エピローグ 幻想世界の怪力男
「条約締結の証書、たしかに受け取りました。今後とも、よろしくお願いするがです」
封蝋が押された書簡を手に、スーサが恭しく頭を下げる。
玉座から見下ろす女帝マンコは、彼女に「うむ」と一言頷いた。
「此度の条約――アオイタツの輸送網を活用できれば、操甲者の生産運用は一気に現実味を帯びる。着実な一手目である」
「一手目。魔者の残党を一掃するための一手目ながですか?」
「いや、そうではない。異界からの魔者流入は途絶え、あとは自己繁殖する種のみがこのクァズーレに残っている。これらはもはや、生態系の一部を為している。この惑星に住まう者の一員を、わざわざ滅ぼすような愚行はせぬ」
――もっと、先だ。ずっとずっと、先のことだ。
殖種帰化船団の転生者は、時の果てを見るかのような遠い目をして呟いた。
「魔者たちが一足先に為したこと――この惑星に、“我々”が是非を問うこと。それが理不尽でない形で行われるために、積み上げてゆかねばならぬのだ。この世界の歴史をな」
*
北の大陸ゲ・ムーは相変わらずの曇天。
連なる山脈に、金属音が幾度も木霊する。
「シュッ!」
「ハァ!」
大地に義手を突くと同時に放たれたキハヤの蹴りを、ランダが蛇矛の柄で受け止める。
返す刀で波打つ刃を振るえば、鬼人は鋼鉄のスネ当てで受け流す。
二人の攻防は息を呑むほど激しく、息を呑むほど美しい。
その演舞を見守るのは、腰に色違いの紐を巻きつけた竜人衆である。
「お、お、巫女さまも、キハヤさんも、つよい!」
「つよいな!」
「つよい! 巫女さま!」
「つよい! キハヤさん!」
「「「ウォーーーッ!」」」
興奮した竜人たちは、居ても立ってもいられず、手近な者同士で二人一組になり。
“師匠”の動きに倣い、蹴りの演舞を始めた。
*
モア王都オストリッチ郊外、ドド山の頂に数匹の飛竜がトンビのように旋回している。
ワイバーンがギャアギャアとけたたましく吠えるのは、下方から発火矢を射掛けられているからだ。
雨を逆さまにしたかのような火矢の攻撃に、竜は空中に釘付けである。
「そうだ、できるだけ広く散らせ! 弾幕を張るんだ!」
弓を番えるオークの冒険者達に、ひときわ存在感を放つオークがダミ声で指示を飛ばす。
縞模様迷彩の刺青に、王女より賜った羽の首飾りを提げた亜人勇者は、腕利きオーク衆を束ねて飛竜の『足止め任務』についていた。
「粘るだけ粘るぞ! でもって“騎士団長殿”が飛んできたら、一気に撤退だ!」
*
「あ――タエル!?」
ミンゴ村のトハギは、驚いて運んでいた薬草束を取り落としそうになった。
ゆっくり地面に荷を置こうとする彼の後ろでは、幼馴染みがバサァと薬草を放り捨てて駆け出していた。
「うわーっ、タエルだ! すげぇ! また来てくれたんだ!」
「ナモミ、トハギも、少し見ない間に背が伸びましたね」
目を輝かせるナモミ少年に一歩遅れて、トハギ少年も筋肉僧侶に駆け寄る。
「あの移動神殿は? どこかに置いてあるの?」
「ああ、それはですね――」
「――ペラギクス工廠で大規模整備を受けています」
タエルの背後からひょっこり顔を出した美少女に、少年二人はドキリとして、その後、再びの驚きに声を合わせ。
「もしかして“女神ルア”!?」
「すげぇ、ホンモノだーっ! ルア様の像、今は村の祠に祀ってあるんだよ!」
「ふふ、ありがとうございます。後で村長さんにもご挨拶しますね」
自然に微笑むルアに、少年二人は頬を赤らめた。
胸の高鳴りを誤魔化すように、トハギが言葉を次ぐ。
「あ、そういえばタメエモンはどうしてるの? また見たいよ、スモウ」
「うん、見たいよね。村でもスモウやってるけど、やっぱりタメエモンが一番すごいもんね。ねぇタエル、タメエモンは?」
少年たちの問いを受け、僧侶タエルは空を見上げた。
彼の眼差しは、珍しく浮かんでいた白昼の月に注がれる。
「ああ、たぶん今頃は――――」
*
「大相撲月面場所の初日よ。体調は万全かしら、タメエモン君?」
「うむ。殖種帰化船団のちゃんこも中々だったしな」
控え室の発光する柱でテッポウを続けながら、タメエモンは背中越しに答えた。
ミネル=カパックは手にした万能端末の画面に『月前線基地』の見取り図を表示させ、アイコンの一つに触れる。
ポップアップ表示されたのは、これからタメエモンが立ち合う転生者の力士である。
「せっかく、ここまでの場を設けてもらったのだ。良い相撲をとらねば」
「いつも通りやれば良いわ。主催者に気を遣う必要もないわよ。だって、これは“功労者”に対する正当な報酬だもの」
報酬。
ゲ・ムーでの戦いの後、殖種帰化船団の一部が大日天鎧にコンタクトをとってきたのだ。
黒瑠魔羅王の脅威を排除した転生者のタメエモンは、彼らに一つだけ望んだ。
彼が望むことはたった一つだった。
「おうとも。クァズーレの横綱として、恥じぬ相撲をとってくるぞ!」
「タメエモン君、クァズーレ本星と違って、月では重力が6分の1なのを忘れないでね」
「おう。踏ん張りがききにくいということだな。いつぞやのヌルヌル相撲が良い稽古になったわい」
「あら、それは良かった。じゃあ、今後の稽古メニューにローション相撲も取り入れておこうかしら?」
眼鏡のブリッジに指をあてて微笑むミネルに、タメエモンも笑い返す。
「お前さん、やはり良い“おかみさん”になるぞ!」
「当然じゃない。あなたこそ、良い親方にならなきゃ姉さんが許してくれないわ。私を奪った男なんだから。生半可な相撲じゃ、認めて貰えないわよ?」
「ガハハ! いつも通りで良いのか、気を張るのかわからなくなったのお! よぅし、時間だ。ひとつ行ってくる!」
妻に見送られ、力士はいよいよ花道へ。
月の砂を固めて作った特設の土俵は、殖種帰化船団のデータを基にして、あるべき姿に再現されている。
土俵に上がったタメエモンは、足元の塩を掴んで撒いた。
白い粒は、ゆっくりと宙に漂いながら土俵に落ちてゆく。
「さあ、ゆくぞ!」
四股を踏んでタメエモン、月の力士と仕切りに入る。
向かい合った力士と力士、二人の気迫が呼応して。
軍配構えた行司の声が、満を持して吊り屋根に響いた。
「はっけよい、のこった!」
相撲取り・イン・スーパーロボット ~異世界場所巡業譚~
おしまい




