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村へ買出しにその4

 「はっ、はっ、はっ、なんで、こんな、ことに、はっ、なってるの」


 ただいま絶賛逃亡中、ただし追われる側で。

 あたし、ハンターなのに。


 事の発端は、朝、無事に眼が覚めて、天幕を畳んでいるときに起こりました。


 「やば、なんか大きなのが接近してる」


 聞き耳にも警戒スキルにも、バンバン反応してる。

 向こうは隠れる気すらないね。


 急いでバックパックに荷物を詰めて、弓を背負って準備完了ってとこで、突進された。

 あたしの野営していた樹に体当たりしてくる灰色の影。

 その突進で、ここまで揺れが伝わってきた。


 「おおう、グリズリーだ、しかも大きい」


 見たこと無いようなサイズの灰色熊が、何を怒っているのか、あたしが掴まっている樹の根元を、攻撃しています。


 「あ、あの、何かお気に触るような事をしましたでしょうか?」


 「グルルルル」


 「あ、はい、そうですか。ここまでは貴方様の縄張りであると。ならすぐに立ち去りますので許していただけませんか?」


 「ガルルルル」


 「あ、ダメですか。お腹が減って機嫌が悪いと。何か食べるまで収まらないと」


 どうやらこの辺りは、灰色熊のテリトリーのようだ。

 冬篭りに向けて、野生動物はできるだけ栄養を取ろうと努力しているのに、侵入者である。


 「そりゃ怒るか」


 しかし困ったね。

 ここは安全地帯なので、すぐにどうなることもない。

 こっから弓矢か魔法でチクチク攻撃してれば、やがては根負けして立ち去るだろう。


 ただし手負いの獣を野に放つことになる。


 『翔子、いいか、獣は必ず仕留めてやれ。下手に傷を負わせたまま逃せば、長く苦しむことになる。ましてや熊などは、人を恨んで襲うようになるからな』


 祖父ちゃんにも口をすっぱくして言われてた。


 今のあたしには灰色熊を倒すだけの攻撃力が無い。

 どうしたって止めは差せないことになる。


 「あたしの所為で他の誰かが襲われるのも気分悪いしね」


 ではこの窮地をどう脱するか。



 「そうか、傷を負わせず追い払えばいいんだ」


 灰色熊の理解不能な自然現象が起きたら、あわてて逃げ出すかも。


 「良く狙って、集中させて、一気に… 『クリエートウォーター!』」


 何度目かの突進の後、振り向いて距離をとろうとする灰色熊の頭上から、大量の水を降らした。


 「ギャルン!」


 突然の水浴びに、何が起きたか判らない灰色熊は、一目散に逃げ出した。


 「よし、成功だね。今のうちに」


 するすると幹をつたって降りると、崖の方へダッシュする。


 「これで諦めてくれればいいんだけど」



 そうは問屋が卸さなかった。



 「ダカッダッタダカッダッタ」


 熊の足音って地面にも響くんだね。


 獲物に逃げ出されたと怒り心頭の灰色熊は、崖の際まで追っかけてきたよ。


 「はっ、はっ、ストーカーは嫌われるよっ、はっ」


 崖に向かって突進すると、さすがに落下の危険性があるので、熊さんの追撃も抑え気味ではある。

 でも障害物で森側に戻るとなったら、万事休すであろう。


 「本当に、やばい、どうにかして、振り切らないと」


 そう思っているそばから、前方に大岩である。


 「誰?!こんなとこに大岩置いたの!」


 飛び越えるには、高すぎる。回り込んだら後ろから襲われる。


 「だったら、こう『ウォーターウォーキング!』」


 水上歩行の呪文をかけて、一か八か崖の下へ飛び出した。



 5m下の渓流は、ほどほどの弾力をもってあたしを支えてくれた。


 「よっ、ほっ、セーフー」


 落下の慣性をなんとか消すと、崖の上を見上げる。


 「ガルルルル」


 悔しげな灰色熊が、崖から身を乗り出すようにして威嚇してくるが、降りてくる気配はない。



 「あばよ!とっちゃん」


 別れの挨拶をして、川下へと移動しようしたとき。

 南側から遠吠えが聞こえた。


 「うそでしょ」


 どうやら試練はまだ続くようだ。



 今度襲ってきたのは、7頭のフォレストウルフの群れだった。

 ヌコ様のおかげで周囲から獲物が散ってしまい、腹をすかせているようだ。


 「それで熊さんの吼え声を聞いて、あわよくばお零れをってことね」


 崖の上から追われて落ちた鹿などは、足を挫いたりして絶好の獲物なんだろう。


 あたしはピンピンしてるけどね。



 綺麗に包囲されたあたしは、川下へ逃げるしか手段がなかった。


 「はっ、はっ、はっ、なんで、こんな、ことに」


 崖の上の熊さんも、狼に獲物を横取りされるのが嫌らしく、執拗に追ってくるし。

 狼の方も、この獲物は絶対に仕留めるという強い決意が感じられる。


 なにせ、あたしが水面を走っていたから、浅瀬なんだと勘違いして1頭が川に飛び込んだから。


 どうなったかって?


 溺れて流されていきましたよ。


 

 「あと6頭か」


 やってやれない数ではないです。狼なら弓矢で射止める自信がありますし、魔法で止めを刺すこともできるでしょう。


 問題はそれをやっている間の、熊さんの行動なんです。


 足を止めて狼と戦っているときに、頭上からフライングボディプレスをかけられたら、逝けます。



 「前門の熊、後門の狼てことか」


 こんなときは先人の知恵をお借りするしか。


 『翔子や、二兎追うものは一兎も得ずじゃよ。まずは最初の獲物を集中して狩るのが大事なんじゃ』


 お祖父ちゃん、追われてる兎はあたしなんだけど。



 『ショコタン、そういうときは二虎競食の計よ。うざいサークルがキャンプ地の取り合いしてたら、お互いを煽ってもめさせて、こっちはちゃっかり良い場所を確保するって戦法ね』


 先輩、言い方が黒いです。

 でもそれ採用です。



 熊を傷つけると人もしくはエルフにヘイトが向くかもしれない。

 でも狼と獲物を取り合いして負けたら、熊はどう思うか?


 「弱肉強食は野生の掟ってね」


 『ディグ!』


 いいかんじで熊さんが崖の端から身を乗り出したタイミングで、足元の崖に穴を開ける。


 「ガルル?」


 突然支えを失った灰色熊は、重力に引かれて落下してきた。


 ドッボンン


 盛大な水しぶきが辺りに降り注ぐ。


 まさか熊が降ってくると思わずにいた狼があわてて包囲網を広げた。



 驚いたのは灰色熊も同じだろう。

 足元の崖が崩れて、渓流に真っ逆さまである。

 本日二度目の水浴びに、怒り心頭のご様子である。


 さすがに灰色熊を流すほどの水量はなく、川底を歩きながら、対岸に上陸する熊さん。


 その目は理不尽な扱いによる激怒で彩られていた。


 ちなみにあたしは崖にディグで横穴を開けて、その中に潜り込んで様子見である。

 バックパックを蓋にしているので、ぱっと見はわからないはずだ。


 息を潜めて世紀の対決を見守る。


 「ガルルルル」

 「「「バウバウバウ」」」


 お互いやる気満々である。


 普通なら、熊には立ち向かわないであろうフォレストウルフも、空腹に追い詰められれば別である。

 熊が崖からの落下で、ダメージを追ったように見えるのも、彼らの戦意にプラスに働く。


 

 結果、熊の圧勝。


 フォレストウルフは、3体が灰色熊の前肢でなぎ払われたのを最後に、撤退。

 熊は、倒した狼を2体咥えて川上へ戻っていきました。


 「おおう、スプラッタだね」


 戦場は、首がもげかかた狼や、背後から噛み付かれた熊の流した血が、散乱していた。


 持ち運び切れなかったのか、残った狼1体は、こっそり回収しておきました。


 「よし、もうちょっと移動しよう」


 臭いを消すために、渓流の上を走っていくのでした。



 

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