大森林再びその3
傾く日差しと、鳴り響くお腹の虫に押されるように、森の中を進んでいく。
「ここまで代わり映えしないと、どこでもいいかって、気になるよね」
森が広すぎて、地形の変化が乏しいのだ。これなら最初の日時計で良かったじゃない。
「崖か池でもあれば、と思ったんだけど」
崖があれば洞窟が探せるし、無くても風除けにはなる。
池があれば、それを堀に見立てて、野営地を構想できた。
もちろん、崖の洞窟にも、池の畔にも、先住民(この場合は塒にしている動物)が居る可能性が高いが、獣の塒になっているなら、人(今はエルフだけれども)だって住みやすいのだ。
立ち退きを拒否するなら、武力交渉も止む無しである。
「生存戦略始めますよ」
それほど、切羽詰っているのだ。
特に空き腹が。
さらに30分ほど進んだ時、聞きなれた音が前方から響いてきた。
「左前方からノイズ、これは水の流れる音?…」
少しくぐもった水音は、せせらぎというより渓流に近い。
「にしては、音が遠い?」
不思議に思いながら、水源に近づいていくと、そこで崖に出会った。
下に降る形の。
「なるほど、低い位置に流れてるから、音が反響しないで、遠いように聞こえてきたのか」
崖の縁まで慎重に移動すると、そっと下を覗きこむ。
「目視で高低差5mぐらいかな。崖に沿って渓流が流れてるね」
進行方向が南だと想定すると、渓流は東北東から流れてきて、西南西へ抜けている。
この崖も、左右にしばらく続いている様だ。
「水量はそこそこ、川魚も棲んでそうだけど、釣竿がないか…」
釣り好きの血が騒ぎ出したけど、今はお預け。
まずは場所決めだよね。
「ここがテリトリーの境界になってるのは間違いないと思う」
これだけの高低差があったら、気楽に移動できない上に、川まである。
向こう側からやってくる動物の危険性は無視できるぐらい小さいはず。
「こちら側から襲われたら、崖下に逃げる手もあるしね」
鹿が狼に囲まれたら、きっと怪我を覚悟で飛び降りると思われる。
あたしなら、足がかりがあれば、無傷で降りられるはず。
緊急避難用に、ロープでも垂らして置けば完璧だ。
崖沿いに、左右に移動して、良さげな場所を見繕う。
「崖への見通しは良くて、森側は木が密集してるとこ。出来れば平らな地面に3m間隔で木が立ってるとこ…」
そんな好物件がそうそうあるわけもなく、適当な所で妥協した。
「ちょっと崖が近いんだよね」
もちろん数十メートルは離れているので、うっかり落下することなど無いが、水の音が気になるのだ。
聞き耳スキルから意識を離せば聞こえなくなるが、それだと周りの警戒が疎かになる。
「まあ、無いもの強請りは止めましょう」
それ以外は、条件にあっているので、贅沢は言わない。
「ここをキャンプ地とする」
第一キャンプ地点が決定したのである。
さっそく荷物を下ろし、野営地の設営にかかる。
目をつけていた二本の木の強度と距離を測ると、2mぐらいの高さにロープをしっかり張る。
「これがメインの梁、船でいえば竜骨ね」
渡したロープに布団を干す様に天幕を掛ければ、三角屋根になる。
「床幅を見ながら、左右に引っ張って、ペグで固定すれば…って、ペグないじゃん」
天幕の端には、ループ状になった革紐がしっかりと縫い止めれているが、それを地面に固定する為の機具がなかった。
「うわ、ペグは自作なのかぁ。枝を拾ってこなきゃ」
ついでに焚き火用の薪も集めて来よう。
幸いにも木材資源にはことかかない。
「大漁、大漁」
ほんの10分で、抱えきれないほどの枝が集まった。
「でも、この辺りは鹿がいるみたい。あちこち痕跡が残ってた」
かなり高い位置の葉が食いちぎられていたし、樹皮に角をこすり付けた跡もあった。
「鹿は襲ってはこないだろうけど、鹿を狙う肉食獣が来るかも」
細い木の枝を、解体ナイフで削りながら、防衛計画を練る。
枝分かれした部分を生かして、L字型に削ったペグモドキを6本作り、天幕を地面に固定する。
「そのまま引っ掛けてもいいんだけど、余裕を持たせる為に、革紐で結んでおこう」
天幕のループに、革紐を通して、それをペグに結びつける。
これで屋根が出来た。
床にあたる部分に、下敷き用の天幕を敷き、両端を三角形をした壁用天幕で塞げば、完成である。
「ちょっと隙間風が入るけど、上出来ではないでしょうか?」
短時間で建てたにしては、しっかりしているし、多少の風雨なら防げそうである。
「問題は排水溝か」
テントが急の雨で浸水しないように、周囲に溝を掘るのだが、シャベルが無かった。
「土魔法だと上手くいかないんだよね」
『ディグ』だと深い穴が掘れるだけで、しかも時間がたつと元に戻ってしまう。
木の枝で、即席の鍬を作って見たけど、地面が硬いところがあって、折れた。
そしてなによりお腹が減った。
「よし、今日は雨は降らない。降っても崖下に流れてここは大丈夫」
ということにしたよ。
「お肉♪お肉♪」
歌いながら食事の用意をする。
まず竈。
手近の石を集めて、簡易竈に組み上げる。
「次は着火」
集めてきた薪を竈に組んで、焚き付けを用意して、秘密道具を取り出す。
「じゃじゃーん、火打石~~」
秘密道具でもなんでもないと思った貴方!本気のサバイバルで、ゼロから火を起したことありますか?
大変なんです、本当に。
もし小雨でも降っていたら、絶望するぐらい。
だから、火打石は、人類が考え出した発明の中でもトップ100に入ってきそうな、優れものなんですよ。
ファイアースターターの方が便利だとか、マッチでいいじゃんとか、それは勝ち組の理論です。
持たざる者は、今あるものに感謝するしかないのですから。
「火魔法が使えればとか思っちゃダメなんですよ」
内心では『火魔法最強では?』と思いながらも、カチカチするあたしでした。
ペグを作ったときの削りカスがいい仕事をして、無事、火がつきました。
これで料理が始められます。
「水魔法で調理器具を洗って、鍋に浅く水を張り、竈にかけて沸騰させます」
やはり水洗いした山栗を鍋にいれてさっと湯がきます。
このまま茹で上げてもいいんですが、待ちきれないので、今回は皮を剥きやすくするための下湯ですませます。
お皿に取り出して、水魔法で熱をとり、包丁で手早く外皮と渋皮を剥きます。
鍋のお湯は捨てて、ウサギ肉の脂身を切り取って、ラードのかわりに底に塗ります。
先に半分に割った山栗を投入。中心にまでしっかり火を通します。
すると山栗の方からも油が出てくるので、そこで適当な大きさに切り分けたウサギ肉を投入。
じゅわっと、いい音とともに肉の焼ける香りと、仄かな栗の香りがただよいます。
「くう~~、染みる~~腹ペコお腹に焼肉の匂いが染みる~~」
一応、風向きはチェックして、崖の方向に臭いが流れる様にしてます。
「本当はレアで頂きたいけど、生肉は怖いから、よく火を通してっと」
両面に焦げ目がついたら、お皿に取り上げて、岩塩を振りかけます。
「では、いただきま~す」
森の恵みと命に感謝して。
はむはむはむ、
「うま~い」
こりこりこり
「栗も甘~い」
あとは夢中で食べつくす、食いしん坊エルフが、そこにいた。
「お肉追加で~~」




