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大森林その2

食事はサプリメントで済ませます。

食事も済んだし、少し早いが寝る準備でもしようか。


とはいえ、別段、用意するものもない。

シェルターの床は低反発素材で、じかに寝るのになんの問題も無い(引き篭もりの悪い癖)

野外であちらの標準的なテントを張っても、場所の選択を間違えれば、ゴツゴツした岩肌や、じっとり湿った落ち葉の上などで一晩過ごすことになる。

 置き抜けの身体に残る疲労感を考えれば、こっちの方が数段上とまで言える(それはそうかも)。


 「でもまあ、枕ぐらい作るか」


 床で寝るときの注意は、頭が下がり過ぎて、血流が脳に集中しすぎることだ。

 無意識に自分で腕枕をしたりするが、それは翌朝の感覚の無い利き腕に象徴される、失策である。


 「ゆえに人は枕を欲するのである」


 (そこまで大層なものでもない)



 シェルターから出ようとして、安全確認をしていないのに気が付く。


 「うむ、基地が快適すぎて今の状況を忘れそうになるな」


 一応、座標不明の大森林のどこかに降り立ったのであった。

 周囲、5km範囲の索敵が終了するまでは、安全とは言えなかろう。


 「ほい、エリアサーチ範囲まし」


 広域探査の呪文を範囲2倍にして展開する。

 まだ前回かけた呪文の効果時間が切れていなかったが、これも自己鍛錬である。


 「MPには余裕あるし、許容範囲だな」


 現在ランク4の空間魔法は、ランクの低い呪文をいくら唱えてもスキルの経験があがるとは思えない。

ただ、魔法技能の鍛錬にはなるはずだ。


 「ほうほう、今度は幾つか反応があるな…中型の野生動物かな…」


 自分と言う異物がテリトリーに紛れ込んできたことで、警戒しているのだろう。

 ただし魔物でもなければ、この場の忌避結界を破ることはできまい。(他力本願)



 「一応、偵察するか」


 生息動物の同定もしておきたい。

 あちらでは、野生動物は寒冷な地方ほど個体が大型化する傾向にあるという法則があった。そしてそれは、こちらでも通用するらしい。(魔物はこの適応外)


 「サモン・ファミリア(使い魔召喚)連続魔!」


 サモン・ファミリアは、読んで字の如く使い魔を召喚する、召喚魔法ランク1の呪文である。

 呼び出す使い魔は、小動物タイプに限定され、召喚ごとに個体が異なる。

 効果時間は日の出から日没までか、日没から日の出までであるが、俺はもちろん時間濃い目で2倍にする。

 さらに詠唱短縮で瞬間発動できるので、2連続で呼び出してみた。

 なお「連続魔」は左手に封印された何かが、勝手に言わせた。



 呼び出したのは2羽のワタリガラスである。

 使い魔としてのカラスは、視力に優れ、長距離飛行が出来る上に、人語をしゃべれる。

 猫や蛇と並んで人気な使い魔だ。


 「よし、『フギン』は10時方向へ、『ムニン』は11時方向へ偵察だ。敵影を発見したら観察のちに報告に戻れ」


 「「 カアーー 」」


 俺の命令を聞いて、勢い良く飛び立つ2羽のワタリカラス。

 名前は北欧神話からのパクリもといリスペクトである。


 

 指示された方向へ90mほど飛んだ2羽は、何度か上空を旋回した後に戻ってきた。

 秘密基地の側の横倒しになった石柱に止まると、羽をばたつかせながら、片言の共通語で語りかけてくる。


 「「 オオカミ ヨンヒキ 」」

 「「 オオカミ ゴヒキ 」」


 これは9匹いたというより、片側からは見えない位置に1匹いたということだろう。

 俺のエリアサーチにも、中型生物は5頭しか反応していない。


 「それで体色は?」


 「「 チャイロ 」」


 これは2羽の報告が揃った。


 「ならフォレスト・ウルフで間違いなさそうだな」


 フォレスト・ウルフは森林を主な縄張りにする、中型の野生動物で、遭遇確率はコモン、脅威度はEランク、食用可である。(動物知識からのデータ)


 これが体色が黒だとブラック・ウルフに、灰色だとグレイ・ウルフになり、脅威度が上がる。


 「5頭だと、リーダーが居れば小さな群れで、居なければ大きな群れの偵察隊ってところか」


 さすがに使い魔では、5匹の中に集団を率いている個体の存在を判別できない。


 「せめて体色に変化があるとか、角がついてるとか特徴がないと無理だよな」


 もしくは移動速度が通常の3倍あるとか。



 「どちらにしろ脅威にはなりえないけど、どうするかな…」


 遠巻きにして、近づいてこない以上、ほっとけば諦めて巣に戻りそうである。

 ただし、初戦闘の相手としても丁度良い感じの強さ(この場合は弱さ)でもある。


 上空から使い魔に牽制させておいて、注意がそれた所を魔法で奇襲すれば、たいした危険もない。



 「よし、ほっとこう」


 俺はフォレスト・ウルフの居ない側の森へと足を進めた。


 「「 クウェッ? 」」


 てっきり殺るものだと思っていたフギンとムニンが、揃って首を傾げる。


 「いやだって、森オオカミ殺しても俺に益ないし」



 こちらはレベル制ではなくスキル制。HPもMPも、対応するスキルランクを上げる事で上昇する。

 つまり経験値目的で魔物狩りをする必要はないのだ。

 スキルにしても、実戦で使用したほうが若干上昇しやすいらしいが、それも誤差の範囲。

 ましてや、皮や牙を採取しても、売りに行くあてもなく、肉は食べない(食べれない)。


 「無益な殺生してもね」


 監視要因としてフギンを張り付かせるだけで、放って置くことにした。


 決して森の中を行軍するのが面倒とか、死体を処理するのが面倒とかいうわけではない。



 周囲の警戒と癒し要員として、肩にムニンを止まらせて、森に分け入る。

 何気に始めての探索である。


 「この一歩は小さな一歩だが、引き篭もりにとっては偉大な一歩である。」


 「カアー」


 意味もわからないのに、賛同してくれるムニンの存在が心強い。

 そしてサンダルだと、色々突き刺さって痛い。


 「森の中を歩く装備じゃないよな」


 やはり冒険家には丈夫なブーツは必須であろう。


 「というわけで、プラントフォーム(植物形成)」


 プラントフォームは、手近な植物(樹木、蔦、草など)を思い通りに変形・形成する樹魔法ランク3の呪文である。

 その用途は多岐にわたり、頭上に枝のドームを作って屋根にしたり、蔦を編んで丈夫なロープにしたりできる。

 細かい細工も可能で、草で籠を作ることも可能だ。(籠編みの技能は必要だが)


 さすがに店で売れるようなクオリティで作り出すのは無理だが、急場をしのぐ程度のブーツなら…



 …出来なかった。


 そこには地面に横たわる、左右不ぞろいな靴下の出来損ないがあった。


 「なるほど、俺に裁縫の才能は無いことがわかった」


 「カアー」


 ムニンの相槌が寂しく聞こえた。



 「だが失敗した原因は掴めた」


 靴屋も木製の足型を使って、立体成形しているのだ。

 木材で足の模型を作って、それに蔦を巻きつかせれば解決だ。


 「けれども、それさえ面倒だから、俺はこうする、プラントフォーム」


 呪文を唱えて、自分の足を見下ろした。


 サンダルを包み込むように集まってきた蔦が、そのまま足首に巻きつき、さらに脛へと這い上がってくる。きつくなり過ぎない様に、締め付け強度をコントロールしつつ、膝下で止める。


 「うむ、ジャストフィット」


 足幅や甲の高さ、足首の細さまでオーダーメイドのブーツの出来上がりである。(自力では脱げない)

 着脱に、再度呪文が必要であるが、自己鍛錬だと思えば、どうということはない。

 そしてさらに。


 「あれ、これで服もいけるのでは?」


 さっそく試してみると、いけた。

 間接の可動部だけ、加減がわからずにブカブカになったが、それ以外は悪くない。

 

 実態は、包帯の代わりに細い紐でぐるぐる巻きにされているミイラなのだが、体形にあっているので、特殊なラバースーツにも見える。


 「うむ、ヴェイン(蔦)スーツと名づけよう」


 ちなみに分類は服である。防御効果はない。


 思いのほか、上等な(本人評価)ブーツと服が出来上がったので、満足して基地に戻ろうとしたら、ムニンが鳴いた。


 「ワスレテル」


 「ああ、そうか枕を作るんだったな」


 さすが『記憶』の名を持つ使い魔である。

 ちなみにフギンは『思考』である。

 

 あちらの北欧主神は、思考も記憶も使い魔任せで、大丈夫だったのだろうか…

 それとも2羽を授けた魔女は、主神の脳筋を見抜いて、最も役立つ使い魔を選んだのかも知れない…



 枕をつくってから、秘密基地へと取って返し、眠りについた。


 

 物忘れをする度に、カラスに頭をつつかれる、隻眼の偉丈夫の夢を見た……


 




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