おとつーのそれから その5 ミリアのそれから
ビアンカは、商会の従業員と、郊外の修道院に来ていた。
アズーロ商会は、社会貢献の意味もあって、修道院で作った織物や刺繍、レース編みなどを購入している。
修道女達の細工は丁寧で、ここの修道院は、オールドやビンテージのリペアを請け負っている。職人並の技術を持つ者もいて、信頼が厚い。
ビアンカは、将来の若女将の修行として、修道院の制作物の販路拡大を任されていた。その買い付けである。
「院長様。いつもありがとうございます」
「ご機嫌よう。こちらこそ。お嬢様には良くして頂いて」
院長の部屋で、ハーブティーを頂く。
「ちなみに院は如何ですか?何かお困りな事はございませんか」
「お陰様で、リペアの材料や加工の道具は足りております。商会には本当に良くして頂いて」
「今、ビンテージは流行りなんです。夜会である伯爵令嬢がお譲りをお召になって。それが新鮮だと」
「昔の職人には、凄い腕利きがおりますからね。今の親方衆にも頑張って頂かないと」
そんな話をした後、本日の修復品などを見ていたその時
きゃああああっ!
という、悲鳴が轟いた。
「?」「ご安心を。新入りですわ」
ちょっと失礼、という院長に、好奇心からビアンカはついて行った。
作業場からだ。
「どうしてっ!これは私のドレスよ!これもっ!このレースはあの時のドレスっ!」
籠からパーツを引っ張りだして抱え込む人の姿。
(え。この声って)
「ミリアさん。大きな声をだしてはいけませんよ」
やっぱり……
戸口でビアンカは固まった。姿を見せれば、更にミリアが逆上すると思ったからだ。
「院長!どういう事です?
作業の手伝いをしろというから来てみれば!
ここにある籠の材料は、みんな……私の」
「かつて貴女の持ち物だったとしても、今はアズーナ商会からの依頼品です」
籠。
(多分、ダンブルグの使用人がミリアの衣装を売りさばいたのね。そのままでは金にならないから、レースやビーズの部分とかに切り分けて)
そして、リペアの材料として、この修道院に届いたと。
まさか、商会御用達のここに、ミリアが入れられていたとは。
「酷い。……あんまりだわ……私の……」
「ミリアさん。私たちの生活に、装飾品は必要ありません。社会に御奉仕し、守護聖人にお仕えする。その日々をもって、贖罪するのが貴女のつとめなのですよ」
「嫌!イヤよっ!
お友達は、ドレスを着て夜会に出ているわ!
私は公爵家の娘。王太子妃になる貴族なのに!」
「貴女はもう貴族ではありません……マージさん、仕方ないわ。ミリアさんをまた一人部屋に入れて下さい」
「嫌っ!嫌!
あんなの独房じゃない!
これ以上惨めな暮らしは、嫌!
触らないでっ、下賎な者がっ」
暴れて拘束を嫌がるミリアは、下男によって手枷が嵌められた。
「いやあああぁぁっ」
滂沱の涙を流しながら、引きずられていくミリア。
程なくして、廊下の奥から、ガシャン!と、施錠する音が響いて、言葉にならない言葉とガンガンと鉄の扉を叩く音が聞こえた。
「お嬢様、すみません。まだ俗世を棄てられないのです」
「いえ……あの方はずっと此方に?」
「ええ。王家の温情で。本来なら処刑されて然るべき所だと伺いました。第二の人生を守護聖人に捧げる機会を得たのです」
院長は、手を組んで祈りの仕草をした。
「……院長様。お願いがございます」
ビアンカは、院長に告げた。
ミリアは、疲れ果てて、硬いベッドにへたりこんだ。
無理やり耳の辺りで切られたざんばら髪は、目にかかったり汗でへばりついて気持ち悪い。
ここに入れられてどれだけの時間がたったのだろう。
王宮での騒動の後、近衛兵や官兵によって、ミリアは牢馬車でここに送り込まれた。すぐさま髪を落とされ、手の届かないところに小さな明かり取りがあるだけの、鍵がかかった部屋に押し込まれた。
ここは修道院という名の牢屋だった。
罪を贖う気持ちを持つまで、(そう認めるまで)外に出してはもらえなかった。
始めのうちは、必ず父が兄が伯父が、助けにくると信じていた。
(私が何をしたというの?ちょっと顔のいい男に会っていただけじゃない。誰かを殺したり謀反を起こしたりしたわけじゃなし!)
たかが不貞に、この仕打ちは惨い。
そう思って、助けを待った。
豆の浮いたスープも固い黒パンも、白湯の様な薄い茶も、始めは手を付けなかった。
豚も食べないような食事が信じられなかった。
空腹に耐えかねて、冷たくなった食事を食べた。食べるまで、次の食事は与えられなかった。
風呂もなく、水で顔を洗い身体を拭いた。シスターの法衣の下はごわごわの麻の下着だけで、毎日取り替えるのが救いだった。
神など、守護聖人など信じていない。本当に居るなら、何故自分にこんな仕打ちをするのか。ちょっとした罪に、これ程貴族の尊厳を奪うような日々を強いるなんて、ありえない。
(私はダンブルグの娘。いつか名誉回復して迎えが来るまで、私の矜恃を汚すものはない!)
従順な素振りを見せると、院長は少しずつ、部屋から出してくれた。
手枷を外す時間も少しずつ増えた。
(単純なこと)
ここを出る。必ず。
(そして名誉回復して、あの女達を見返してやるの!)
コツ、という靴音に、ミリアの思考が薄暗い部屋に戻った。
誰かいる。
「どなたかしら」
「ミリア」
若い女の声。
「ミリア。ビアンカ・アズーロです」
……ビアンカ。
「……私をこんな目に合わせた張本人。謝罪は受け入れてよ……ああ!命じられて迎えに来たのね!」
「……」
「お父様?それともお兄様かしら。直接動く訳にいかないから、平民の商会を使ったのね。やはり、頭が良いわ」
「ミリア。誰も来ないの」
ビアンカは、喉の奥がつかえたように、苦しい声を出す。
「誰も助けにこないの。貴女のご家族は離散したわ。何処にいるのか、商会の情報網にも引っかからないの。公爵は……監獄の中。処分を待っているの」
「……処分って……」
「処分よ」
ガタン!という音がする。ミリアが扉に身体をぶつけ、小さな監視窓から顔を見せる。
青白く頬がこけ、かさついた唇は割れて血が滲んでいる。それなのに目はギラギラとしている。
「そんなはずない!
エルンストが廃嫡されて、それで治まったはずよ。ほとぼりが覚めれば私は」
「本来なら、貴女は死罪でもおかしくないの。王家の情け、ううん、エルンスト様の情けなの」
「何が情けよ!こんな、こんな恥辱……」
死んだ方がましよ……
遠慮気味だった、ビアンカがそれを聞いてキレた。
「馬鹿じゃない?
ずっとチヤホヤされると脳みそもスカスカになるの?」
「何ですって?」
「死んだ方が?
貴女半径1キロ程度で生活してて、何にも見えてないのね。
自分が特別な人間だと思い込んで、義務と責任も覚えられないお馬鹿さん。
貴女の不貞は、国にとって、恥辱なの。妃は純潔が問われることくらい知ってたはずよね?王子が断罪したところで、廃嫡になるほどの過失は無かった。それを自分が背負って貴女の命を助けたのは王子じゃない!」
「……エルンスト……」
「公爵は、貴女を放置し、マルグリットを辱めた。その罪で死ぬのよ?貴女がコールを唆して、父親を使って、キャロラインの婚約者まで脅して、ただシャロンを傷つけたいだけで。コールも処刑が決まってるし、キャロラインの婚約者も懲戒処分。
貴女の罪はこれだけ重いの」
ビアンカの声には怒りと蔑みが混ざっていた。
「綺麗に着飾るドレスは誰が作って買ったの?怠惰に遊んでいる間、領民は何をしているの?
貴女が貴族だと言うなら、勿論これまで、恵まれない人達に慈善活動したでしょうね」
「慈善?」
「貴女、それもしてこなかったの?責任も義務も放棄して、努力も怠って、贅沢する事が貴族だと思ってたの?……呆れるわね。こんな女が王家に嫁ぐつもりだったなんて!」
「……言いたい放題できるのは、私がここにいるからよ。覚えてらっしゃい!ここを出して貰えたら、真っ先にアズーロ商会を潰してやる!」
そんな未来はこないのに。
この女、何処まで自分しか可愛くないの?
「ミリア。貴女は今、ただのミリア。姓さえない平民なの。
一生ここで、お父様やコールの魂を鎮めるのが、貴女が生かされた責任なの。この修道院から一歩も出ず、祈って、働いて、食べて、眠る。
それが貴女の責任よ」
「……貴女は贅沢して、私は豚のように生きろと?おかしいわよ、違うわ。違う違う違うーっ!」
ビアンカは、もう、この女に何を言っても通じない事を悟った。
「一応同級生だったから、説得しようと思ったけど、無駄ね。
そうやって世間を恨んで、見えないドレスを着て、白馬の王子様を待ってれば?
貴女が誰かに、ありがとうと言う時が来るのを期待してるわ」
そう言って、監視窓の扉を下ろそうとした。
「あ、ねえ、待って?怒ったわよね?ねえ、機嫌直して、私をここから出すように院長に……ビアンカ、ビアンカっ!」
ビアンカは、とても、
とても冷たい目で、監視窓を閉めた。
こんな女が国母にならなくて本当に良かったと思いながら。
(次は従業員だけ来てもらおう)
ミリアが『ありがとう』を言った時まで、ここを訪れるのはやめようと思った。
まだ、それからシリーズです。
ヴィルム殿下をどうしましょう
お読み頂いて、ありがとうございます。
ラストまでお付き合い下さい。良かったらご意見など頂ければ。




