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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第四章 若き兵士、竜を統べる伯爵、天より堕ちたる悲しみに哭く
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第十五話



「生産兵の旦那は何かねえのかい」


作戦域における索敵行動は主に二機のベーシックで行われる。そいつとは組むことが多かった。いつもモニターに煙が漂う男であり、どうでもいいような話をときどき振ってくる。


「何かって」

「帰った後の楽しみだよ。飲むとか買うとかあるだろう」

「嗜好品の購入なら必要ない。必要な品は軍から支給されている」

「買うってのはそうじゃなくて……まあいいや」


いつも勝手に話しかけてきて、勝手に切り上げてしまう。何が楽しいのだろうか。


小惑星を探索していた小隊は二機ずつに分かれ、さらに細かな探索を行う。

青旗連合ブルーフラッグの無人機は潰したが、奴らの勢力圏ならどこにでもいる程度の数しかいない。この岩だらけの惑星に兵器開発プラントなどあるのだろうか。


疑問を思考から追い出す。あるかないかの推測は必要ない、ただ探すだけだ。


「旦那は戦争が終わったらどうするんだい。身を寄せるアテは」


またモニターが開く。四角い枠は煙にまみれている。


「軍に残るだけだ。青旗連合ブルーフラッグを殲滅した後も治安維持の仕事はある。練兵教官の資格を取ってもいい」

「戦う以外の楽しみはねえのか?」

「ない。僕は星皇軍の兵士だ。兵士としての責務に準じるだけだ」


同じ答えを何度か述べた気がする。この男との会話は何度もこの場所に着地している。


「生産兵の旦那。戦うだけが人間じゃねえよ」

「人間である前に兵士だ。兵士としての責務は生命活動に・・・・・優先する、そう習った」

「馬鹿げてる……」


その言葉は軍規に触れかねない。さすがに注意しておくべきか。


「おい、無駄話をしてないで、早く開発プラントを……」


背中からの光。

この惑星の朝はまだ先のはずだ。何の光だろう。


振り向けば光が。


さほど大きくないこの星の地平線、そこから立ち上る光の壁。それは油膜にも似た七色の色彩、真珠色のカーテンのような光。


「何だ……?」


それを異変だと思えなかった。ベーシックのセンサーは何も反応していないから。そしてその光が、あまりにも超然としていて美しかったから。


「生産兵の旦那、何かやば……」


目の前で、僚機が光の膜に呑まれる。そして僕も。

瞬間、全身が引き延ばされるような感覚があり、意識が雪のように溶けて、重力が消え失せるのを感じて――。











「シール、街へ行こうか」


僕が彼女を誘ったのは朝ぼらけの時刻。シールは早朝からベーシックの前に座り込み、一心に祈りを捧げていた。


「街へ、ですか?」

「ここへ来てからほとんど街を見てないだろう? 一度ぐらい見ておこう」


別に僕らはお尋ね者でもないし、ウェストエンド伯の部下が僕らの顔を知るわけもない。


というよりココたちレジスタンスも別に犯罪者ではないのだ。

確かに圧政に耐えかねて作られた組織ではあるが、彼女らはまだ何もしていない。西方辺境の大規模な開拓と独立、それはまだ形になってるとは言えないのだから。


シールはいつの間にか衣装持ちになっていた。ドワーフたちの仕立てた服が大量に、10着以上あるとか。


シールは裾の長い黄色の服で現れる。わずかに赤みのさす白の帽子、花柄を彫り込んだ木のサンダル。華やかな中にも涼しさがあり、背中に張り付くような水色のリュックが快活さを演出している。

パステルカラーの統一感なのか、様々な色彩を織り込んでるのに清楚な印象でまとまっている。


僕たちは街を歩き回る。街には獣人を含めてたくさんの人がいた。キルレ山脈を越えて来る人が増えており、それらがすべてこの街で足止めされているのだ。人口は増える一方らしい。

そんな中でも商売は盛んだ。

屋台を見て回る。果実を蜜で固めたお菓子を食べ、指輪をじっくりと眺め、髪飾りに化粧品なども見て回る。

シールを見ると店主たちはあれこれと勧めてくるが、結局何も買わなかった。しっかり者なのだ。


そして街の外れも見てくる。岩だらけの荒れ地にたくさんのテントが並んでいた。キルレ山脈を超えてきた人たちが仮住まいをしているらしい。


「徴兵は厳しくなる一方だよ。うちの街じゃあ、ついに俺以外の男手がすべて取られた」

「8歳になったばかりのわしの孫までも……。しかも、武具を作るとかですべての鉄と鉛を要求されたのだ。すずや銅までも……」

「南方や北方に逃げたやつも多い。北方は凶悪な竜が増えるから、命がけの旅になるらしいが……」


そんな話を聞いて回る。ほとんどはシャッポの情報にあったものと同じだ。シールは気落ちしている人々の手を取り、懸命に元気づける言葉をかけていた。


いろいろ歩き回っていたら、もう昼過ぎになっていた。わずかに3時間ほどだったが有意義だったと思う。この惑星の人々に、社会に、起こりつつある変化を直接この目で見られた気がする。


「シール、付き合ってくれてありがとう」

「いえ、またいつでも誘ってください」


僕はふと、キルレ山脈を見上げる。

雪を頂いた雄大な山脈。麓のコウカシスから見上げればまさに世界を分かつ壁に見えた。


その向こうには何があるのか。きっと戦いだけがあるのだろう。


僕にとっての明日とは、新しい戦いという意味なのだから。





その夜。


アジトのあちこちからハンマーの音がする。昨日の輪胴缶バレルをあちこちで作っているのだ。ドワーフたちはどこからともなく古い鎧だとか、鍋だとか鉛くずだとかを仕入れてきて加工している。


1.4気圧に耐える密封缶を作るのはそれなりに技術がいるが、今のところ爆発したり破損したりといった事故は起きてない。ドワーフたちの技術力がうかがえる。


そして僕は丘の上、アジトを見下ろす高台にベーシックを移動させていた。


ベーシックには改造が施されている。槌妖精ミルドワーフたちが装備用のホルダーを作ってくれたのだ。背中にコの字型の留め具があり、剣も盾も背負うように持ち運べる。抜いて構える動作も可能だ。


コックピットにてベーシックの点検を行う。

いくつかの戦いで駆動系にダメージがある、イオンスラスターもさらに何本か壊れたようだ。


まあいいさ。これが最後の戦いだ。


Cエナジーは十分にある。まじないを駆使して竜たちを倒しても、この星の重力を振り切って第2宇宙速度まで加速するには十分だろう。

その後はコックピットを生命維持モードに切り替え、救難信号を出しながら宇宙を漂う。


そうあるべきなのだ。僕はこの星の住人ではないのだから。

戦うことしか知らない、どこかの戦場からの流れ者なのだから。


「ナオ様」


声がする。

全方位モニターをオンにするとシールがいた。村で着ていきたものと同じ、白いワンピースを腰で縛ったものを着ていた。


「シール、なぜここが……いや、すまない。何も聞かずに帰ってくれ」

「コックピットを開けてください」


ベーシックが膝を付き、目の前でハッチが上に開く。

ほとんど無意識の操作だった。シールは身軽に乗り込んでくる。僕に覆いかぶさらんとする体勢で、月光を背負って立つ。


「ナオ様、ウェストエンド伯の城に行くのですね。私もお供いたします」

「ダメだ。もうCエナジーは十分あるんだ。君はここに残ってくれ」


シールはそっと体を近づけ、僕の腿の上に膝を乗せる。淡い月光の中でその姿は何かの精霊のように見える。その大きな目が、生体ゲルによって復元された青い瞳が僕の魂を射すくめる。


「ナオ様、私は世界の事を何も知りませんでした」

「……?」

「誰が私から光を奪ったのか。それは村長様でしょうか。それとも竜皇でしょうか。いいえ、それは人の持つ不明さと言うものです。世界は甘い悪徳に満ちている。屈服すればささやかな安寧を得られ、未来を諦めれば未来に悩むこともない。この私もそうなりかけていたのです」

「シール……何を言っているんだ? 何の話を……」

「この星は何かが歪んでいる」


シールが全身で僕に触れる。驚くほど熱い。穏やかで慎ましい印象の彼女は、その内部にこれだけの熱を持っていたのか。それほどの激情を飼い殺していたのか。その熱は僕を通して、ベーシックのすみずみに広がるような気がした。


「それは竜皇様による歪みなのか、竜の存在なのか、あるいは天より堕ちたる巨人のためなのか。この星は大いなる何かに翻弄されている。そんな気がするのです。ナオ様は感じませんか? かつて、あなたのいた戦場で感じたことはありませんか。世界は何か大きな意思に振り回されていて、自分たちの存在はその混乱の一部・・・・・でしかないのだと」


……大いなる何かに翻弄される。


――星皇軍


――青旗連合ブルーフラッグ


――生産兵である僕たち


「ない」


僕は拡散しかける思考を打ち消す。

疑問など持たない。与えられた役割に従い、兵士としての生に殉じる。それが僕なのだから。


「何も疑問などない。義理として倒すべき敵は倒すが、それきりだ。これ以上僕を混乱させないでくれ。兵士としての僕の人生を奪わないでくれ」

「ナオ様……」


シールは唇で僕の頬に触れる。その眼は不思議な輝きを持っていた。悲しいような寂しいような、悲劇を封じ込めた小箱のような。


「ナオ様、私には見る権利があるはずです」


そして、何かを大きく切り替えるようにそう言う。そんな直接的な言葉だけが僕に届くと、そうきっぱりと割り切ったような声で。


「この星に何が起きているのか、倒すべきは何なのか、見極めたいと思っています。どうか同行させてください」

「……分かったよ」


無理矢理に下ろすこともできた。だけど今宵の彼女が持っていた異様な気配、妖艶なというより、いっそ神がかり的な迫力に圧倒された。それは否定できない。


ベーシックが離床する。イオンスラスターの出力を徐々に上げ、全方位モニターがアジトから漏れる明かりをとらえて、それも点のように遠くなる。


「あの標高5180メートル地点の尾根を超え、上空6000メートルほど、雲に隠れるギリギリから城を偵察する」

「はい」


ベーシックがゆっくりと尾根を飛び越え、剣ヶ峰の美しいキレットを眺める。地勢図にどこで線を引くのか知らないが、ある意味ではここはすでに西方辺境ではない。中央と呼ばれる人の版図だ。


夜ではあるが、電気的に感度を上げたモニターは遠くまで見通せる。山の向こうは平原、まばらな森、その中を突っ切る蛇行した道。その左右に街が見える。山の向こうにも文明がある。


「ナオ様、城があります」


ベーシックを寝かせれば、真下の城が真正面に見える。


立派な城だ。標高3000メートル地点の傾斜した荒れ地、そこを大きく整地して城が作られている。いくつもの尖塔と立派な城壁、居住区と思われる部分は七階相当の高さがある。


そして竜もいる。城壁の周りに、かく(中庭)の部分に、6、7頭というところか。


眠っているように見える。今なら奇襲をかけられる。翼のある竜を倒せば追撃もできないはず……。



音が。



その音が何なのか認識するのが遅れた、ずっと待ち望んでいたはずなのに。


「通信!? 救援部隊か!」


 それはベーシック同士で使われる常用回線。僕は慌てながらも回線を開く。


「そちらの呼びかけを受けた! こちらはナオ=マーズ少尉、作戦行動中に大きく行動域を外れた! 認識番号は」


――必要ない、そんなもの。


誰だ、どこかで聞いたような声たが、かなり劣化している。


――こんな未開の星で、軍だの階級だの関係ないさ、生産兵の旦那。


「……誰だ? 所属部隊と認識番号を述べろ」


――つれないねえ、割とよく話した方だろう。忘れちまったのか。


全方位モニターにウインドウが浮かぶ。

それは頬のこけた顔。無精髭を生やし、髪は乱雑に刈り込められ、そして漂う紫煙。

回線がプライベートに切り替わり、音声がクリアになる。


「久しぶりだな」

「お前は……! 確か認識番号489……」

「スモーカー=ジェントだよ。傭兵が持つ通称に過ぎんがね」

「なぜ呼びかけに答えなかった! 僕はこの惑星に降りてから、240時間あまりずっと……」


「ナオ様! 右へよけて!」


はっと、下方に目を向けると同時にレバーをひねる。イオンスラスターの角度を急変させることによる強烈な横G。回避する脇を火球がかすめる。


「おや二人乗りか、趣味のいいことだ」

「お……お前! 竜に攻撃を命じたな!」


こいつ、あえて僕とのプライベート回線を開いて、竜の火球から意識をそらしたのか。


スモーカーはやや肩をすくめる。まだるっこしいやつだと仕草で示すような動き。


「分からねえのか。伝説の巨人は二体もいらんのさ」

「何を言っている。そもそもお前がなぜウェストエンド伯の城にいるんだ。お前は星皇軍に雇用されている傭兵だろう。作戦行動中に別の雇用主についたのか。懲罰委員会ものだぞ」

「はっ、笑える理解力だな」


スモーカーは紙巻き煙草をくわえて思いきりふかす。紫煙の濃くなる向こうで顔が歪む、笑ったように見えた。


「今は俺が伯爵様ってやつだ」


その顔には、以前にはなかった凶悪な影が。


邪悪さが――。




「いずれは、この星の王にもなるがね」




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