シャロン 生徒会の仕事をする
「ブノアさん。この費目に重複がありませんか」
生徒会室で、シャロンが前会計に尋ねる。
「……ある。直せる?」
「お任せ下さい」
「凄いね。速いね」
「ブノアさんのおまとめ方が的確だったからですわ」
シャロンがそう言ってにっこりすると、無口なブノアの耳が赤くなる。
生徒会新体制による生徒総会の資料作成が本日のミッション。
会計監査の学長に提出、サインを頂くために、シャロンは漏れのないよう作業に没頭する。
その向かいでは、アンリが活動計画についてアルバーンと詰めている。活動報告はアルバーンがまとめ上げ、すでにアンリのチェック済みだ。
そんなテキパキとした左右の仕事ぶりをヴィルムが楽しそうに眺めている。
そう。
眺めている。
「殿下。働いて下さい」
アンリが言うと、
「私は最終チェック担当だからね」
「じゃあ既存の書類を整理して下さい」
「うん。その大仕事は後日アンリ、君としようね」
そして、悠然と座っている。
(全部させる気だな)
心の中でアンリはため息をついたが、再びアルバーンと相談を続ける。
「殿下。ファイル管理について私に考えがございます。分類方法を変更しようかと」
シャロンが顔を上げてヴィルムに伝えると、
「そう?じゃそれが終わったら、その方法について私に教えてね」
と、嬉しそうにシャロンに即答した。
そんなシャロンとヴィルムをちら、と見るアンリ。
「お疲れ様。今日はここまでにしよう」
アルバーンが宣言するので、皆は、はあっと手を離した。
「私、お茶を入れましょう」
シャロンが立つと、
「手伝うよ」
と、アンリが続く。
そんな二人をにやにやとヴィルムは眺める。
ヴィルムは愉しくて仕方がない。
母国語での学園生活。
同じクラスに、生徒会役員と、あの乙女通信のキャロラインがいる。
それぞれ、とんがった特性と資質を持つ強者達だ。
そして、求めれば、学年以上の教授をくれる教官達。学びの質はサマルカンドより数段高い。
そして……
「会長、お疲れ様」
「……すまないね、ありがとう」
「殿下、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
給仕してくれるシャロンに微笑みを返す。
(シャロン。綺麗になった。
デビューしたと聞いた。それがきっかけなのかな。)
王宮で会った時よりも数段美しい。見た目だけでなく、表情やしぐさ、佇まい、そんな綺麗な空気を創るようになっている。
「マルグリットさん、君、眼鏡は?」
アルバーンが今更の質問をする。
「あ、今レンズの慣らし期間なんです」
シャロンが答える。
「レンズ?」
「瞳に直接つけるオーダーの小さなレンズです。アズーナ国の技術だそうです」
見えますか?と、アルバーンに顔を近づけて目の中を見せようとするので、アルバーンはぎょっとしてドギマギする。
「ああ、本当だ。薄いね」
くいっとシャロンの顎を自分に向けて、ヴィルムは確認。
宝石の瞳に丸いレンズが光線で縁のみ光って見える。
「でしょう?痛くないんですけど、装着時間に限りがあって。家では眼鏡です」
「どうして?」
「え?」
ヴィルムが張り付いた笑顔のまま、繰り返す。
「どうして眼鏡じゃだめなの?」
「あ、その」
(夜会のドレスに眼鏡は不釣り合いですわ。私のつてで、レンズをお買い求めなさい。いい医師ですから健康上の問題はなんらございません。
せっかくの美しい瞳を隠したままなんて、信じられませんことよ)
鬼軍曹セリーナの鶴の一声、とは言えない。勢力争いのせいで、フィッセルの令嬢と懇意にしているとは、広言できないからだ。
「駄目だよ」
「は?」
「無防備に、こんな綺麗な目を男に向けちゃダメ」
「はあ……」
ヴィルムの構い方に、アンリは少々イライラする。
「殿下。いい加減に手を離して下さい。シャロンは婚約者のいる身ですよ」
「おや」
アンリの諌言にヴィルムは大袈裟に手をぱっと離して
「呼び捨てしているアンリに言われたくないね」
「私はシャロンの学友です」
「ふうん」
ヴィルムは愉快そうに
「ね、シャロン」
と、再び指でシャロンの顎をくいっと上げる。
「………。」
無防備な表情と絶対表面通りでないヴィルムの笑顔。
「ね、私とこうやって向き合うとドキドキする?」
甘い声と蕩けそうな微笑みで、シャロンに向き合うヴィルム。
シャロンはほんのり頬を染めて
「ドキドキ、します」
と、素直に答えた。
「じゃ、さ、コール・ローランとは、どう?」
「もちろん!ドキドキ、します」
「じゃ、アンリと踊ったときは?」
「殿下!」
アンリの制止などかなうはずがない。
(デビューの時のワルツ……)
「ドキドキ、しました」
その返事に、アンリは、かっと赤い顔でそっぽを向いた。
ぱん
と、ヴィルムは手を叩いて言う。
「そうか、分かった。ありがとう」
そして、嬉しそうにヴィルムは、ぽん、とシャロンの頭に手を軽く置き、
「シャロン。
君、まだ、男を手玉に取るのは早いから、男にその瞳を見せちゃだめ。
眼鏡に戻して?」
と、正面から《お願い》した。
(ほぼ、脅迫だよ)
アンリがそう思って、アルバーンとブノアを見ると、
うんうん、と首を振る二人がいたので、ビックリした。
「では、御機嫌よう」
シャロンが、車寄せまで送るというアンリを伴って部屋から出ると、
ヴィルムは
「どう思う?アルバーン、ブノア」
と、振った。
「何が、ですか?」
石頭の回りは遅い。
「あの子、自分の魅力に頓着してない。男が男だという感覚が薄い。だから、素で」
胸にナイフを刺すポーズで
「男心を刺すんだよね」
うんうん、とアルバーンとブノアは頷く。
この二時間ばかりで、二人はシャロンに転びかけている。
「そして、まだ、本当の恋を知らない」
ヴィルムは続けた。
「だから、婚約者であろうとアンリや私であろうと、狼モードにドキドキしているだけなのさ」
(コール・ローランを少し調べなくてはね……)
「殿下。貴方はあの子をどう為さるおつもりですか?婚約していると申したのは殿下ではありませんか」
アルバーンは真面目にストレートに突っ込む。
その直球にくつくつと、ヴィルムは笑って、
「さて、どうだろうね。一つ言えるのは」
更にヴィルムはニヤリと笑みを深めて、
「私の初恋の君が幸せになるためなら、何だってするって事だ。
私の幸せ、ではなくね」
と、告げた。
「だから、アルバーンもブノアも、シャロンは妹だと思って諦めてね?」
と、軽くいなした。
「さて、私も戻ることにしよう。
アルバーン、君の議案書の2頁目3行、誤字がある。
それから文の捻れを直して。
ブノア、会計報告の教授会支援費の執行費目が一つズレて数字が記載されていないか?
では、御機嫌よう」
と、ひらりと体を返して護衛が開ける扉から出ていった。
その頃馬車止めまでの道で、
「アンリ、眼鏡をかけた方が、いいでしょうか」
と、素直に尋ねたシャロンが、禁止された〈男への覗き込み〉をやらかし、
「わっ!私にはっ!どちらもシャロンですから!」
と、アンリを戸惑わせていた。
その様子を木陰から見ているミリアとその取り巻き達には気づかずに。
ブックマークありがとうございます。
星やブックマークが増えると励みになります♡




