第十五話
「生産兵の旦那は何かねえのかい」
作戦域における索敵行動は主に二機のベーシックで行われる。そいつとは組むことが多かった。いつもモニターに煙が漂う男であり、どうでもいいような話をときどき振ってくる。
「何かって」
「帰った後の楽しみだよ。飲むとか買うとかあるだろう」
「嗜好品の購入なら必要ない。必要な品は軍から支給されている」
「買うってのはそうじゃなくて……まあいいや」
いつも勝手に話しかけてきて、勝手に切り上げてしまう。何が楽しいのだろうか。
小惑星を探索していた小隊は二機ずつに分かれ、さらに細かな探索を行う。
青旗連合の無人機は潰したが、奴らの勢力圏ならどこにでもいる程度の数しかいない。この岩だらけの惑星に兵器開発プラントなどあるのだろうか。
疑問を思考から追い出す。あるかないかの推測は必要ない、ただ探すだけだ。
「旦那は戦争が終わったらどうするんだい。身を寄せるアテは」
またモニターが開く。四角い枠は煙にまみれている。
「軍に残るだけだ。青旗連合を殲滅した後も治安維持の仕事はある。練兵教官の資格を取ってもいい」
「戦う以外の楽しみはねえのか?」
「ない。僕は星皇軍の兵士だ。兵士としての責務に準じるだけだ」
同じ答えを何度か述べた気がする。この男との会話は何度もこの場所に着地している。
「生産兵の旦那。戦うだけが人間じゃねえよ」
「人間である前に兵士だ。兵士としての責務は生命活動に優先する、そう習った」
「馬鹿げてる……」
その言葉は軍規に触れかねない。さすがに注意しておくべきか。
「おい、無駄話をしてないで、早く開発プラントを……」
背中からの光。
この惑星の朝はまだ先のはずだ。何の光だろう。
振り向けば光が。
さほど大きくないこの星の地平線、そこから立ち上る光の壁。それは油膜にも似た七色の色彩、真珠色のカーテンのような光。
「何だ……?」
それを異変だと思えなかった。ベーシックのセンサーは何も反応していないから。そしてその光が、あまりにも超然としていて美しかったから。
「生産兵の旦那、何かやば……」
目の前で、僚機が光の膜に呑まれる。そして僕も。
瞬間、全身が引き延ばされるような感覚があり、意識が雪のように溶けて、重力が消え失せるのを感じて――。
※
※
※
「シール、街へ行こうか」
僕が彼女を誘ったのは朝ぼらけの時刻。シールは早朝からベーシックの前に座り込み、一心に祈りを捧げていた。
「街へ、ですか?」
「ここへ来てからほとんど街を見てないだろう? 一度ぐらい見ておこう」
別に僕らはお尋ね者でもないし、ウェストエンド伯の部下が僕らの顔を知るわけもない。
というよりココたちレジスタンスも別に犯罪者ではないのだ。
確かに圧政に耐えかねて作られた組織ではあるが、彼女らはまだ何もしていない。西方辺境の大規模な開拓と独立、それはまだ形になってるとは言えないのだから。
シールはいつの間にか衣装持ちになっていた。ドワーフたちの仕立てた服が大量に、10着以上あるとか。
シールは裾の長い黄色の服で現れる。わずかに赤みのさす白の帽子、花柄を彫り込んだ木のサンダル。華やかな中にも涼しさがあり、背中に張り付くような水色のリュックが快活さを演出している。
パステルカラーの統一感なのか、様々な色彩を織り込んでるのに清楚な印象でまとまっている。
僕たちは街を歩き回る。街には獣人を含めてたくさんの人がいた。キルレ山脈を越えて来る人が増えており、それらがすべてこの街で足止めされているのだ。人口は増える一方らしい。
そんな中でも商売は盛んだ。
屋台を見て回る。果実を蜜で固めたお菓子を食べ、指輪をじっくりと眺め、髪飾りに化粧品なども見て回る。
シールを見ると店主たちはあれこれと勧めてくるが、結局何も買わなかった。しっかり者なのだ。
そして街の外れも見てくる。岩だらけの荒れ地にたくさんのテントが並んでいた。キルレ山脈を超えてきた人たちが仮住まいをしているらしい。
「徴兵は厳しくなる一方だよ。うちの街じゃあ、ついに俺以外の男手がすべて取られた」
「8歳になったばかりのわしの孫までも……。しかも、武具を作るとかですべての鉄と鉛を要求されたのだ。錫や銅までも……」
「南方や北方に逃げたやつも多い。北方は凶悪な竜が増えるから、命がけの旅になるらしいが……」
そんな話を聞いて回る。ほとんどはシャッポの情報にあったものと同じだ。シールは気落ちしている人々の手を取り、懸命に元気づける言葉をかけていた。
いろいろ歩き回っていたら、もう昼過ぎになっていた。わずかに3時間ほどだったが有意義だったと思う。この惑星の人々に、社会に、起こりつつある変化を直接この目で見られた気がする。
「シール、付き合ってくれてありがとう」
「いえ、またいつでも誘ってください」
僕はふと、キルレ山脈を見上げる。
雪を頂いた雄大な山脈。麓のコウカシスから見上げればまさに世界を分かつ壁に見えた。
その向こうには何があるのか。きっと戦いだけがあるのだろう。
僕にとっての明日とは、新しい戦いという意味なのだから。
※
その夜。
アジトのあちこちからハンマーの音がする。昨日の輪胴缶をあちこちで作っているのだ。ドワーフたちはどこからともなく古い鎧だとか、鍋だとか鉛くずだとかを仕入れてきて加工している。
1.4気圧に耐える密封缶を作るのはそれなりに技術がいるが、今のところ爆発したり破損したりといった事故は起きてない。ドワーフたちの技術力がうかがえる。
そして僕は丘の上、アジトを見下ろす高台にベーシックを移動させていた。
ベーシックには改造が施されている。槌妖精たちが装備用のホルダーを作ってくれたのだ。背中にコの字型の留め具があり、剣も盾も背負うように持ち運べる。抜いて構える動作も可能だ。
コックピットにてベーシックの点検を行う。
いくつかの戦いで駆動系にダメージがある、イオンスラスターもさらに何本か壊れたようだ。
まあいいさ。これが最後の戦いだ。
Cエナジーは十分にある。まじないを駆使して竜たちを倒しても、この星の重力を振り切って第2宇宙速度まで加速するには十分だろう。
その後はコックピットを生命維持モードに切り替え、救難信号を出しながら宇宙を漂う。
そうあるべきなのだ。僕はこの星の住人ではないのだから。
戦うことしか知らない、どこかの戦場からの流れ者なのだから。
「ナオ様」
声がする。
全方位モニターをオンにするとシールがいた。村で着ていきたものと同じ、白いワンピースを腰で縛ったものを着ていた。
「シール、なぜここが……いや、すまない。何も聞かずに帰ってくれ」
「コックピットを開けてください」
ベーシックが膝を付き、目の前でハッチが上に開く。
ほとんど無意識の操作だった。シールは身軽に乗り込んでくる。僕に覆いかぶさらんとする体勢で、月光を背負って立つ。
「ナオ様、ウェストエンド伯の城に行くのですね。私もお供いたします」
「ダメだ。もうCエナジーは十分あるんだ。君はここに残ってくれ」
シールはそっと体を近づけ、僕の腿の上に膝を乗せる。淡い月光の中でその姿は何かの精霊のように見える。その大きな目が、生体ゲルによって復元された青い瞳が僕の魂を射すくめる。
「ナオ様、私は世界の事を何も知りませんでした」
「……?」
「誰が私から光を奪ったのか。それは村長様でしょうか。それとも竜皇でしょうか。いいえ、それは人の持つ不明さと言うものです。世界は甘い悪徳に満ちている。屈服すればささやかな安寧を得られ、未来を諦めれば未来に悩むこともない。この私もそうなりかけていたのです」
「シール……何を言っているんだ? 何の話を……」
「この星は何かが歪んでいる」
シールが全身で僕に触れる。驚くほど熱い。穏やかで慎ましい印象の彼女は、その内部にこれだけの熱を持っていたのか。それほどの激情を飼い殺していたのか。その熱は僕を通して、ベーシックのすみずみに広がるような気がした。
「それは竜皇様による歪みなのか、竜の存在なのか、あるいは天より堕ちたる巨人のためなのか。この星は大いなる何かに翻弄されている。そんな気がするのです。ナオ様は感じませんか? かつて、あなたのいた戦場で感じたことはありませんか。世界は何か大きな意思に振り回されていて、自分たちの存在はその混乱の一部でしかないのだと」
……大いなる何かに翻弄される。
――星皇軍
――青旗連合
――生産兵である僕たち
「ない」
僕は拡散しかける思考を打ち消す。
疑問など持たない。与えられた役割に従い、兵士としての生に殉じる。それが僕なのだから。
「何も疑問などない。義理として倒すべき敵は倒すが、それきりだ。これ以上僕を混乱させないでくれ。兵士としての僕の人生を奪わないでくれ」
「ナオ様……」
シールは唇で僕の頬に触れる。その眼は不思議な輝きを持っていた。悲しいような寂しいような、悲劇を封じ込めた小箱のような。
「ナオ様、私には見る権利があるはずです」
そして、何かを大きく切り替えるようにそう言う。そんな直接的な言葉だけが僕に届くと、そうきっぱりと割り切ったような声で。
「この星に何が起きているのか、倒すべきは何なのか、見極めたいと思っています。どうか同行させてください」
「……分かったよ」
無理矢理に下ろすこともできた。だけど今宵の彼女が持っていた異様な気配、妖艶なというより、いっそ神がかり的な迫力に圧倒された。それは否定できない。
ベーシックが離床する。イオンスラスターの出力を徐々に上げ、全方位モニターがアジトから漏れる明かりをとらえて、それも点のように遠くなる。
「あの標高5180メートル地点の尾根を超え、上空6000メートルほど、雲に隠れるギリギリから城を偵察する」
「はい」
ベーシックがゆっくりと尾根を飛び越え、剣ヶ峰の美しいキレットを眺める。地勢図にどこで線を引くのか知らないが、ある意味ではここはすでに西方辺境ではない。中央と呼ばれる人の版図だ。
夜ではあるが、電気的に感度を上げたモニターは遠くまで見通せる。山の向こうは平原、まばらな森、その中を突っ切る蛇行した道。その左右に街が見える。山の向こうにも文明がある。
「ナオ様、城があります」
ベーシックを寝かせれば、真下の城が真正面に見える。
立派な城だ。標高3000メートル地点の傾斜した荒れ地、そこを大きく整地して城が作られている。いくつもの尖塔と立派な城壁、居住区と思われる部分は七階相当の高さがある。
そして竜もいる。城壁の周りに、郭(中庭)の部分に、6、7頭というところか。
眠っているように見える。今なら奇襲をかけられる。翼のある竜を倒せば追撃もできないはず……。
音が。
その音が何なのか認識するのが遅れた、ずっと待ち望んでいたはずなのに。
「通信!? 救援部隊か!」
それはベーシック同士で使われる常用回線。僕は慌てながらも回線を開く。
「そちらの呼びかけを受けた! こちらはナオ=マーズ少尉、作戦行動中に大きく行動域を外れた! 認識番号は」
――必要ない、そんなもの。
誰だ、どこかで聞いたような声たが、かなり劣化している。
――こんな未開の星で、軍だの階級だの関係ないさ、生産兵の旦那。
「……誰だ? 所属部隊と認識番号を述べろ」
――つれないねえ、割とよく話した方だろう。忘れちまったのか。
全方位モニターにウインドウが浮かぶ。
それは頬のこけた顔。無精髭を生やし、髪は乱雑に刈り込められ、そして漂う紫煙。
回線がプライベートに切り替わり、音声がクリアになる。
「久しぶりだな」
「お前は……! 確か認識番号489……」
「スモーカー=ジェントだよ。傭兵が持つ通称に過ぎんがね」
「なぜ呼びかけに答えなかった! 僕はこの惑星に降りてから、240時間あまりずっと……」
「ナオ様! 右へよけて!」
はっと、下方に目を向けると同時にレバーをひねる。イオンスラスターの角度を急変させることによる強烈な横G。回避する脇を火球がかすめる。
「おや二人乗りか、趣味のいいことだ」
「お……お前! 竜に攻撃を命じたな!」
こいつ、あえて僕とのプライベート回線を開いて、竜の火球から意識をそらしたのか。
スモーカーはやや肩をすくめる。まだるっこしいやつだと仕草で示すような動き。
「分からねえのか。伝説の巨人は二体もいらんのさ」
「何を言っている。そもそもお前がなぜウェストエンド伯の城にいるんだ。お前は星皇軍に雇用されている傭兵だろう。作戦行動中に別の雇用主についたのか。懲罰委員会ものだぞ」
「はっ、笑える理解力だな」
スモーカーは紙巻き煙草をくわえて思いきりふかす。紫煙の濃くなる向こうで顔が歪む、笑ったように見えた。
「今は俺が伯爵様ってやつだ」
その顔には、以前にはなかった凶悪な影が。
邪悪さが――。
「いずれは、この星の王にもなるがね」




