変化 前向きになります!
コールは屋敷に帰ると自室の寝台に飛び乗って思い返していた。
とんでもない話だった。
そう裕福でもない子爵の次男ではあったが、自分には資格がある。
この王国で幸福になる資格だ。
平凡な両親からは予想できなかった美貌を持って生まれた。女子なら、傾国の姫と言われたろう。
幼い頃は、じっと見つめ笑顔をみせるだけで、チヤホヤされた。成長するに連れ、無論、体躯も程々に鍛え、己が美的感覚に沿うよう努めてきた。
人の中で愛されるには、外見だけでは敵を作る。だから、年上にはおもねり、年下や女性には優しく接し、同級生には力関係を把握しながら立ち回る。それでも嫌ったりやっかんだりする人間はいるもので、その為に力のある味方を作り、必ず自分に非のないような言動に注意した。
慣れてしまえば、息をするように立ち回れる。
それを自覚した時には、学園の人気者として名を馳せていた。
嫡男ではないので、成人後は自立の道を歩まねばならない。
そこそこ剣はふるえるし、何より見た目がいい。所作も優雅になるよう努めてきた。
ひがみもあるから王子や国王の近衛にはなれなくとも、奥の近衛程度は狙えるだろう。大きな戦がおきなければ、セレモニーや外遊の際は、広告塔として重用されるかもしれない。
そうなれば、高位貴族の娘や奥方は放っておかない。アバンチュールの機会は増える。妃だとてその身をもて余せば……
また、ひょっとしたら、金満な未亡人あたりが、パトロネスになって贅沢をさせてくれるかもしれない。
そんな未来を描いていたのだ。それが。
北の領主だなんて……
しかも、あの器量が妻だと?
「そんなもの何とでもなるじゃないか。嫌なら王都で暮らせばいい。」
「どうやって?」
処世術は自分より上だと思える兄が入れ知恵をくれる。
そうか。
あの娘を領地に縛りつけ、離れて暮らせばいいのか。
いいじゃないか。
描いた未来に家族はないかもしれないが、膨れた財布を保証されて悠々自適な都の暮らしが待っている……
(でも、あれじゃなあ)
何とも貧相な少女。
瓶底嬢。
男の自分ですら、肌や髪の手入れをしているというのに……
それが。
艶を含めて巻いた髪に、糊のきいた制服
何より、あの瞳
角度や光の反射で、深い青から緑にまで移ろう大きな虹彩に
長い金茶の睫毛が縁取って
整えられた金茶の眉はその瞳をさらに際立たせ……
正直、美しいと
魅力的だと胸にきゅっときた。
(俺の手腕にかかっていると……)
あの瓶底嬢が、俺の為に何とか装っていた事に、少し、少しだが、心が動いた。
ローランは侍女を呼んで、
「街の花屋で適当に見繕ってくれ」
と、命じた。
「お嬢様、ローラン家よりお届け物でございます」
執事のロイが小ぶりな花束を掲げてきた。
「コール様?」
金茶の紙に包まれたブーケは、深い緑の葉に白い薔薇の蕾が瑞々しい。
カードは、なかった。
「お嬢様の髪のお色に、可愛らしい蕾の薔薇。お嬢様がこれから大輪の華となる事をお伝えくださったのでしょう」
「まあ……」
流石プレイボーイ。乙女心を熟知している。
シャロンは頬を染め、そんな主人を見て、ロイが続ける。
「本日お戻りになったお嬢様を拝見して、正直驚きました。まるでお亡くなりになった奥方様によく似ていらして。
……私は深く自分を恥じました。
僅か一晩で、お嬢様を変えてしまったジュゼッペ様方に叱責された気がいたします」
「ロイ。貴方がいたから私は父と離れていてもここで暮らせているのよ?私の大事な家族です。ロイにはロイの役割があります」
シャロンはユーナをベルで呼び、ブーケに相応う花瓶を指示した。
「私、学ばせていただいたの。
たかが皮一枚。美醜の差なんてそんなもの。
でも、卑屈さや劣等感はにじみ出て醜くさせるのね。
背筋を伸ばして、私は私と、自分を信じる事が大事なのね。
それをお友達から教えていただいたわ」
「素敵なお考えです。
ローラン様がお嬢様の魅力に気が付かれたのも、そのお考えがあればこそ。
ですが、お嬢様、ユーナ」
ロイは、ブーケを持つユーナも呼び止めて
「私もこの者も、北の田舎育ちで洒落た事に頓着してなかったのも、お嬢様を苦しめた大きな原因だと恥じたのです。
どうか、日中お嬢様が学業に勤しんでいる時間、ユーナをジュゼッペ様の侍女殿に学ばせる事をお許し頂けませんか」
ユーナは、成り行きをじっと聞き入っていたが、その言葉に大きく頷いて
「わたし!習いたいです!
もっともっとお嬢様をお可愛らしくしたいです!
伯爵家の御令嬢に相応しい侍女になりたい、です!」
と、訴えた。
「ロイ、ユーナ……」
シャロンは何という幸福な1日だろうと感激だった。
友が出来、本気で守ってくれ、これから成長すると言ってくれ、
丸ごと受け止めてくれた。
そして、今、家人が本気で自分のために動こうと。
コール様まで、花を……
「ありがとう。貴方達が私を愛してくれているのが本当に嬉しいわ。
私も頑張って学ぶから、宜しくね」
ありがとうございます、と言う二人に、頷いて、
礼状を書かなくては、と思った。
キャロラインとザビーネとビアンカと
マリーさんに
そして、
(コール様にお礼を書こう)
シャロンはいつも淡々と書類を見たり書物を読んだりする書斎で、
華やかな気持ちで、いそいそと品の良い便箋を選んでいた。
翌日から。
シャロンに対する嫌がらせは鳴りを潜めた。相変わらず親しくする友達は居ないものの、空気が変わった。
天気の話しかなかった教室で、
「あらマルグリット様、その髪型いいですわね」
「侍女が新作だと。私には何処がどうなっているか見当もつきませんわ」
「数学があんなにお得意なのに、マルグリット様にもお分かりにならない事があるのねえ」
そんな会話もできるようになったのだ。
周囲にすれば、変わったのは自分達ではなくシャロンの方だった。
ギスギスして、他人を受け入れず、時には自分達のお喋りを下世話な話と蔑んでいるのでは、というシャロンと比べ、今のシャロンは、柔らかい。
話しかければ、短いながらも素直に返してくる。笑顔で。
相変わらず瓶底眼鏡がトレードマークだが、その下に珍しい灰色の瞳と七色の虹彩が潜んでいると思うと、
奥ゆかしいと感じだしてしまうのは勝手な考え方だが、そんなものである。
しだいにシャロンの瓶底嬢と言う呼び名は、同級生からは消えた。
そして博士と言う呼び名の、尊敬だけが残った。
六月も進み、本格的な夏がもうすぐそこに来ていた。
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