3-9 突然の来訪者
ヘスティアが離宮で一緒に暮らし始めてから1周間程が経過し、様々な変化があった。
ヘスティアが内装を変えたリビングは、今はもう元通りのサフィニアが母と暮らしていた頃の内装に戻っていた。
これはヘスティアの強い意志によるものだった。
サフィニアは、折角奇麗にしてくれたのだから戻す必要は無いと言ったのだが、ヘスティアの強い意志で元に戻したのだ。
そしてヘスティアは笑顔で言った。
『このお部屋、温かみがあって素敵ですね』
と……。
変化があったのは内装だけではない。
新しい使用人も増えてサフィニアの生活はすっかり一転し、快適な生活が出来るようになっていたのだ。
ヘスティアに対する予算が組まれ、衣食住に必要な物が与えられるようになったからだ。
それらは全てポルトスがエストマン公爵に「侍女を雇った以上、それなりの生活環境を整えなければ、周囲から悪意ある噂が広がりかねません」と進言したからだ。
体面を保つことに人一倍神経質なエストマン公爵の性格を見抜いていたポルトス。そしてエストマン公爵は彼の思惑通りに動いたのだった。
勿論その事実をサフィニアもヘスティアも知らないのだが……。
****
――10時
明るい日が差すリビングで、サフィニアはヘスティアに教えてもらいながら刺繍を刺していた。
今刺しているのはピンク色のバラ模様の刺繍。
サフィニアは真剣な眼差しで最後の仕上げを行っていた。
「はい。そうです。最後に裏側で玉止めをして糸を切ります」
「……」
ヘスティアの指示を受けながら、真剣な眼差しで針を動かすサフィニア。
「……出来たわ」
糸を切って刺繍を表に返してみると、可愛らしいピンクのバラが一輪描かれている。
「すごいです! サフィニア様! とてもお上手ですよ!」
パチパチと手を叩くヘスティア。
「そ、そうかしら……ありがとう」
頬を染めながら、じっと自分の刺した刺繍を見つめるサフィニア。ヘスティアの言う通り、自分でも良く出来ているように思えた。
「本当ですよ。初めて刺繍したとは思えないくらいお上手です。それで、こちらの刺繍したハンカチはどうされますか?」
「そうね……」
サフィニアはバラをじっと見つめ……ポルトスとセザールの顔が思い浮かんだ。
(2人に見せてあげたら、どう思うかしら……。元々刺繍を始めたのもポルトスさんやセザールに言われたからだし……。だけど、バラの刺繍は男の人向けじゃないわよね。それに1枚しかまだ完成していないし……)
するとヘスティアが言った。
「あの、サフィニア様。私、いいことを思いついたのですが……聞いていただけますか?」
「いいこと? どんなことかしら?」
「はい、この刺繍を額に入れてリビングに飾ってみてはいかがでしょう? まるで絵画のようで素敵だと思いませんか?」
「ええっ!? こんな1輪だけのバラの刺繍を!?」
「はい、そうです。だって、こんなに素敵な刺繍ではありませんか。リビングに飾っておけば、お客様の目にもとまりますよ?」
ニコニコと笑顔で語るヘスティア。
「ヘスティア……」
(ヘスティアは分からないのかしら? この離宮に来るお客様なんていないのに。だって私はお父様に見捨てられているし……ヘスティア以外とは他の貴族令嬢と交流も無いのに……)
実際、サフィニアがこの離宮に再び暮らし始めてから訪ねて来たのはポルトスとセザール。そしてヘスティアだけだった。
きっとヘスティアは自分に気を使っているのだろうと思ったサフィニアは笑顔で頷いた。
「そうね。なら、飾らせて……」
その時。
「あ、あの! サフィニア様! お客様がいらっしゃいました!」
突然メイドのカーラが慌てた様子でリビングに駆け込んできた。
「あら? どうしたの? カーラ」
「そ、それが突然お客様がいらっしゃって……」
「お客様?」
サフィニアが首を傾げたとき。
「ふ~ん。ここが離宮なの。始めて来たけど……こんな貧相な場所に住んでいたのね。まさに母親が卑しいメイドのあんたにはお似合いの場所ね」
そう言いながら現れたのは……。
「セイラ……様……」
サフィニアは青ざめた顔で、セイラを見つめた――




