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彼方の隣人  作者: 夏目羊
3/17

12/12・不透明進路

「もしかして、これから毎日登下校とか……外出時とか一緒にいなきゃいけない感じ?」

「まぁ、そうなるかな」


 爽やかな朝である。私達の町・真白辺(ましろべ)町の空は高く雲一つない晴天で、空気は少し冷たくて乾燥している。爽やかな朝だけど、私の気持ちはちっとも爽やかにならない。

 腹痛はなんとか根性で治した。けど、元凶はまだ解決できていないし、時を待たなければならないから何だかまた再発しそうだ。


 ということで、周と今後のことに関して作戦会議をすることに決めた。まずは朝軽く話をして、放課後にまた一緒に話をする予定だ。周はこの放課後の打ち合わせのことを「デートだね」なんて何やら血迷ったことを言ってくるけど、そんな冗談に付き合っている場合ではないのだ。綺麗に無視させていただく。生命の危機とか彼氏彼女がどうとか、色々擦り合わせておかないと後々大変になるからね。実際問題、ご丁寧にウチまで迎えにきた周が母さんと鉢合わせて「あらあら、まあまあ!とうとう周君と付き合うことになったの?」とか何とか、あれやこれやと突っ込まれたし。適当にごまかしたけど。


「どうしても星川抜きで出かけなきゃいけないときってどうすればいいの?」


 通いなれた学校までの道を歩きながら聞く。一応、誰にも聞かれないよう気をつけながらの声量だ。周も私に合わせた声量で答える。


「そのときは力を使えば守れないこともないから」

「う……でも力を使いすぎると体がダメになるんでしょ」

「気にしなくていい。体は替えがある」

「え、そうなの?」


 いやでも普通に気にするでしょ。もう二度とあんな怖い思いはごめんだし。見慣れた通学路にも危険はいっぱいだ。周りに対して神経を尖らせると周は「ぼくが守るから気にしなくていいのに」なんて普通に言うけど、そういう問題じゃない。


「あ、それと一昨日は他に人がいなかったから良いけどさ。星川の首!あんなの他の人に見られてたらどうするの」

「記憶を消す」

「……。私のせいで他の人が巻き込まれたりしたら嫌だし」

「巻き込まれないよ。そこら辺は神様がどうにかしてる」

「……なんか、すごく御都合主義だ……」


 確かに思い返してみれば生命の危機が訪れたとき、いつも巻き込まれていたのは私を助けてくれた周だけで、他に危険な目にあった人はいなかったかもしれない。海で溺れたときも、それなりに高い場所から落ちそうになったときも周は隣にいて助けてくれた。

 しかし六百回だか五百回死にそうになっている場面にいつも周がいたのか——というと、それは何ともあり得ない話のように聞こえる。いくら私が観察対象だからといって四六時中私を見守るほど周も暇じゃないだろう。


「ねぇ、そもそもどうやって私が危機的状況かどうかを判断してるの?」


 いつも周は答えを出すのにあまり時間をかけない。返ってこない答えに訝り、前に向いていた視線を彼に向けると視線に気づいた周が横目でこちらを見た。


「……常識の範囲内で、君のことは観察している。だから、位置とかそういう……大体のことは把握してる。危機的状況に陥るかどうか、とか」

「あー。だってそれが仕事だもんね」


 彼はしばらく私を観察したのち、前を向いて溜息未満の小さな息を吐いた。


「君は、今のぼくの言葉を聞いて、もっと自身にプライベートが無いことを嘆くべきだ」

「仕事なら仕方なくない?それにトイレとか風呂とかそういうのは覗いてないんでしょ」

「……何故断言できるの?」


 今度は周が訝る番だった。少し笑ってしまう。


「約十年一緒にいたんだよ。考えてることは今でもそこまで分かんないけど、そういうことはしてないんだろうなって思ってる」

「君の言うこと、言葉としては理解は出来るけど君の考えに共感は出来ないな」

「だって周は宇宙人だもんね」


 それはもうお互い様だと思うし、そういうものなのだと思う。



 ☆



 そういえば、ちゃんと一緒に登校するのって久しぶりだったな、と教室に着いてから今更ながらに思った。

 それまでは何となく一緒になって帰る方向も一緒だし、ということで並んで帰ることはあったけど、示し合わせて登下校を共にしたのは中学の一年の冬以来だったと思う。


 通学鞄を机に置いて、コートとマフラーを椅子に引っ掛ける。ああ、そういえば一限は国語だったっけ。人が集まり始めている教室からロッカーが設置してある廊下に出ると、冷たい空気が私を情け容赦なく震え上がらせた。冬生まれだけど寒いのは苦手だ。

 国語の教科書と便覧を片手に教室に入り、自分の席を見ると五十音順の出席番号が前後のよしみで仲良くなった宮野(みやの) 夕夏ゆかことミヤちゃんが座っていた。彼女は頬杖をつきながらこちらに手を振っている。


「ミヤちゃんおはよ」

「グッドモーニン水瀬。今日は幼馴染と登校してたでしょ」

「教室から見えた?」

「もうバッチリ」


 重たい教科書類を机に置いて、机の横に掛けた鞄から筆箱を取り出す。ミヤちゃんはそんな私の動作を座ったまま見守っている。


「さっき二人見てて思ったんだけどさあ。星川って水瀬といるとき表情がなんか柔らかいよね」

「そ?」

「一年のときクラス一緒だったけどさ、星川って大体真顔でしょ」

「まぁね」

「なんか、怪しくない?」


 目をキラーンとさせてミヤちゃんは迷探偵っぷりを爆発させた。


「実際、水瀬はそんな幼馴染のことをどう思ってるのさ」


 どう思っているか、かぁ。少し考えて口に出そうとする。でも、やっぱりすんでのところで飲み込んで、一旦考え直して再構築。


「好きだよ。幼馴染だから、恋とかそういうのとは遠いような気もするけど」


 ミヤちゃんはぱちぱちと瞬きを繰り返した。せっかく答えたのに返ってくるのは沈黙だけだ。そして、よくよく彼女を見てみると視線が微妙に合わないことに気がつく。視線を辿って後ろを振り向くとそこには噂の星川周が立っていた。


「星川、どうしたの?」

「ああ、うん。朝、あさひに放課後のことについて話してなかったと思って。授業が終わったら昇降口のところで待ち合わせよう。帰りにドーナツ屋に行こう」

「あー、わかった」

「質問したいこと、まとめておいて」

「うん」


 それだけ伝えると周は「宮野さん、話の邪魔をしてごめんね」と言って自分のクラスに帰っていった。ミヤちゃんはそんな周の背中と私の顔を見比べる。


「星川っていつも涼しげな顔してるイメージあるけど、あんな顔もするんだね」

「どんな顔?」


 ミヤちゃんは腕を組んで「うーん、うーん」と唸ったあと、いかにも自信がなさそうな顔で「苦虫を奥歯で百匹位噛み潰して、舌の上で堪能しないといけないって状況に陥ってるときのような……そんな顔かね」と零した。なんだそれ。私も見たことがない表情だ。思わず笑ってしまった。


「ていうかさ、何?水瀬は幼馴染とドーナツ食べ行くの?私が塾行ってる間に?」

「あはは」

「あぁ、もう!推薦組が羨ましい!」



 ☆



 一昨日からのことに関して色々考えながら『宇宙人への質問表』をノートの片隅に纏めていたら放課後まではあっという間だ。掃除を終えて昇降口に行くと周はどこにもいなかった。まだ掃除が終わってないのかな。

 上靴からスニーカーに履き替えて下駄箱の側面に背を預ける。ジャージを着てこれから部活に向かう様子の二年や一年、それから下校するんだろう三年生。彼あるいは彼女達の背中をぼんやり眺める。単語帳を手に持ちながら下校する同級生には心の中でエールを送る。頑張れ。三回ほどエールを送ったところでポンと肩を叩かれた。


「遅れてごめん」


 待ち人来たる。「いいよ、そんな遅れてないし」と返すと周は微かに眉を寄せた表情で「進路の話で先生に捕まった」と遅れた理由を述べた。

 今までそんなことは思わなかったけど、色々なことを知ってしまったあとに彼の口から進路、という言葉を聞くと何だか言いようのない違和感を覚えてしまう。宇宙人なのに、進路とか関係あるのかな。どちらともなく歩き出す。


「宇宙人に進路ねぇ。必要あるの?」

「ぼくが下されている命令は、人間社会で生活しながらヒトの観察を行うことだから進路は重要だよ」

「そんなものなの?」

「そんなものだよ」

「じゃあ普通の人間と同じように生活していくんだね。大学入って就職して……結婚は?」


 周は私の顔をひたと見つめた。学校からあまり離れていない一方通行の道で、前からしか車は来ない。だから油断していた。

 いきなり肩を抱かれて引き寄せられる。目を白黒させていると、周は静かに「自転車」と呟いた。瞬間、背後で勢いよく風が巻き起こる。穏やかじゃない風だった。慌てて視線を動かしてみれば明らかに携帯を持ちながら走行している自転車の後ろ姿が。な、ながら運転!


「今のは速度超過でしょ……ながら運転だし!」

「二重に道路交通法違反だね」

「ほんと、びっくりした」

「確かに、脈拍数が上がってる」


 冷静に指摘されると何となくこちらも冷静になってくる。「助けてくれてありがとう」と言うと周は短く「ん」と返して自然に私の手を握った。

 私の手を握った彼の瞳はもう進む先に向けられていて視線は交わらない。手を引かれて前に進む。そして唐突に思い出した。周は過去に彼女がいたことあったよなぁ、なんて、今現在、全く関係ないことを。


「周は今日何のドーナツ食べるの」

「シュガーグレーズドーナツ」

「それ、昔から好きだよね」


 結婚に関して、なんとなく話を逸らされたような気がした。あまり突っ込まれたくないのかもしれない。


 私達は大学に行って、就職して、大人になっていく。今よりも大人になった周の手が、今みたいに誰かの手を取って歩く日が来るんだろうか。だとしたらきっと私は邪魔になるんだろうなぁ。観察対象が変わったりとか、するのかな。いずれにせよ、この手の温もりが無くなるのは惜しいと思った。

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