大森林再びその6
崖下はしばらく危険区域ということで、川沿いに探索を続けます。
「ここらへんは、流れも少しゆるやかで、絶好のポイントなんだけどなぁ」
渓流にも流れの強弱があって、淵になって流れがゆるくなってる場所もあります。
そういうとこは、川魚が棲みつき易く、それを狙った水鳥なんかも訪れるわけで。
「鴨がいるってことは、マスか何かが潜んでるってことだよね」
目の前の淵に、鴨の夫婦が泳いでいた。
あきらかに水中の獲物を狙っているかんじ。
「鴨肉も魅力的だけど、この場で倒しても回収できないしね」
矢で射っても、風魔法で首切りしても、水面に落ちたらそのまま流れてしまうのです。
うまくこちらの岸に流れ寄ってくれば拾えるかもだけど、大抵は川の真ん中を通るはず。
「投げ輪?いや糸を結んだ矢とか…」
なんとか回収する方法を考えてるうちに、身の危険を感じたのか、鴨の夫婦は連れ立って、飛び去ってしまった。
「ああ、ネギが、いや鴨が…」
鴨鍋は諦めて、川魚の塩焼きに変更しよう。
淵は深いので、矢で射るのは無理っぽい。
網もないし、銛は…自作でよければ作れるけど、ちょっと水深がありすぎるような。槍術のスキルが必要だったかぁ。
「渓流竿でもあればなぁ」
元より、竹竿から発展した渓流竿なら、木の枝でもなんとか自作できそう。
「作ってみようかな」
そう決めたら、釣り女子の血が騒ぎ出したのですよ…
まず、辺りの安全確認から。
鴨の夫婦が優雅に泳いでいたので、この辺りには彼らが警戒する天敵はいなさそう。(あたしを除けば)
それでも念のために、視認、聞き耳、警戒の3点セットで安全点検します。
「よし、問題なし」
次に、近くの木から枝ぶりのよいのを選んで、伐採。
「ウィンドカッター!」
手早く、ナイフで余分な枝葉を削ぎ落として、竿の形に整えます。
本当は竿の先端に、釣り糸を結ぶ為の、紐を括り付けたいんだけど、今回は省略です。
釣り糸は髪の毛で。
髪の毛の引っ張り強度はすごく強くて、釣り糸に使っても問題ありません。
ただし、しっかり結んどかないと、すり抜けちゃうので、注意が必要です。
「痛っ、痛たっ」
10本ほど抜いて、電車結びで繋げていきます。
電車結びというのは、2本の糸を強く結びつける方法で、釣り糸同士を結ぶのに良く使われます。
問題は釣り針ですね。
釘や針金があれば簡単に自作できますが、ここでは鉄は貴重品です。
古代人は鹿の角や魚の骨から作ったそうですが、手元にありません。
だいたい、魚を釣るのに魚の骨が必要とか、どんな鶏卵論争ですか。
なので、今回は茨を使います。
森の下生えの中には、棘つきのものも多いので、そこから硬いものを選んで採集します。
一本の針金を?マークの形に折り曲げたような釣り針ではなく、茎から3方に棘が突き出している、碇型の釣り針になります。
釣り針と髪の毛、それに釣竿の先端を慎重に繋いで、仕掛けの完成です。
「これは釣り人の腕前を測る恐ろしい竿ですね」
つまり、めちゃくちゃ繊細で、すぐに壊れそうということです。
餌はミミズでもいいんだけど、今回は渓流ということで、川虫を使います。
川原に降りれる場所を探して、慎重に降りると、流れに浸っている石を裏返してみます。
すると…
「あ、やっぱり、いるね」
カワゲラに良く似た川虫がチョロチョロと逃げ出します。
それをささっと捕まえると、棘の一つ一つに丁寧に刺します。
カワゲラは、水生昆虫の一種で、幼虫は羽の無いコオロギみたいな姿をしてます。
成中になると羽化して、水場を飛び回ります。
幼虫も成虫も川魚の好物で、フライフィッシングの疑似餌のモデルにされてます。
カワゲラの他に、トビゲラという種類もいて、こっちは水中の石に、砂粒の筒を貼り付けて棲んでいます。水生のミノムシみたいな奴です。
トビゲラの幼虫は、芋虫タイプなので、針には通し易いんですが、数を揃えるのに苦労するので、スルーです。
準備ができたら少し上流の、よさげなポイントで、ゆっくりと投下します。
「釣り針に返しがないから、かかったら一気に引き上げないと…」
緊張の一瞬です。
浮きも無ければ、錘もない、まさに手先にかかる感触だけが頼りのワイルドフィッシングです。
「… … ぴくっ ヒット!」
魚がスレてないのか、直にあたりがきました。
「ちょっと大きい…でも引き抜くしかない!」
食いついた魚が、針を外そうと反転したりする前に、強引に釣り上げようと試みます。
「うわっ、バレそう」
水面に引き上げたところで、釣り針が糸から外れかけてるのがわかりました。
「だがしかし!」
最後の瞬間に竿をしならせて、魚をこちら岸へ。
「うりゃ」
空いた左手で低空を飛んでくる魚をキャッチ!
「よっしゃ、とったどーーー」
25cmはありそうな、虹鱒です。(たぶん)
鍋に水を張った即席の生簀にほおり込んでおきます。
直に絞めてもいいんだけど、冷蔵庫もクーラーボックスもないから、傷みが激しそうで。
なので、調理直前までは生かしておく方針です。
「原始的な釣り道具でも、いけるもんだね」
気をよくしたあたしは、次の獲物を狙うのでありました。
結果、
12戦6勝6敗でした。
釣果は虹鱒6匹と、釣り道具が自作なわりには、まずまずです。
魚がスレていない(釣り餌に食いつくのは危険と学習すること)ので、入れ食いなのと、釣りスキルがいいかんじに働いていたみたい。
6敗は、釣り針がはずれたのが3回、糸が切れたのが2回(その度に髪を抜くのが痛いです)、竿が折れたのが1回。
特に最後の大物は、尺越え(30cm以上)間違いなしだった。
「くうう、次は絶対仕留めるぞ」
でもあれを釣るにはちゃんとした竿と針が必要だと思われます。
「釣り道具も買い物リスト入りだね」
竿が折れたのを機会に、食事にすることにします。
適度に平らな岩をまな板代わりにして、釣ったマスをさばいて行きます。
水魔法で、水をジョバジョバ垂れ流しながら、解体ナイフでさばいていきます。
「ウロコ剥がしはざっとでいいから、内臓はしっかり取って、血合いも削り取って…」
6匹もやると、飽きてくるけど頑張る。
岩塩をすり込んで、木の串(釣竿の残骸を削って6本作った)に刺して、焼き火の回りに…って焚き火熾してないじゃん。
慌てて、周りから薪になりそうな枝を集めて、火打石で火をつけた。
「危なかった、すっかり忘れてた」
火の勢いに注意しながら、地面に刺した魚串との距離を調節する。
ついでに土魔法で穴をあけ、魚の内臓や血合いを処理しておく。
あとは、焼けるのを待つだけ……
だったはずなのに。
あたしの目の前で、白い猛獣が舌なめずりをしているの…
「これ、死んだかも」




