伝わる品揃えです。


 「ふわー、凄いですねぇ」


 「これでも一部なんですよ。残りは倉庫にしまってあります」


 どれだけ打ち込んでるんですか。これ本業にも支障がでる規模ですよね。


 「えっと、竿から一揃い欲しいんですが」


 「ええ、どうぞ、手にとって確かめてみてください」


 ずらっと並んだ竿の、手頃な値段のものを試してみます。


 ほとんどが竹の継ぎ竿で、漆で防水加工がしてあります。

 継ぎもしなりもあっちの竿に比べても遜色ない出来です。


 「リールはないのか…」


 あたしが不用意にもらした呟きに、ダイナーさんが即座に反応します。


 「リールとは?」


 「あ、いえ、なんでもありません」


 「いえいえ、はっきりと仰っていましたよね?で、リールとは?」


 ものすごい圧に負けて、ぼそぼそと伝えます。


 「あの、釣り糸を巻き取る為の器械で、糸巻きにハンドルをつけたような…」


 「なんと、エルフの里にはそのような釣具が?」


 「いえ、あたしの釣りの師匠が自作してたものですから」


 エルフなら皆、使ってると思われるのも拙いので、なんとか言い繕います。


 「素晴らしい、ぜひ作ってみませんと」


 「あ、はい、試作品が出来たらみせてください」


 「もちろんです、実物を知っているショーコさんには監修してもらわないと」


 すでに心は新しい釣具へと向っているようです。


 糸は絹糸を200mほど購入します。


 そして釣り針ですが、


 「ほー、疑似餌なんですね」


 釣り針に直接、飾りをつけて、餌に見せかけているタイプです。


 「わかりますか?餌はミミズが一番とか言う乱暴な釣り師もいますが、私は疑似餌が最高の芸術だと思っているんですよ」


 それは確かに工芸品といっても良いほどの出来栄えで、種類も豊富です。

 カワゲラやトビケラの幼虫を模した疑似餌針が、大きさや色を変えてずらっと並んでいます。


 「成虫タイプは無いんですね」


 「いまなんと?」


 「ひうっ」


 またやってしまいました。

 ダイナーさんに問い詰められます。


 「成虫タイプとは?」


 「幼虫が羽化したあとの姿を模った疑似餌です。水面を舞うようにして魚を誘き寄せるやつです」


 「それも師匠どのが?」


 「はい、釣り針と糸の重さだけで操っていました。こう鞭を振るうかんじで」


 「むむむ、かなり高度な技術と道具が必要そうですね。しかし、それゆえに研究のやり甲斐があります!」


 さらなる職人魂に火を灯してしまったようです。



 普通に沈めて使う疑似餌針を6種類ほど購入しました。


 「金貨1枚と銀貨9枚になります」


 ものすごーく、割引してもらえました。

 釣具の情報量分、値引きしてくれたようです。


 あたしとダイナーさんは笑顔で握手をすると、来夏に試し釣りする約束をかわしました。


 「そういえば、魚拓の風習はないんですね…」


 「なんと言いました?」


 「あ、では、またーー」


 「お客様!なんと言いました?お客様!!」



 その後、翡翠亭まで押しかけてきたダイナーさんは、アズサさんに、こっ酷く怒られていました。

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