その1 奴隷島クルール
「いらっしゃい。お客さん、何をお探しで。ウチゃ万事屋って言うくらいで、とにかく何でもかんでも取り揃えてるのが自慢でして」
「ほう。何でもかんでも、か。すると、例えばこんな者はどうだ?」
「――へぇ?」
流れるような接客文句で応対していた店主は、タメエモンが広げて見せた紙面をのぞき込んで間抜けな声を漏らした。
拡げた紙にしたためられているのは、『人相書き』である。
「どうだ」
「いやはや、なんとも哀愁漂う絵でございますなあ」
店主が婉曲的に口にした感想は、その実、描かれている中年男の容姿をして言われたものだ。
頭頂近くにまで後退した額、もの悲しそうな眉、印象の薄い口元――タエルがファナからの聞き取りにより作成した『父親の似顔絵』であった。
「絵の出来は別にいいのだ」
「と、言いますと?」
「ここに描いてある男が、どこぞに“売られて”おらんかと思ってな」
「……ああ、なるほど。そういうことでございますか」
察しのいい店主は、タメエモンの言葉に訳知り顔で頷いてから通り向こうに指をさす。
「奴隷市場をお探しなら、港の方でございます。『奴隷島クルール』に向かう船があると思いますよ」
「奴隷……島、ですか」
「ええ。プシタの港市場じゃ人間は扱いません。そういった取引は、離れ小島で行うのが通例で」
「なるほどな。かたじけない、店主どの。礼とも言えんが、この草履を三足いただこう」
「まいど。ああ、そうそう。クルールに出入りする商人の中には、人さらいのような連中も居りますから、くれぐれもお気をつけて」
*
ガルダ大陸随一の商業都市プシタ。その港は壮観であった。
隣国アオイタツ列島諸国との交易に行きかう大商船がずらりと停泊し、荷下ろしの列は絶えることがない。
「この船がいっぺんに出港したら水平線も見えなくなりそうだのお」
「……関心するのは良いが、こんだけの船ン中からクルール行きでなおかつ“まっとう”な連中を探すってのか」
「そもそも、奴隷をやりとりするような輩に真っ当な者なんて居るのか疑問ですがね」
思案と共に視線を巡らす三人を、背後から呼び止める声があった。
「おまんら、商人ではないがな?」
振り返ると、腕組み立つ一人の女だ。
背の中ほどまで伸び栗色の髪は紺色の水兵服に波打ち。
同じく紺色に染め上げた袴は元々は織襞がつけられていたようだが、それも半ばとれかけている。
上背180cmはある長身の女で、腰に提げた長尺の太刀にも違和感がなかった。
「クルールという島へ行く船を探しておるのだ」
「――おまんら、人相から言って人買いには見えんちや。人買いじゃのうて、人探しやき」
「いかにも。この男を探しておるのだ」
「うむ、しょぼくれたオヤジじゃ。いかにもヘマをやって売り飛ばされちゅう言うような顔ぜよ」
「よく分かりますね」
「この港で商売をやりゆうがやき、人相見れば大体わかるちや」
腰に手を当て胸を反らした女が不敵な笑みをつくる。潮風が赤色のスカーフと栗色の髪をなびかせた。
「私はスーサ。奴隷商人じゃ無いがけど、奴隷島に出入りはしちゅう。おんしらさえ良いがなら、私ん艦に積きやるちや」
*
「けんどまっこと、おんしらも大きいが“荷物”もそうぜよ」
「それを言うなら、スーサ殿の船も大したものじゃないですか」
海原をゆく巨大な木造船のデッキに立ち、タエルは後方に曳航される荷運び筏――移動神殿を見やって感心した。
「まさか船長をつとめておられるとは思いませんでしたよ」
「タエル殿、“船長”がやない。“艦長”ぜよ」
「……艦、ですか」
「そう。艦ちや。この『スミノエ』号はいちおう軍艦やきね」
スーサが目くばせした甲板の左舷には、四基の弩砲が据え付けられている。
右舷にも同じ武装が施されており、時折行き来する乗組員も皆、屈強な男達であった。
「……おいタメエモン。誘われるままホイホイ乗っかって良かったのか?」
和やかに談笑を始めたタエルをよそに、ゲバがタメエモンに耳打ちする。
プシタの港で商人から受けた忠告を、この力士が忘れているのではないかと心配になったのだ。
だが、ゲバの予想に反しタメエモンは質問の意図を解した上で落ち着き払った声を発した。
「大丈夫だろう」
「どこからンな自信が出て来るんだよ」
「ひとつは目だ。アレは義を持った者の眼だぞ。もうひとつは足の運びだな。相当な武を修めねばあの身のこなしにはならん」
「……そうかい。まあ、意外とモノ見ちゃいるって事はわかったぜ」
*
二時間ほどの航海を経て到着した『クルール』、通称『奴隷島』はさほど大きくない離島で、周囲の海には点々と小さな陸地が見えていた。
この島が奴隷島と呼ばれる所以は、上陸すれば誰でも分かる。
さほど大きくない島の決して広くない陸地いっぱいに建造された、建造物。外周を石壁でぐるりと円形に囲われ、中の様子を窺うことはできない。
しかし、その内部では間違いなく人身売買が日常的に行われている。それゆえこの場所は奴隷市場と呼ばれ、この島が奴隷島クルールと呼ばれているのだ。
「私は別に用事があるがやき、夕刻にまた落ち合おう」
スーサと別れた三人は、守衛の男から割符の発行を受け石壁の内側へと入る。
鉄製の扉を開けてすぐ飛び込んできたのは、建物と同じく円形に開かれた空間と、周囲をすり鉢状に取り囲んで設けられた“観客席”だ。
「こんな所に土俵が!?」
「違いますよ、タメエモン。これは」
「……“闘技場”、か」
観客席にひしめく人々から一気に歓声があがる。
つられて中央の場内に目をやると、十数名の武装した者たち。
およそ身を守るには不十分な半裸同然のいで立ちに剣や槍を手にした男たちが、戦場の内郭に沿って並ぶ。
彼らの視線は一か所に重なっている。そこには、たった一人の女が居た。
彼女もまた、男たちと同じく半裸同然。褐色の肌に最低限の鎧帷子を身に着け、波型の奇妙な刃先を持つ“蛇矛”を携えている。
楽隊のラッパを合図に、女を取り囲んだ男たちが一斉に躍りかかる。ただ一人の女を文字通り嬲り者にする筋書であろうか。
少なくとも襲い掛かる男達はそのつもりであり、彼らは雄たけびをあげながら、嗜虐と好色の目を女のむき出しの太腿や帷子の網目に除く胸の膨らみに注いでいたのだ。
――顛末は、観客も演者も予想だにしないものであった。
わずか数分の闘技の後、立っていたのは女の方。
男達は四方八方から襲いかかったにも関わらず、最終的に全員が蛇矛の餌食となり闘技場の土に血を吸わせることとなった。
女の方はと言えば決して無傷ではなく、一回りも二回りも体格で勝る男の斬撃や打突を幾度か身に受けている。しかし、受けた傷をものともしないタフネスで矛を振るい続けたのだ。
闘技場はいま、観客たちの熱狂的な歓声で包まれている。
このような興業を好む者たちから歓声が上がるのは、蛇矛の冴えに魅せられたからだけではない。
攻防を経た女闘士の戦装束は一部が綻び、斬撃で切り裂かれた帷子の胸元からは、たわわな片房が頭をのぞかせている。
野蛮かつ根源的な欲求を煽られた者たちが、なおもなおも声をあげる。まるで、自ら進んで獣に返ったかのように。下卑た鳴き声を発し続ける。
「……趣味の良い興行ではありませんね」
タエルのこぼした一言に、あとの二人も黙って頷いた。




