村に買い出しにその5
獣の気配が一切しなくなるまで、川を下ります。
「ここまでくれば大丈夫かな」
警戒スキルを発動しながら、背負っていた狼の死体を降ろすと、血抜きと冷却だけしておきます。
「垂れた血はちゃんと水に流れるのが不思議だよね」
水面に立って血抜きをしていると、掻き切った喉から零れた血が、水流に巻き込まれてあっというまに流れていってしまう。恐らくあたしの所有物と認められなくなった瞬間から、ウォーターウォークの呪文効果からはずれてるんだと思うけど。
ちょっと気になって、尻尾を掴んで狼の上半身を川につけようとしてみた。
すると
「うわっと、引っ張られるー」
急に水圧がかかって狼が川下に流れていこうとした。
踏ん張ると、ずるずると下流に引きずられていく。
「どっせいっ、こうなるのかぁ」
力任せに水から引き上げると、すぐに抵抗は消えて、元通りになった。
その後は楽をして、水魔法で肉を冷却すると、解体場所を探して川降りをつづけてみる。
結局、中途半端な場所で解体するよりも、野営地まで移動することになり、その日は日暮れまで川降りを続けることになりました。
「ここらでいいかな?」
そろそろ日が傾いてきたので、野営地の設営にかかるとしましょう。
ここまで降ると、川沿いの崖もかなり低くなっていて3mほどになっている。
登り易いが、障壁としては頼りづらい感じだ。
ありていに言えば、熊なら登ってきそうなかんじ。
「この先は崖の上もそうかわらないかも」
まあ樹上ならそんなに襲われることもないでしょう。 きっと…
それでも野営地は崖の上にするので、薪を求めて森に少し入る。
やや南に下って来た為か、針葉樹にまじって落葉樹も見受けられるようになり、あるものに期待がかかる。
そして、
「みっけ♪」
ポルチーニ茸である。
『山で飢えてもキノコには手を出すな』
これは登山初心者が必ず言われる注意事項である。
キノコは旨み成分が強く、出汁やスープの具材としては最適だが、カロリーはほとんど無い。
そしてその割りに危険度が高すぎるのである。
なぜなら毒キノコの存在があるから。
はっきり言って素人には判別不能である。
無害そうに見える外見のキノコが、最強の毒素をもっていたりもする。
また、逆に極彩色のどうみても毒キノコが、案外食用だったりもする。
野生のキノコを目に留まった順に食べていったら、7対3で毒が多いのが自然界の掟であるのだ。
しかしここに唯一の例外がいる。
そう、ポルチーニ茸である。
このキノコは食用として美味にもかかわらず、類似した外見の毒キノコが、めったに見当たらない優等生なのである。
しかもその種は本家の近隣には生育しないので、群生していたら、それは全部ポルチーニw
その白い天使の群生が、今、あたしの目の前に。 ジュルリ
「まてまて、あっちでそうでもこっちは違うかも。検索検索」
側によって、見た目や匂い、手触り、宿主にしている木の特性などを植物知識で検索する。
「ふむふむ、どうやらこっちでも良く食べられてる品種らしいね」
森のキノコ摘みの初心者ご用達らしい。
ならば問題なし。
「根こそぎいただきだぜ…と言いたいところだけど、キノコ摘みの基本は全部は狩らないだよね」
来年の為に少し残す、これが長く森の恵みを受けるためのコツなのだ。
「それでも大量大量♪」
両腕いっぱいのポルチーニ茸を抱えて、ご機嫌で野営地に戻ったけど、薪を忘れたのでもう一度森へ。
薪と竈用の石を幾つか集めたら、まずは天幕を張っておこう。
お腹一杯で木登りしたくないからね。
2度目だから、割と手早く準備完了。
次は解体。
土魔法で開けた穴に、余分な部分は削り落とすかんじで、手早く狼を解体していく。
「四足だと鹿も狼もあまりかわらないね」
狼の解体は初めてだったけど、鹿はお祖父ちゃんの手伝いでさばいた事はあった。
鹿の方が肉が多くて処理が面倒なきもする。
可食部が少ないのは減点なんだけどね。
狼肉は枝肉が4本取れたぐらいだった。胸やわき腹は骨ばっかりで、茹でればよい出汁がでそうだけど、今は鍋もないし破棄で。
毛皮は村まで持っていけば、買い取ってくれるかもしれないので、内側の剥ぎ取りは丁寧にやっておく。
頭は、牙だけ抜いて破棄。
水魔法でざっと流して、解体終了。
さてお次はお待ちかねの夕食タイム。
まな板代わりの平たい石をよく洗ってから、切り立ての枝肉を厚めにそぎ落とします。
包丁で満遍なく叩き、筋を切って柔らかくします。
さらにサイコロ状に切って、より食べ易く。
岩塩を振りかけておいて、こっちはいったん終了です。
竈を組んで、薪を着火し、火力が安定した頃に、まな板に使っていた石をそっと運びます。
ポルチーニ茸は、水洗いしたあとで、水気をよくきり、適当な大きさにざく切りして、まな板(今は石板)の上に散らします。
油が狼の獣脂しかないのが残念ですが、それでも立ち上がる匂いが、あたしの胃袋を直撃です。
「ぐふっ、空きっ腹にボディブローはやめて」
なんとか意識を保つと、お肉の投入です。
じゅわああという音が辺りに響き渡ります。
「はっ!警戒警戒」
ヌコ様は遠くても、腹ペコ狼が寄ってくるかもしれません。
この料理を奪われるわけにはいかないのです。
サイコロステーキは丁寧に転がして、満遍なく焼き目をつけます。
これによって肉の旨みを閉じ込めることができるし、お肉全体にポルチーニ茸の出汁が染み渡るのです。
「ああ、お鍋があったらなぁ」
そしたらこの肉汁と茸汁の混ざり合った出汁でスープが作れたのに。
そして完成。
「サイコロステーキのポルチーニ茸添え!」
ふははは、これは美味いに決まってる。
では早速。
「……」
「……」
「はっ!」
人って、本当に美味いものに出会うと、感動で無言になるんですね。
そしてこのお味を一言で言い表すなら。
「まーべらす!」
硬いと思われた狼肉も、丁寧な下拵えと一口サイズに切ったおかげで、ぜんぜん問題ないです。
さらにこのキノコ出汁が絶品。
やはり料理には出汁が重要というのが再認識できました。
旨み成分最高!
もう涙がでるほど美味しいの。
まな板の窪みに溜まった肉汁と茸汁を、ソースのようにからませて食べれば、そこはパラダイス。
あとは無我夢中で食べつくしました。
「ご馳走様でした」
食休みのあと、片付けをして樹上の天幕に潜り込む頃には満天の星空です。
ふと気づいて、樹の一番上の枝まで登って見ました。
「川はこっちだから、その先は……あった」
川を下った先に確かに人口の灯りが見えました。
「あれが先住者さんの書き残した村かな」
ともかく、明日の目標は決まりました。
距離的にもアクシデントさえなければ、明日中には辿り着きそうです。
「よし、明日も頑張るぞ」




