大森林
気が付くと、自然公園の休憩所にいた。
「そんなわけ無いよな」
周囲は針葉樹が主体の鬱蒼とした森で、ここだけ綺麗に円形に切り開かれている。
直径20mほどか。
下生えも刈り取られており、黒い土肌が見える。
中心と思しき地点には丸い石版が埋まっており、それを囲うように、歪な直方体の岩塊が円周のやや内側に並んでいた。
「いわゆるストーンサークルってやつか」
イギリスのストーンヘンジをかなり縮小した感じで、一見すると休憩所のベンチに見えるのだ。
「こういう喫煙所とかあるよな」
高速のサービスエリアで、現代彫刻かなにかと勘違いして、腰を掛け辛いタイプのベンチとか。
「本当にアラスカあたりの自然公園だったりしてな」
その場合は表題が『転生したけど俺だけ地球に取り残された案件について』になると思われる。
恐る恐る中央の石版に近づくと、そこには『直立した三つ葉のクローバー』に見える図形が掘り込んであった。
「確か植物を表すルーンだったな」
異世界知識と植物知識のおかげで、なんとなく想像がついた。
だが、これからルーンが重要になるなら、紋章知識が必須だ。
「やっぱり契約魔法も選んでおくべきだったか」
まあ、後の祭りである。
英語の注意書きも、方位を表す記号も彫られていないことから、ここがアラスカでないことは間違いなさそうだ。
針葉樹に少しだけ広葉樹が混じっている植生から想定すると、亜寒帯あたりであろうか。
あちらで言えば、アメリカ北部、カナダ、ロシア、バルト3国、ドイツ北部あたりに思える。
気温も低めで、かなり肌寒い。
にも関わらず、周囲の木々は若干紅葉しているかいないかなので、季節としては初秋ぐらいか。
「それでこの気温ということは、冬はかなり厳しいぞ」
そこでやっと自分の服装に意識が向いた。
スリッパでなくサンダル。検査服でなく貫頭衣。腰紐に革でできた水袋を提げ、右手に銀色の本を抱えている。
「そりゃこの格好なら寒いか」
貫頭衣から突き出した、細長く青白い手足、男性のものとは思えないほど華奢なつくりの手指。
全てハイエルフとして作り変えられている。
古傷など残っていないであろうし、左手の甲に油性マジックで記された番号もすっきりと消えて……
いなかった。
「おい!運営!!過去のデータが残ってるぞ!ちゃんと消せ!!」
円環の中心で哀を叫んだ。
しかし応えはなかった。
「まじかよ、本気でアルコールか何かないと、落ちないぞこれ…そうだ、こんな時にこそ魔法だ」
脳内で魔法知識を検索すると、書き間違えや簡単なルーンのトラップを消去する魔法が見つかった。
『イレース(文字消去) 契約魔法ランク2』
「ですよね」
ルーントラップうんぬんから、嫌な予感がしていたのだ。
「これは紋章知識を取らなかったツケが、じわじわと押し寄せる前触れか」
知識は訓練では上昇しないので、紋章知識は自力では習得できない。
紋章知識ランク3ないと契約魔法は習得できない。
「あきらめよう」
左手の甲は布か何かで隠しておくしかないな。
「俺の左手には、神の過ちが封じられている」
そうこうするうちに、太陽(こちらでは日輪を司る者と呼ばれている)が傾き始めた。
日が沈めば、気温も急激に下がるに違いない。
「キャンプの用意でもするか」
道具はない。
全部、魔法でどうにかする。
「場所は面倒だからここで良いか」
お誂え向きに、整地もされている。
野生動物が荒らしたり、巣にしたりした形跡がないので、何かしらの獣避け結界でもはってあるのだろう。折角なので利用させてもらおう。
「エリアサーチ(広域探査)範囲2倍」
空間魔法ランク2であるエリアサーチは、半径60mのエリアを探査できる。
敵対生物はもちろんのこと、建造物や死体にいたるまで、探し出したいものを発見できる優れものだ。
ランク2なので『魔法制御』で効果範囲をコスト増なしで2倍にできる。
これにより周囲120m以内の探査が可能になる。
ちなみに『詠唱短縮』で無詠唱にもできるが、初めて使う魔法は、誤爆が心配なので、短縮詠唱(魔法名だけを唱える)で使用している。
「効果範囲に敵影なしと。まあ忌避結界があるなら当然か」
「なら次は、シークレットベース(秘密基地)」
空間魔法ランク4であるシークレットベースは、指定した場所にドーム状のシェルターを出現させる。
シェルターは、半径2mの半球形をしており、魔力の力場で形成されている。
外部から見ると周囲にまぎれるような塗装がされていて、注視しないとそこにあることが認識できない。
内部からは、すりガラス越しに見るように外が見える。
内装はなにも無いが、床は低反発素材が使われていて、そのまま寝ても問題ない。
室温は20度に保たれ、風雨に影響されない。
ランク4魔法なので、効果時間は1週間である。
「まったく問題ないな」
ほんの数秒でシェルターの設営を終えると、俺は中にもぐりこんだ。
周辺こそ、腰を屈めないと天井に頭がぶつかるが、中心付近なら真っ直ぐ立つこともできる。
明かりは外部からの採光だが、暗くなったら光魔法の出番である。
「ランタンの方が雰囲気はでるけどな」
この際、贅沢は言っていられない。
ついでに食事の用意をする。
「おっと、その前に」
警戒だけはしておこう。
「アラーム(警報)」
アラームは空間魔法ランク1で、指定した場所を中心に半径10mの範囲に感圧警報装置を設置できる。何かがそこに侵入すれば、術者の頭の中に警報ベルが鳴る仕組みになっている。
ただし床、もしくは地面を踏まないと反応しないので、飛行生物や幽体などに反応しないという欠点がある。
ランク1魔法なのに効果時間が6時間と長いので、野営のときに使われることが多い呪文だ。
もちろん俺は『魔力制御』を使って効果時間を倍にしておく。
「これなら寝過ごしても安心だ」
さてやっと食事である。
俺はハイエルフの転生デメリットで『草食・昆虫食のみ』を選んだ為に、それ以外を食べられないし、食べたいとも思わない。
きっとデメリットの強制力がそうさせているのだろう。
なので野生動物を狩るとか、魚を釣るとかに労力を割く必要が無い。
本来なら、食用の野草や根菜類を探して森の中を彷徨うのだろうが、これも魔法で解決できる。
「シルヴァン・ベリー(森の果実)」
シルヴァン・ベリーは樹魔法ランク1で、唱えると大粒の葡萄のような実が10個出現する。
これ一つで、一日分の栄養が取れる、驚愕の携帯食である。
ただし10分間のうちに食べないと、消えてしまうし、栄養は摂取できても満腹感は得られない。
味は爽やかな酸味と甘味があって美味しい部類だが、全部同じなので、流石に飽きがくる。
それに耐えられるなら、高性能な機能食である。
「これ、魔法改造スキルで味を変えられないかな…」
暇なときに挑戦して見ようと、心の中のメモに記した。
司書「侘び石は先渡ししてある」
俺「こいつ確信犯だ」




