第59話 騒動は必ずしも良い結果では終わらない
「なるほど、とりあえず現時点で魔法喰らい(エンペルゲレト)を使用できない分の戦力は補えたと」
「そうね。これでイツ君の精神を回復させる事が出来れば、以前よりも更に強くなるわ」
いつも使っている空間に投射するディスプレイでは無く、紙を媒体とした報告書を2人は眺める。当然イオリとセシリア以外この教室に人間は居ない。別に聞かれても困らない内容ではあるので念話ではないが、心なしかいつもよりも声が小さい。
「そいつは予想以上。こっちとしてはまなか君の登場自体がイレギュラーだったのに、これ以上状況が良いほうに転ぶと逆に不安だなぁ」
「これで1年生徒会メンバーが全員レアスキル持ちでしたってカミングアウトあれば完璧かなぁ? お姉さん達完全に詰んじゃうよ」
「そんな事したら完全にこの国最強の戦闘集団になるな。俺達でも全然相手にならないよ、それは」
机の上に置いてある紅茶に似た飲み物を、イオリはゆっくりと口へと運ぶ。それを見てセシリアも同様にカップを口につけ、ゆっくりとそれを飲み干す。
「個人、大きくても学園レベルで収まってくれればいいんだけどねん」
空になったカップに再び飲み物を入れながらセシリアは呟く。この世界の中でも7つある国の中でも中心に位置するフレイス。確かに問題が起これば少なからず被害を被る。しかし今はどの国ともいざこざがあるわけではないし、ましてやこの学園は中心部に位置する。
国から国へは都市部にある転移魔法陣を使用しなければかなりの時間が掛かる。それ以前に学園から王都まで車で結構な時間が掛かるこの世界で、たかが学生風情に何の災害が降りかかってくると言うのか。
「最悪国、いいやこの世界を巻き込む可能性は」
「無きにしもあらずって所かなぁ、魔族が出てきている時点で。最悪私達人間と魔族、神族の3つの均衡が崩れる……ってのは言いすぎかな?」
「まぁ今の所分かっているのは、彼らが見ているものは限りなく正解に近い不正解って所だけだけどね」
ゆっくりと彼らが提示してきたこれまでの調査結果を投げる。彼らといったのは1年生徒会の事である。だとすれば彼らが提示した資料に違いがあるのであれば、どうして2人はそれを指摘しないのであろうか? それが単なる楽しみとしての1つなのか、はたまた……。
「異世界からの救世主。確かに俺らからすれば願っても無い事だが、同時にそれは事態を加速させる」
「悩ましい所よねぇ。生徒会メンバーのイレギュラーさで色んな学園からの決闘とか申し込まれてるのを影で断らなくちゃいけない。相手方には時期尚早と言ってるけど、そこからあちらさんが色々情報を持ってかれたくないってのがあるんだし」
そう言いながら2人の視線が各々別の方向へと向かう。そして先程までの雰囲気は一瞬で消え去り、2人の眼光が鋭くなったかと思うとすぐさま行動に出た。
セシリアはまだ飲みかけだった紅茶をカップと共に宙へと舞わせる。そしてすぐさま愛用の鎌を収納していた次元から取り出し、風を纏わせながらカップへと斬り込む。紅茶が凍りつきながらもカップは粉々になり、そのまま四散していき各々なにかにぶつかって破壊の音を響かせる。
イオリと言えばもっと単純な方法で、一定距離にあるモノを重力で全て叩き潰した。もっと繊細な技術を彼は持っているはずだが、それ程までにイオリが激怒しているのが分かる。
「もう向こうも盗聴やらトラップやらと……。なりふり構っている状況じゃないみたいですよ、会長」
わざとらしくおどけたセシリアに対して、先程までの殺気を一瞬だけ感じさせる視線を放つイオリ。しかしそれは彼女自身に向けられたものではなかった。
次の瞬間、セシリアの背後から無数の魔方陣が展開して刃物が飛び出していく。それを感じ取っていたのか、イオリはそれがセシリアに届く前に、いや魔方陣から出てくる瞬間に一帯に重力を掛けて全てを破壊した。
そして再びセシリアの目を見る。しかしそれは先程の感じなど全く感じられないいつものイオリに戻っていた。
「不穏分子を排除……って訳じゃなさそうだな。まぁ、俺達もこれ以上隠す必要も無いって事か」
「失礼するぞ」
イオリが話を続けようとするのをさえぎって、もはや扉の意味をなしていないそれを蹴破り2人の人物が入ってくる。セシリアは一瞬だけ驚いた顔をしながらイオリを見て、そして全てを理解する。彼の言っていた意味を。
「まずい事になった。奴らが動き出しました」
「ふんっ。我が行けば止められたモノを」
「何が起こった? 詳しく話してくれ」
「詳しくも何も無い。王都を襲撃されたのだ。それも反乱分子に混じって魔族や一部の堕天使を含む神族が」
◇◆◇◆◇
時は少しだけ遡る。
それはイツキがまなかと共に男達を問い詰めている時だった。
「んで、お前達の目的はナルフィアの誘拐か? こんな少人数でよくそんな事が出来たな」
「………はっ」
「何が可笑しい?」
「まさかお前達が本命なわけ無いだろうが。いわばお前達は作戦の中の1つの障害物でしか無かった」
倒れこみ、空を仰ぎ見ながら男は笑う。
自分の置かれている状況が分かっていないのか? このままなら最悪俺達3人でこの男の命を絶つ事も出来る。なのにこの余裕だ。しかもナルフィアが第1の目的じゃないと来た。
確かに武器屋からここまでの間に幾らでも奇襲を仕掛けるタイミングはあったのに仕掛けてこなかったのは不自然に思った。だが俺達を襲うこと自体がブラフ?
「お前達は見落としていたんだよ。数ヶ月前の旧館での事件を解決したのは1年生徒会のメンバーだろ? だったら聞いていたはずだ。あの悪魔が言った事を」
――
「強く生きろよ。しかし、考えろ。なぜワシがこのタイミングで復活しようとしたのかを」
「ッ!? 単純に俺達が来て、俺達の魔力が高いから復活できると思ったのじゃないのか!?」
「なにを言っている? 貴様等はワシが復活しようとして起こした前兆によって違う人間に頼まれたのだろう?」
――
そうだ、アイツはこのタイミングで復活しようとした。そもそもマノヒ達が何を狙っていたか……。いや違う、今は誰がじゃない。
不穏な動きを見せている奴らが居た。その事と関係が有るんじゃないのか? 例えば――
「さて、答え合わせをしようか? 少年」
そう言って男は懐に隠し持っていたナイフを取り出し、勢い良く自らの胸へと突き刺す。
後ろでまなかの悲鳴が短く聞こえたがそれどころじゃない。ニヤリと笑いながら口元から血を流し、ゆっくりと右を見る。
そこには倒したもう1人の魔法使いが同じ様に血を吐きながら魔方陣を完成させていた。
直ぐにその魔方陣は突き刺したナイフを中心として男の体を包み込み、発動する。
「そうだ、戦いだよ!! 愚かで腐った人間達と、魔族や堕天使達の戦争さ!! この国だけじゃない。既にアースラとブラッシュを除く5ヶ国で同様の魔法が発動済みだ。流石に天使や賛同していない魔族の輩に恨みを買われては困るのでな」
スケールが違いすぎる。学園で、最悪この国の中での暴動までは考えていたがまさか世界規模での反乱。
マノヒとか個人を調べていても見つからなかった不穏な動き。
そして神が救えと言ったこの世界の1つの危機。
なるほど、確かにこれは大きな問題だよ。少しでも選択肢をミスしたら即バッドエンドへ直行。しかもここ9割はそのバッドエンドへの選択肢を選んできてる。
『火よ』
ナルフィアが指を払い、そのまま男を焼き尽くす。しかし既に術式は完成しており、必要な魔力や生命力はほとんど吸い取った後の様で全く意味が無い。
遠くの男の体が全て飲み込まれた所で魔法陣は空へと上がり、ゲートと化す。それまでに何とかしなくては
「なぁ、ナルフィア。今からこの絶望的な状況を少しでもマシにするプランを上げるから、護衛の任務に少し暇をくれ」
「何を馬鹿な事を言っておるのじゃ、お主は。そんなアホみたいな事を話し合ってる時間は無いのじゃぞ!?」
「んじゃ、取り合えずガインのおっさんに通信。今すぐ!!」
急に大きな声と真面目な顔つきになったのに驚いたのか、ナルフィアは一瞬だけ肩をビクンとさせたが直ぐに魔方陣を展開しておっさんとの通信をつなげる。
『どうした、ナルフィア。今ちょっと急がしいんだが』
「おっさん、俺だ」
『イツキか。どうした? 今魔族の襲撃を受けて少しばかり忙しいんだが?』
通信の声の向こうでは大きな音が響いている。おそらく自らも前線の方へと赴いているのだろう。
王族しか使えないチートな火の魔法とかぶっ放していそうだし。
「2つ質問するから答えてくれ。まず1つ目。そっちの護りで死者を出さずにこの状況を乗り越えられるか?」
とにかく今は時間が無い。1秒でも早くしなければ。
『無理だと言えるわけが無いだろう。全てを掛けてでもやってみせる。俺だけ助かっても仕方ないからな』
「分かった。だったらもう1つだけ。今からこの騒動の終結までにこっちで起こった事に関して、後の干渉はするな。絶対だぞ」
『それが王様にモノを頼む態度か? まぁいい。何でも良いからそっちはそっちで王都を、学園を救え。死者1人出さずにだ。それがこっちの要求だ』
「まぁ既に敵は2人死んでるがな。仲間は絶対に殺させない。約束だ。今からそっちにナルフィアを送るから安全な場所に行かせろよ。んじゃ」
直ぐに通信を切り、その後直ぐに能力を発動させる。もちろん魔法ではもうどうにもならないから、創造能力しかない。
一応王様は関与しないって言ったから研究室行きとかないよね? ね?
でもここでみんなを助けられる能力があるのにも関わらず見捨てたらそれ以上に後悔するんだろうな。だから何があろうが絶対にやってやる。
「いいかナルフィア。お前はこのまま王宮へ送るから事が終わるまで絶対に安全な場所に居ろよ?」
「何を言っておるのじゃ? お主についていくに決まっているじゃろ?」
何を言ってるのかアホじゃないのかといわんばかりの顔をしやがってこの王女は……。
終わったらボコボコにしてやる。もうアレだ、彼女になってもらおう。そして理想のヒモ生活!! ムリダナ
「俺が死んでも、いや死ぬ気は無いけど。代わりは居る、いや無理だろうけど。だけどな、お前は言い方は悪いが王族と言う道具だ。しかも第一王女で替えが効かない。だからお前にここで死なれたら、俺やお前だけじゃなくてこの国が困るんだ。無理やりにでも聞いてもらうぜ?」
―創造―
かの王女を災厄が降りかからん場所へといざなう転移の魔法を
―創造終了―
うっすらとナルフィアを中心に転移魔方陣が発動する。これで俺のタイミングで王宮の1番安全な場所へのゲートは開かれた。
後はもう少しだけ話して、あの空の魔方陣を消して、そして転移と。
「お主は妾の事を何だと思っておるのじゃ!? ここの民が死ねば妾は絶対に後悔する。お主も分かるであろう、イツキ!!」
「分かってる。だからここで1つだけズルをしよう。俺達が幸福となり、アイツらが不幸になる魔法を」
きょとんとしているナルフィアを他所に、俺はちらりとまなかを見る。大分落ち着いては居るが、こいつもさっきので精神的に参っているのだろう。
ナルフィアと一緒に行かせた方が良いのか?
「ちょっとイツキ。さっきから私を無視しているみたいだけど、私はアンタについて行くわよ。余計な事考えて無いでさっさと魔法を使いなさい!」
「お前らはまた人の心を……。でもお前、ここからは相当きついぞ?」
「護られてるばっかりは嫌、私も護りたい。それだけは譲れないわ」
「本気か」
「当たり前」
真剣な眼差しで俺を見る。この顔は絶対に折れない時の顔だ。
本当はまなかも戦闘に巻き込まずに居たいのだが、今はそんな議論してる暇は無い。魔法が絶対的に効かないから、後は俺が護れば良い。
「分かった。それじゃあまなかはついてきてくれ。ナルフィア、見ていろよ? 一発逆転の魔法を」
「何を悠長な事を言っておるのじゃ!? 扉が開いたぞ!! ほれ、あっちから魔族達が!!」
―創造―
集いし敵を誘いし門よ 此方から彼方へとその門の場所を変えよ 彼方とはすなわち、ルビニアなり
―創造終了―
「閉じろよ、ゲート」
少しだけでてきた魔族達が再びゲートへと吸い込まれていき、そのゲートが完全に閉じた。
でも別働隊が居ないとも限らない。ここはもう1つ念には念を入れて
―創造―
フレイスに敵意を持つものの進入を拒む。全てを王宮とルビニアへと誘わん
―創造終了―
これで万が一増援が来ても絶対に対処出来る。田舎だから狙わないとは限らない。予防策だよ、予防策
「これでとり――っは?」
ナルフィア達に喋りかけようと口を開いたのだが、途中で言葉に詰まる。正確には喉から何かが逆流してきてソレを吐き出してしまい言葉が続かなかったのだ。
体のあちこちが軋み、更に喉とかが切れてる……? 魔力不足なのか? いや、腕に魔力を集中させるが余裕は有り余っている。だったら何故?
待て待て、そういえば創造能力には制限が有る。理から外れる事は出来ないという。だったら何だ、今回の事はギリギリだって事か。実際であればフレイスで何万人と言う死者を出したかも知れない事実を、扉を別の場所に移すというこの世界に存在する魔法で防いだ。それ自体はまだ理から外れてないが、実際は死ぬ運命だった者達を救った事で運命を変えた。その代償がこの負担って事か?
「「イツキ!?」」
「大丈夫だっての!!」
残った血を地面に吐き出して口を拭く。
一歩間違えれば死んでたのか。今まで軽々しく創造能力を使っていたが、やっぱりこれは所詮神に与えられた能力って訳な。魔法1つで治癒掛けないとまともに戦えない体になるとか洒落にならんぞ
「いいかナルフィア。今フレイスには2つのゲートしかない。1つは王宮、もう1つはルビニア魔術学園だ。俺達は自分の戦場に戻る。だからお前も戻れ。お前の、お前達にしか出来ない事が絶対にあるはずだから」
「妾にしか出来ない事……。血を吐いてでも魔法を酷使したのは、本当にお主にしか出来ぬ事じゃったのか?」
「当たり前だ。俺はある意味その為に居るんだから」
多分俺がやらなかったらもっと酷い事になっていたはずだ。
今は最悪の状況から酷い状況まで場面を持ち直したに過ぎない。ここまでは俺1人で、ここからは仲間と一緒じゃないと戦っていけない。
だからナルフィアはあそこには連れて行けない。学園に行けば俺はナルフィアを護って戦うなんて余裕はなくなるだろうから。
「分かったのじゃ。妾は王宮へと戻ろう。しかし1つだけ妾の話を聞け」
「手短にな?」
「偉そうに話しておるが、お主好意を寄せている女子共の気持ちに応えておらぬな?」
「「は?」」
一瞬で世界が止まる。背後からは凄い殺気がするし、目の前のじゃじゃ馬王女はニヤニヤしてるしなんだこれ。一応今、緊急事態なんですけど?
この王女はソレを分かっててこの話をしているんですかね?
「ちょっとどういう事よ!! 説明しなさい、イツキ!! 誰よ誰!! 胸ね? 胸にたぶらかされたのね!!」
「ちょっと……首を……絞めるなぁ!!」
「うるさいわよ、イツキのバカァ!!」
障壁貫通キック。胃に穴が開きそう。ダメージが身体と精神の2重に来て。
「お前、この非常事態に何を言ってんだよ!?」
「これはお主の魔法喰らいとも関係があるのじゃ。もしかしたら拒絶されるのではないのか? 失敗したら? そんな想いは魔法にも通じる。だから前に進めないのじゃ。この前の事は見せて貰ったぞ? だがお主は決意したはずじゃ。なのに何故その魔法が使えぬ? 答えは簡単じゃ。お主が仲間を信じられて居ないからじゃ」
「それと告白が……」
「分かっておるな。お主は分かっておった。後は行動に移すだけじゃ。それにお主は彼女達の事がキライか?」
「そんなはずないだろ?」
ずっと勘違いだと言い続けてきた気持ち。もしセイウェンが、アイリが、そしてティアが……。
あっちの世界ではずっと1人だったから、いつの間にか1人に慣れてしまっていたから。それに気付いて大輔やまなかも気を使ってくれていたのか。
「だったら悩むことはないじゃろうに。なに、失敗しても死ぬわけじゃない。やるだけやってみろ」
そう言いながらナルフィアは一歩ずつゆっくりと俺に近づいてくる。その光景は、今までの破天荒ぶりとは真逆で本当の意味で人を統べる者としての貫禄が見えた。
その気迫に押されてか、まなかはなんとなくだろうがゆっくりと腕を放した。そしてそれを見たナルフィアは笑いながら――
「妾からの餞別じゃ、戦えよ少年?」
不意にキスをされた。
初めてのキスの味は、血の味だった。




