大森林再びその4
「満足、満足♪」
あの後、鍋にお湯を沸かして、白湯で喉を潤したよ。
「あればお茶が欲しいけど、ないから我慢する」
水じゃないのは身体を冷やさない為。夜は冷え込みそうだからね。
食器は水魔法で洗ったけど、鍋は火にかけたままにしとく。
もう既に日は沈みかけていて、昼行性の動物は塒に帰り、夜行性の動物が動き出す時間帯だ。
「その前に縄張りをしないとね」
少しでもキャンプ地の安全を確保する為に、ロープで縄張りをする。
テントの南は崖になっている。
高さは5mほどあるので、大型の獣は上ってこないはず。
北側は木々が密集していて、ここも通りづらくなっている。
中型の獣ならすり抜けられる隙間はあるが、突進ができないぶん、対応する時間はとれる。
問題は東と西。
疎らな木と下生えの草が茂っているだけだ。
「ここにロープを張り渡します」
20mと17m(3mはテントに使っているから)の2本しかないけど、東と西にわけて、木の幹と幹を繋ぐように渡すのだ。
高さは地表から70cmぐらい。狼が潜るか飛び越えるか判断に迷う高さに張り渡す感じで。
もちろん迷うのは一瞬で、無防備に潜り抜けようとはせず、飛び越えてくるはず(予想)。
でもその迷いが、群れでの狩りを邪魔してくれるはず(願望)。
さらにその先に、蔦で警戒線を張っておく。
蔦と蔦を結び合わせて、3~4mの紐を作り、地上10cmぐらいに張り巡らせる。
乾いた太目の木の枝を短めに切り揃え、蔦で吊り下げて、それを何本か束ねて鳴子にする。
蔦の警戒線に、鳴子を適当な位置に括り付けたら完成です。
「強い風が吹いても鳴るけど、それはそれで獣避けになるかも」
時間も道具もないので、今はこれで良しとしよう。
「そろそろ寝る支度をしないとね」
もうすっかり日が暮れている。焚き火の明かりだけだとテントから離れた場所では作業もできない。
天幕の下敷きの下は固い地面だ。
「シャベルがあれば掘り返して柔らかくしたんだけど」
解体ナイフでもできなくないけど、時間がかかるから今日はガマン。
心配は夜の寒さ。
ソロキャンプだと焚き火を一晩絶やさないのが難しい。
「山火事は勘弁だからね」
あっちではソロキャンプも普通にやってたけど、防寒具はバッチリだし、使い捨てカイロもあるしで、
夜は焚き火は消してた。
「こっちでは熱源がないとマジやばそう」
天幕と地面がくっついてるから、底冷えするだろうし、毛布はペラペラ。
「そこで考えたのが、即席湯たんぽです」
沸かしたお湯を水筒(木製)に入れて、抱き枕の替わりにします。
破裂が怖いので、少し冷ましてからね。
さらに竈に使っていた石を、お湯を捨てた鍋に入れ、慎重に天幕の中に運び込みます。
焚き火で熱せられた石は、それなりの時間、熱いままでいてくれるはず。
「これに水を掛けると、テントの中が蒸し風呂状態になってしまうので注意が必要です」
もちろん、直接触ると火傷するから隅っこに置きます。
焚き火は完全に土を掛けて消し、食器や道具の片付け忘れがないか確認したあと、テントに潜り込みました。
入り口が、三角壁の片側をめくれるように結んでいないだけなので、中に入ったら、内側から革紐でループ同士を結びなおします。
中は暗いですが、あちこちの隙間から月明かりが差し込むので、目が慣れれば問題ありません。
毛布を縦長に二つ折りして、その隙間に挟まる感じで寝転がります。
枕はもう一つの水袋にぬるま湯をいれて代用です。
(熱いお湯は皮が膨張して破れるかもだから)
服も着たままだし、身体をふくタオルもないです。
「凍えないだけ、マシだよね」
あたしは湯たんぽを抱えながら眠りにつきました。
「明日もいい日でありますように…」
夜中に二度目が覚めた。
最初は、寝付いてから2時間ぐらい(体感なので確かではないけど)で、鳴子が鳴っている。
意識は寝ぼけているんだけど、エルフ耳は聞き逃さない。
ガバって起き上がると、弓矢とナイフを装備してから、そっとテントを抜け出す。
「まだ鳴ってるね」
慎重に音のする東側へ進むと、元凶がいた。
鹿です。
それも複数。
「大きいね、ヘラジカかな?」
頭に立派な角を備えたオスが、3体のメスを従えて、夜の食事に出かけてきた様子です。
どうやら、この場所も鹿たちの巡回ルートに入っていたらしく、見慣れないロープに警戒して、うろうろしてるとこで、鳴子にかかった模様。
ここは追い払うのがいいかな。
「ライト!」
いきなり遠距離から、光魔法を飛ばしてみた。
突然の光球の出現に、驚いて逃げ出すメスたち。
オスはさすがに2・3歩後ずさりましたが、踏みとどまってこちらを睨んでいます。
「ウィンドカッター!」
狙いを少しずらして、オスの頭上の枝を風魔法で切り落とします。
突然、落ちて来た枝に驚いて、オスも逃げ去っていきました。
「ふう、なんとか逃げてくれたね」
ヘラジカのオスが、メスの逃げる時間かせぎに、反撃してこなくて良かったです。
あの巨体で突進されて、角でカチ上げられるだけで逝けます。
ヘラジカの突進、舐めたらいかんのですよ。
軽自動車なら正面衝突したら余裕で負けます。
ランドローバーでもアニマルガードがついてなければ、フロントがへしゃげて動かなくなりますから。
とにかく危機は去りました。
ライトが灯っている間に、壊れた警戒線と鳴子を修理して、野営地へ戻ります。
「鳴子が働く事は確認できたけど、ちょくちょく来られると寝不足待ったなしだね」
まだ、暖かいテントの中に再度潜り込みました。
で、さらに3時間ぐらい(本人予想時間)たったとき、突然の悲鳴に飛び起きました。
「ピギャアアアーーー」
「何事!?」
ドキドキする心臓を押さえつつ、武器を掴むとテントを飛び出します。
「ガウガウ」 「ピギュウウー」 「ガウ」
何かが争う音が崖の下から響いてきます。
「あ、崖の下かぁ、焦った~~」
どうやら崖下の渓流に水を飲みに来た何かを、肉食獣が襲っている模様です。
「鹿か何かを狼が襲ってるのかな?見ないと確定できないけど、こっちに向ってこられるとマズいよね」
まさに藪をつついて蛇を出す(狼っぽいけど)に為りかねない。
鹿っぽい何かの冥福を祈りつつ、そっと現場を離れるのであった。
野営地に戻ると、放り出した水筒は既に冷めていた。
「もう一度お湯を沸かしてもいいんだけど、焚き火に釣られて何かが寄って来るのが怖いかな…」
ちょっと考えたけど、鍋の温石も冷めていたので、竈から作り直すことにした。
「そこそこ寝れたし、冷え込みはこれからが本番だしね」
野生の動物なら焚き火は怖がるだろうから、まあ、大丈夫でしょう。
フラグを回収することもなく、湯たんぽと温石の準備を終えたので、再びテントに潜り込む。
「やっぱり安全な野営地が必要かな」
毎晩この状態では、体力はともかく精神的に疲労が溜まりそう。
明日は、崖の下を探索しようと、心のスマホにスケジュールした。




