その5 女神の贈り物
<<現星光力充填率を基準に構築開始>>
女神ルアの声が平板なほど純正調に響く。
彼女が話す言葉の内容をすべてを理解することはできないが、タエルにとってこの人ならざる少女の声は最上の祝詞であった。
<<機動モジュール設定――『四輪』>>
「バラバラになった神殿がひとりでに組み立てられてる……あれは、“荷車”?おっきい……」
新たな輝機神への合体変形を開始した移動神殿。
一旦分解された各ブロックが次々と接続・再構成されていく。
ファナはその様を呆然と、プララは無邪気に高揚した面持ちで見上げる。
<<戦闘仕様――『砲兵』を光撃戦特化でチューニング>>
少女が荷車と表現したのは下半身。四つの車輪で大地を走破する、安定性抜群の重戦車。
その上へ次なる部品が積み上がってゆく。積み上がってゆく。
<<五連装光粒子榴弾砲――有効。対空光子砲――有効>>
胸部に接続されたのは連なる五つの砲口だ。左右一対になっている。
更に、下半身と胸部を接続している中枢機関を守るべく、タエルが普段携行する光子砲が左右3挺ずつ建ち並ぶ。
凄まじい火力を秘めた武装だ。
<<二連装光線砲および光子誘導弾発射基――有効>>
左右の腕部に接続されたのは巨大な二つの砲身だ。共に基部表面の蓋が開放され、表面に円筒形の“弾頭”が顔を出している。
凄まじい火力を秘めた武装だ。
<<『自在金剛杵』を光撃仕様で接続――――有効>>
普段はタメエモンが持つ金属柱――スクナライデンの“背骨”になり、ゲバルゥードの“手斧”になる――は、右肩に繋がるや形状をわずかに変じ。
全身に備わる中でも最も長い砲身と大きな砲口を併せ持つ、凄まじい火力を秘めた武装となった。
かくして完成した輝機神は、全身これ武装。全身これ凄まじい火力であった!
<<『機神構築』完了――『機構陣』を保存します。登録名を入力して下さい>>
視界が開けたタエルは、十数メートルの高さから“自身”の機体を充分目に焼き付ける。
白磁の装甲は所々、赤と青に染まってトリコロール。
敬虔なる僧侶は主神のはからいに心より感激した。
「なんと美しい、なんと素晴らしい賜り物。これぞ、我等が女神が与えたもうた――ラズギフト!!」
<<機構陣保存。登録名『ラズギフト』了解――>>
タエルが名乗りを上げたところで、足元のプララは歓声と共に両手を挙げた。
ファナはと言えば、吐くのを忘れていた息をようやく一つきした心地である。
「すごい。すごいけど……どうして最初から車輪を出しておかないんだろう?」
口をついて出たのは素朴な疑問。
少女には、機機神がわざわざ合体変形する意義がどうにも理解できなかった。
*
「おうい、ファナ、プララ!無事かー!?」
「タメエモンさん、ゲバさん!お二人の方こそ、大丈夫でしたか!」
「ワシもゲバも体がデカいからな。毒もよう回り切らなんだらしい」
「……神殿はまた別の形になったのか。乗ってるのはタエルだな?」
洞窟から出てきたタメエモンとゲバは、既にマタンドラゴラの胞子の効果があらかた消失している様子だ。
彼らは全身血まみれであったが、よく見ればすべて返り血。色も赤から紫、緑に青と、非常にカラフルであった。
「さあ、皆さん、特にゲバ!この『ラズギフト』を、ルア様のお美光をご覧あれ!」
頭上から響く揚々とした声に、名指しされたゲバは露骨に顔をしかめた。
「……なあ、あの体中から生えてる筒、たぶん普段あいつが使ってる武器と同じモンだよな」
「あ、あそこから光の弾がたくさん出てくるんですか!?」
「そうだろうなあ」
「急いでズラかるぞ。下手すりゃ消し炭も残らなさそうだ」
「でもタエルさん“ご覧あれ”って言ってますけど」
「……無視しとけ。先に行くぞ」
引き際心得た戦士ゲバは踵を返し退却。
タメエモンはプララとファナを一度に抱え、後に続いた。
*
先に姿を現していた屍魔者マタンドラゴラ。既にタンニの街へ向かって歩き始めている。
足元から猛ダッシュで退却を始めたゲバたちを残念そうに見送ったタエルは、気を取り直して本来の使命に注力することにした。
仲間の遁走を助け、人里を守護する。
未だ死を許されぬ屍者達を救いの荼毘に付す。
それが女神ルアの信徒たる自分に課せられた神命なのだと、疑いなく信じて。
「こちらを向きなさい」
ラズギフトの照準眼を通したタエルの視界に、円十字の照星が表示される。
十字の中心にマタンドラゴラを捉え念ずれば、意に応じて腕のビームが光の弾丸を発射した。
馬身に人間の上半身を載せた異形巨体の屍人馬が、自身の背を焼く光に気付き振り返る。
死体と菌の粘液で構成した眼球がラズギフトをギョロリと睨むや、突き出された両腕から何かが飛ばされた。
――屍だ。
屍人馬は、自らを構成する無数の死体を弾丸として撃ち出したのだ。
死体弾がラズギフトに接近、そして、破裂。
拡がった胞子が骨片のぶつかる火花により引火した。粉塵爆発だ!
爆発の衝撃が死体の骨格を破砕し、骨を八方に飛散させてくる。
対するラズギフトは次々と飛来する屍を腰部の光子砲で迎撃。爆発の有効射程外で死体弾を撃墜していく。
胞子と爆煙が視界を覆った。目は見えぬ。だが、音はどうだ、聞こえてくる。
巨大な車輪が足元の木々も岩石も意に介さず走破する音が聞こえてくる!
「そのような冒涜!」
レジストの森を滑るように疾走し、ラズギフトはマタンドラゴラの周囲を旋回。
高速走行の最中、両腕から光線、両胸から光弾を連続発射。照準は正確無比である。
着弾の閃光が白昼の空を更に白く染め。まるで巨大なストロボを連続で焚いたかのように。
ラズギフトの光撃は迸る。狙い定めた彼の敵へと迸る。
「もう、させません!」
照星に念じて、ミサイル!
両腕各12発。合計24発の弾頭が青白い軌跡をたなびかせ空に舞った。空に舞った。
*
「国王!レジストの森がとんでもないことに!」
王の執務室に入るなり慌てふためき報告を始める若騎士。
タンニの騎士王イッテンゴは眼光鋭い目配せ一つでひとたび黙らせ、息ついてから口を開かせた。
「う、その……でかい化け物と輝機神がドンパチやってるそうで」
「ンなもん、ここからでも見えらあな。さっきも向こうの空が雷みてえに光ってたろうが」
「う……それは、その……はッ!間違い、ございません!!しかしゴムワとの国境近くで何かあっては……」
「何言ってんだ。これで良いんだよ。こいつぁ間違いなくタメエモン達の仕業だな。粋な真似するじゃねえか」
意図をはかりかねている若騎士に、イッテンゴ王は明快な指示を飛ばす。
「街の衆に伝えとけ。何も心配いらねえってな」
*
光粒子で推進するミサイルが命中すると同時に、マタンドラゴラは全身から胞子を噴き出した。
くすんだ緑色の煙幕が立ち込め、辺り一面が一切見通せなくなる。
光砲による射撃を主とするラズギフトにとって、視界の喪失は手足をもがれたも同然だ。
しかしタエルに戸惑いはなく。大車輪を疾駆させ、猛然と前進開始!
「そこですッ!」
前輪の舵を切って巨体の軌道は右へ逸れる。ラズギフトの脇をもう一つの巨体マタンドラゴラがすれ違った。
すれ違いざま、紙一重の距離で放った左ビームがマタンドラゴラの脇腹に着弾!
「“横倒し”になりましたね」
胞子煙幕は依然として立ち込めている。
だが、タエルには屍人馬の居場所も体勢も手に取るように判るのだ。
<<魔体反応検出中。補助映像、出力継続>>
毒粉で覆われたラズギフトの視界には、外周は緑、中心へいくに従って赤く色づけられた人馬の“影像”が映っている。
今日我々が知るところのサーモグラフィーに似た映像が、タエルの視界に映し出されているのだ。
屍魔者マタンドラゴラは、死体の体組織を無理矢理活性化させた上で繋ぎ合わせることで巨体を形成する。
ゆえに、元は死体なれど屍人馬そのものは熱の通う存在。
更に、ラズギフトが装備する眼耳鼻舌身は熱だけでなくありとあらゆる手段で目標の姿をあばき出すのだ。
「ルア様、お美力を!」
<<反重力空間胞、形成>>
タエルの呼び声で、ラズギフトの胸部に配置されたモジュールが作動。重力制御ユニットだ。
胸部の空間が球形に歪曲したところで、歪んだ空間の塊を倒れた屍魔者めがけ射出。
起き上がろうとしていた人馬を目に見えぬ“力場”が捕縛、前進の自由を奪われたまま地上数十メートルの空中に固定された。
ラズギフトの右肩に屹立する黒光り極太巨砲、磔魔者を狙撃体勢。
口径百センチの規格外大砲が迸る星光力をその一点に集中させる。
膨大な光は熱量へと。純化した破壊力へと変換されて巨砲に蓄えられる!
「死者よ、女神の光に導かれ冥土へと到りたまえ!!」
僧侶の念ずるがまま、白色に輝く奔流がラズギフトより放たれ宙に浮くマタンドラゴラを包み込む。
恒星の熱量に匹敵する光は触れた一切を昇華して、天へと。天へと昇る!天へと昇る!
無限に伸びる光柱は、空の大天蓋に達した所で蓮華と成り。
――その様を口に喩えるならば、瞬く星のひとつが砕けて八方に散る流星へと転じたかのようであった。




