大森林再びその10
改めてお部屋拝見の時間です。
「こっちの壷の中身は、岩塩と松脂だね」
洞窟を掘削するときに採鉱できた岩塩が大小さまざまな塊で保管されてました。
「とっても助かります、ヌコ様と先住者様に感謝です」
これで塩不足の心配はなくなりました。
松脂は、森の針葉樹から集めてきたものらしく、塊だったり、樹皮に張り付いたままだったり、いろいろです。
「松脂がメインだとすると、光魔法は持ってなかったのかも」
まあ、光魔法使い自体が珍しいようですし(世界知識及び魔法知識により)、光魔法もランク1のライトだと10分しか継続されないので、ランク2はないと夜通し明かりをつけるのは難しいみたい。
床で割れている壷は、中身はからっぽでした。
「なんか綺麗にからっぽだよね」
零れたとしても、何が入っていたかぐらいは見当がつきそうなものですけど…
本命の金属の小箱に取り掛かろうとしたとき、意識の隅で何かが引っかかりました。
「バックパックとか水袋とかもないよね…」
これだけサバイバル能力に長けた先住者の方が、そういう基本的な装備を失うことってあるのかな?
全部失って、ここで0から始めるサバイバル生活をスタートした可能性もあるけど、それなら鉈とか鶴嘴とかが残ってるのはおかしいよね。
「そういえば、なんで金属の刃や穂先だけ残ってるんだろう…」
朽ち果てるにしても、槍の柄なんてすごく時間がかかりそうなんだよね…
まるで…
「やばっ!!」
警戒スキルを発動するのと、天井に反応があるのを確認したのは、同時だった。
頭上から降り注ぐ緑色の粘液を、ギリッギリで回避する。
「グリーンスライム!」
どこに隠れていたのか、床に広がった直径が1m以上ありそうな緑の悪魔が襲い掛かってきた。
「お前が全部、消化してしまったわけね!」
じりじりと距離をとりながら、敵の行動を観察する。
「とにかく一番やばいスニークからの奇襲は防げたよ」
グリーンスライムは、見た目通りの緑色の粘体で、取り付いた物を何でも消化吸収してしまう、ダンジョンの掃除屋さんです。
消化できないのは、金属、土、石、そして骨。
「スケルトンがピカピカだったのも、木製品や皮製品が全滅してるのも、お前のせいね」
アメーバのごとく、触腕を伸ばして攻撃してくるのを、ステップで回避する。
「移動も攻撃速度もたいして速くないんだけど、相性が最悪なのよ」
基本的にグリーンスライムには物理攻撃が通用しない。
切っても突いても叩いても、分裂するだけで倒せない。
「しかも分裂すると、その分、敵の数が増えるわけで」
囲まれると、いつかは避け切れなくて取り付かれることになる。
一旦、取り付かれたら、火で焼くしか引き剥がすことができないという厄介者なのだ。
「火魔法があれば一発らしいけど」
なんで、こんなにやり辛い敵ばっかりでてくるのか。
「ためしにウィンドカッター!」
風魔法ならワンチャン通じるかと思ったけど、結果は2つに分裂しただけだった。
「やっぱりダメか…撤退する?」
こういう時のために、熟練冒険者は松明を用意しておくものらしい。
最初の選択でミスってたのだ。
「でも崖の上に戻って、松明つけて降りて来るまで、こいつが移動しないって保障がないんだよね」
たぶん、空気穴のどれかに潜んでいたんだろうけど、ここで見失うと、いつまでも警戒しないといけないし…
迷っている間にも、2体のグリーンスライムは、うにょうにょと接近してくる。
「そうだ!ディグ!」
2体のグリーンスライムが両方入る位置に、穴を開けてみた。
すると見事に穴に落ちるスライム達。
「すぐに這い上がってくるだろうけど、時間はかせげるはず」
松脂の入った壷の蓋を外すと、樹皮のついた欠片を取り出し、火打石で点火する。
「焦るとうまく点かない…点いて…点いて!」
祈りが通じたのか、3回目で樹皮に火が灯った。
手早く松脂の塊を穴の縁に並べると、燃える樹皮を近づけて、次々に点火していく。
「もう這い上がってきた」
1匹目が穴から這い出そうと触腕を伸ばしてくる。
「えいっ」
燃える松脂を、ブーツの先でスライムに蹴り寄せる。
「ジュワッ」
火が当たったとたん、触腕が引っ込み、スライムが焦げる臭いが漂った。
「逃がさないから」
穴のすぐ縁にへばりついている本体めがけて、松脂火炎弾をお見舞する。
「ジュジュッ、ジュー」
燃える松脂を抱え込むように穴の底に落下したスライムは、そのまま燃え尽きてしまった。
「こっちも」
反対側から登ろうとしていた残りの一匹も、同じように処理する。
「ふうー、なんとかなったね」
ブーツが若干焦げたし、部屋にはスライムの焼けた臭いが充満しているけども、強敵を排除できた。
「さすがにもう、何も出てこないよね?」
警戒スキルを発動するけど、もう反応するものは無かった。
「もしかすると、先住者の方は、あのスライムに食べられちゃったのかな?」
寝ている間に天井から落ちて来て、顔全体に圧し掛かられでもしたら、窒息死まちがいなしです。
その後で、毛布やベッドや衣服も溶かされて、鉈の持ち手や槍の柄も溶かされたのかも。
「スケルトンになったのも、そのせいだったのかな?」
死霊術士が使役する為に召喚するタイプと、死体に死霊が乗り移るタイプとあるらしいから、きっと後者だったのだろう。
「仇は討ちましたので、成仏してください。あと残った備品はありがたく使わせて頂きます、なむなむ」
背負い袋に入った遺骨をもう一度拝んでおく。
そして懸案の金属の小箱です。
「鍵や罠はかかってなさそうだね」
特に目立つ鍵穴もないし、罠が仕掛けられた様子もない。
罠スキルを信じて、開けてみた。
「中には、指輪と金貨と羊皮紙かぁ」
金貨は24枚、指輪は白金製のシンプルな物、羊皮紙は…
「これ迂闊に読むと呪いが掛かったりしないよね?」
古いリボンで留めてある巻物の様な羊皮紙だ。
呪文の巻物にも見えるが、呪いの巻物の可能性もあった。
「あ、でもリボンは何回か解いて結び直した跡があるね」
ということは先住者さんは、何度か見直していると考えてもよさそう。
「この周辺の地図でありますように」
祈りながら開いてみた。
「これは…」
ある意味、この辺りの地図ではあった。
若干、想像と違っていたけど。
「宝の地図?」
いわゆるトレジャーマップである。
伝説の海賊王の隠し財宝から、幼馴染が裏庭に埋めた思い出の貝殻まで、古今東西ありとあらゆるトレジャーハンターのロマンをくすぐって来た、あのトレジャーマップであった。
「えっと、『この地に世界の深遠に触れる鍵を埋める』 か…」
あとは森を流れる渓流と滝の位置、そこからさらに奥に入った場所にあるストーンサークルが記されているだけであった。
「この滝がここで合ってるなら、この場所は北へ1日ぐらい…って、あたしが転生した場所じゃん!」
振り出しに戻る。
「あ、マップの隅に書き込みがある」
マップの下端で渓流の流れは途切れているが、そこからさらに矢印で、『村まで3日』と書き込まれていた。
「往復で一週間かぁ…でも補給には行かないと」
もちろん村に移住しても良いわけだが、
「人族の村だと、すごく浮きそうなんだよね」
なにせ、にわかエルフなので、出来ればコミュニケーションは少なめでお願いしたいとこなのです。
「それで指輪だけど」
リングの内側には『愛しのエルザへ』と彫ってあった。
「結婚指輪なのか婚約指輪なのか。とにかくエルザさんには事情を伝えないとダメかな」
買いたいものもあるし、現金も手に入ったし、一度この村に行ってみるのもありかもしれない。
「服でしょ、矢と砥石とロープ、それから石鹸、調味料、タオル、それから…」
指輪の届け料として金貨は全部せしめる気のウッドエルフであった。
次回からニートハイエルフに視点が戻ります。




