断罪の夜会 その1 コール動く
さーいよいよです。
お待たせしました!
前夜祭二夜目
王宮の煌びやかな大広間は、二階からの大階段が二手に分かれ、優雅なアーチを描いている。吹き抜けの天井は、高く高く、シャンデリアの周りには、神と女神が聖獣と共に描かれている。
柱は金で蒔かれ、意匠を凝らした花が描かれている。柱一つ一つに違う花が描かれ、一つ一つに王家の紋章のレリーフが上に飾られている。
「ダンブルグ公爵様、ミリア嬢、ご入場」
今日のミリアは、コールが「夜の海の女神」と褒め称えた如く、青のグラデーションが見事なボールガウンドレスである。
柔らかなシフォンが動く度に揺れ、その生地に織り込まれた錦糸が光る。令嬢が歩みを進めると、輝かしい残像が残るようだ。
銀の髪は、このホールで一番の輝きを持っている。その髪を結い上げ縦にロールされた髪束を揺らす美しさに、会場からため息が漏れた。
「ご覧遊ばせ。ご令嬢の首飾り。
あれはプラチナではありません事?」
「まあ!貴重な鉱物と聞いておりますわ。プラチナの鎖に台座。石は見事なサファイアですわね」
「……それはそうと、ご一緒に入場された方はどなたですの?」
「しーっ。貴女いけませんわ。
あの方はマルグリットの……ですのよ」
「え。何故」
「今伯爵の不興を買って、本日はお詫びの手打ちがあるらしいわ
それなのにミリア嬢と……」
「まあ。見ものですわね。ほほほ」
(何とでも仰って)
ミリアは堂々と進む。
緋色の絨毯には、まだ王族は来ていない。マルグリットもまだの様だ。
(今宵、私は夜会の女王となる)
あと一刻程過ぎれば、シャロンを奈落の底に落とすのだ。
「ミリア」「敬称を」
「ミリア嬢」
コールは手を離し、
「お父様の力添えありがとう。
ダンブルグの御名の下、私は今宵の主役になるよ」
ミリアは軽くエスコートのお礼を返し、
「私の台本通りになされば、
今宵をもって、貴方は自由。
皆が貴方を見るわ。貴方の一挙一動に震えるの。ゾクゾクしますわ」
と、凄みを含んだ目で魅せた。
コールは頷いて
「では、後程」
と、知人の傍に去った。
(わあー、堂々としてるわねえーお二人さん)
(まさかのエスコートよね)
フラットとオージエのエスコートで正に『潜り込んだ』ザビーネとビアンカは、コソコソと扇の下でお喋りしていた。
ザビーネは相変わらず黒のドレスだが、黒のスワロフスキーが散りばめられたゴージャスなドレスだ。マーメイドラインというおよそ歳若い令嬢が着るドレスではないが、それを当たり前のように着こなしてしまう美人の変人である。ある意味、ミリアより美しい。
ビアンカはその名の通り、白のドレス。白といっても、裾に向かうと微かなピンクの花が縁取る。ベアトップのドレスだけど立派な胸はさほど強調されてないあたり、かなり腕利きの仕立て屋に誂えた様だ。流石アズール商会の力である。
「私達、オセロやん?」
と言うザビーネの一言でぶち壊しだけど……
物珍しい二人は、キョロキョロと見回しては、細部を発見。またお喋り。
せわしない令嬢達に、オージエとフラットは苦笑いだ。
「エルンスト殿下の補佐は如何ですか」
「うーん。それだけど、私はクビになりそうだよ」
(えっ?)
呑気な言い方だが、重大な話ではないか。
(エルンスト殿下の御身に何か?)
フラットはヴィルムの側近である。情報は多い。極秘で病の可能性と聞いている。
「エルンストが元気でね。
祖父は、私の留学を考えて居るらしい」
(それはオージエが切られるという事か?)
「あの」
その時
騒!と、大勢の声がいちどきに漏れる。
フラット達が振り返ると、大扉から現れたのは……
「マルグリット伯爵、シャロン・アネット嬢ご入場!」
(シャロン)
シャロンのドレスは箔打ちの銀のドレス。家宝のルビーが胸元で輝く。そのルビーと同じ位、赤く光る髪は、シンプルな上半身を彩る為に左右でまとめ、肩まで豊かに巻いて落とした。
そして、例の宝石の瞳。
この世に有り得ない宝石である。
「……ほおっ。あれがマルグリットの」
「デビューしたてだそうだ。これはフィッセル、ダンブルグに並ぶ美姫になりそうだ」
(うおう!シャロン、可愛い〜〜)
(理想的ね。どなたがコーディネートしたのかしら。あの子のいい所全開ね!)
そんなおとつーの横でフラットは、
(良かった。跡がない)
と、ホッとした。
さて。
王族のお出ましまで、あと僅か。
(あらっ、キャリーは?)
(見てないわ。まだなのかしら)
そのキャロラインは、王族が入場する側の通路で、まごまごしていた。
手には紙袋。ずっしり重い。
出で立ちとはおよそ不釣り合いな荷物でウロウロするのだから、最早不審者である。
閲兵や宮官に声をかけられる度に、王家の紋章を見せて黙らせる。
(エルンスト殿下……)
指示の通りに待機したが、後悔ばかりが募る。
本当にいいの?
エルンスト殿下の失策ではないの?
(いいえ。後ろ向きになっちゃ駄目)
私は私の出来ることをしてきた迄。
それがキャロラインじゃない。
「待たせたね」
「貴女がジュゼッペね」
キャロラインが振り向くと、
(……!)
豪勢な銀髪の男女二人が、同じような笑顔で現れた。
(フィッセル公爵とセリーナ!)
「やっとお会い出来たわ!
中等部では生徒会のおかげで対立したけれど、私は初めからおとつーの味方だったの!」
と、セリーナ嬢は、親しげにキャロラインに擦り寄り、
さっ、と重いはずの紙袋を奪った。
「あ、あの?」
国一番と称される淑女の振る舞いにまごつくと、その父の公爵は、
「……よく働いてくれたね。
ここからは王族の仕事だ、いいね?」
と、優しく娘から紙袋を受け取った。
(エルンスト殿下は……?)
フィッセルはキャロラインの肩に手を置き、
「君は素晴らしい女性だ。
彼の大叔父として心から感謝する。
……今宵は、王家の本気を楽しんで」
そう言って、娘を促し、
「後でね」
と、去った。
広間は、王族の入場を皆が待ち静まった。
楽団ボックスから、金管の甲高い音が鳴る。
音が止むと、緋色の絨毯が伸びた先の大扉が音もなく開き、侍従が頭を深く下げる中、まずセリーナと歳若い王子、王女が入る。
次に、ヴィルム王子
エルンスト王子。
フィッセル公爵。
王族が立位で礼をする中、
王太子とジュディッド妃が入場。
さらにその前を、黒衣の王妃が入場した。
王妃が座るのを待って、王族が座る。王太子だけが立ち、
「皆の者、ご苦労。
いよいよ戴冠式を控え、我は高揚している。今宵はこれまでの慰労を兼ね、皆の親睦を図り、新体制に備えて貰いたい」
そして、フィッセル公爵の一声で乾杯。
歓談が始まる。
王族の所に我先にと挨拶に向かう貴族。一応の序列を守り、公爵家、旧家伯爵家、と、続く。
その跡は、わらわらと挨拶や談笑が混濁した。
ヴィルム殿下は、妙なる微笑で様々な挨拶を受けながら、目は時折ホールを見遣る。
先頭で挨拶に来たミリア。
あの清純さが見かけだけとは恐ろしい。兄がにっこりと笑顔を返したのは、流石私の兄だと、冷えたけれど。
向こうに居るのは、両親にのみ挨拶したシャロン。マルグリットは妙齢の私や兄には会わさないつもりだな。
今日も可愛らしい。あれは国一番の美人になる。後で、踊りに誘おう。
後で。
全てが終わってから。
全て。
調和の取れたざわめきの中、ホールの一角に緊張が走った。
(おや)
空気が動いた所を王子は見る。
王子の周りも振り向いてそちらを見た。そこは。
(成程)
コールがマルグリット伯爵とシャロンの所に向かっていた。
伯爵はシャロンを守るように、への字口で立っている。シャロンはと言うと、
(過保護だなあ)
近くのザビーネとビアンカが抱きついて守る。
(さて、ローランはどうやって和解するかな?)
王子は成り行きを見守る事にした。
ローランが動いたのなら、事は、その直後になるだろう。
(ローラン。兄上。
お手並み拝見)
「ご機嫌よう。マルグリット伯爵
そして、シャロン」
コールは黄金の髪を後ろで結び、長い裾の青い上着を翻し、仰々しい挨拶をした。
誰もがこの挨拶を伯爵が受ければ、それで和解が成立すると、成り行きを待った。
しかし。
「シャロン!
お前のような多情な女は、金輪際御免だね!
私、コール・ローランは、
シャロン・アネット・マルグリットとの婚約を」
そして、
不作法にも指をさして告げた。
「破棄する!」




