4-10 暴れるセイラ
「あの卑しいメイドの娘が注目されるなんて、考えただけで吐き気がするわ」
バーバラは吐き捨てるように言うと、席を立って出て行ってしまった。
「お前たちもさっさと出ていけ! 私は今からサフィニア宛てに届いた手紙を読まなければならないのだ!」
エストマン公爵の怒声に、セイラとラファエルは逃げるように部屋を飛び出していった。
「……全く。忌々しい……」
書斎に1人になると、公爵は手紙を読み返した。
サフィニアの愛らしくも気品に満ちた姿に貴族たちは強く関心を寄せ、中には婚約の打診すら含まれている手紙もあったのだ。
「……やはり、恐れていた通りになってしまった……」
公爵は机に肘をつき、深くため息をついた。サフィニアの母、ローズはメイドでろくな教育も受けていなかったが、賢かった。また外見も美しく公爵は虜になってしまった。
そのローズの血を受け継ぐ娘なのだ。貴族の目に晒せばどうなるか、結果は分かり切っていた。
サフィニアの存在は今や『家の恥』ではなく、『家の顔』になりつつある。
だが、それは公爵にとって望まぬ展開だった。
何しろサフィニアは自分がメイドに手を出した結果の存在、厄介者でしかいのだ。
「忌々しい……セイラよりも絶対に目立ってはいけない存在なのに……」
公爵は立ち上がり、窓の外を見つめるのだった――
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――20時
セイラはドレッサーの前に座り、鏡に映る自分の顔を見つめていた。
醜く太った身体に、顔には吹き出物がある。自分の癖のある赤い髪は大嫌いだった。
「……醜い。……私ってなんて醜いの……」
午後の記憶が、何度も脳裏をよぎる。
サフィニアの笑顔。令息たちの称賛。セザールの静かな眼差し。
「……あんなに楽しそうに踊るなんて……」
セイラの瞳は冷たく光っていた。計画は失敗した。サフィニアが称賛されればされるほど、セイラの嫉妬と憎悪は深まっていく。
「私よりサフィニアが目立つなんて、許さない!!」
ドレッサーの前に置かれた香水瓶を手に取ると、床に叩きつけた。
ガチャーンッ!
大理石の床に瓶が叩きけられて派手に割れる。
「なんでよ! なんであんな卑しいメイドの娘が!」
ガラスが砕けて香りが部屋に広がり、メイドたちが驚いて駆け寄った。
「誰が入っていいって言ったのよ! 出ていきなさい!」
セイラは振り返り、怒鳴った。
「セイラ様、お怪我は……」
一人の若いメイドが怯えながら声をかける。
「うるさい! あんたたちが余計なことばっかりするから、私が恥をかいたのよ!」
もはや、完全に八つ当たりだった。
セイラは机の上の書類を手当たり次第に投げ散らし、カーテンを引きちぎるように開けた。
月明かりが差し込むと、その光さえも憎らしそうに睨んだ。
「サフィニアばっかり! あの子がちょっと踊っただけで、みんな褒めて! 私には誰も何も言わない!」
メイドたちは震えながら黙って頭を下げていた。
誰もセイラの怒りを止められない。セイラの顔は紅潮し、目には涙が浮かんでいた。
けれどその涙は悲しみではなく、悔しさと憎しみの混ざったものだった。
「掃除しなさいよ! 今すぐ! こんな部屋、見てるだけで腹が立つ!」
すると一人の年配のメイドが静かに語りかけた。
「お嬢様、香水瓶は高価なものでございます。公爵様にご報告を――」
「報告なんかしたら、あんたをクビにするわよ!」
その言葉に、部屋の空気が凍りつく。セイラは荒い息を吐きながら、ベッドに倒れ込むとピロウを抱きしめ、顔を埋める。
「……なんで私じゃないのよ……」
その呟きは、誰にも届かなかった。メイドたちは黙って、砕けたガラスを片付け始めた。
誰もセイラに声をかける者はいなかった――




