12/17・言葉の弾丸、ドッペルゲンガー
「星川先輩は、わたしの王子様なんです」
彼女の言葉が弾丸だとして。さて、その弾丸はどんな種類のものだろうか。
弾丸には様々な種類が存在している。私が住んでいる日本には銃砲刀剣類所持等取締法があるため、いち高校生である私にそういった知識は全く無かった。……つい昨日まで。
隣で一緒に映画を見ていた星川周はちょくちょく映画に登場する物や事について解説を添えてくれた。その中に銃火器に関する解説もあったのだ。映画を見ながらの拝聴だったため、その実、ほぼ聞き流していたし途中から寝ていたから教えてもらった知識のそのほとんどは残念ながら頭に残っていない。
確か、そう。作中で主人公が仲間の遺体を発見するシーン。あそこで主人公と一緒にいた銃オタクの人がやけに大仰な動作で驚いてみせて「どうやらこのイカレ野郎は陸戦条約をご存知ないようだ!」というような台詞を嬉々として言っていた。そのシーンを見て「どういう意味なんだ……」となっていたところに「人体に必要以上の傷を与える武器は倫理的にNGなんだよ。条約で決まってる」と周の解説が入ったのだ。
「弾頭の柔らかいものと硬いもの。どちらが殺傷能力が高いと思う?」
柔らかいものと硬いものだったら、当然硬いほうが強そうだ。硬いほうだと答えると周は「物理の問題だよ」と返してきた。
「硬いほうは人の体を貫通する」
「うん」
「柔らかいほうは人の体を貫通しない」
「うーん?」
周は私の額のあたりを指さして、優しく指を突き立てた。そしてそのまま一時静止。
「硬いものは人の体を貫通する。つまり、運動エネルギーを人の体に全て伝えることなく弾丸は人の体を通過するわけ」
突き立てた指に力が入る。リラックスした状態の私の体は、特に抵抗することなく後ろに倒れようとした。どうせ後ろにはクッションがある。そのまま倒れても良かったんだけど、何がしたいのか周は片手で私の肩を掴んでそのまま私の体を引き寄せた。そしてまた額に指先を添える。
「一方で柔らかいものは人の体を貫通しない」
周の人差し指に力が込められる。肩は掴まれたままだから、その力をいなすことが出来ない。
「貫通しないってことは体に残るの?」
「そう。だから体は弾丸の運動エネルギーを全て受け止めてしまって、傷口とか結構エグいことになるらしいんだ。そういうわけで倫理的にNGなんだよ」
それまで結構淡々と説明していた周は説明を終えて、少しだけ、ほんの少しだけ口角を上げて私を見た。周は私を安心させるように「この映画、最後は君好みのハッピーエンドだから大丈夫だよ」と言って私の肩を解放した。
額に圧をかけていた彼の指は、そのまま力が込められたままだったから、弾みで私の体はぐらりと背後に倒れこんだ。
我が家のソファーは肘掛までふかふかの素材であるし、クッションもある。見事、肘掛とクッションの上に倒れこんだ私は、何となく起き上がるのが億劫になってしまって、横になった体勢で映画を見ることにしたのだ。そして、その後の流れは言わずもがな。起きたら何故か周に寄りかかっていて、ブランケットまで掛けられていたという事実には微妙に引っかかるものがあるけど、それはそれとして。
閑話休題。
その女の子は、私よりも幾分か小柄で、意思の強そうな瞳が印象的だった。ジャケットの襟元を見れば緑色のバッジが付いている。どうやら彼女は私よりも一学年下の二年生らしい。
平均よりも少し身長が高い私を、小動物的な印象の彼女は真っ直ぐ見ている。敵意というよりかは闘志のようなものを感じた。
真白辺高校の校舎は二棟あり、そのうち一棟は教室棟で、もう一棟は特別教室棟となっている。私達生徒が主に授業を受けるのは教室棟だ。一階には職員室や事務室があり、二階からが私達生徒の階になる。
四階は一年教室が、三階は二年教室が、二階が三年教室があり、他学年の階に行くのは禁止されてはいないが、何が重要な用事でもなければ基本的に立ち入ることはない。
私が二年生のとき、三年の階というアウェーへ足を踏み入れるのにはそれなりの勇気が要ったものだ。そんな私とは対照的に、不安な気持ちなんて微塵もないのだろうと思えるくらい、彼女の佇まいは堂々としたものだった。
昼休み。昼食をとり終わってお手洗いに行き、用を済ませて教室に戻ると自分が先程まで昼食をとっていた席の辺りに見慣れない女の子が立っていた。
その女の子は私の友人であるミヤちゃんと話していた。机に寄っかかるようにしていたミヤちゃんは私の姿をいち早く捉え、女の子に何事かを言った。女の子は体の向きを私の側に向け、しっかりと目を合わせてくる。
「水瀬さんですか」
「はい」
彼女は一瞬ちらりとミヤちゃんを見て、それから気持ち小さな声で「星川先輩と付き合っていらっしゃる、水瀬あさひさんですか」と問うてきた。
幼馴染のことで知らない女の子に声を掛けられることは、実は初めてじゃない。とはいえ、別に慣れているわけでもないので、それなりに衝撃は受けた。
少なくとも後輩に「そうです、お付き合いさせていただいています」と妙に畏まった返答をしてしまうくらいには私は衝撃を受けたのだった。
私の答えを聞いた彼女が何を思ったのかは分からない。彼女は目を伏せ、何かに耐えるような、そして何かを堪えるような表情をした後、全ての迷いを断ち切るような目を私に向けた。
ひたと視線が合って、何故だか視線を逸らしてしまいたいような気持ちになる。そんな私に構わず、彼女は真一文字に結んであった薄い唇を開いた。
「芳野まひる って言います」
放課後に少し、お時間いただけるでしょうか。
そんな言葉は、内緒めいた響きでそこまで大きなものではなかったのにも関わらず、ざわめく教室内ではっきりと私の鼓膜を揺らしたのである。断る理由なんて見つからなかった。ほぼほぼ反射的に私は縦に頷いてしまった。
芳野さんはきびきびとした動きで一礼したのち、教室から出ていった。伸びた背筋が印象的な後ろ姿を見送って、私はミヤちゃんの「修羅場だねえ」という面白半分の冷やかしを甘んじて受けたのであった。
☆
そして放課後はあっという間にやってきた。あまり人が来ない特別教室棟四階の、屋上へと続く階段の踊り場。そこを指定したのは芳野さんだ。
屋上は安全の面から常日頃から施錠がしてあって、基本的に開くことがない。開くことがないということは、屋上へと続く階段に用事のある人は必然的にごく少数となるわけだ。つまり秘密の話をするのにぴったりな場所なのである。
先を行っていた芳野さんは階段を登りきり、屋上へ繋がる扉を背にして振り返った。目が合って、階段を登り切ろうとしていた私の足は床に吸い付いてしまったかのように動かなくなる。そしてそのまま私は足を戻した。あと三段。踊り場までは届かない。彼女を見上げて私は彼女の言葉を待った。見つめた先の彼女の瞳は、やっぱり、敵意というより闘志が燃えているような瞳だった。芳野さんは口を開く。
「わたし、星川先輩が好きなんです」
そして畳み掛けるように「星川先輩は、わたしの王子様なんです」とはっきり言ったのだ。体のどこかが撃ち抜かれてしまったような、そんな感覚。思わずふらりとしてしまいそうになって、どうにか耐える。
過去というものは復讐しに来るものだ、なんてそんなことをどこかの誰かが言っていた。初めてそれを聞いたときには、どうにもしっくりこなかったものだけど、実体験を経ることにより実感することが出来た。なるほど確かに過去ってやつは執念深いらしい。
「王子様って、一体」
「わたし、生徒会に入っているんです。そこで何度も助けられまして。それが積み重なって、いつのまにか好きになっていて……」
ああ、私はこんなにも可愛くはないけれども。彼女の言葉を聞いて思う。
「わたしは星川先輩のことを運命の相手だと思っているんです」
過去の私は私自身に銃口を向けている。おそらく銃身に入っているのは殺傷能力の高い柔らかな弾に違いない。
そして目の前の芳野まひるさんは、過去の私だ。ロマンチックすぎる、運命なんて言葉を実直に信じている彼女のことを私は他人事だとは思えなかった。




