第11話『意志』【前編】
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帝国暦四三三年十月中旬――デュランは城壁近くの詰め所で少年と向かい合っていた。
犯罪者ではなく、義勇兵の志願者だ。
志願者は城門で振り分けられ、詰め所で書類を作成した後に義勇兵見習いとなる。
さらに一定期間の訓練を経て、正式な義勇兵となる。
第十三近衛騎士団の団員となると言うべきか。
デュランは改めて少年は見つめた。
肌は赤く焼け、体付きは引き締まっている。
「名前は?」
「ジョンです」
「年齢は?」
「十五になります」
「出身は?」
「ミマス村です」
「ああ、ミマス村か」
「知っているんですか?」
「名前を聞いたことがあると言うレベルだが」
事務仕事をしていれば自然に村の名前を覚えるものだ。
今ではクロノの領地にある村の名前を暗唱することさえできる。
村の名前を知っていたことで親近感を持ってくれたのか、少年――ジョンの表情が和らぐ。
「今まで何を?」
「村で畑仕事を手伝ってました」
デュランはジョンに質問しながら書類に必要事項を記入していく。
先輩方が作成した書類のフォーマットは機能的だ。
これならデュランにも上から順に質問をしていくだけで簡単に書類を作成することができる。
「武術の経験は?」
「ないです。やっぱり、経験がないとマズいですか?」
ジョンは怖ず怖ずと尋ねてきた。
「あるに越したことはないが、なくても大丈夫だ」
「良かった」
ジョンは胸を撫で下ろした。
「あ、気休めとかじゃないですよね?」
「嘘は吐かないさ」
デュランは苦笑しながら答えた。
武術の経験がなくても大丈夫というのは事実だ。
志願兵の多くは農村出身者で武術の経験がない。
子どもの頃にチャンバラをしただけという者もいる。
「動機は?」
「俺は三男坊なんですけど、大きなことがしてみたくて」
ジョンは照れ臭そうに笑った。
「俺みたいなヤツって少ないですか?」
「それなりに数はいる」
志願者の中には上昇志向の強い者もいるし、ジョンのように漠然とした思いを抱いて志願する者もいる。
流石に格好良さそうだからと動機を語られた時は驚いたが。
「それで、どうでしょう?」
「訓練が終わってみないと分からないな」
「あ、そうですよね。でも、訓練は受けさせてもらえるんですよね?」
「もちろんだ」
できるだけ多くの志願兵を募り、訓練で戦える者と戦えない者を分けることになる。
選考基準はかなり緩くなりそうだが、ここで口にすることではない。
「良かった」
「何がだ?」
ジョンが再び胸を撫で下ろし、デュランは理由を尋ねた。
「村を出る時、格好を付けちゃったんです。それなのに訓練も受けられずに追い返されたんじゃ格好悪くて村に帰れませんよ」
「……なるほど」
デュランは頷いた。
この年頃の少年にとってもプライドは大事なのだろう。
自分はどうだっただろうか。
よく覚えていないが、似たようなものだったに違いない。
「最後に一つだけ言っておきたいんだが……」
「な、何ですか?」
ジョンはゴクリと喉を鳴らした。
「訓練が終わった後の話だ。そんなに身構えなくても良い」
「そうですか」
ジョンはホッとしたような表情を浮かべた。
「配属についてなんだが、必ずしも敵と戦う部署に配属されるとは限らない」
「そうなんですか」
ジョンは落胆したようだった。
気持ちは分かる。
若者は自分が凄い力を秘めていると信じているものだ。
盲信していると言い換えても良い。
彼は自分が戦場で華々しく活躍できると信じているのだ。
まあ、この時点で若者の思い上がりを正そうとは思わない。
訓練に参加すればすぐに身の丈を思い知るだろう。
それまでは妄想を抱いていても構わない。
「何処の部署に配属されるとしても腐らずに仕事をして欲しい」
「戦えないんですか?」
「そうじゃない。武器を振り回すだけが戦争じゃないと言いたかったんだ。後方で物資を確保したり、前線に物資を送るのも重要な仕事なんだ」
「は、はあ」
ジョンは困惑したような表情を浮かべている。
無理もない。
彼が知る戦争はお話の中のものだ。
兵站について説明しても理解できないことだろう。
「義務を果たす。それができるなら君は義勇兵見習いだ」
「――ッ! できますッ!」
ジョンは息を呑み、弾けるように立ち上がった。
デュランは立ち上がり、黒い布で作った腕章を差し出した。
「これは?」
「義勇兵見習いであることを示す身分証みたいなものだな。さあ、付けてやろう」
「あ、ありがとうございます」
デュランはジョンに歩み寄り、腕章を付けてやった。
ジョンは誇らしげに胸を張った。
「今日は宿でじっくりと休んでくれ。訓練は明日からになるが――」
「分かりました! 義務を果たします!」
「ジョン義勇兵見習い! 君の活躍に期待している!」
「は、はい!」
デュランが背筋を伸ばして敬礼すると、ジョンはぎこちない仕草でそれを真似た。
「それと言い忘れていたが、正式な義勇兵になれば給料が出る」
「お給料を貰えるんですか?」
「ああ、一カ月で金貨二枚だ」
「そんなに!」
ジョンは大きく目を見開き、拗ねたように唇を尖らせた。
「不満か?」
「いえ、そんなに出るなら友達も誘えば良かったと思って」
「すまないな。急遽、決まったことでな」
本心からの謝罪だった。
最初から条件を煮詰めてくれればと思うが、完璧さを要求するのは酷だろう。
デュランだって常に完璧に仕事をこなせる訳ではないのだから、カバーできる分はカバーするべきだ。
「お迎えがきたようだ」
「うわッ!」
ジョンは窓の外を見つめ、ビクッと体を竦ませた。
黒豹の獣人が窓からこちらを見つめていた。
「彼は案内役だ。安心して付いていけ」
「わ、分かりました」
ジョンは荷物を持って外に飛び出し、自分から黒豹の獣人に敬礼した。
すると、黒豹の獣人は敬礼し返した。
二人は雑踏に消えていく。
デュランはジョンの背中に改めて敬礼をし、自分の席に戻った。
「……募兵官は疲れる仕事だな」
小さく溜息を吐く。
年端のいかない子どもを戦場に送る仕事だ。
志願の体裁を取っていても堪える。
恐らく、子どもができたことも影響しているのだろう。
デュランは頭を振って、顔を上げた。
すると、そこに古めかしい板金鎧が立っていた。
突撃槍まで持っている。
窓を見ると、老いた馬が見えた。
「ここが募兵所じゃな!」
板金鎧がバイザーを跳ね上げると、その下にはしわくちゃの顔があった。
「儂は騎士マンチャウゼン! 危急存亡の秋と知り、馳せ参じた!」
「……」
年齢制限はあったかな? とデュランは天井を見上げた。
「騎士マンチョーゼン?」
「マンチャウゼンじゃッ!」
マンチョーゼン、もとい、マンチャウゼンは気色ばんだ様子で言った。
まあ、これは名前を聞き違えた自分が悪い。
「騎士マンチャウゼン。失礼ですが、お歳は?」
「今年で七十じゃ!」
カカカッ、とマンチャウゼンは笑った。
前歯が何本かなかった。
「……今は六十九さいですか」
「確かに儂は爺さんじゃが、若いもんにはまだまだ負けんぞい!」
チョワーッ! とマンチャウゼンは突撃槍を振り回した。
しばらくして動きを止めた。
呼吸が荒い。
古いタイプの板金鎧を着て、突撃槍を振り回せば誰でも息が切れる。
そもそも、突撃槍は振り回す武器ではない。
そういう意味ではマンチャウゼンは年齢の割に体力があると言える。
「騎士マンチャウゼン。何故、その歳で義勇兵に?」
「ティリア皇女が助けを求めておるんじゃぞ? 騎士たる者が本懐を果たさずにどうすると言うんじゃ?」
デュランは頭痛を覚え、こめかみを押さえた。
マンチャウゼンは古い騎士だ。
彼らはデュラン達と感覚が違う。
とは言え、敬意を払うべき相手である。
デュランは居住まいを正した。
「騎士マンチャウゼン。帝国暦四〇〇年の内乱後は何を?」
「……」
返事はない。
恐らく、彼は内乱終結後に行われた軍の再編制で職を失ったのだろう。
それは帝国が彼を無惨に打ち捨てたということでもある。
にもかかわらず、今も彼は皇族に忠誠心を抱いている。
デュランはしげしげとマンチャウゼンを眺めた。
板金鎧は古めかしいが、手入れが行き届いている。
彼はいざと言う時に備えて装備の手入れを行っていたのだ。
もはや、それは忠誠心ではなく、信仰心だ。
彼は死ぬために来たのではないか。
そんな気がする。
「騎士マンチャウゼン。我々は――」
「待ってくれ! 儂は歳じゃが、まだまだ戦える! 体力は衰えたが、それを補う知恵があるんじゃッ!」
デュランの言葉を遮り、マンチャウゼンは懇願した。
「儂はティリア皇女のために戦えるんじゃ! 儂から死に場所を奪うような真似をせんでくれッ!」
「……騎士マンチャウゼン」
デュランは静かに語りかけた。
「我々は死ぬために戦うのではありません。子ども達のために戦うのです。それに咲き誇り、散り急ぐばかりが騎士道ではありますまい」
「儂にこのまま老いて死ねと言うのか?」
マンチャウゼンは顔を真っ赤にして言った。
残された人生を穏やかに過ごして欲しい。
だが、そんな言葉を口にすれば彼は自ら命を絶ってしまうかも知れない。
「いいえ、違います。子ども達のために醜く足掻いて欲しいのです。それを約束して下さるのであれば義勇兵見習いとして訓練に参加して頂きたいと思います」
「では?」
「結果を保証するものではありませんし、戦闘を行わない部署に配属される可能性もあります」
「構わんとも! 構わんともッ!」
マンチャウゼンは涙を流して言った。
「では、席にお掛けになって――」
「やあやあ、我こそは騎士アロンソ! 義によって助太刀致すッ!」
声のした方を見ると、メイスを手にした板金鎧が立っていた。
デュランは大きく溜息を吐いた。
※
クロノは書類に印を押し、それを書類の束の上に重ねる。
書類は義勇兵の志願者に関する書類だ。
自分達の理想に賛同してくれたことは嬉しく思う。
だが、それが子どもと言っても差し支えのない年齢となると話は別だ。
子どもを動員しなければならない事実に鉛を呑んだかのような気分になる。
クロノは溜息を吐き、目を揉みほぐした。
「疲れているのなら少し休んだらどうだ?」
「いや、大丈夫だよ」
クロノは声のした方を見る。
そこではティリアが羊皮紙を睨んでいた。
周辺の領主への檄文だ。
紙ではなく、羊皮紙を使っているのは格式を重んじてのことだ。
合理的ではないと思うが、貴族というものは不合理なものだ。
まあ、それで敵を作らずに済むのなら金と手間を惜しむべきではない。
ちなみにティリアが使っている机とイスはクロノの物である。
「……ティリア」
「なんだ?」
「ティリアが領主用の机とイスを使って、僕が急遽運び込まれた事務員用の机とイスを使っているのはどうしてなの?」
クロノは机を撫でた。
ドワーフの職人が作っただけあり、しっかりとした作りだ。
「クロノ、これでも私は反乱軍の旗頭なのだぞ」
「それは分かってるよ」
「一番偉いのだから一番良い席に座らねばなるまい。それに、私はこのイスの座り心地が気に入っている」
ティリアは手を休め、背もたれに寄り掛かった。
「手紙作戦の効果はどう?」
「芳しくないな」
背もたれに寄り掛かったまま腕を組む。
「文章が大人しすぎたのかな?」
「いや、様子見だろう」
ティリアは確信を抱いているかのような口調で言った。
「自分達の味方をすれば名誉ある扱いを、中立を貫いた者には領地の安堵を約束するだっけ?」
「私達の理想と私が女帝になった後の国家運営についても書いてあるぞ」
ティリアはムッとしたように言った。
「敵対した時のことを書かないのは怖いよね」
「敵対すれば領地没収だ。アルフォートが滅茶苦茶にした帝国を立て直すには金が必要だ。そもそも、アルフォートが調子に乗ったのはヤツらの責任なのだから償って貰わなければ」
どうやら、ティリアはすでに戦後を見据えているようだ。
「僕は目先のことで手一杯だよ」
「印を押して書類を右から左に流す簡単なお仕事だろうに」
「あんまりだ」
「何処まで進んでるんだ?」
ティリアは立ち上がり、クロノの机に歩み寄った。
書類の束を手に取り、机に寄り掛かる。
「義勇兵の志願者は順調に集まってるな。今、何人だ?」
「二千人くらいだね」
「最低でも五千人は集められると考えていたのにこのままだと予定が狂ってしまうな。旅芸人にビラを撒かせるか?」
「どんな?」
「ティリア皇女サイコー、アルフォート皇帝サイテーみたいなビラに決まってるだろ」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの口調だ。
「手配しておくよ」
「伝令の騎兵が戻ってきたら行った先々でバラ撒くようにしよう」
「分かった」
クロノはメモにアイディアを書き留める。
不意にティリアの動きが止まる。
「どうしたの?」
「志願者に老人がいる」
「年齢制限は設けてなかったからね。どうする?」
う~む、とティリアは唸った。
「いや、このまま訓練に参加して貰おう」
「大丈夫かな?」
「軍の再編制で職を失った騎士のようだからな。経験に期待したい」
「それでも、駄目だったら?」
「行軍中の供回りくらいはできるだろう」
「肉の壁にするつもり?」
「私は鬼ではないぞ。最後に名誉を与えてやりたいと思っただけだ」
ティリアは書類を置き、別の書類を手に取った。
「十字弓と鉄の茨は順調に量産できているみたいだな」
「作戦の肝だからね」
志願兵に十字弓を支給し、防衛戦力とする。
クロノ達――ティリアとワイズマン先生、シッターの三人は十二月には帝国軍が攻めてくると考えていた。
もっと早い可能性もある。
ティリアの場合は勘だが、ワイズマン先生とシッターの場合は知識と経験則による。
それはさておき、わずか一ヶ月半で素人を一人前の戦士にするのは難しい。
そこで目を付けたのが十字弓だ。
十字弓は一カ月あれば使いこなせるようになる。
「この分なら十月中に十字弓を必要数準備できるな。よくやった」
「僕じゃなくて、ゴルディを誉めてあげてよ」
領地内の職人にパーツを作らせ、ライン作業で十字弓を組み立てるというアイディアを出したのはクロノだが、実用可能なレベルに落とし込んだのはゴルディだ。
紙工房の経験が役に立ったと言っていた。
「防御戦になるのが痛いね」
「防御戦ができるだけマシだ。鉄の茨がなければそれさえも望めなかった」
「そうなんだけどね」
鉄の茨があれば馬防柵などを素早く設置できる。
『黄土にして豊穣を司る母神』の神威術を使えばさらに時間短縮が可能だ。
ティリアは別の書類を手に取った。
「馬車は……馬の確保が問題だな」
「前ハマル子爵との交渉が難航しててね」
馬車があれば侵攻スピードを上げられるし、兵士の負担を軽減できる。
義勇兵に頼らざるを得ない現状を加味すれば欠かせない装備だ。
「それは時間が解決するはずだ」
「時間って?」
「レオンハルトが帝都に帰還すればアルフォートがブラッドを処罰するだろうからな。今頃、吊し上げられているかも知れないぞ」
絞首刑になっているという意味ではないぞ、とティリアは悪趣味な一言を口にした。
クロノはその発言をスルーした。
「なんで?」
「私達が反逆したからな。あの愚弟は適当にこじつけて処罰するはずだ」
「適当にこじつけてって、そこまで馬鹿なの?」
「お前に無実の罪を着せる男だぞ?」
「そうなんだけど」
それを言われると、有り得そうだなという気になる。
「ブラッドが逃げてくれれば解決したも同然だ。ついでに第五近衛騎士団を引き連れてきてくれたら帝都攻略が捗るぞ」
「超楽観的」
ハハハ、とティリアは笑ったが、クロノは胃が痛い。
「お前が悲観的なんだ。一体、何が心配なんだ?」
「シルバニアから良い返事が来ないこと」
「まあ、連中は商人だからな。根回しが必要なんだろう」
「商会が味方になってくれれば資金面で憂いがなくなるんだけどな~」
「お前が義勇兵にまで給与を支給すると言い出すからだ。そもそも、義勇兵は無給で働くものだぞ」
「やりがい搾取はちょっと」
命を懸けて戦うのだ。
流石にやりがいだけでは保たない。
「そういうことは義勇兵募集の告知を出す前に言うものだ」
「それは謝ったじゃない」
「……確かに謝罪は受けたが」
ティリアは小さく溜息を吐いた。
「まあ、口ばっかりと言われるよりはマシだな。それに……」
「それに?」
「何でもない」
ティリアは頭を振った。
もしかしたら、理想を口にしながら子どもを戦場に送ることに罪悪感を抱いているのかも知れない。
「他にはないか?」
「あとは……演説のことかな?」
「ああ、あの自分の子どもに幸せになって欲しいと願ったことはないかの件だな。あれはアドリブながら上手くいったと思う」
「そこじゃなく」
「なんだ、そこじゃないのか」
ティリアは不満そうに唇を尖らせた。
「平民会のことだよ。二十年の教育期間を設けるとは言え、既得権を捨てる行為だしさ」
「あれは前々から考えていたことだからな」
「前々って、いつ?」
「露店を梯子している時だな」
「かなり早い時期なんだね」
うむ、とティリアは鷹揚に頷いた。
考えてみればレイラ達――士官教育を受けた者を納得させられる内容なのだから一朝一夕に考えた訳ではないだろう。
「露店を梯子しながら、これからは平民が力を持つのではないかと思ったんだ。力を持てば政治に口を出したくなる」
「まあ、自分達に必要な施策をして欲しいと訴えるようになるだろうね」
「私はやがて訪れる未来だと思ったんだ。だが、訪れる未来が好ましいものとは限らないだろ?」
「そうだね」
政治参加を求めて武力に訴えるかも知れない。
革命が起きる可能性だってある。
「好ましくない未来が訪れないようにするためには先手を打つしかない。つまり、上からの改革だ」
「失う既得権を最小限に留めたかったってこと?」
「そうとも言うな」
は~、とクロノは思わず声を漏らした。
露店の賑わいを見て、革命を予期するとはティリアはできる子だったようだ。
「他に質問はないか?」
「ないよ」
「では、互いに仕事を頑張るぞ」
そう言って、ティリアは自分の席に戻っていった。




