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大森林再びその8

 昨日の夜は、あまり眠れなかった。

 夜の森の脅威度は、慣れと警戒スキルのランクアップもあって、下がったけれど、なんとなく熟睡できない。


 「まず夜が長すぎなんだよね」


 日が沈んでから昇るまで、まるまる半日あるわけで、12時間も寝てられない。

 天幕の中に光魔法で明かりを灯しても、道具の手入れ以外にやることもないし。


 寝付いてから4時間ぐらいで目が覚めて、あとはずっと焚き火で暖をとりながら、夜の森を眺めてた。


 「キツネが一匹、アナグマが一匹、ふくろうが一羽…」


 警戒スキルで反応する動物を数えてみたけど、眠くはならない。



 世界知識によると、エルフは種族的にショートスリーパーらしい。

 睡眠は人族の半分ですむし、なんなら安静にしていれば、眠り込む必要もないみたい。


 「便利だけど、時間を持て余すね」


 長命なのに睡眠時間が短いって、デメリットなのでは?


 「あの、目覚ましより早く目が覚めて、あと30分寝れるとわかったときの幸福感とか、たった5分だけど、二度寝したときの充足感とかは、もう味わえないのかも」


 エルフに転生して、初めて失くしたものがあるのに気が付いた…



 やがて夜が明け始めた。


 二つの月が同時に沈み、つかの間、闇が夜よりも深くなる明け方。


 森の奥から、夜行性の獣達が塒に戻る足音が響き、あとは静寂が辺りを包み込む。


 そしてその暗闇を消し去るように、空が明るく染まっていく。


 森の中からは、生い茂った木々が邪魔をして、日の出を見ることは出来ない。


 ただ、高い木の梢が、色を変えていくだけだ。


 それが、徐々に下に移り、根元を照らすようになると、朝が訪れる…



 「これが、お祖父ちゃんが言ってた、森の目覚めってやつかぁ」



 あたしは、ほんの少し前までと、まったく変わってしまった森の空気を、胸いっぱいに吸い込みながら、冒険の準備を始める…


 「失くしたものもあるけれど、手に入れたものもあるんだ」


 今日も一日、頑張るよ。




 移動の準備はしっかりやる。

 ここには戻ってこないつもりで。


 昨日と同じように、軽装で偵察に行こうかとも考えたけど、戻りが面倒だし、夜までに戻ってこれるかも未定だし。


 最悪は滝の手前に野営地をつくるかんじで。



 「荷物よし、火の始末よし、ゴミの始末よし」


 忘れ物の確認と焚き火の始末はしっかりと。

 土魔法で開けた穴に、捨てたもろもろは、朝には綺麗に埋まっていた。


 「環境汚染になってなきゃいいんだけどね」


 まあ、プラスティックみたいに分解されないものは無いから、大丈夫でしょう。

 異世界のミミズさんとバクテリアさんに期待します。


 

 久々に完全装備となった荷物だけど、そんなに重いとは感じない。

 筋力が上昇したわけもないので、身体のバネで、重さを吸収するコツを掴んだのかもしれない。


 「これなら、移動の邪魔にはならないかな」


 まだ戦闘するには、おぼつかないけどね。



 崖沿いを渓流の上流に向って歩いていく。

 安全地帯を探しにここらへんまで来たはずだけど、滝音とかは聞こえなかった。


 「もっとずっと先なんだろうなぁ」


 警戒しながら森を進むのと、全速で駆け抜けるのでは距離はまったく違うってこと。



 「これ、滝があるってわかってないと、たぶん来ない距離だね」


 崖沿いも、木が密集していて迂回しないといけない箇所もあり、最短距離では進めない。


 途中でミントっぽい野草が群生している場所があり、夢中で採集したりして、結構な時間がかかった。


 「でも、これは見逃せないよね」


 袋に半分ぐらい詰め込んだハーブは、植物知識からもミントだと確認できた。


 「虫除けに使えるし、乾燥させてお茶にもできる。香水の代用にもなるし」


 

 エルフに転生してからお風呂に入ってない。

 渓流で手足は洗ったけれど、洗濯はできなかったし。

 エルフは人族より体臭は薄いし、汗も多くはかかないみたい。


 でもキャンプ女子としては、匂いは気になるのです。


 獲物の嗅覚を誤魔化すためにも、そして身嗜みのためにもね。




 滝の音が聞こえてきたのは、予想より大分時間がたってからだった。


 そして崖の上から流れ込む川は見当たらなかった。


 「これ、地下水脈なんだ」


 たぶん、地面すれすれに水脈があって、崖で噴出す感じで滝になったんだと思う。


 雪解けの季節や雨季なんかだと、地表にも流れが現れるのかも。

 それらしい、痕跡はあったから。


 崖の上から覗き込んだ滝は、かなりの水量で、地下水脈としても大きい部類に入りそうです。

 ダムから放水されてるかんじで、崖の上部1mぐらいから水が噴出しています。


 「これ、滝を直接降りるのは危険だね」


 水圧で押し流されそうです。

 少し横にずれて、足場を探しながら降りるとしましょうか。



 「さて、ラッペリングの準備をしましょう」


  ロープは長めに16mのを用意して、体重+装備の重さを支えられそうな大木の幹に端を結び付けます。

 今回は都合の良い大木が、かなり崖から離れていたので、8mぐらいは、それで消費してます。


 崖の縁には、ロープが岩肌に擦れて切れないように、丸太というか太い枯れ枝をかませます。

 足場を探して、左右に振るかもしれないので、枝は余裕をもった長さのやつで。


 崖から垂らす部分には、ノットを1mおきにつけて滑り止めにします。


 さすがに装備一式は背負ってられないので、最低限に削って、弓矢も置いていきます。



 「まずは偵察から」


 屈伸などの準備運動をしてから、慎重にロープを握って、崖を垂直降下していきます。



 「水しぶきで少し滑り易いけど、岩肌がゴツゴツしてるから、なんとかなるかな」


 距離的には4・5mなんですが、落ちると滝つぼに真っ逆さまなので、緊張します。

 4mほど降下して、ヌコ様が足場に使っていた岩棚に辿り着きました。

 といっても幅が30cmもないでっぱりなんですけどね。


 「ここを通って滝の裏側に入っていったよね」


 真横から見ると、滝と崖には1m以上の距離があるのがわかります。

 そして、丁度中間あたりに、ぽっかりと開いた洞穴の入り口が…


 「あそこかぁ、でも入れるのかな?」


 移動も困難ですが、穴の大きさも直径1mぐらいしかありません。

 必然的に潜り込むことになるわけですが。


 「何かと鉢合わせしたらやだなぁ」


 熊とか、蛇とか、蟲とか


 「熊はないか」

 

 この立地条件で、しかも水がかかりっぱなしの環境に熊が住み着くのは有り得ません。

 でも大蛇とか、蟲とかは逆に居てもおかしくありません。


 「警戒スキルに反応は無しか」


 崖に張り付いたまま、気配を探ってみましたが、特に反応はありません。


 「まあ、洞窟の奥や水底だと、降下範囲がすごい狭まるみたいだし」


 水や、岩壁が邪魔をして、反応がわかり辛くなるみたいです。

 その為に、水中音波探知や地中音波探知のスキルがあるらしいので。


 「あ、土魔法でいけるんだ」


 魔法知識から、土魔法ランク2の『アースソナー』という魔法があることがわかりました。

 さっそく使ってみます。


 「アースソナー(地中探査)」


 アースソナーは、30m以内の地中の様子を音波の反響で調べる魔法です。

 洞窟や地下水脈の外形がわかる他に、移動をしてたり音をたてている生物も認識できます。

 ただし、動かないものは岩などに誤認することもあるそうです。

 そして、モグラみたい地中探査のスキルを持っている相手には、こちらの居場所もばれてしまいます。


 結果…


 「中はかなり広いし深いんだ」


 入り口こそ1mぐらいの穴ですが、中は高さ2m幅1・5mぐらいまで広がっていて、奥行きも20mぐらいありそうです。

 しかも内部の構造はあきらかに人の手で掘削された様子でした。


 「誰かの秘密基地かな?」


 滝の裏側にわざわざ作るとか、かなりの上級者とお見受けします。


 「出入りしてたなら、それようの足場があるはずなんだけど」


 そう思って目をこらすと、ボルダリングの要領で、伝っていける手がかり足がかりが見つかりました。



 「もう誰も住んでないよね?」


 ヌコ様が、警戒もせずに接近していた様子から、ここの主は引っ越したか、それとも…


 「とにかく中を調べてみないと」


 岩塩の露鉱があるのも、人が住んでいたなら納得です。


 「というか岩塩を探して、この穴に辿り着いたのかも」


 

 人が生きていくために、塩は絶対に必要です。

 なければ一週間ほどで体調に変化がでて、やがて動けなくなって、それっきりです。


 海で遭難して漂流すると、真水の確保に苦労しますが、山で遭難すると塩が問題になるのです。


 「水が大量にあって、塩があって、大型肉食獣は寄ってこない(ヌコ様は例外)。ここって秘密基地として優秀なのでは?」



 先住生物がいなければ、リハウスの対象にしてもいいかもね。


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