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村に買い出しにその6

 翌日、朝早くから野営地を撤収して、一路、村を目指します。


 川を歩いて行けば早く着きそうではあるんだけど、このあたりはもう村の警戒域かもしれないので、普通に森を早足です。


 「川面をスキップしてくるエルフって、やっぱり不審人物だと思われそうだしね」


 村に近づくにつれて、伐採された痕跡や、村人の踏みしめた山道らしきものも、ちらほら見え隠れします。


 川で釣り人に出会うかなと想像してたんだけど、それはなかったね。

 きっとそこまで安全ではないのでしょう。


 村のそばまでくればはっきりわかるんだけど、この村、開拓村にしては警備が厳重過ぎるような。

 周囲を囲っている土壁は、高さは3mを越えていて、その手前には空堀も完備されているし。

 土壁の向こうには見張り台が幾つもあり、警備兵が一人ずつだけど警戒にあたっています。


 「なんか村っていうより軍の施設みたいだけど、間違えた?」


 それとも、まだここは最前線なのかもしれない。


 人と自然の生存競争。


 負けたほうが駆逐されていく。



 森の中から気配を断って観察している分には、見張りには気づかれては居ないようです。


 「錬度は低めかな」


 本職の警備兵とかではなく、村の自警団なのかもしれない。ちょっと安心。


 ぐるっと回り込んで、南側にある正門らしき入り口に、今度は気配を現して近づいてみましょう。


 すると直に正門の見張り台の兵士から誰何された。


 「そこで止まれ。この開拓村に何の用事だ?」


 「あの、流れの狩人なんですが、毛皮の買取と宿をお願いできないかと思いまして」


 「エルフの狩人とは珍しいが、獲物はなんだ?」


 「フォレストウルフです」


 そう言って背中に担いだ毛皮をちらっと見せる。


 「ほう、大物だな。腕は良さそうだ。入村税で銀貨1枚かかるが払えるか?」


 「あ、大丈夫です。生活用品も買いたくて、お金は持ってます」


 「なら、ちょっと待て。いま門を開ける」


 正門に設えられた巨大な跳ね橋が、ガラガラと音をたてて、降りて来るのかと思いきや、

 開いたのは、その横の通用口であった。


 「いや、馬車も荷車もないのに、いちいち跳ね橋は降ろさんよ。ほらそこのつり橋を渡ってきてくれ」


 見ると、空堀には簡素な木製のつり橋がかかっていた。

 かなりボロくてちょっと怖い。

 空堀の底には尖った杭とか埋まっているので、さらに恐怖心が増す。


 まあ、エルフのバランス感覚で、落ちたら笑い者だろうけどね。


 「よっ、ほっ、たっ」


 通用口を通るときに、開けてくれた別の兵士に銀貨1枚を渡す。


 「はい、確かに。税金は入村する毎の徴収だから、用事があるならまとめて済ませた方がお徳だぞ」


 「あ、了解しました。ここに冒険者ギルドとかは?」


 「残念ながら、まだ無いな。この村を拠点にしたいなら、宿を長期契約するか、村長に一筆書いてもらえ。それで仮の住民扱いになるぞ」


 「ああ、考えときます」


 ぺこぺこ頭を下げながら、村の中へと入っていった。



 開拓村で間違いないみたいだけど、世界知識にあるより守りが厳重だ。

 この大森林が過酷な環境なのか、他の勢力と揉めてる最中なのか。


 「少し情報を集めてから今後をきめよう」


 村の中をぶらぶらしてみる。


 村人の反応は割りと友好的だ。


 村人以外が珍しいのか、エルフが珍しいのかわからないけど、皆、笑顔で挨拶してくれる。


 「こんばんは、どこから来なさった」

 

 「あ、森の奥ですね(なんだよ森の奥って)」


 「それフォレストウルフでしょ、貴方が仕留めたの?さすがエルフさんね」


 「あ、はい、まあ(実は熊のお零れなんです)」


 「ねえ、ねえ、エルフのお兄ちゃん!」


 「お姉ちゃんだよ(こいつ胸見ながら決め付けてきやがった)」


 見世物状態をなんとか脱出して、宿屋と思われる建物に辿り着きました。


 「すいません、こちらは宿でしょうか?」


 「はい、そうですよって、こりゃ珍しいお客様だ」


 「あ、流れの狩人をやってます。ショーコと呼んでください」


 でてきたのは愛嬌があって恰幅の良い、いかにも宿屋の女亭主といった風情の中年の女性だった。


 「あらあら、翡翠亭へようこそ。女主人のアズサです」



 「こちらは個室だと一晩おいくらでしょうか?」


 「一人部屋は生憎なくて、二人部屋を個室扱いにできるんだけど、1泊銀貨6枚で朝晩の食事つきよ」


 あ、思ったより高い。これ贅沢はできないやつだ。


 「じゃあ、それで一晩お願いします。ちなみに大部屋ってあるんですか?」


 「この村にそんなにお客さんは来ないのよ。この宿も普段は食堂として村の独り者の台所を預かってるようなものね。今日ももうすぐドタバタし始めるけど、先に食事しておく?それとも部屋でとる?」


 大食堂で食べてたら、目立つだろうなぁ。


 「あの、あとで部屋にお願いします」


 「そうね、それが良いでしょうね。うちにはあと通いの料理人が一人と下働きのマーヤって子がいるから、よろしくね」


 「はい、こちらこそ」


 アズサさんから部屋の鍵を受け取って、2階の奥の部屋へと向う。

 なんでも月末には物資を運んでくるキャラバンが到着して、この宿もいっぱいになるそうだ。


 空いてる時期でよかったといえる。


 部屋は8畳間ぐらいで、ベッドが二つ、テーブルが1つに椅子が二つ置いてある。

 このテーブルで食事もできるらしい。

 隅に洗面台があり、小さめの盥に水が張ってあった。


 トイレは2階に1箇所、1階に2箇所で共通。ボットン式だが、深い穴におが屑が撒かれていて、跳ね返りもしないし、臭いも少ない。


 「森林資源を有効活用してるなぁ」


 ちょっと感心した。


 シーツは麻製でかなりゴワゴワしているが、使い込まれてることが幸いして、触り心地は悪くない。

 綺麗に洗濯されているので、清潔感もある。


 ただしベッドは硬かった。


 「スプリングとかまだないだろうからね」


 それでも十分寝れる。


 なにより夜中に狼の遠吠えで目を覚ますことがないのが嬉しい。



 「そうだ、狼の毛皮だけでも売ってこないと」


 バタバタと階下に降りると、厨房に声を掛ける。


 「アズサさん、毛皮を売りに行ってきます!」


 「はいよ、食事は戻ってきた頃に部屋に届けるよ。あと物資の買取は全部、マッコイ爺さんの商店だからね」


 「あ、ありがとうございます」


 宿を出れば、すぐ斜め前に『マッコイ商店』という看板が見えた。

 なんかミサイルから宮殿まで売ってそうな店名だ。


 店の主人は高齢だけど、背筋の伸びた鷲鼻の、いかにもやり手の商店主に見える男性でした。



 「誰だい、お前さん」


 「今日、この村に来た狩人のショーコと言います。よろしく」


 「ほう、狩人ねえ、で、背中のそれは売り物かい?」


 「はい、昨日仕留めまして」


 「どら、見てやろうじゃないか」


 そういって、マッコイさんはあたしの手から狼の毛皮を受け取ると、じっくりと検品しています。


 「まだまだ解体が甘いな。2箇所細かな穴が開いてるし、削ぎ残しもある。ただし大きな切り傷がないのは褒めてやろう。罠にはめて撲殺でもしたか?」


 「はあ、まあそんなかんじです(罠にはめて熊と争わせて、熊に撲殺させたからセーフだよね)」


 「うちじゃあ銀貨3枚がいいとこだな」


 「安!」


 「なんだ、不満があるならどこにでも持ってけば良いさ。だが、隣村まで行くのに5日はかかるぞ。毛皮だってそうはもたん。着くころには価値など半減してるわい」


 「それにしても銀貨3枚は安すぎでしょう」


 「ふん、肉もない、牙もないフォレストウルフなら銀貨3枚でも高く評価しとるよ。嫌なら出ていきな」


 「あ、肉と牙があればいいんですね。ごそごそ はいどうぞ」


 荷物に入れっぱなしだった、枝肉3本と牙を取り出して、カウンターに並べていく。


 「ふん、出し惜しみしよってからに」


 いえ、今まで忘れてたんです。


 「全部で銀貨5枚じゃな」


 「あ、じゃあそれでお願いします」


 マッコイ爺さんはしぶしぶといった風情で、狼の毛皮その他を買い取ってくれた。


 「他に売り物があったら、なんでも持ってきな。物が良ければ高値で買ってやろう」


 「ありがとうございます」



 どうやら審美眼は厳しいけれど、商人としてはまっとうな人のようだ。




 そう思っていた時期もありました。


 狼の毛皮の後日談


 

 「金貨3枚!」


 「店先で大きな声を出すな」


 「だ、だってあたしから買ったときは銀貨3枚でしたよね?」


 「何をいう、売値は銀貨5枚じゃったろうに」


 「それ肉と牙の代金抜けてますよね」


 「とにかく、なめし代やら艶出しの油やら経費がかかっとるんじゃから、買値より高くなるのはあたりまえじゃろう」


 「それにしたって10倍ってぼったくりでしょう。しかも艶出しってあきらかに偽装加工じゃないですか」


 「ふん、それぐらい見抜けないで、ほいほい飛びつく奴が未熟なんじゃよ。商人が売り物に手を掛けるのは基本中の基本じゃからな」


 「それにしても単なるフォレストウルフの毛皮に金貨3枚は…」


 「なにを言うか。幻のエルフが仕留めた一品物だぞ。金貨3枚でも安いわい」


 「あーー、あたしのお陰じゃないですか。取り分ください!」


 「嫌じゃ」


 「この業突く張り!」


 「褒めても何もでんぞ」


 「うきーー」




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