第二十一話
道標石から数キロ竜を歩かせれば、そこにはいくつかのテントが張られている。
ホールケーキのような円筒型で、中で十人ほど寝られそうな大きさである、同じようなものが十五ほど。
「けっこう大規模にやってるんだね」
「ええ、このあたりで石材も切り出せるのです。大きな街道筋へ抜ける道も近くにあり、商売の風が吹いているのですよ」
風は塩のような匂いをはらんでいる。地面に塩分が多いのだろうか。コケのような地衣類も育たないのはそのあたりが原因か。
「シャッポ、乗り手を連れてきたか」
出てくるのは男性、高齢の草兎族である。飾り布がパッチワークのように張られた豪華なチョッキを着ている。木靴も複数の色で塗られていた。
耳は長く、頭のてっぺんから垂れて両目にかかっている。
「耳長様、発掘は進んでおりますか」
「うむ、こちらへ来るがいい」
ここは発掘現場というより、砂漠に生まれた市場のように見えた。あちこちで草兎族が敷布を広げて店を出している。同行していたドワーフたちが何人か降りて、商品の物色を始めた。
店主も見上げたもので、ドワーフたちを見るとテントから大量の工具を出してくる。
「この場所だ」
至る。そこは地面がすり鉢状に掘り下げられており、その奥に数人の草兎族がいる。
そして、その中心に。
「……ベーシック」
確かにそれだ。衝突用のダミー人形のようなシンプルな造形。抽象化された頭部。やはりおそろしく古びている。体躯を構成する浸潤プレートはひび割れ、右腕は中ほどから失われ、足は健在だが膝のあたりからコードが流れ出ている。
その体はすべて掘り起こされ、設置された木製の台に寄りかかるように座っていた。作業員たちはその周囲も慎重に掘っている。
「周辺からも見つかっておりますか」
「うむ、破片と思われるものがいくつかな、可能な限りすべて掘り出す」
僕たちは竜を降り、すり鉢状の穴を下る。
作業をしているウサギ達にはそれぞれ個性が見えた。耳が特徴的なのだ。タンポポのようにふわふわとした毛が生えてるもの。黒くてびしりと天を指しているもの。ワイパーのように左右に揺れているもの。一人一人違う。
共通しているのは全員が研究者然とした雰囲気を放っていること。女性が多いが、男性もいる。
「シャッポ、そちらの方が乗り手?」
「はい、かつて同型の機械に乗っておられましたナオ様です」
皆の目に期待がともる。僕は少し申し訳ない顔になったと思う。
作業員の一人が問うてくる。
「乗り手のナオ様、こちらの機械は胸部が上に開くように思えるのですが」
「そうだね……。その中にコックピットがある」
「呼びかけて動かせますでしょうか」
僕はベーシックを見上げる。
首を振る。当たり前のことだ。ゴミの山に埋もれたテレビが映るものか。
「無理だ、壊れている」
「そうですか、では胸部ハッチを手動で動かせますか?」
その反応に少し驚く、壊れていることは承知の上だったようだ。
「……動かせなくはない。だけど、これを直そうと考えてるならとても無理だ。僕にそんな技術は無いし、予備パーツもない。工具だってカナヅチと金バサミではどうにもならない」
「ナオ様、我々にお任せください」
僕はシャッポを振り向く。その声の不思議な自信に、僕はとまどいを覚える。
「直せるって言うのか……?」
「槌妖精たちの力があれば」
「……」
できるわけがない、という斬って捨てるような言葉が浮かぶ。
だが、僕はすでに見ている。ごく短期間でベーシックのすべてを把握した人物のことを。
僕の持っている常識とか、文明の優位性だとか、この惑星に持っている何となく未開な印象。
それはもしかして、吹けば飛ぶような錯覚の認知ではないか、そんな気になる。
心の中では、ずっと不可能の言葉が吹き荒れているけど。
「わかった」
僕は観念してベーシックの膝に登り、腰部に隠されている緊急用レバーを引く。レバーは引っ張ると途中から折れ曲がり、それをクランクのように回転させる。
「背部にある緊急離脱用のハッチを開ける。そこから乗り込めるはずだ」
緊急時に備えて出口は二つ用意されるべき。その設計思想はベーシックにも共通していた。前面に打撃を受けた際など、パイロットを緊急脱出させるための背面ハッチだ。いくつかの面倒な作業によって手動でも開けられる。
そして背面が開く。複雑な駆動系と制御系、そして無数の拡張スロットの隙間を縫うようなマンホール。僕は慎重に滑り降りる。
タラップなどはない、上り下りは壁面の凹凸を使って、筒内で手足を踏ん張りながら行うのだ。
「……誰かいる」
予想はしていた。僕はコックピットに降り立つ。
それは枯れ草のように乾いた髪と、藁半紙のような皮膚。骨と皮ばかりに痩せ細り、眼窩には眼球もない。たしか、眼球は乾燥する過程で潰れて失われてしまうと聞いたことがある。
完全にミイラ化した遺体である。パイロットスーツは着ていない。おそらく経年劣化で使い物にならなくなったのか。
不思議と恐怖はなかった。永い時間をこの惑星で過ごした者への静かな敬意があった。
「誰か、ロープを下ろしてくれ、遺体を引き上げたい」
「分かりました。遺体は脆そうですか?」
「ミイラ化しているが、風化しきっているというほどではない。おそらく傷つけずに吊り上げられると思う」
僕の足が何かに触れる。
見れば、それは黒革張りの手帳だった。近くには万年筆も落ちている。僕たち兵士には物理的な筆記具は支給されないし、あまり推奨もされない。個人的な記録は星皇軍が把握できないからだ。
「この人物のものか……」
何となくそれを拾う。
ロープが下ろされて、僕はミイラを傷つけぬよう、ゆっくりとロープを巻きつけていった。
※
ミイラの名はベア=フォーセズ。
認識番号に覚えがあった。確かに僕の小隊にいた人物だ。
「ここから北東、二昼夜ほどの距離にヒト族の村がございます。ご遺体はその村まで運び、共同墓地に埋葬しようかと思いますが」
「ああ、そう頼みたい。ありがとう」
外に出して、夜の霧に触れれば腐敗は免れない。一刻も早く埋葬してやるべきだろう。
小型の甲竜に乗せられ、遺体は人の村へと運ばれていった。
「ナオ、乗り手さんの服が見つかったんだよ」
ドワーフの一人がそう言う。背部にある拡張スロットの中に入っていたそうだ。拡張装備用のスロットはちょっとした貨物スペースにもなり、やはり手動で開閉可能である。
「いや、多分もう壊れている。使えないよ」
「そうなんだよ?」
いくらベーシックがタフな仕様であり、星皇軍の装備が優秀でも、寿命は存在する。
その一つが集積回路の劣化だ。
第六世代に相当する複層有機素子がフルスペックを発揮するのはおよそ20年。素子の30%が通電しなくなる耐用限界が35年と言われている。旧世代のシリコン素子よりは長寿命だが、それでも明白に限界はあるのだ。
この手帳。中身を見ると乗り手が漂流したのはこの惑星の暦で85年前。僕たちの暦では80年前に相当する。
いくらベーシックが人の姿を保っていても、物理操作でいくらか機械らしい振る舞いを見せても、もう絶対に起動しないと分かり切っている。
ドワーフたちはそんな僕の思いを知ってか知らずか、ベーシックを囲んで賑わっている。
「まずお掃除するんだよ」
「乗ってた人のためにお祈りするんだよ」
「それから頑張って修理なんだよ」
「アンドンとカンバン出してバリ取りなんだよ」
早くも隠語が飛び交っている。僕はそれを尻目に、すり鉢状の穴を登っていった。
「そうですか、やはり悪食竜の異常個体が……」
穴のそば、シャッポたちは敷布を広げて会議を開いていた。僕もそれに加わる。
「さっき言ってたね、竜の異常個体だとか」
「さよう」
長老……耳長とか呼ばれてたか、ともかく高齢の人物は眼の前にだらりと垂れ下がった耳を触り、口をもごもごと動かしてから語る。
「古くより噂でのみ語られる巨大な悪食竜だ。「カナキバ」との二つ名で呼ばれる。その牙は金属のように固く鋭く、目に映るあらゆるものを噛み砕くと言う」
「目撃例はないの?」
「ない。霧の砂漠が広大なために出会わないのか、あらゆるものを食いつくし、どこかへ去ってしまったのか」
「いるよ」
発言するのはココだ。彼女は敷布の近くに立って大斧を背負っている。
「あの道標石の噛み跡は新しかった。それだけじゃない、ここに来る途中で何度も竜の匂いを嗅いだ。甲竜とは違うカナ臭い匂いだ」
「……じゃあ、この発掘現場が襲われるかも」
「心配はいらぬ。大型のクロスボウを何基も用意しておるし、悪食竜に有効な毒矢もある。竜であろうと風を止めることは許されぬ」
耳長はそう言う。実際、そのぐらいの用意がなければ竜の徘徊する砂漠には来れないだろう。
「それより耳長、ナオ様にあれをお見せしてよろしいでしょうか」
「うむ」
そううなずき、周りにいたウサギたちもみな立ち上がる。
「ナオ様、こちらへ」
「?」
テントの一つに案内される。それはひときわ大きく、中には赤い敷布が敷かれていた。
中に入れば、居並ぶのは機械の部品。
「! これは……」
ベーシックに使われている浸潤プレート。青い増加装甲の一部。25ミリチェーンガンの薬莢。集積回路を納めた演算ユニット。液晶のかけらに……左足と思われる大きなパーツ。
何かの展示場のような眺めだ。広いテントの中にびっしりと並べられた部品類は大小合わせて300以上ある。
「キルレ山脈の東側にて、丹念に収集したものです」
つまり、これはスモーカーの機体か。
シャッポが僕を案内する。それらのパーツはひたすらに敷き詰めてるだけのものもあれば、ジグソーパズルのように組み合わされて元の形が再現されてるものもある。コックピットのシートは三次元的に組み直されてロープで固定され、ベーシックの頭部も……。
「およそ6割ほどの部品を集めることができました。現在発掘中のベーシックの修理に役立てようと思っております」
「……」
確かにとてつもない労力だ。あの万年雪をいただくキルレ山脈、標高数千メートルの範囲でこれだけのパーツを集めたことは驚嘆に値する。
「……君たちは、そこまでしてベーシックを直したいのか? これだけの労力を払うなら、他のことに投資しても大して変わらないだろう。軍隊を組織するとか、優れた武器を大量に作るとか」
「最初に出会った時に述べましたでしょう。私はナオ様に風を感じたのです。我ら草兎族の重んじる商売の風です」
「商売……」
「そう、あなたが天より堕ちてきて、持ち込んだものはベーシックという戦力だけではないのです。あなたはこの星にない技術を、この星にない考え方を持ち込んだ。それは大いなる力なのです。我々はベーシックを直す過程でそれを身に付けたいのですよ」
シャッポを初め、ウサギたちはみな赤い目を輝かせる。
彼らは計算高い商売人であると同時に、未知のものに興味を示す学者でもあるのだろうか。商売を通じて、彼らは星に文化と知識を広げる役目を負っているのだろうか。
彼らは優秀で精力的で、尊敬すべき人々だ。
だけど。
「無理だ」
きっぱりと言う。
おごりかも知れないが、僕は彼らよりは少しだけ進んだ知識を持っている。
だから理解できる。彼らのやってることの空虚さが。無意味さが。これ以上、どうしてもそれを言わずにやり過ごすことはできない。
「はっきり言う。ベーシックは君らの持つ技術水準の何段階も先を行っている機械だ。僕の知る限り、この星には車もなければ電気製品もない。銃器もなければ火薬だってどこまで発展しているものか。君たちの努力には頭が下がるが、ベーシックを直すというのはあまりに桁違いの望みなんだ。どうかその認識を共有してくれ」
そう言うが、シャッポの自信ありげな目つきは崩れない。僕の言葉をどこまで受け止めているのか。彼女自身の持つ商売人としての傲慢さ、この世に行けぬ場所などないと確信するような若さが見える。
僕は内心、気圧されるような感覚を持ちつつ言葉を重ねる。
「残念だが、発掘しているベーシックは完全に腐っている。外見がマトモでも、それを制御するための極小の演算機械がとっくに寿命を超えているんだ。そしてそれは新たに作ることもできなければ、似たようなものを持ってきてそれで動くというわけでもない」
「理解しているつもりです。あの人形を制御しているのは、さらに小さな脳のような機械であると」
「すばらしい理解だ。だがそれだけじゃない。各部の駆動系は換装が必要だし、二体のベーシックからパーツを寄せ集めたとしても、どうしても新造しなければならない部品は出てくる。機械の加工精度はもちろん、ベーシックが稼働するための鍛度レベル4以上の合金を作り出すのは不可能だ。他にも薬圧サスペンション、全方位モニター、イオンスラスターとその制御系、不可能な理由はそれほど本一冊を埋め尽くすほど挙げられる」
「確かに、困難を極めることは予想しております」
「違う! 絶対に不可能だと言っているんだ! なぜわかってくれない!」
その時、ぶおんという排気音が。
「……?」
一瞬、それに違和感を持たなかった。あまりにも何度も聞いていたCエナジーチャンバーの駆動音だったから。
そしてテントの外から歓声が。大勢の歓喜の声が――。
「まさか……」




