大森林再びその7
いつも誤字の指摘を頂きましてありがとうございます。
森の主(仮称)と別れたあと、あたしは全力で、荷物を置いた場所へと移動していた。
「はっ、はっ、帰りのこと、考えてなかった、はっ」
滝まで来るときは、ヌコ様(愛称)が一緒だったけど、帰りは一人になるわけで。
ヌコ様の気配に怯えて散っていた動物達の気配が、じわじわと戻ってきていた。
「囲まれる前に、包囲網を突破しないと、はっ」
別に獣たちが連携をとって、あたしを追い詰めてるわけじゃないけど、ヌコ様が切り開いた空間が埋まって、どのルートを通っても何かに遭遇するとしたら、囲まれたのと一緒だからね。
「はっ、はっ、武器がないのが痛い、はっ」
ヌコ様の後を追うとき、一瞬だけ弓矢を装備してくることも考えたんだけど、武器を手にした瞬間に、ヌッコロされる気がしたのでやめた。
今思えば、あたしが弓を持ったぐらいじゃ、ヌコ様は毛ほども危険を感じないんだから、自衛の為に持ってくれば良かったんだよね。
しかし無いもの強請りは意味が無い。
お祖父ちゃんも良く言ってたよ。
『よいか翔子、どんなに強請られても、この山奥にミスドは売ってない。じゃからゴールデンチョコレートも手に入らん』
んーちょっと違うか…
なら先輩の教えによれば。
『いい?ショコタン、無いもの強請りはダメよ。ここには仮設トイレも、使い捨てトイレもないの。茂みで致すのが嫌なら、我慢しなさいな。女の子なんだから3日ぐらい平気でしょ?』
いやいや、絶対に身体に悪いですって先輩…
とにかく、今、手元に無いのを嘆いても、意味がないってこと。
一つだけ、嬉しい誤算があったけど。
身体能力のリミットを突破できたのだ。
転生してから、このウッドエルフの身体に馴染むのに時間がかかってたんだけど、ヌコ様との競争で、なんとなくコツが掴めた気がする。
敏捷力18の世界が見えてきたんだよ。
たぶん、知らないうちに限界を想定してたんだと思う。
転生前に出来なかった事は、今も出来ないんじゃないかってね。
その制限が外れた、と思う。
ヌコ様の走りを参考にして、森の中で、全速で走っても音を立てない走法も学べた。
また、森を立体的に機動するコツも覚えた。
『今なら、8時5分まで寝ていても、学校に間に合う気がする!』
(それは女子高生として、どうなのか?)
なんて無意味な妄想に耽っているうちに到着。
「良かった、荷物は無事だね」
魚を焼いていた休憩地点は、放り出していったときのままだった。
急いで荷物を纏めると、しっかりと弓と矢筒を背中に固定して、屈伸運動を始める。アキレス腱も良くのばして…
「さて、いっちょ、試してみますかね」
崖下の川原が対岸に見える位置まで移動して、垂らしたロープが有ることを確認した。
目測で、やはり川幅は3mちょっと。
踏み切る場所は、コケや落ち葉のない、乾いた岩場で。
こちら側なら、助走距離も十分取れる…
「ショーコ、逝きます!」
3歩めで、十分な加速が付いた。
その運動エネルギーを踏み切りで殺さないように、身体を空へ押し出す様に、斜め前にジャンプする。
「いっけええええ」
荷物を背負った身体は、まるでその重さを感じていないかのような放物線を描いて渓流を飛び越え…
崖にぶつかった。
「ぺぎゅ」
ウッドエルフ、はんぱねぇ…
「まだヒリヒリするよ」
痛む顔面を水魔法で冷やしながら、荷物の再点検をする。
「よし、落し物は無いね」
崖の上から垂らしておいた、ロープを手がかりに、登りきる。
「これも回収しておこうかな」
次回は滝の上からのランペリングになるので、木に縛り付けたロープも大切にしないと。
作業を終えて、そそくさとキャンプ地へと戻る。
「はぁー、ただいまぁー」
誰が返事をしてくれるでもないが、つい、言葉がこぼれてしまう。
キャンプ地も、何に荒らされるでもなく、隠した装備もちゃんと残っていた。
「今晩までは、ここで頑張らないと」
明日以降は滝の近くに拠点を移そうと思っている。
けれど今から引越しするとなると、滝周辺の安全確認をしている間に日が暮れそうなのだ。
「移動は明日にして、じっくり地形とか見てから拠点は移さないと」
ヌコ様なら歯牙に掛けなくても、あたしには脅威となる生物がいるかも知れないしね。
ということで、昨晩と同じ手順で天幕を張ります。
竈も準備して、薪も集めておきます。
「そろそろお腹もすいたなぁ」
朝から虹鱒2匹しか食べていません。
(誰かさんのせいで)
「何か、獲物がいればいいけど」
弓矢を装備して、森の中に夕ご飯を捕りに出かけました。
「なんだろう、警戒スキルに違和感が…」
昨日より、あきらかに反応する範囲が広くなってます。
「ランクが上がった?え?こんなにすぐに上がるものなの?」
もっと毎日繰り返し使って、やっと上昇するものだと思ってました。
「あれかな、逝きそうな目にあったからかな?」
肉食獣に、あたしの警戒スキルをあっさり突破されたのが、ショックで覚醒したとか。
まあ、あの後もヌコ様を警戒スキルに反応させられないか、無駄にあがいてたから、それも関係してるのかも。
とにかく、こちらに接近してくる獣や、身を潜めてやり過ごそうとしてる小動物などを広範囲で発見しやすくなったので、ありがたい。
「木の根の影に隠れているつもりの…そこ」
矢が走り、根っこの隙間に隠れていた鳥を射抜いた。
「よし、ウズラげっと」
地表に近い獲物は、矢を失う可能性が低いので、ありがたいのです。
冬篭りに向けて、肥えたウズラは一羽でも、食べでがありそうです。
前回は、女神様に捧げてしまいましたが、今回はあたしの口に入りそう…はっ!
慌てて警戒スキル全開にしながら辺りを見回しますが、ヌコ様の気配はありません。
「急いで調理しないと」
焼き鳥の匂いを嗅いで、やってくるかも知れません。
その場で、血抜きと水洗いによる冷却を済ませ、急ぎ足でキャンプ地に戻りました。
鍋に多目のお湯を沸かし、ウズラを茹でててから、羽をむしります。
腹を裂いて内臓を取り出し、血合いも掻き出すように取り除きます。
水で洗って、軽く岩塩をすり込みます。
このまま、木の実やハーブをお腹に詰めて、蒸し焼きにしても美味しいのですが、今日はシンプルに焼き鳥です。
とはいえ、竹串に刺して炭火で焼くわけにもいかないので、ワイルドに石板焼きにします。
適当な平たい石を竈の上に、なるべく上の面が水平になるように置きます。
表面を水洗いしてから、その水分が蒸発するまでの間、ウズラの下ごしらえです。
包丁で、ドラム(太ももの部分)、ウィング(手羽先の部分)、ブレスト(胸の部分)に大まかに切り分けて、脂身の多い部分は切り落としておきます。
石板が熱くなったら、脂身を擦り付けて、その上に切り分けたウズラの肉を並べます。
胸肉だけは、小骨が多いので、解体ナイフで叩いてミンチにして、ツミレにしておきます。
焼き鳥は両面がキツネ色になったら食べごろです。
「森の恵みと女神に感謝して、いただきます」
野生のウズラは、飼育された鶏とは違う旨みをもってます。それは塩というシンプルな味付けでこそ引き立つ、滋味です。
「つまり、うまぁーーい」
ドラム二本とウィング二本を焼き終えたら、石板は外して鍋を火にかけます。
こういうときは鍋つかみが欲しいです。
水は少なめで、沸騰したら、ウズラのツミレを投入し、味付けに塩を少々。
骨まで叩いたツミレから、薄っすらと出汁が染み出し、潮汁にウズラの旨みを添えていきます。
「これまた、うまぁーーい」
エルフの舌でも、この繊細な旨みを感じることができて幸せでした。
いやべつにウッドエルフをディスったわけじゃないですよ?
でも、植物性のものしか食べないで居ると、グルタミン酸とかイノシン酸とかの旨み成分に出会わない気がして…
出汁はシイタケとトマトからとるのかな?
ああ、昆布出汁はいけるのか…でもこっから海まで何マイルあるんだろうか。
とにかく、菜食主義のデメリットを避けてくれた、アレクサンドラに感謝しないとね。
その夜は、厳ついエルフの親父が、ウズラの椀をすすって、叫ぶ夢を見た。
『このウズラのツミレ椀を造った料理人を呼べーー』
警戒ランク2→ランク3




