村へ買出しにその3
一夜明けて、今日は村に出発する日。
荷物を厳選して運ばないとね。
「地図と金貨と指輪は確定として」
柄のなくなった、槍の穂先と、鉈の刃はワンチャン修理してもらえるかも。
岩塩も交易品の見本として幾つか持っていこう。村での値段を調べてみないとね。
松脂はパス。手間を惜しまなければ村の近くでも採集できるはずだし、着火しやすい薪ぐらいの価値だろうから。
問題は天幕だよね。
できれば置いていきたいんだけど。
強行軍しても村に一日じゃ辿り着けないから。
どこかで野営するとなると天幕が必要なんだよ。
雨でも降られた日には、アウトだし。
「ただ、天幕を張る場所がね」
最初の野営地を決めるにもかなりの距離をうろついたし、果して都合良くそんな場所が見つかるのか。
「そうか、木の上に張ればいいか」
床用の天幕をハンモックの様に木の枝に縛り付けて、その上に屋根用の天幕を張ればいけるかも。
木登りなら得意だし、樹上なら固定する枝はいっぱいあるしね。
「問題は体重に、枝が耐えられるかだけど…」
まあ、ウッドエルフになって、体重は軽くなってるから大丈夫でしょう。
重い荷物は、そばの幹にでも括って置けばいいしね。
「あとは鍋と食器かあ」
ロープなんかは必需品だし、火打石は軽いから大丈夫。
置いておけるとしたら、ここら辺なわけだけど。
「食事が貧しくなりそうなんだよね」
鍋も食器も使わないなら、ジャガイモの焚き火蒸しか、川魚の塩焼きになる。
まあ、二日ぐらい我慢しようかな。
槍の穂先やら鉈の刃やらで結構荷物が重くなってるから。
日程を二泊に見込んでいるのは、先住民さんとあたしの、森の中でのスピード。
多分、倍はでるはず。
それだと強行軍すれば一泊で済みそうなんだけど、危険を避けるとなると余分な時間がかかるのも道理で。
一応、二泊三日を予定しております。
行軍ルートも3ルートあって、ひとつは崖の上を行くやつ。
安全度が高いけど、障害物も多くてやや時間がかかるのが難点かな。
次が崖の下を行くやつ。
渓流が増水して流された後にできた川原が点在するので、かなりスムーズに走れる。
難点は、見通しが良いので、獣に目をつけられやすいってこと。
そして3番目は渓流を下って行くやつ。
もちろんカヌーとか筏とかないから、歩いて。
実は昨日の夜に、水魔法がランク2に上がったのです。
食器を洗ったり、火傷した手を冷ましたりしてた甲斐がありました。
これで水魔法ランク2の『ウォーターウォーキング』が使えます。
消費MP2で1時間持つから、移動中にMP切れになることは無いと思う。
ただ、途中で切れるとどうなるかわからないので、そこが不安。
魔法知識によれば、効果時間がきれそうになると、術者にはわかるから、すぐに水面から離脱しろって。
それ、湖とかだと岸まで間に合わないよね?
魔法制御スキルがランク2あれば、延長もできるらしいけど、あたしはランク1しかない。
「まあ無理しないで、地に足をつけていきますか」
緊急離脱には使えそうだしね。
というわけで、食料としてジャガイモを幾つか掘り出して、先住民さんのお墓に挨拶してから出発です。
なお、畑に巡らした罠は何もかかっていませんでした。
ヌコ様がちょくちょく顔見せしてくだされば、野生動物は寄ってこないでしょう。
「それでは出発しますかね」
村に向けて行軍開始です。
最初は順調です。
昨日、ヌコ様が来てるので、野生動物は怯えて近所にいません。
なので崖の下ルートを走って、距離を稼ぎます。
途中途中で、いい感じの淵や早瀬があって、アングラーとしての血がさわぐのですが、今はヌコ様ヒィーバーの最中なので、煩悩を振り払って走り抜けます。
もちろん頭の隅には場所はメモしましたけどね。
「そうか、村ならちゃんとした釣り針があるかも」
新たなモチベーションが加わりました。
その日は何事もなく日暮れまで完走です。
キャンプ地は崖の上が安全なので、渓流を渡ります。
『ウォーターウォーキング!』
恐る恐る、流れに踏み出すと。
「うおっと」
うっかりエスカレーターに乗ってしまった、あの感覚です。
しかし以前のあたしなら、転んでいたでしょうが、今はウッドエルフのチート体幹で、なんなくバランスをとりもどします。
そのまま川の流れに身を任せて、10mぐらい川下りをしましたが、
「これ、走ったほうが早いね」
渓流の流れも、ここらはそれ程早くなく、じっとしていると、ルームランナーに乗っている感じがしてきます。
このまま駆けて川下りというのもありなんですが、思ったより踏み込みができないので、全速力で走るのは無理そうです。
「これは崖下を走るのが一番早いね」
呪文の検証は終わったので、渓流を渡りきって崖に取り付きます。
崖の真下が水面でも、問題ないのは嬉しいかも。
「レッツ、ボルダリング!」
あ、その前に警戒スキルで崖の上の安全確認を。
「よし、問題なし」
5mほどの崖も、あちこちに手がかりがあるので、サクサク登れます。
「ふむ、ちょっと奥に行けば、よさげな木があるね」
天幕のハンモックで、体重ごと支えられそうな太い枝のある木を探しました。
「まずロープを1mの長さに4つ切ってと」
それを床用の天幕のループにしっかり結びます。
地面から見上げて、4つの支点を目測で探したら、そこへ天幕を担ぎ上げます。
最初は幹に近い枝に、しっかりと固定し、徐々に遠くへと結んでいきます。
「あ、これだと左右が下がりすぎだ」
何度か試行錯誤した後に、満足のいくハンモックができました。
その上にロープを一本渡して、屋根用の天幕をばさっと掛けて、端を床用天幕に結んでいきます。
あとは、左右の壁用の三角天幕を張って終了です。
「下から風が吹き込むかもだけど、そこは我慢しましょう」
地面に設置していない以上、どうしても隙間ができてしまいます。
重たい荷物はバックパックに詰めて、近くの枝に縛っておきます。
「うん、あたし一人なら十分支えてくれそう」
寝心地も、硬い地面より快適そうです。
「さてさて、日が暮れる前に食事の用意をしないとね」
今日は釣りをしている暇は無かったので、じゃが芋の焚き火蒸しです。
厚手の葉っぱで、皮を剥いたジャガイモを包み、焚き火の下に埋めます。
温石にしたいので、川原から石を集めて焚き火の風よけにします。
「明日はどうしよっか」
ジャガイモが焼けるまで、明日の食事に思いを馳せます。
「村が見えてきたら、強行軍するとして、まだだったらやっぱり魚釣りかな」
地図によると渓流の川下に向かって、『村まで三日』としか書かれていないから、へたすると、地図の端から三日かかる可能性もあるんだよね。
「まあ、考えても仕方ないか。無理しても村までは行くつもりなんだし」
日々の食事が現地調達なのは、いつものことで、今なら樹上生活ができるから、以前より安全度は高いはず。
怖いのは猛禽類と蛇だけど、前者は自分より大きい獲物は襲わないし、後者はこの気温だと動けないはず。
氷属性の大蛇とか出てきたらアウトではある。
「なにせファンタジーだからなー」
存在しないと言い切れないのが辛い。
「お腹減ってると、悪い方悪い方へ思考がいくから」
今はおじゃがを頂きましょう。
土から掘り出して、葉っぱをめくると熱々の焚き火蒸しが登場です。
ここに岩塩をパラリの、よく冷まして…
「はっ!」
周囲を警戒するが、さすがにヌコ様はいなかった。
「でも急ぐにこしたことはないよね」
ただでさえ少ない量のジャガイモである。
今後の食糧事情を考えれば、ここはなんとしてでも完食したかった。
「あつっ、あっつっ、あっちぃ」
口内がベロベロになったけれど、無事に完食。
そして樹上での最初のお泊りでした。




