第16話『決戦前夜』
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帝国暦四三四年一月上旬――ラルフは執務室で書類と格闘していた。
その内容は着任報告、野営陣地構築の許可申請、物資の不足を指摘する報告書など多岐に渡る。
当然と言えば当然か。三万を超える将兵が帝都に集結しているのだから問題が起きない方がおかしい。
「ふむ、アルフィルク城内にある美術品の保護とな」
ラルフは書類の内容を読み、脇に退けた。
美術品の管理は軍務局の仕事ではない。
にもかかわらず、どうしてこんなものがと思うような書類が紛れ込むことがある。
内乱鎮圧のためにラルフに大きな権限が与えられているのも理由の一つだろう。
だが、根本的な原因はアルフォートが地方領主を管理職に据えたためだ。
彼らが自分の仕事を理解していないせいで指揮系統が混乱しているのだ。
こうして余計な――自分が処理すべき案件なのか判断するという仕事が増える。
一件や二件ならば大した苦にもならないが、積み重なれば無視できない負担となる。
かつての自分であれば苛立ちを覚えたことだろう。
だが、今は苦笑する程度の余裕がある。
穏やかな気分と言えば穏やかな気分だ。
書類に目を通し、署名しているだけなのに不思議な充実感がある。
あるべき所に収まった。
そんな気分だ。
もちろん、これで満足する訳にはいかない。
反乱軍に勝利した男として歴史に名を刻む。
そこでようやく傷付けられたプライドを癒やすことができる。
収まるべき所に収まったと思えるようになる。
ラルフは別の報告書を手に取り、その独特の手触りに顔を顰めた。
正確にはそこから想起させられる事実にと言うべきか。
報告書はエラキス侯爵領産の紙に記されていた。
反乱の経緯を考えればエラキス侯爵領産の紙を使うべきではない。
それくらいのことは部下にも分かっているはずだ。
だが、ラルフとしても容認せざるを得ない事情がある。
神聖アルゴ王国が国境付近に軍を集結させているのだ。
事実上の街道封鎖――これで紙を手に入れることができなくなった。
それ以上にエルナト伯爵を動かせなくなったのが痛い。
現実的に考えて神聖アルゴ王国が帝国に侵攻する可能性は低い。
ほぼゼロだ。
それは神聖アルゴ王国の事情を考えれば明らかだ。
あの国は国王派と神殿派で派閥抗争を繰り広げてきた。
ここ十数年は国王派が劣勢に立たされていたが、最近になって変化が起きた。
国王派が新神殿派と名乗り、交易で得た金を背景に勢力を広げているのだ。
だからこそ、侵攻はできない。
どちらの派閥が主導して軍を集結させているにせよ、ここで失敗したら力を失う。
とは言え、可能性がゼロでない以上、備えなければならない。
問題は他にもある。
領主どもが関所で積み荷を入念に確認するようになったせいで思い通りに物資を集められなくなっているのだ。
今にして思えばピクス商会の商会長ドミニクを獄死させるべきではなかった。
何としてでも救い出すべきだった。
あれで多くの大商会が帝都を去り、今残っているのはベイリー商会のような評判の悪い商会か、中小規模の商会だ。
川に喩えれば水量が減り、流れが遅くなり、水質が悪化しているという所か。
「……無能どもめ」
ラルフは小さく吐き捨てた。
先程までの穏やかな気分は何処かに消えていた。
南辺境でも不穏な動きがある。
帝国軍が反乱軍と戦えば嬉々として襲い掛かってくるだろう。
反乱軍に二万、南辺境に一万――割り当てとしてはこんなものだろう。
「まったく、忌ま忌ましい」
三万もの将兵を自由に扱える立場にもかかわらず状況がそれを許してくれない。
それがかつての屈辱を思い起こさせる。
「……いや」
ラルフは小さく頭を振った。
確かに状況は無能どもに足を引っ張られた過去を思い出させるが、この逆境を乗り越えて、初めて新貴族よりも優れていると証明できるのではないだろうか。
その時、外から声が聞こえた。
副官と誰かが言い争っているようだ。
しばらくして静寂が訪れ――突然、扉が開き、ボウティーズ財務局長が飛び込んできた。
掴み合いにでもなったのか、服と髪が乱れている。
「おや、どうされましたかな?」
「こ、これはどういうことだッ?」
ボウティーズ財務局長は真っ赤になって叫んだ。
はて? とラルフは内心首を傾げた。
「どうと仰いますと?」
「何故、イザベラとトールが死なねばならなかった!」
ボウティーズ財務局長は苛立たしげに頭を掻き毟りながら叫んだ。
そこで、ラルフはボウティーズ財務局長の妻子が処刑されたという報告を受けていたことを思い出した。
大した用件ではなかったのですっかり忘れていた。
「……謹んでお悔やみ申し上げる」
「何故だ! 何故、妻と子が死なねばならなかったッ?」
処刑される経緯を説明されていないのだろうか。
ボウティーズ財務局長の妻子が処刑されたのは自業自得だ。
降伏した後に反乱軍を襲撃して失敗したのだ。
これでは処刑されても文句は言えない。
とは言え、正直な感想を口にする訳にはいかない。
「…………お二人は貴方のために犠牲になったと考えられませんかな?」
「わ、私のため?」
「左様。自分達が降伏しては貴方の立場がないと考えたのでしょうな」
「……そ、そんな」
ボウティーズ財務局長はその場にへたり込んだ。
意外と言えば意外だ。こんな男でも妻子に対する愛情は持ち合わせているらしい。
使えるか、とラルフは立ち上がり、ボウティーズ財務局長の傍らに跪いた。
「貴方に殉じた二人に報いなくてもよろしいのですかな?」
ボウティーズ財務局長はハッとしたようにこちらを見た。
「……貴方が仇を討たねば」
「……」
ボウティーズ財務局長は喉を鳴らした。
「どうすれば?」
「戦うしかないではありませんか」
「だが、私には自由に扱える兵士がいない」
「金の力で集めれば良いではありませんか」
「……」
ボウティーズ財務局長は再び喉を鳴らした。
彼が立場を利用して金を貯め込んでいるのは百も承知だ。
ここで吐き出すつもりがないのならドミニクの後を追うことになる。
それだけの話だ。
「分かった。どれくらい集めれば良い?」
「最低でも一万」
「一万ッ?」
「なに、反乱軍を迎え撃つ時だけで良いのです」
質さえ問わなければそれくらい集められるだろう。
反乱軍の出方を窺うための捨て駒としてはそれで十分だ。
「……一万だな」
「ええ、最低でも一万」
ボウティーズ財務局長は立ち上がった。
「それで妻子の仇が取れるのだな」
「取れますとも」
「分かった」
ボウティーズ財務局長は頷き、部屋を出て行った。
ラルフは自分の席に戻り、小さく息を吐いた。
感情的な人間は扱いやすいが、扱い方を誤ると自分に危害が及ぶ。
ふとケイロン伯爵のことを思い出した。
未だに連絡がない点から察するに返り討ちにでもあったのだろう。
「……ケイロン伯爵はもっと温存すべきだったか」
いや、とラルフは頭を振った。
狂犬は早めに使い潰してしまうに限る。
ラルフは書類を手に取った。
※
「……ふぅ」
セシリーは兄と轡を並べて街道を進みながら溜息を吐く。
カド伯爵領を出立してから十日余りが過ぎていた。
まだそれだけしか経っていない。
にもかかわらず、カド伯爵領を出発した日が遠い昔のように感じられる。
出陣式でどんな感情を抱いていたのかさえ覚えていない。
「……ふぅ」
「さっきから溜息を吐いてどうしたんだい?」
「何でもありませんわ」
「そうかい? 私は戦わないことが不満だとばかり思っていたんだが……」
「分かっているのなら、そう仰って下さい!」
「ははは、そうだね」
「折角、お兄様達と轡を並べて戦えると思っていましたのに」
朗らかに笑う兄を横目に見ながら唇を尖らせる。
兄は天才だ。
馬上での戦闘、騎兵の指揮ならばレオンハルトを凌駕する。
つまり、帝国で最も優れた騎兵であるということだ。
そんな兄に対して劣等感を抱いていたが、共に戦えることを誇らしく思っていた。
ああ、そうだ。
出陣式の時、自分は誇らしく思っていたのだ。
「手紙を届けて、雑談に興じるだけだなんてあんまりですわ」
「これでも立派に務めを果たしているんだけどね」
「何処がですの?」
「周辺諸侯を懐柔して、物流を滞らせているじゃないか」
「手紙を届けて、雑談に興じているだけじゃありませんの。わたくし達はハマル子爵家の一員として華々しい戦果を上げるべきではなくて?」
「たかだか千騎でそんなことをしたら死んでしまうよ。私の部下も犬死にはしたくないだろうしね」
兄は苦笑し、肩越しに背後を見つめた。
釣られて背後を見ると、そこには第五近衛騎士団の精鋭の姿があった。
眼光は鋭く、戦いを望んでいるように見えるのだが――。
「華々しく戦うだけが戦争じゃないさ」
「一体、どれほどの成果が出ているか疑問ですわ」
「積み荷は徹底的にチェックし、将兵は素通りさせている。今頃、帝都は糧秣が足りないって騒ぎになっているよ」
「そう祈ってますわ」
ふん、とセシリーは鼻を鳴らした。
「やれやれ、エラキス侯爵に躾けられて大人しくなったと思っていたのに」
「お兄様!」
セシリーは思わず叫んだ。
「わ、わたくしがどれほどの恥辱を味わったと」
「ふむ、まあ、馬だって調教するからね」
「馬ッ!」
驚愕に目を見開く。
「わたくしは人間ですわ!」
「分かっているとも。お前は大事な妹だよ。けれど、我が領地が繁栄するためにはエラキス侯爵の力が必要なんだ」
「それくらい分かっていますわ!」
セシリーは顔を背けた。
「でも、そのせいで謀反人扱いされてしまいましたわ。お兄様は近衛騎士のままだと思っていましたのに」
「リスクを分散する意味ではそちらの方が良かったのだけれど、私もいきなり謀反人扱いされてしまったからね」
ははは、と兄は笑った。
「皇帝陛下はそんなに物の道理が分からない方ですの?」
「話が通じる方であれば内乱になんてなっていないよ」
「そうですわね」
セシリーは小さく溜息を吐いた。
「まあ、物は考えようだ。皇軍が勝てば我が家も安泰だ。何しろ、お前は側室になるのだからね」
「側室?」
セシリーは今よりも立場が悪化している未来を想像して顔を顰めた。
「嫌なのかい?」
「真っ平御免ですわ」
「そうか、頑張れ」
「はいはい、分かりましたわ!」
セシリーは自棄になって叫んだ。
「……そう言えばパラティウム公爵はどうして不愉快そうに顔を歪めたのだろうね?」
「藪から棒に何ですの?」
「いや、どうしてもパラティウム公爵が不機嫌になった理由が分からなくてね」
「そんなことを気にしていらしたの?」
「そんなこと? 重大なことだよ、これは」
兄は少しだけムッとしたような口調で言った。
先日、兄はパラティウム公爵と対面し、すげなく追い返された。
声を荒らげることこそしなかったが、不愉快そうな表情を浮かべていた。
「一応、こちらにも恩を売っておいた方が良いと思うのだけれどね。単なる中立では戦後に支障を来すよ」
「名門貴族の意地ではなくて?」
「……そういうものか。なるほど、初代皇帝の血統に連なる者として帝国を裏切る訳にはいかないと言うことだね」
筋が通っていないことに気付いたのか、兄は微妙な表情を浮かべた。
初代皇帝の血統に連なる者という意味ならティリア皇女に味方するべきだ。
セシリーには理由が分かるのだが、兄には分からないようだ。
「お兄様?」
「何だい?」
「パラティウム公爵はエラキス侯爵の……クロノ様の風下に立ちたくないだけですわ」
「どうしてだい?」
「クロノ様は成り上がり者の新貴族ですもの。そんな男の下に付けと言われても納得する訳がありませんわ」
「そんなことは一言も言っていないのだけれどね」
「口にしなくとも結果は変わりませんわ」
要するに感情の問題だ。
百万の言葉を費やしたとしても説得することはできないだろう。
そういう意味ではすげなく追い返してくれて良かった。
お陰で無駄な時間を使わずに済んだ。
「なるほど、よく分かったな」
「経験者は語る、ですわ」
「ふむ、お前をエラキス侯爵の下に送ったのは間違いではなかったようだ」
「……ぐッ」
セシリーは呻いた。
※
カイ皇帝直轄領の港街ガルブ――クロノは岸壁に立ち、荷下ろしの様子を見学していた。
接岸された船から木材や鉄の茨、糧秣が下ろされる。
クレーンが下ろす荷もあれば、人間や大型亜人が下ろす荷もある。
その二つの違いは何か。
そんなことを考えて眺めるが、特に規則性はないように思う。
強いて言えばクレーンの近くということくらいか。
多分、クレーンが移動式ではないせいだろう。
杭などで地面に固定されている訳ではないが、移動させるには時間が掛かる。
クロノが益体もないことを考えている間にも荷下ろしは進む。
「木材と鉄の茨はこちらですぞ!」
「糧秣はどっちだ?」
「馬鹿野郎! サボってるんじゃねぇッ!」
「水! 水はいりませんかッ? 真鍮貨一枚ですよ! 冷たいお水です!」
「加工していない木材はあっちだ! 釘はこっち! 糧秣はそっちだッ!」
「水だ、水をくれ!」
「くそッ! 荷車は! 荷車は何処に行った!」
ゴルディが木材を運ぼうとする一団に声を掛け、男が糧秣の傍らできょろきょろと視線を巡らせる。
あ~、しんど、と立ったまま休憩を取る若者の尻を体毛の濃い筋肉ムキムキのおっさんが蹴り上げる。
水売りの女が港を行き交う人々に声を掛け、監督役と思しき男がてんで見当違いの方向に進む水夫に叫ぶ。
湯気を立ち上らせる大男が奪うように水を飲み、中年男がヒステリックに喚いた。
異様な熱気と怒号が渦巻いている。
皇軍の指揮官という立場を考えれば颯爽と出て行って事態を収拾すべきなのだろうが、それができたら苦労はない。
むしろ、出て行ったら混乱が増すだけだろう。
大したことができない自分にうんざりするが、こういうことはできる人に任せるのが一番だという悟りも得ていた。
責任者とは責任を取るためにいるのだ。
ごめんなさい。僕の監督不行届です、としょんぼりと頭を下げる自分の姿を想像するとちょっとだけ情けない気分になるが――。
不意に温かな感触が手を包み、マシュマロのような感触が二の腕に押し付けられた。
おっぱいだ。それもかなりの巨乳だ。
心当たりのないおっぱいだ。
もう少しこのままでいたいが、嫌な予感がした。
危機を察知してもそれを回避できるかはまた別問題なのだが、危ないと分かっているのにその場を動かないのはマズい。
駄目で元々、行動すべきだ。
視線を傾けると、ナム・コルヌがクロノの腕に自身のそれを絡めていた。
ふとネズミが蛇に絞め殺される光景が脳裏を過ぎった。
ネズミがクロノで、蛇がナム・コルヌだ。
「くッ、いつの間にか絞め殺されている」
「まあ、蛇だなんて失礼ですね」
「蛇だなんて言ってません」
ナム・コルヌはくすくすと笑った。
「よく蛇や狐に喩えられるものですから」
「ナム・コ――」
「ナムです」
ナム・コルヌはクロノの言葉を遮って言った。
「ナムさんがどんな人生を歩んできたのか分かったような気がします」
「ふふふ、それは勘違いですよ」
ナム・コルヌは微笑んだが、薄ら寒いものを感じさせる。
多分、勘違いはしていない。
とは言え、『私はこんな女だけど、貴方が思うような人生を歩んできた訳じゃないの』と発言する権利を認めないほどクロノは鬼ではない。
「勘違いを正すためにはじっくりと、二人で、話す必要があると思うのですが、如何でしょうか?」
「いえ、作戦中なので」
「遠慮、なさらずに」
「ナムさんはお子さんがいらっしゃるんじゃ?」
「ええ、未亡人です」
ナム・コルヌは未亡人の部分に力を込めて言った。
「旦那さんは何て言うんでしょうね?」
「死人は何も言いません」
「…………旦那さんなら何て言うと思います?」
「そうですね。『くッ、蛇め』でしょうか?」
ナム・コルヌは小首を傾げながら言った。
「実際に言われたことは?」
「ええ、何度か」
少しだけ申し訳なさそうに言った。
どんな結婚生活を送れば『くッ、蛇め』なんて言われるのか興味があるが、藪蛇になりかねないので黙っておく。
「そう言えばお子さんがいらっしゃるとか?」
「今はそんなことを話さなくても良いじゃありませんか」
ナム・コルヌは拗ねたように唇を尖らせたが、子どもに関心を持たれたくないという強い意思を感じさせる。
「お子さんが大事なんですね?」
「もちろん、私の宝です」
「……なるほど」
クロノは頷いた。
「だから、犠牲になるのは私だけで十分です」
「酷いことを言いますね!」
「失礼しました」
クロノは声を荒らげたが、ナム・コルヌは何処吹く風だ。
暖簾に腕押し、糠に釘。
まあ、犠牲になるのは自分だけで十分というのは本心だろう。
この状況で皇軍に敵対するのは得策ではない。
皇軍に味方するのも賢いやり方ではないと思うが――。
「……怖い目」
「そうですか?」
「ええ、とても怖い目です。まるで路傍の石を見るような、この世の全てを下らないものだと思っているような目です」
ナム・コルヌは小さく呟いた。
クロノは目尻に触れた。
えらく過大評価されたものだと思わないでもない。
「……貴方はカイ皇帝直轄領を灰燼に帰しても何も思わないのでしょうね」
「そんなことはないですよ」
心が痛みます、と呟く。
「でも、するのでしょう?」
「まあ、必要なら」
コストとリターンが見合っていればの話だが、そこまで説明する必要はないだろう。
「……怖い人」
「誰でもそうすると思いますよ」
こちらは七つの領地の命運を背負っているのだ。
街の一つや二つ滅ぼせなくてどうする。
「な~にをしとるんじゃッ?」
反対側の腕に柔らかな感触が押し当てられた。
またしてもおっぱいだ。
くッ、おっぱいめ。
シリアスな雰囲気が台無しだ。
クロノは反対側――神官さんを見つめた。
「……おっぱいめ」
「い、いや、ワシはおっぱいじゃないし」
神官さんはちょっと引き気味で言った。
「また、お酒ですか?」
「今日はまだ飲んどらん」
神官さんはムッとしたように言った。
お、と神官さんはナム・コルヌに視線を向けた。
「仲間じゃ、仲間」
「私はそこまで人間をやめた訳じゃありません」
神官さんは嬉しそうに言ったが、ナム・コルヌはムッとしている。
仲間ということはナム・コルヌも神に喰われたのだろう。
「ネージュさんは?」
「仲間意識はあんまりないのぅ。と言うか、神になろうという人間と友達になれる気がせんのじゃが」
「それは宗教的に?」
「う~む、こう、お互いに長生きしてるよね的な共感はあるんじゃけど、ワシはこうなりたくてこうなった訳じゃないからのぅ」
神官さんはしみじみと呟いた。
「昔のことを覚えてるんですか?」
「神に選ばれた、ひゃっほいくらいは考えたかも知れん」
「ひゃっほいって」
「いや、言うとらんぞ。こう、ニュアンス的にじゃ、ニュアンス的に」
ニュアンスにしても大概だと思うが、そんなことを言っても仕方がない。
「ナムさんはどうなるんでしょう?」
「死ぬ気になれば死ねると思うぞ」
なかなか大変だと思うが、と付け加える。
「申し訳ありませんが、まだまだ死ぬつもりはありません」
「そうか、頑張るんじゃぞ」
「では、私も行きます」
神官さんとナム・コルヌはほぼ同時にクロノから離れた。
そのまま何処かに行ってしまう。
クロノは岸壁から海を眺めた。
しばらくして――。
「どうしたんだ?」
「……」
隣を見ると、ティリアが立っていた。
行軍中と同じ軍服姿だ。
「なんだ、その不満そうな顔は?」
「何でもないよ」
残念ながら腕におっぱいを押し付けてくれないようだ。
残念無念。
「お前は暇そうだな」
「作業を監督してるよ」
「ほぅ、海を見ていたと思ったんだが?」
「責任者は責任を取るのが仕事なんだよ」
「まあ、そうだな」
ティリアは小さく頷いた。
「クロノ、この海の向こうに何があると思う?」
「ジャガイモとトウモロコシ」
「野菜だったか?」
ティリアはこめかみを押さえながら言った。
「海の果てには何があるんだろうな?」
「地球は丸いから一周して戻ってくるだけだよ」
「……」
ティリアは黙り込んだ。
「ところで、ティリアはどうしたの?」
「そろそろ、義勇兵を乗せた船が来るんじゃないかと思ってな。やはり、私が出迎えてやるべきだと思うんだ」
「そうだね」
五千四百人の義勇兵が到着するにはまだまだ時間が掛かるだろうが、居ても立ってもいられなかったのだろう。
「木材も、鉄の茨も、糧秣も届いた。あとは作戦通りに行動するだけだな」
「医者が抜けてるよ」
「そうだな」
ティリアはちょっとだけムッとしたように言った。
「……度肝を抜いてやれれば良いんだけどね」
「大丈夫だ」
ティリアは穏やかな声で言った。
「まあ、僕も大丈夫だとは思うんだけどね」
「だったら自信を持って言え、自信を持って」
「インパクトはあると思うんだけど」
う~ん、とクロノは唸った。
こんなことなら歴史小説も読んでおけば良かったと思うが、読んでたら読んでたでもっと別の本を読んでおけば良かったと思うのだろう。
「……何と言うか」
「なんだ?」
「いつもいつも僕の手に負えないことばかり起きて嫌になるよ」
「そのたびに何とかしてきただろう?」
「幸運に救われつつね」
クロノは肩を竦めた。
「……内戦が終わったら」
「そ、そうか、い、いよいよ、け、決心したんだな?」
「結婚じゃないよ」
「そ、そうか」
ティリアはがっくりと肩を落とした。
「領地に引き籠もってエッチなことしまくりたい」
「待て!」
「待たない。仕事は部下に任せて一カ月くらいだらだらと過ごすんだ。すっごく爛れた日々を過ごしてやる、絶対に」
「お前は愛人どもと寝ることしか考えてないのかッ?」
「もちろん、ティリアも一緒だよ」
「最悪だ、お前は!」
「そんな男を好きになったのが間違いなんだよ」
「くッ、どうしてこんな男に惚れてしまったんだ」
「運命だったと思って諦めなよ」
「……そうか」
ティリアは溜息を吐くように言った。
「ふふ、これが私の運命か」
「いや、そこまで深刻に受け止めなくて良いよ」
「どっちなんだ?」
「受け止めなくて良いよ」
運命という言葉は嫌いじゃないが、ここにいることは自分が――自分達が選択した結果なのだと信じたい。




