その6 千秋楽
山々の稜線が白い輪郭を持ち、闇の帳は上げられた。
夜明けの光は、大白金力士を輝きの色に染めてゆき。
<<はっけよい、のこった!>>
空中土俵の大相撲は、突っ張りの応酬で幕を開けた。
黒瑠魔羅王が剛爪を幾烈も振るえば、スクナライデン負けじと腕部の強化噴進機関に点火してロケット突っ張り。
交錯する巨爪と豪腕がぶつかり合うたび、火花と天資結晶が煌いて散る。
「グオオオオ!」
「ムン!」
咆哮と共に右から迫る邪竜王の爪撃に、タメエモンは右の突っ張りでクロスカウンター!
爪を弾かれ空いた竜の側頭部へ張り手着弾! 続け様に左右で連撃!
怯みかけた黒瑠魔羅王だが、剥き出しの闘志が巨体を前へと押し出す。
力士の張り手を自らの顔面で受けとめ、生え揃った牙の一部を折られながらも右剛爪を突き出した。
竜の腕がスクナライデンの喉元に喰らいつく!
「喉輪攻めか!」
「……こんなモン、どうってことないだろ?」
首をへし折ろうと力込める黒瑠魔羅王の右腕を、スクナライデンが両腕で挟み込む。
タメエモンがとろうとする行動は、ルアの思念入出力によって他の搭乗者達に伝わっている。
<<出力上昇! 赫力解放!>>
スクナライデン爆加力、背面と腕に搭載した噴進機構から炎を噴き出した!
邪竜王の膂力に真っ向から挑む!
喉から竜の爪を引き剥がすと、そのまま密着。
二脚で立つ竜の腰部、装甲鱗に手をかけ両差し!
黒瑠魔羅王は力士の胴に爪を立て、力任せに持ち上げようとする。
だが、白金力士の両足は土俵に吸い付いて離れない。
大型タンカーですら軽々と放り投げるであろう、竜の力。
それでも力士は上がらないのだ。
まるで重力そのものを操っているかのように、機神力士は動かない。
「どうだ黒瑠魔羅王――こいつが、“相撲”だッ!」
重心の操作に長けた柔道家などは、大地に根を下ろせると言う。相撲もまた、然り。
体格膂力に勝る異世界魔獣といえども。
この相撲奥義を覆すことまかりならぬ。
<<のこった、のこった!>>
下手をとった力士の右腕に爆発的な力が込められた。
力士上体の回転とともに邪竜の巨躯が持ち上がり、土俵の外へ投げ飛ばされる。
スクナライデン・爆加力、渾身の下手投げが決まった!
焼鉄色の竜は空中浮揚土俵より放り出され、そして!
魔羅王、飛翔!
決まり手、無効!
邪竜王はどす黒い両翼からフレアを発してはばたき、空中の土俵より更に高く昇る。
長い首を下方に向け、竜のアギトが開かれた。
喉奥に火が灯るや、みるみるうちに大きくなる。大きくなる!
<<熱量急上昇! 敵の最大火力と推測!>>
「あれが奴の切り札だな!」
竜がくわえるのは、小型の太陽がごとき超熱量魔炎球。
輝機神を包み込むほどの直径に成長している!
かわせばゲ・ムーの地表を吹き飛ばし、大陸を死の荒野に変えてしまうだろう。
頭上に燃える地獄の業火に対し――我らが輝機神は、両腕広げて仁王立ち!
「タメエモン、ルア様のお美光力を信じるのです! ルア様が宿る輝機神には――私たちが駆る輝機神には、敵わぬものなどないと!!」
黒瑠魔羅王が咆哮し、魔炎球が軛を解かれた。
触れるもの皆悉く、空間そのものさえ焼きながら迫る炎炎。
仰ぎ見るスクナライデンの両掌が、星光力をまとう。
竜の炎に負けじと、白い装甲は火柱を伸ばした。
<<赫力大全開!>>
スクナライデン、火の球を抱き抱えるようにして受け止めた。
凄まじい圧力が輝機神の身体を圧し潰そうとしてくるが、背面噴進機関で踏ん張る!
「ムオオオオオオ! 火事場のォ、爆加力ァーッ!」
タメエモンの気勢に応じ、白金大力士の両目がビガリと輝き!
豪腕に込めたる力が星をも砕く威力を発揮、惑星を焼く火炎球を霧散せしめた!
掻き消えた炎の残滓を突き抜けて、すかさず黒瑠魔羅王が突っ込んでくる。
万策尽きた巨竜の、速力と質量による突進である。
迎え撃つスクナライデンは右腕を番えた矢のごとく引き絞り、噴進機関に点火。
「ムン!」
真正面。
音速で飛来した巨竜の鼻面、顔面に力士の張り手が炸裂した。
空気が弾け、轟音と共に拡がった衝撃波が曇天の雲を吹き飛ばしてゆく。
黒瑠魔羅王の体が速力を失し、力士によりかかるようにして組み付いてくる。
邪竜は、既に下顎を残して頭の半分が吹き飛ばされていた。
「俺達の勝ちだ!」
キハヤの言う通り、もはや軍配はあがった。
スクナライデンは黒瑠魔羅王の体を突き飛ばして間合いをとると、左右腕部の噴進機関を起動。
竜の首元に右突っ張り! 天資結晶と融合した魔者鱗が砕け、燐光発し燃え尽きた。
すかさず鎖骨部に左突っ張り! 鋼鉄骨がひしゃげ、内部で傷ついた体組織が爆発、くぐもった音が漏れる。
胸部に左右連続突っ張り! 腹部に突っ張り! 突っ張り! 鱗が燃える! 装甲が砕ける! 甲殻が潰れ体液が燃える!
百烈、千烈、万烈の突っ張りが、邪竜の王を打ち据えて。
原型を留めぬほどになった竜の巨体に対し、力士は最後に両掌でもって突きを放った。
<<目標『黒瑠魔羅王』、空中土俵より“押し出し”を確認――金星奪取>>
総ての力を喪った黒瑠魔羅王が、今度こそ大地へ堕ちてゆく。
遥か足下で起きた爆音、巻き上がってくる黒灰の中、スクナライデン・爆加力は蹲踞の姿勢をとる。
堂々勝利の機神力士は、右の手刀にて『心』の四画を宙に切った――――
*
「くっ、殺せ」
目を覚ますなり、ランダが唇を噛みタメエモンらを睨む。
「……せっかく生き返ったのに言う事がソレかよ」
「忌まわしい天資だ……! どこまでも私を辱めようと言うのか!?」
黒瑠魔羅王の成れの果て、うず高く積もった黒灰の山に、彼女は埋もれていた。
自身を取り込んでいた邪竜王の爆発と炎上に一度は巻き込まれたランダであったが、今ここに生きて灰を掴んでいる。
何故の答えは、“生まれたまま”の胸元に埋まっている亀甲型の天資である。
「黒瑠魔羅王とランダが接続されたことで、『生体操作ユニット』が再起動したんです」
「なるほど。つまり、貴女が受けている辱めとやらも、因果応報のうちですね、ランダ」
“主”の名を出されたランダが悔しさと困惑を顔に滲ませる。
――生かされた。生かして頂いた。生き残ってしまった。
元・邪竜巫女の脳裏に、異口同音の自問がグルグルと巡る。
そんな彼女に、タメエモンは言葉でなく、まず毛布をかけてやった。
「女子が男衆の前で、いつまでもそんな格好をしていてはいかん」
一瞬、呆気に取られたランダは、自嘲に鼻を鳴らし。
「男と女、か。フン、ならば貴様らにとっては嬲るのに“都合”が良かろう?」
「都合? 都合って何だ?」
「……聞き流しとけ、キハヤ。坊主にゃまだ早い」
一転して自棄になり、薄ら笑いを浮かべ始めたランダを見て、タメエモンの小さな目が見開かれた。
「甘ったれたことを抜かすなッ!」
野太い低音で一喝。
いつか博打狂いの中年親父にしたのと同じく、ランダの顔を掴み自分と視線を合わさせる。
「殺しはせん。ワシは女は殴らんのだ。それだけが理由じゃないぞ? ――お前さんは竜人族の長なんだ。親が手前可愛さに子を路頭に迷わすなど、
任侠じゃないぞ。親なら務めを果たし、子の導き手にならんか!」
ランダは再び呆気に取られた。
しかし、彼女の紫色の瞳には、先ほどまでの険しさは薄れている。
「――私を生かしておけば、いつか必ずや、貴様らに仇なすぞ」
「なに、その時は返り討ちにしてやる!」
「女は殴らないんじゃなかったんですか?」
「……そもそもさっき、しこたま突っ張りかましてたけどな」
「それはそれ、これはこれよ!」
ニヤリ笑いで突っ込みを入れてきた筋肉僧侶と亜人勇者に、力士は豪快な馬鹿笑いで返し。
雲ひとつないゲ・ムーの青空に、タメエモンの腹鼓が響き渡った。




