4-23 「報告と決断」
屋敷に戻ったセザールは真っすぐポルトスの執務室へ向かった。
「ポルトス様、少しお時間をいただけますか」
ポルトスは書類から顔を上げ、セザールの表情を見てすぐに察した。
「……どうした? セザール、何があった?」
セザールは昨夜の出来事を簡潔に、怒りを押し殺しながら語った。
セイラが離宮に侵入し、リビングに入って何かをしようとしていたところをヘスティアが止めたこと。
しかしサフィニアはセイラを責めもせず、お茶を飲んでいかないかと誘ったこと。
「サフィニア様は何一つ悪いことはしておりません。顔を合わすことも無いように離宮に住まわれています。それさえもセイラ様は気に入らないのでしょう」
セザールの話を黙って聞いていたポルトスは目を閉じ、しばらく沈黙した。
彼は公爵に仕える筆頭執事でありながら、サフィニアに対しては深い情を抱いていた。そしてサフィニアの孤独にも胸を痛めている。
「……このままでは、今に取り返しのつかないことが起きるかもしれない。今すぐ公爵様に報告する必要があるな」
ポルトスは立ち上がった――
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エストマン公爵の執務室を訪ねたポルトスは丁寧に会釈した。
「ご報告がございます。昨夜、セイラ様が離宮に侵入し、リビングに入ろうとしたところを侍女のヘスティアが目撃し、止めたそうです。しかし、ここは自分の家であり、離宮も自分の物だと騒ぎ立てたそうです。そこへ騒ぎを聞きつけたサフィニア様が現れ、セイラ様にお茶を勧めたのですが、お帰りになられました」
公爵は眉をひそめたが、驚いた様子は見せなかった。
「……それは本当の話なのか? 誰からの報告だ」
「はい。我が孫、セザールからの報告です」
頷くポルトス。
「そうか、セザールから……。それにしてもセイラの奴……全く愚かな娘だ。卑しいメイドの血を引くサフィニアなんぞに嫉妬するとは」
「……」
忌々し気に語る公爵を、ポルトスは無言で見つめている。
「だが、やはり……もう限界だな。何か対策をしなければならん」
「私もそう思います。サフィニア様は何もおっしゃりませんが、セイラ様の憎しみは深いです。今後、サフィニア様へ何か危害を加える可能性も考えられます」
少々失礼だとは思ったが、ポルトスは自分の正直な気持ちを公爵に告げた。
すると公爵は少しの間考え込み、口を開いた。
「サフィニアは一応私の娘ではあるが、所詮卑しいメイドが生んだ娘だ。その存在がセイラの誇りを傷つけているのは事実。だが、もうサフィニアの存在は世間に知れ渡っている。公に排除するわけにもいかん……全く、忌々しい存在だ。あの娘は」
サフィニアの話を苦虫をかみつぶしたかのような顔つきで語る公爵を見て、ポルトスの胸は痛んだ。
(なんと酷いことを仰るのだろう……これではサフィニア様がお気の毒過ぎる)
「……では、どうなさるおつもりですか」
感情を抑え、尋ねるポルトス。
「そうだな。サフィニアを早々に嫁がせることにしよう。侯爵家以下の家督を継がぬ次男か三男で十分だ。血筋はあるが、立場は低い者がいいな。それならばセイラの気位も損なわれることは無いだろう」
公爵の発言にポルトスは僅かに目を見開いた。
「それは……あまりにも一方的ではありませんか?」
「情は不要だ。良いか? ポルトス。あの娘がここにいる限り、セイラの心は安らぐことは無いのだ。可愛い娘の不安を取り除くのが親である私の役目だ。サフィニアを社交界に積極的に出して売り出し、縁談を整える。それが最善の策なのだ。何も貧しい平民に嫁がせようとするのではない。サフィニアとて、この私に感謝することだろう」
満足そうに頷くと、公爵は机の上の書類を手に取り、視線を落とした。
「ポルトス、お前が手配するのだ。礼儀作法、舞踏、会話術――全てだ。社交界で見劣りせぬように。この私の顔に泥を塗られるような真似をされてはたまらないからなそ。本人にも心構えをさせておけ」
「……承知いたしました。それでは私はこれで失礼いたします」
ポルトスが頭を下げて去ろうとしたとき。
「そうだ、ポルトス。まだ話は終わっていない」
「はい? どのようなお話でございましょう?」
首を傾げるポルトス。
「セザールのことについてだ」
「セザールがどうかいたしましたか?」
「あぁ、実はな……」
公爵の話に、ポルトスは目を見開いた――




