その5 邪亀退散
周囲マグマの花道を、魔者の大群かきわけて。
四輪三色の輝機神駆ける。
飛び来る翼竜を左右のビーム砲で吹き飛ばしラズギフト、最高速度!強行突撃!直線爆走!
前方に見据える黒煙のカーテンが、開け放たれた。
飛び出してきたのは火炎放射のカウンターだ!
「“ヤツ”は無傷です!」
精霊力を視神経に集中させ動体視力を高めたタエルは、伸びる炎の根元を見た。
黒瑠魔羅王が、牙そびえるアギトを開き、喉奥から猛炎を吐き出していたのである。
ラズギフトのビームは数発が胴体に命中したものの、敵の巨体を焼くこと敵わず霧散していく。
<<電磁障壁、あるいは戦略シェルター並の装甲を装備しているものと推測!>>
「……構うこたねぇタエル、このまま突っ込め。でもって、頼むぞタメエモン!」
「合点承知だ!」
ゲバの思考を読み取ったルアが、大日天鎧の回路に指令を走らせる。
中枢機関に格納された三人の搭乗者も、ルアを介して以心伝心。
戦場を走るラズギフトは、トップスピードのまま邪亀ナパームを掻い潜る。
巨大な焼鉄色の重甲に、四輪巨神が真正面から突っ込んだ!
<<――機関分離!>>
ラズギフトの全身を構成する機関が、接続を切り離されバラバラに弾け飛ぶ。
分離ブロック一陣、黒瑠魔羅王の正面から背後にすり抜け――スクナライデンへ機神構築!
「亀なら、ひっくり返せばワシらの勝ちだ!」
黒い溶岩塊を踏み砕き、白いメタルソップ型力士が橙色の双眸を輝かせた。
――古来の合戦に於いて、相撲は重要な戦闘技術であったと言われる。
重い甲冑を身につけた武者を斃すには、組合いから引き倒し、然る後トドメを刺すのが定石なのだ。
肉迫したスクナライデンに対し、黒瑠魔羅王の体内羅召門から迎撃ワイバーンが出撃した。
「邪魔はさせませんよ!」
タエルの誘導射撃で白金力士の脚部から光ミサイルが発射され、頭上より飛来するワイバーン編隊を撃墜!
「そらっ」
落ちてきたワイバーンの中から、それぞれ二匹の尾を両手で引ッ掴む。
そのまま黒瑠魔羅王へ向けて翼竜を投擲! 可燃性の体組織が衝撃で爆発を起こした!
無論、体表でワイバーン二匹が爆裂した程度で邪亀の巨体はゆるがない。
だが注意を逸らすことはできた。生じた隙にスクナライデンが差し込む。
倍の体躯そびえる黒瑠魔羅王。対する白金力士は、硫黄色の左脚に喰らいついてすくい上げにかかった。
「ぬうううう!」
巨体魔亀の足をとらんとするスクナライデン、身体を同調させたタメエモンが唸る。
彼の背中に衝撃が走ったのだ。
背面を攻め立てるには、ワイバーンの群れ。
無数の翼竜が、白金力士の要たる膝裏に体当たりを仕掛けている!
両脚に力を込め持ちこたえるスクナライデンだが、脚部への衝撃に加え、上半身に凄まじい圧力がかかる。
黒瑠魔羅王が巨体の重量を圧し掛け、同時にアギトを開いて火炎放射!
「……根性見せようぜ、タメエモン! 野郎をブン投げてやれ!」
「オオオオオオッ!」
ゲバの檄を受け、タメエモンが白金五体に渾身の力を込める。
そして、力士の左膝が、砕けた。
<<左脚機関、機能停止。接合が強制解除されます!>>
炎と質量はなおもスクナライデンを攻め立てて。
流れるマグマの土俵際、白金力士は大一番で追い詰められ。
残った膝を大地につき立て食い下がった時だ。
仰け反り耐える力士の視界、その片隅に、空の円環より虹光が差し込んできた!
「ッラァァァァァ!!」
キハヤトゥーマ、魔亀直上より電送奇襲!
フルオート二挺拳銃でワイバーンの対空防御を突破して、頭部めがけて連続鷹爪脚!
黒瑠魔羅王の凶眼がキハヤトゥーマに向けられる。
魔亀は両腕を伸ばし強襲者を捕らえようとする。が、キハヤの蹴速は敵の反応を上回り、捕縛を許さない。
火炎放射が黒蹴鬼に向けられた!
同時に、ワイバーンの群れが錐揉み回転でキハヤトゥーマの上半身へ殺到!
キハヤの視界が炎の赤と爆炎の赤とに包まれる。体も衝撃に包まれる。
天資結晶の破片を散らして赤熱し始めたキハヤトゥーマ。
遂に右の足首を黒瑠魔羅王に掴まれた! そして、鬼の首がもげた!
<<キハヤトゥーマ、着装解除を確認!>>
もげた首が元のキハヤに姿を変え落下、魔亀の喉元に取り付く。
手にしているのはバイフ銘木! 先の蹴りで歪んでいた装甲表面の隙間に棒をねじ込む!
黒瑠魔羅王の喉元ハッチは、搭乗者格納袋だ。
「王様の棒ってのは丈夫だな」
うごめく機械触手かきわけると、全身に絡み付いた触手と戯れるようにしてランダが収まっていた。
魔者の王との同調による影響か、虚ろな眼差しに半開きの口元から涎を垂らした陶然状態である。
彼女は侵入してきたキハヤに気付きもしないが、代わりに触手群が異物を排除しようと襲い掛かる!
片足立ちになったキハヤは、牙つき触手の先端を蹴り弾きながら、目前で触手の愛撫するような蠕動を受け入れるランダを見る。
「――見つけた!」
一糸纏わぬ褐色の胸元に、銀に輝くものがあった。
二重螺旋を環にした、天資結晶のペンダントだ。
大羅仙アサヒが女神ルアに託した、黄金の牙だ。
キハヤは迷わず右手を伸ばし、ラムダの首からペンダントを奪い取る。
途端、自分の腕に数条の触手が牙を突きたて、あるいは貫いてくる。
仔細なし。
ボロ雑巾のようになった右手から左手にペンダントを握り替え、片腕引き千切れるのも構わず天資魔者の体内から大跳躍!
「とったぞーッ!」
空中に身を投じたキハヤを、巨大な掌がさらう。
キハヤトゥーマの奇襲で生じた隙に、膠着体勢を逃れたスクナライデンだ。
背部推進全開でキハヤをキャッチして、黒瑠魔羅王と距離をとった。
「大丈夫か、キハヤ!」
「……ん」
隻腕のキハヤが、返答代わりに巨神の掌上でペンダントを掲げて見せる。
「でかした、キハヤ!」
「……ん!」
タメエモンに賞賛され満足気に微笑むキハヤ。
対するタメエモンは。輝機神スクナライデンの視界を共有するタメエモンは、ルアによって拡大注目された“部位”を見ていた。
もぎ取られたキハヤの腕の付け根には、肉と血でなく天資が詰まっていた。
よく見れば、所々についた傷口の内側にも鉛色の機械部品が覗いている。
ハーフオーガの上半身は、機械に置き換えられていたのだ。
<<天資義体――不明点理解。オストリッチ戦と今、輝機神の機体を自分ごと電送できた理由が>>
ルアの言葉はキハヤの脳裏にも響いている。
半人半鬼で半人半機の男は、淡々と頷いて。
「黒瑠魔羅王は俺と“同じ”だ。魔者も天資も混ざり合って。自分が何者かなんて、もう、分からない。だから――相撲を知らないあいつは、ただの傀儡にしかなれないんだ!」
いま一度、残った左腕を突き出す。
ルアは、スクナライデンの腹部に位置する中枢機関から格納光線を照射。
二重螺旋のペンダントと共に、“ハーフオーガのキハヤ”を第四の戦闘中枢体として格納した。
「こうなったら、なんとしてでも引導を渡さなくてはなりませんね」
「しかしどうする、あの甲羅と巨体は一筋縄ではいかねえぞ」
<<――可能と判断。キハヤが奪還してくれた、“切り札”を使用します!>>
<<閻環征門、重力制御機構へのエネルギー供給をカット。電送システムを最大出力で稼動。超次元コネクタを起点としてヴォルテクス宇宙に亜空間接続! 『虚空大螺旋』、召喚電送!――タメエモン、これより“切り札”を発動します。目標『黒瑠魔羅王』を足止めしてください!>>
頭の中に響く女神ルアの言葉が意味するところは、タメエモン達には分からない。まるで呪文の詠唱である。
だが、はるかはるか頭上、はるかはるか天上に“ただならぬ気配”が生じつつあることを察した。
「おうよ!」
スクナライデンは左腕の機関を自切。
腕を形成していたパーツで即席の『義足』を形成し、機能を停止した左脚とすげ替える。
残った右掌を黒瑠魔羅王に向ける巨神の内部で、男達は勝星への道を探っていた。
「……とんでもねェ重さだったぜ。こいつは引きずり倒すにゃ骨が折れる」
「しかし、やらねばなりません。ルア様の切り札へと繋げる一手を、何としてでも」
「そうだな。そうだ。それなら……よしキハヤ、脚捌きはお前に任せた!」
力士が、体の要である脚を他者に任せると言った。
それが如何なる一大事かを、キハヤも理解している。
「お前の“脚”があれば、いける!」
「――おう!」
ルアによりスクナライデンの脚部コントロールを渡され、キハヤが白金力士を疾駆させた!
先と同じく魔亀の左脚にとりついて。
蹴鬼の操る白金力士はくるぶしにあたる関節めがけて、地を擦るような蹴りを放った!
会心の蹴手繰りである。
一度では倒れぬ黒瑠魔羅王に、スクナライデンは二度、三度と蹴手繰りを敢行。
当然ワイバーンが迎撃に出るが、気配を察知したキハヤは精妙な足捌きをみせる。
硫黄色の柱がごとき魔亀の脚を軸にして、絶えず動き回ることで翼竜に突撃の機を与えない。
その間にも足元の蹴りは続けている。
様々な角度から繰り出す蹴手繰りは、すべてが寸分違わぬ箇所に叩き込まれていた。
遂に、黒瑠魔羅王はバランスを崩し。
ルアの念話が男達の脳裏に勝機を告げる。
<<『虚空大螺旋』降下開始! 目標、“敵機”亜空間導通機構『羅召門』!>>
少女の言霊により、曇天の夜空は光の環に覆われた。
円形の蛍光管を途方もなく巨大にしたような環、その中心の“空間”がゆがみ始める。
ゆがみ。渦を巻き。突き出てきた。
螺旋だ!
空間そのものが螺旋回転して、巨大なドリルとなっている。
超々戦略級破壊兵器、『虚空大螺旋』は、異空間より電送され――絶対的な力を具える切っ先が、黒瑠魔羅王に接触。
途端に、魔亀の巨体が自由を奪われる。
甲羅にかけられた空間ドリルが発する重力で、二足立位を維持できず、四肢を大地に屈した!
<<大日天鎧、機関分離! 削撃の着刃範囲より緊急離脱!>>
スクナライデンは分解し、黒瑠魔羅王と距離をとって再合体。
天より来たりて空間を歪める虚空の螺旋は、いよいよ回転力を増して魔亀の重甲を穿つ!
穿つ!
穿つ穿つ!!
「ギャアアアアアアアア!」
黒瑠魔羅王――断末魔!
内部に取り込まれ感覚を共有する魔女ランダも、主と同じく苦痛に苛まれトランス状態から醒めた。
「き、貴様ら……貴様らァーッ!!」
精力萎えた触手に埋もれ、ランダが憎悪を叫ぶ。
だが、仕えるべき邪神は既に力尽き、身を大地に伏し。
異界へと繋がる門も、背負った甲羅ごと抉り貫かれていた。
*
倒れ伏した黒瑠魔羅王の、硫黄色であった四肢が白く濁っていく。
「イカみたいだ。死んだのかな」
「……“やった”ってことか?」
<<敵魔健在――黒瑠魔羅王、表皮内部の反応が変わっていきます。星光力信号が魔者の生体脈動と同期!>>
「それは一体どういう事ですか、ルア様?」
<<――魔者の部分が、天資を取り込んで一体化を始めているのです!>>
「天資を喰らって、力を蓄えているのか。ルア様よ、ヤツがまだまだ“やる気”なら、こちらも準備をせねばならんぞ」
タメエモンの声は、弾んでいた。
これより対峙する強者の気配に、歓喜していたのだ。
「いよいよもって、ヤツと同じ土俵に立たねばならん。できるな?」
<<――当然可能。周囲の天資機関にアクセス。機神構築を開始します>>
男達に学んだ歓喜に声色を高揚させ、ルアが最後の合体シークエンスに取り掛かった。
<<機神構築力場拡大展開。埋没天資を検索。機構陣『スクナライデン』をベースに構成拡張!>>
重力制御フィールドを展開後、スクナライデンは全身を弾けるように分離させる。
同時に、横たわっていたキハヤトゥーマの胴体も浮揚。
更にはゲ・ムーの大地に埋められていた数基の天資機関も地中より浮上!
宙に浮く機関群はみるみるうちに数を増した。
<<討魔鎧体、展開! 機関合成!>>
キハヤトゥーマの胴体が、各部装甲の継ぎ目に沿って拡げられてゆく。
四肢に胴、すべての関節は倍以上に伸展。そこへ次々組み付くのは、大日天鎧の機関。そして、数百年前、この地に埋もれた天資たち。
組みあがる。組みあがる、組みあがる。組みあがる!
その巨体、通常の二倍!
その機神力、通常の二乗!
その魂、計測不能!!
<<構築完了――皆さん、僭越ながら、私が機構名を登録しても良いでしょうか?>>
力士も、オークも、ハーフオーガも、もちろん筋肉僧侶も、異を唱える男など居ない。
かくして女神は、“生まれて初めて”自分の意思を行使する。
<<機構陣登録――――『スクナライデン・爆加力』!>>
白金の超巨体に、漆黒が差し込まれ美しいモノトーンを構成している。
全高40メートルを超す輝機神には、スクナライデンの面影を残しながらも別次元の超戦機として存在感を放つ。
「ぃ良し! スクナライデン・爆加力! 力水ならぬ力雷――真・赫力来電だァ!」
黒い溶岩を飛沫と散らして着地して、スクナライデン・爆加力、仁王立ち!
やおら降りきた極太の雷柱が巨々体を打ち、白金漆黒の総身に恒星を超える星光力が蓄えられた!
有り余るエネルギーに、装甲のところどころで火炎柱が現れる。
輝く橙色の眼は、時を同じくして蓄えた力を解放した黒瑠魔羅王を確かと見据え。
「邪竜王よ……力を、力をお示し下さいませ……!」
ギラついた紫色の眼光宿し、ラムダが呪詛のごとき声を絞り出す。
萎えた触手が再び脈打ち、ラムダの全身に巻きつき覆い尽くした。
黒瑠魔羅王、進化完了。
外側では、白く濁った魔亀がピクリと動き、ドリルに砕かれた甲羅の表面が剥がれ落ち始め――硫黄色の四肢はどす黒く染まり、砕けた甲羅は巨大な翼へと変じ拡げられた!
甲に嵌まっていた首と尾は長く伸び、四肢も膨張して鋭く巨大な爪を持つ。
――竜だ!
禍々しくも巨大な、邪竜の王が! 真の姿を現したのだ!
<<目標『黒瑠魔羅王』、再起動。形態変化を確認しました>>
「さて、どうしますかタメエモン」
「聞くまでも無ェや。こいつがやるこた、いつだって決まってンだろ」
「だって、タメエモンはヨコヅナだもんな」
「おうとも!」
力士は――スクナライデン・爆加力は――タメエモンは、足下に転がっていた天資装甲の破片を手に取った。
黒瑠魔羅王の甲羅型装甲の残骸だ。
握り砕くと、焼鉄色から白色半透明の天資結晶に還った。
掴んだ結晶を撒けば、宙に清めの白波が描かれる。
続けて男たちは、一つになった思いを言霊として轟かせた。
*
「神に会うては、がぶりより!」
「悪魔に会うては、上手投げ!」
「丸い惑星に土俵描けば、西と東に力士と力士!」
腰を落とし超神力士、伸長し巨大化した方脚を高らかに掲げて、大地に踏み下ろす!
『グラビティ・フィールド発生四股踏み』が燐光を伴い『グランライトウェーブ土俵』を形成。
光の土俵は、スクナライデン・爆加力と邪竜形態・黒瑠魔羅王を載せ空中に固定される。
朝焼けの光さしこむゲ・ムーの空に、巨神の土俵がレビテーション。
力士の気持ちは最高潮。頂上決戦、待ったなし!
「さあ取ろう。今すぐ取ろう――――相撲を、取ろう!」




