第十一話
青旗連合がいつから存在するのか知らない。星皇軍との戦闘経緯については軍事機密に触れるとのことで、兵士へは伝達されていないのだ。
戦争はおそらく僕が練兵訓練を受ける前、生産兵としてこの世に生を受ける前から続いているのだろう。大いなる宇宙の中で、数年や数十年など一瞬に過ぎない。
「なんだ、お前さん生産兵なのか」
モニター越しに兵士が言う。コックピット内に煙草の煙が充満している。
旧時代は機械を狂わせるとかで操縦席が禁煙になることが多かったらしい、まあ大昔の話だ。今のコックピットは微粒子や液体などは問題にならない。
「そうだよ、生産兵だと何かおかしいか?」
「いや別に、こんな場末の戦場に来ることはなかろうに、と思っただけさ」
「この惑星には青旗連合の兵器開発プラントがある。そこを叩くことは大いなる戦果となるとブリーフィングを受けた」
「兵器開発プラントねえ。その手の話は誤情報が山のように撒かれてるからなあ。きっと今回も」
「なあ聞いてくれよ、俺は故郷に恋人を残してきてるんだ」
別の兵士が割り込んでくる。この兵士は何度も同じ話をしている。
「幼なじみなんだが、器量が良くて働き者で、しかも頭がいいんだ。軍事税理の資格を取って軍の工場に勤めてるんだ」
「ああ知ってるよ、国に帰ったら結婚するんだろう?」
煙草をふかした兵士が言う。
「俺はバイクを買ったんだ」
また別の兵士が割り込んでくる。
「うちの故郷にはまとまった海がないが、惑星を一周するハイウェイがあるんだよ。3ヶ月かけてそれを一周する計画なんだ」
「俺はカジノだな。でかいリゾート惑星じゃなくていい。砂漠の片隅にあるようなしなびた賭場で十分さ。給料を全部バカラにつぎ込んでやる」
「それなら俺の故郷に来ないか、湖畔で両親がホテルを経営してて……」
「全員、作戦中だぞ、気を引き締めろ」
僕が言う。モニターを表示していた兵士たちは、渋々という様子で通信を切った。
紫煙にまみれたモニターだけ残っている。
「生産兵どの。青旗連合の無人機は潰したじゃねえか。エナジー反応もない。少しぐらい気を抜かんともたんぜ」
「どこかに生身のゲリラがいるかも知れない」
「酸素のない星でか? それに青旗たちはほぼ完全に無人機だけだろう。兵士なんざ……」
言いかけて、兵士は頭をがりがりとかく。
「いや、そうだな、あんたが正しいよ。調査を続けよう」
この惑星に降り立った部隊は傭兵や一般兵が多い。正規軍は僕を含めて数名だ。エナジー反応が途絶えると傭兵は途端に気がゆるむ。
範を示さねばならない。星皇軍の精鋭である僕たち生産兵が。
「なあ、聞いてくれよ、故郷に幼なじみがいるんだが……」
また通信が開かれた。うわ言のように同じ話を繰り返す。
今度は誰も相手をしなかった。
ただ恋人の話だけが、静かな音楽のように流れていた。
※
西方辺境。上空を飛んでみて分かるが、どこか奇妙な森だ。
地形はそれなりに起伏に富み、川や湖もある。
主たる樹木は広葉樹であり、太い幹と大きく広がった枝葉を持つ。
しかし、その一種類の樹しか生えていない。
軍事行動を行った惑星には緑が豊かな星もあった。様々な木々がひしめき、多くの実りや生物が息づいていたはず。
「それはトボの樹ですな」
ベーシックを着地させ、イオンスラスターの排熱を行ってる最中、シャッポが解説してくれる。頭から垂れたロップイヤーがぱたぱたと波打って動く。
「西方辺境の九割はこの樹です。幹は太く頑丈ですが実りは少ない。リスなどは若芽を食べますが、人間が食べられるものは実りません」
「そうなのか……だけど丈夫な樹だよな、オーガたちの住居もこの樹だったし」
「建材として優れているので、コウカシスの街から中央へ輸出されています。甲竜などは葉も樹皮もばりばりと食べていますよ」
西方辺境、またの名を甲竜の森。
いくらか見てきて分かる。この森は生態系が完成されきっている。あのセンザンコウのような甲竜と、この丈夫なトボの樹、その2つだけでほぼ完結しているのだ。
「水辺などにはもっと多彩な樹があります。イノシシなど大型の獣もおりますが、トボの樹の中で生きられるのは竜だけなのですな」
「ですから、獣の肉は辺境ではたいへん貴重なものなんです」
シールが言う。彼女は針仕事をしていた。オーガからもらった服を仕立て直してるそうだ。
なるほど、いろいろと旅の中で見てきたものが思い返される。
シールの村では肉を食べることが祭りでもあった。最初のひとかけを食べることは特別な名誉であったらしい。
それに、竜を仕留めることが「村から飢えを遠ざける」と言われていた。森に囲まれた村が飢えに悩まされる、少し不自然にも思える。
この西方辺境には甲竜がいるから畑を広げられないのだ。家畜を飼うのも難しく、獣を狩ろうにも絶対数が少ないのだろう。特別な理由が無ければ住める土地ではないのか。
その理由というのが、シールの村では巨人の剣。オーガたちの村では巨人の盾だったわけだ。
そうなるとシールの村はどうなるのだろう?
やがては皆、村を捨ててもっと大きな街に合流するのだろうか?
「シール、西方辺境に人間はどのぐらい住んでるの?」
「人間の村は……木こりの村が4つほどあるだけと聞いてます。すべての村を合わせても500人はいないかと思います」
「……」
見た目には豊かで清々しい印象のある世界。
その実、食料の乏しい危険な土地だったわけか。少し残念なような、もどかしいような気分だった。
「あの……それと、ナオ様」
「うん?」
「水場は……近くにないでしょうか?」
「水? そうか飲み水を貯めておかないとね、レーダーで探してみよう」
それはすぐ見つかった。ベーシックで歩くこと5分。森の中に唐突に現れる池だ。
大きさは直径15メートルほどでほぼ円形。水辺にはシャッポの言っていた通り様々な木がある。木の実などは可食判定機にかけてから持って帰ろう。
「おや……おかしいですね、古地図ではこのあたりに池などなかったはずですが」
シャッポは首を傾げる。ふわふわとした首の毛が見えた。
ともかく僕は水を汲もうと。
「ひゃん」
ん?
何か聞こえた。見ればシールが足を引っ込めている。
「どうしたのシール」
「だめですナオ様……このお水、冷たすぎます」
「え?」
パイロットスーツには温度センサーもついてる。測ってみると6度。ほんとだ、かなり冷たい。
「ふむふむ、これはいわゆる冷泉ですな。かなり地下深くから吹き出している水のようです」
シャッポが言う。
確かに、この池はどこにも流れていない。おそらく地中深くを通っている水脈が、何かのはずみで地上に出てきたものだ。数年のうちに水脈が流れを変えれば消えてしまうかもしれない。だからシャッポの地図になかったのか。
「大丈夫だよ、飲みたいならサバイバル装備にポットもある。固形燃料もあるけど、そのへんの小枝で焚き火をして沸かしてもいいし」
「いえ、そういうことではなくて……」
シールはなぜか言いにくそうだった。足をもじもじと擦り合わせ、僕をちらりと盗み見る。
「その……匂いが」
「匂い?」
「な、長く旅をしているので、匂いが、その……」
さすがに気づいた。シールは入浴をしたいと言ってるのだ。
僕たち兵士は蒸気消毒した布で体を拭いて済ますことが多いが、シールは毎日の沐浴が習慣だったこともあるし、綺麗好きなのだろう。迂闊だった。
「そうかお風呂か……でもどうしようかな。大昔は燃料用の金属タンクを使ってお風呂を作ったなんて話も聞くけど」
「ナオ様、この人形の力で池の水を湧かせませんか」
シャッポが提案する。
「沸かすのか……確かにそんな大きな池じゃないけど、熱源が……」
と、そこで思い至る。そうだ、ベーシックは排熱のために休んでたんだった。
温度センサーで確認。イオンスラスターをふかしすぎないように飛んでいたが、それでも熱いものは150度以上ある。
一時的に離断、熱くなってる数本をベーシックに持たせて、池に近づける。
「シール、いま沸かすよ。このスラスターで柵を作るから、その内側の丁度いい熱さの部分に」
「いえ、それはダメです」
?
何だろう、やけに強ばった声で止められた。
「見てください」
シールが指さす。池の底には泥が溜まっていて、そこをオタマジャクシが泳いでいた。表面張力を利用して泳ぐアメンボのような生き物もいる。
「池を沸かしたら生き物が死んでしまいます、それはダメです」
「そ、そうか……じゃあ沐浴できる程度、20度ぐらいかな……? そんな丁度良く温めるのは難しいな……」
それとも、どこかに穴を掘ってお風呂を作る? でもそれでも生き物は犠牲になりそうだし、どのぐらい掘るにしても泥で濁った水になるだろう、入浴にならない気がする。
「シール様、あと1日か2日でコウカシスの街です、そこで入浴したらいかがです?」
「う……で、でも……」
シャッポの言葉に、シールはまたも身をよじらせる。
それはさすがに僕でも分かった。シールにとっては初めて訪れる街だ。体臭が気になる状態で乗り込むのは躊躇われるのだろう。
「シャッポ、いいんだ、何か考えるから」
「そうですか、では私も石鹸なり香料なり用意いたしましょう」
うーん。熱源はイオンスラスターがあるから、要するに水の漏れない大きめの容器があればいいんだ。
ベーシックの両手で……、いや、指の間はそんなにしっかり閉じないな。
そうだ石の盾……。背中に背負ってるが、お風呂にするには若干浅すぎるかな。
うーん、何かないか、水の漏れない、一人が、入れるぐらいの……。
……。
「あ」
「? ナオ様、何か思いつきましたかな」
いやいや、まさかそんな。
そりゃ完全な防水仕様だし汚れなんて何ともないけどそんなこと。いいわけがない兵士として。
シールはうつむき、悲しげな表情をしている。胸がずきりと痛む。
「……。あの、実はひとつ、思いついたことが」
※
「シール、お湯の温度はどう?」
「はい、とても気持ちいいです。村では温浴する機会はほとんどなかったので」
空には満天の星。
この星にも月があり、こうこうたる満月が浮いている。
シールも星を見てるだろうか。ベーシックのコックピットの中から。
「いいのかな……まいいや、深く考えないようにしよう」
ベーシックを寝かせて、胸部ユニットを押し上げれば真上に向いた容器となる。
サバイバル用に電動のポンプとホースはあるので、池の水を布でろ過しつつコックピットに注いでいった。
イオンスラスターだと肌に触れたとき危険なので、熱源は焼いた石である。コックピットの足元の方からボコボコと気泡を上げ、お湯を41度ほどに熱している。
「それにこの石鹸、とても良い匂いですね。こんなのは初めてです」
「中央で生産されております花の石鹸です。お気に召して何より」
戦闘に生きてきた機動兵器がまさか浴槽になるなんて思わなかった。僕は何となく不思議な気分で夜空を見上げる。
「この惑星は……星皇銀河の戦争とは無縁なんだね……」
「はい? 何か申されましたか?」
「いや……何でもない。平和で良い土地だと言おうと思って……」
実のところは平和ではない。竜皇のこともあるし、西方辺境が厳しい土地だということも知った。
僕はこの星で何ができるのだろう。今はただ、女の子にお風呂を提供するぐらいしかできない……。
ざば、と湯の流れる音とともにシールが降りてきた。柔らかな布で体を拭く。
「とても気持ちよかったです。生まれ変わったような気分です」
「そ、そう、よかった」
シールのいまいち物怖じしないというか、男の目を意識しない時があるのは直してほしいな……。
「さあ、では次はナオ様が入浴されてください」
「え、僕? 僕はいいよ、あとで布で体を拭けばいいし」
「ダメです! これから街へ行くんですよ、ナオ様のことが気になってたからお願いしたのですからね!」
…………。
……。
え?
いや、あの。
匂いが気になってたのって。
……僕?




