大森林再びその2
息を潜めて森に足を踏み入れる。
視界は広くとって、一点を凝視しないように。
聞き耳は全開で、後方も気に留めるように。
警戒スキルは…これ発動してるのかどうか、わかんない奴だ。
「ま、でもやらないよりはマシでしょう」
足音は立てずにひっそりと、歩幅は焦らず、緩めずに。
「初めてお祖父ちゃんに連れられて、森の奥に入った日を思い出すよ。」
『いいか、翔子。ここではワシ等が余所者なんじゃ。縄張りに入ってきた奴を、一目見ようと獣たちが顔を出すじゃろう。恐怖心を持てばなめられる。敵愾心を持てば排除される。平常心で進むんじゃ』
『おじーちゃん、むずかしくてわかんないよー』
『そうじゃなー、「いのちだいじに」じゃな』
『うん、「いのちだいじに」だね』
そういうお祖父ちゃんは「ガンガンいこうぜ」ってタイプだったけどね。
足音が思ったよりしない。ウッドエルフの特徴なのか、スキルのせいなのか。
あたしの肩より高いところには、痕跡が見られない。
枝が不自然に折れてたり、爪で削った跡もついてない。
「大きいのは、この近くには居なさそうね」
でも足元の柔らかい地面に点々と付いてる足跡は、いっぱいだ。
「ウサギが多いかな、これはキツネでしょ、これはオオカミ?」
野ウサギやキタキツネの足跡なら、地元で見慣れてる。
さすがにオオカミは実物を見たことないから、自信ないけど。
大型の猟犬に似てるから、たぶんそうかなと。
「キツネぐらいなら撃退できるけど、オオカミはヤバイかも」
都会の人は知らないかもだけど、キツネも人を襲うからね。
特に子育て期だったり、すごい腹ぺこで何でも食べる気満々だと、銃を持ってないと襲ってくる。
さすがに死亡事故は起きないけど、噛み付かれて重症を負ったり、爪でつけられた傷口から、病原菌が入って、高熱にうなされるとか、普通に起こるからね。
「キツネなめたらアカンのです」
「とか言ってるうちに、第一住民発見です」
小声でつぶやきつつ、背中の荷物を静かに下ろす。
弓を構えて、射線の通る位置まで、慎重に動く。
まだ向こうはあたしに気づいてない。
呼吸を整え、風向きを確認。
矢筒から矢を引き抜いて、弓に沿わせる。
音を立てずに弦を引き絞り、狙いを定めて、そっと右手を離す。
タスッ
狙い通りに首筋の急所に刺さった。
素早く弓を背負い、腰の解体用ナイフを引き抜きつつ、獲物へと近づく。
それはすでに事切れていた…
「ウズラ?いやここら辺だと雷鳥かな?」
換毛期に入ったのか、茶色と灰色の羽毛が斑に生えた、丸っこい山鳥だ。
秋の山の恵みをたくさん食べているのか、丸々太っていて、大変美味しそうです。じゅるり。
「あぁ、そうだ、これ食べちゃいけないんだ」
約束事を思い出して、膝を着くあたし。
猟師のデメリットに『年の最初の獲物は、神に捧げる』があった。
あたしが正式に猟師を始めたのは、転生してからだから、これが最初の獲物になる、はず。
「とほほ、焼き鳥パーティーのはずが…」
泣く泣く、未練を断ち切って、はたと困惑した。
さて、どこのどなたに捧げればいいんでしょうか?
「神様の知識が空っぽだよ。世界の常識だと、山か森の神様ってことらしいけど。」
この世界は多神教なので、神様はいっぱいいるらしい。
「森と狩人の守護女神…あっちでのアルテミスさんかな?この人に決めた!」
世界知識から、良く知られてる神(女神)を検索して、それっぽい人を選んでみた。
でも教会もなければ、祭壇もない。どうしたらいいかわからないから、適当に蔦で雷鳥の両足を縛って、大きなモミの木にぶら下げてみた。
「うんうん、モミの木とチキンで、クリスマスっぽいね」
(どう見ても、モズの早贄である)
「ぱんぱん(拍手の音)、女神様、新米猟師のショーコです。よろしくお願いします」
熱心に祈ったら、雷鳥(の死体)が風で揺れた。
「よし、女神様に届いたよね。」
(それは、どうだろうか)
「さて、このままだと夕食は保存食になっちゃいそうなので、頑張らないと」
幸い、雷鳥に刺さった矢は、曲がりもせずに引き抜けたので、再使用可だった。
地面に下ろした荷物を回収すると、さらに森の奥へと進んでいく。
途中途中で、目印をつけているので、出現地点である日時計広場(勝手に命名)には戻れる。
でもできればキャンプに適した場所を確保しておきたい。
「ここまで足を伸ばすと、広葉樹が少しだけ増えるね」
たかが1・2時間歩いた程度で植生が変わるはずもないが、南向きの斜面にでもでたのだろう、木の実をつけた広葉樹がちらほら現れ始めた。
「お、これは栗の木かな?」
和栗のような大きな粒ではなく、甘栗にするような小粒の栗が、毬の中に隠れていた、
「ちょっと早いけど、食べれるはず」
植物知識によっても、焼くか茹でるかすれば美味とわかる。
「ならば収穫だ」
ナイフで毬を剥きながら、零れる栗を背負い袋に集める。
ほんの10分ほどで、鍋一杯分ぐらい取れた。
「大漁、大漁。炭水化物の次に狙うは、動物性たんぱく質だよね」
お預けになった焼き鳥へ闘志を燃やすのであった。
しかし、いざ探すとなると、見つからないもので…
「くっ、逃がした魚(鳥)は大きい…」
そう思いつつも、日が傾き始めた森を徘徊する。
その時、あたしに驚いて、藪の影から何かが逃げ出していった。
「そこ!」
荷物を下ろす間もなく、感で放った一矢は、見事に獲物の足を貫いていた。
「あ、なんだウサギかぁ……いや、待てあたし、ウサギで十分でしょ」
ついお腹が焼き鳥モードになっていた為に、一瞬がっかりしたものの、肉という観念?概念?から言えば、ウサギの方が上である。なにせ食べでがあるから。
そう決まった後は、早かった。
駆け寄って、解体ナイフで頚動脈を一閃、血を抜いてから、腹を割いて内臓を取り出すこと、わずか3分。マヨネーズの老舗もびっくりのクッキングである。
「肉は冷えた水でよく洗って…」
水魔法の初披露が、生肉の洗浄であった。
「いらない皮と内臓は穴に埋めて…」
土魔法の初披露も、残骸の処理であった。
「よし、あとは腰を落ち着けて料理できる場所を探すだけ」
それが難問なのだけれど…




