大森林その3
夜中に喉が渇いて目が覚めた。
森の果実だけだと、水分は補給できないようだ。
「クリエート・ウォーター(水生成)」
クリエート・ウォーターは、水魔法ランク1の重要な呪文だ。
これさえあれば砂漠の横断も夢ではない。
普通に詠唱するとバケツ一杯分の飲料可能な真水がでる。
さらにMPを消費して威力増しすれば風呂桶一杯分ぐらいの水がでる。
ただし水を入れる容器を用意しておかないと、こうなる。
「床にほとんど零れたな…」
両手で受け皿を作って、溢れ出る水を受けつつ飲み干そうとしたが、水量の加減がわからず、殆どが床に落ちて水溜りになった。
「そしてすごい吸水性だな」
シェルターの床は、バケツ一杯分の水を、さっと吸収して漏らさない。
手のひらで撫でても濡れないのだ。
「朝まで安心ってことか」
ついでにトイレに行っておくことにする。
ハイエルフは、どこかのオスカー女優の様にトイレには行かないという噂があったが、それは嘘のようだ。
確かに森の果実だけで生活していたら、排泄するような量は残らないとは思う。
しかし水分は必要なので、尿意はおこる。
残念ながらシェルターには、トイレは併設されていない。
なので大自然がトイレになる。
「一応、エリアサーチ範囲増し」
安全を確認してから、昼間、ブーツや枕を作った場所に赴く。
途中で周囲を哨戒中のフギンが、様子を見に飛んできたが、問題ない事を告げると、また任務に戻って行った。
ストーンサークルの範囲は、月明かりが差し込んでいるので、思いのほか明るい。
月齢が満月に近いこともあるのだろう。
ちなみにこちらでは月は二つある。
赤っぽい光を放つ、少し大きめの月が『ルーナ』、紫っぽい光を放つ、やや小さめの月が『ステラ』と呼ばれている。
ルーナの月齢周期が28日、ステラの周期が56日で、ルーナの最初の新月は、ステラの満月期なので、それほど暗くならない。ステラの新月とルーナの2度目の新月は重なるので、そのときだけ夜は真っ暗になる。
その為、天候が悪くなければ、夜旅も明かりで困ることは無い。
もちろん森の中に足を踏み入れれば、その限りではないが。
鬱蒼とした針葉樹が月明かりを遮り、足元は闇の中である。
忌避の結界もここまでは効果が及んでいないようで、初秋の虫の音が響き渡っていた。
夜に活動する小動物が、俺の気配に驚いて、カサコソと逃げ散っていく。
「さすがに暗いな、ライト(明かり)」
とたんに周囲が明るく照らされる。
ライトは光魔法ランク1で、10分間、10m半径を照らす明かりを任意の位置に出現させる。
威力増しで光量を増すことも、制御で範囲・効果時間を広げることもできたが、徒に周囲を驚かせることもないだろうと自粛しておいた。
「遠くから何か引き寄せても不味いしな」
なのでとっとと用を足す。
「ディグ(掘削)深さ増し」
ディグは土魔法ランク2の穴を掘る為の呪文である。
基本は半径1m(直径2m)深さ3mの縦穴を地面にぽっかり空ける。
硬い岩盤や石壁だと弾かれる可能性もあるが、横方向にも掘れる。
1時間たつと元に戻り、その際に穴の中にいると生き埋めになるので注意が必要だ。
ただ、野外のトイレとしては重宝する。
「土に還元されるから、自然に優しいわけだ」
落ちたら悲惨だけれども。
プラントフォームで、一部だけヴェインスーツを解き、用を足すと、また戻す。
「MPが人族の3倍あるハイエルフならではの贅沢だよな」
種族特性によりハイエルフは、MPに200%のボーナスがかかっている。
さらに魔力増強6で400%の補正がかかる。
結果、俺の現在のMPは、基本値(知力+精神力1/2)+基本値の600%になる。(合計189)
ランク3(基本的に消費MPは4)を乱発しても問題はない。
3時間ほど睡眠もとれたので、寝る前に消費したMPは完全に回復していた。
なお、このMP総量だと、ランク6の魔法(消費MPは基本32)がギリ6回打てるか打てないかである。
「今度は水量を絞ってと… 『!』」
無詠唱でクリエートウォーターを発動してみた。
成功したが、唱える呪文の選択と魔法技術の制御を意識すると、短縮詠唱より準備時間がかかる。
「これは慣れるまで時間が必要そうだな」
反復訓練に勤しむことにしよう。
シェルターまで戻ってきた所で、ムニンが飛んできて告げた。
「クマ クマ キタ」
どうやらさっきのライトが、熊を呼び寄せてしまったらしい。
すぐにフギンも戻って来た。
「クマ クマ デカー」
どうやら大物が接近しているようだ。
「エリアサーチ範囲マシ時間マシ」
長期戦も覚悟して効果時間も延ばしておく。
「反応は6時の方向から、一頭だけど、早い!」
大型獣(おそらく熊)の反応が、凄い勢いでこちらに接近してきている。
「アース・ウォール(土の壁)円周展開、強度を硬く、幅も厚めで」
土魔法ランク3のアース・ウォールを、ストーンサークルをぐるっと囲むように出現させる。
高さ2m、長さ65m、幅60cmの土壁が、瞬時に盛り上がって防壁をつくる。
「これで防げると良いのだが」
そう思ったとき、2羽の使い魔が揃って警告を発した。
「「 クケエエーー! 」」
それとほぼ同時に、ズドンという地響きをともなった音が轟いた。
「でかいな、しかも体色が違いすぎる…」
土壁の向こう側で立ち上がって威嚇してくるのは、体長が3mを優に超える巨大なグリズリーである。
しかもその体色は、灰色というより黒ずんだ赤に近く、野生の動物には見えなかった。
「動物知識3だと同定できないな。希少種なのか魔物なのか…」
異形の熊型生物は、鋭い爪で土壁を薙ぎ払いながら、しきりに咆哮を上げている。
それを受けて、フギンとムニンは羽を膨らませながら暴風に耐えるような仕草をする。
「咆哮に魔力が込められているのか。」
魔獣の一部には、その咆哮に魔力を込めて敵を威嚇するタイプがいるらしい。
相手を萎縮させるものや、恐慌状態に陥らせるもの、はては気絶状態にしてしまうものもいるという。
猛獣の目の前で、気を失った獲物の末路は、一つしかない。
「けど俺には効かないようだ」
魔力を込める攻撃は、魔法防御力で抵抗するのが普通だ。
俺の魔法防御力を、この熊型生物の魔法攻撃力では突破できないのであろう。
「手段を間違えたな」
こいつが俺の反撃を恐れずに、無防備をさらしてでも土壁を乗り越えて襲ってきたなら、紙装甲の魔術師など、容易く切り裂けたであろう。
しかしいつもの習性で、まず咆哮で怯ませてから、ゆっくり料理にとりかかるつもりで襲ってきたのが敗因だ。
「ストーン・バレット(石弾)」
土魔法ランク1のストーン・バレットは、石の礫を高速で弾き出す、基本攻撃魔法である。
火魔法の『ファイアー・アロー』、風魔法の『ウィンド・カッター』と並んで、初級魔術師が好んで使うランク1攻撃魔法の後三家である。
余談だが、水魔法にはランク1に攻撃系は無い。
様子見で撃ったストーン・バレットだったが、予想通り熊の赤黒い表皮に弾かれて、ダメージを与えられない。
熊型生物は、首筋に当たった石礫を、馬鹿にしたように振り払うと、半分ほど崩れた土壁を破壊しようと鈎爪を振りかぶった。
「だが、こっちが本命なんだよ『!!』」
瞬間発動した威力ましのストーン・バレットが、油断した熊の眉間に突き刺さる。
「グワッッ!」
「これならちゃんと突き刺さると。物理防御は25ぐらいか?」
初撃の威力は知力補正を含めて20~26ダメージ。
2撃目は、威力ましなので30~39ダメージ。
熊に与えた傷の具合から見て、物理防御25が導き出せる。
「グルルルル」
俺の予想外の攻撃が痛かったのか、熊は警戒して両腕で顔を防御した。
それが悪手だと知らずに。
「ボディがガラ空きなんだよ。ロック・スピア(岩槍)威力まし!」
土魔法ランク3のロックスピアは、岩でできた槍で突き刺す、単体の攻撃魔法だが、対象の足元から飛び出すという特徴がある。これにより背中が堅く、腹が脆い亀やワニなどの魔獣に効果的な魔法だ。
もちろん、ガードを上げている相手にボディブローを放つのにも使える。
「グギャアアーー」
まともに下腹部に直撃を受けて、たまらず熊が悲鳴をあげる。
威力を増した岩槍は、熊の表皮を突き破って、内臓にまで届いていた。
「グルル、グルル」
ちっぽけな存在が、想定外に魔法を使いこなす強者であったことを悟った熊型魔獣は、逃走に移るか、全力で襲いかかるかの判断を、数秒間だけ迷った。
それが勝負を決した。
「判断が遅い! サン・ビーム!!」
現状で単体攻撃最大火力を、躊躇なく叩き込む。
光魔法ランク5、サン・ビーム(太陽光線)は、指先から高熱線ビームを放つ大技で、その光属性からアンデッドや闇属性の魔物、邪神の眷属に特効がある。
ドサッ
正面から頭を熱線で打ち抜かれた熊型魔獣は、断末魔をあげる暇もなく事切れた。
「お前の敗因は、俺を草食主義者と侮った事だ」
「「 ソレハ チガウト オモウヨ 」」
フギンとムニンがツッコミを覚えた。
俺「ボディががら空きなんだよ」
熊「カカッタナ」
俺「なに!わざとだと!!」
熊「クルノガ ワカッテイレバ サケルコトモ デキル」
フギ&ムニ「「マスターーー」」
という展開もありだったかも




