第二話 腹か首をくくれ
「何のつもりだよ?」
パッガスが正面に座るティッグ大佐に問いかける。
最近は感情を露わにしないように努めているパッガスにしては珍しく、怒りが言葉の端々に浮かんでいた。
無理もない、と後ろに控えるエイルはさりげなく部屋の中を見回す。
ここはパッガスの家だが、彼を慕う子供達が丁寧に作った家具がすべて外に放り出されて簡素な折り畳み式の机と椅子が置かれただけの面会部屋になっている。
家の外にはリニューカント執政軍とダックワイズ冒険隊がたむろし、村の畑で育てていた作物はサウズバロウ開拓団により取り除かれて綿花などに植え替えられているようだ。
ティッグ大佐が鼻で笑う。
「口の聞き方がなっていないガキだ。この駐屯地に事前に連絡もなしにやってきたのは貴様だろう。何の用だ?」
明らかに挑発している。
案の定、パッガスは机を叩いてティッグ大佐を睨みつけた。
「駐屯地じゃねぇよ! 俺たちの村だ!」
「またそれか。この無人の遺跡に我らが到着し、駐屯している。実に奇妙な事に、畑は青々として貧相ながらも朽ちていない家具が雨漏りもない遺跡の建物に存在したがな。はっはっは、エルナダの古代文明は凄いとは思わないか?」
「全部承知の上で占拠してるって事かよ」
馬鹿にして笑うティッグ大佐に、パッガスはイライラを募らせる。
薬の邪神ムガジダの襲撃を受けたパッガス村は足止め役のエイルを残して住人が全員避難した後、目的を達したエイルもパッガスたちの後に続いて村を出た。
邪神ムガジダは同じく邪神であるラフトックを復活させて共にパッガス村を出て行き、その後にパッガスたちが村に戻ってみれば、リニューカント執政軍とダックワイズ冒険隊の連合軍がすでに村を占拠していたのだ。
立ち退いてもらえるよう交渉するこの場で、連合軍の指揮を執るティッグ大佐は最初からパッガス村の存在そのものを認めようとしていない。
ティッグ大佐はパッガスの主張など最初から眼中になく、からかって遊ぶ事にも飽きた様子で腕を組んだ。
「占拠? 我々は駐屯しているだけだ。貴様らこそ何のつもりだ。我々をこの遺跡から追い出して何を企んでいる?」
「ここは俺たちの村だって言ってるだろうが!」
「やれやれ、孤児がいくら群れたところで村を作れるわけがないだろう。どんな境遇だったかしらんが、安住の地を求めるあまり妄想に取りつかれたか。哀れな事だな。現実をみたらどうだ?」
「いい加減にしろよ、お前!」
腰を浮かしたパッガスにティッグ大佐の護衛たちが待ってましたとばかり武器の柄に手を掛ける。
だが、戦闘が勃発するより早くエイルがパッガスの肩を押さえた。
「パッガス様、安い挑発に乗るのは感心しません」
「けどな、エイル――」
怒りが冷めるはずもなく振り返ったパッガスだったが、エイルの表情を見て自分が失態を演じている事を遅ればせながら理解し、吐き出すようにため息をついて椅子に座り直した。
詰まらなそうにパッガスを一瞥したティッグ大佐はエイルへ目を向ける。
「エイルといったか。いい女じゃないか。ありもしない権利ばかりを主張するそこの詐欺師もどきの妄想家など見限って、俺の下についたらどうだ。可愛がってやるぞ。公私ともにな」
体目当ての下品な視線にエイルは肩を竦めて呆れたように返す。
「下っ端に付く気はございません。私は偉い人に褒められたいんです。あなた程度では満足できませんので、他を当たってください」
「……妄想家の下も狂人ばかりか。話にならん」
計らずも一部真実を言い当てたティッグ大佐を無視して、エイルはパッガスに言い聞かせる。
「相手はリニューカント執政軍のトップにもなれない小物です。付き合う必要もありません。向こうの考えが見えた以上、この交渉は平行線ですし、時間の無駄でしょう」
「はぁ……。エイルの言う通りだな。これ以上話していても埒が明かない。一度帰るか」
「――警察権を持つ我々が詐欺師を帰すと思うのか?」
ティッグ大佐が鼻で笑って片手をあげると、護衛の兵の一人が笛を吹いた。
途端に外に兵が集まってくる。
「大人しく投降しろ。そうすれば、女の方は生かして――」
ティッグ大佐が言い切るより早く、パッガスが組立机を蹴りあげた。
「行くぞ、エイル!」
「了解しました」
パッガスの呼びかけに答えるより早く床から生えたゴーレムの腕がティッグ大佐の護衛を殴り飛ばす。腐敗組織といえど訓練は積んでいるのかギリギリで剣を盾にしたようだが、部屋の中での護衛という事で軽装の兵は激しく壁に叩きつけられた衝撃で昏倒した。
ティッグ大佐が椅子を蹴るように立ちあがって剣を一閃する。大佐の地位に着くだけあって見事な抜き打ちだ。
パッガスに蹴り上げられて宙にあった組立机がバターのように真っ二つに斬り裂かれる。
だが、すでにパッガスとエイルは外に出ていた。元はパッガスの家なのだ。間取りを知っている分、行動が早い。
ティッグ大佐が窓から外を覗けば、油断したダックワイズ冒険隊の隊員がゴーレムに殴り飛ばされて宙を舞うところだった。
「きたねぇ蝶だな」
ティッグ大佐は呟いて、煙草を取り出し火をつけた。
※
リニューカント執政軍とダックワイズ冒険隊の即席連合軍は連携がまるで取れておらず、パッガスとエイルは最小限の戦闘で切り抜けて村の外の森へと逃げ込んだ。
「エイル、無事か?」
「はい。ただ、魔力が心許ないですね。あらかじめ、ティッグ大佐が村の土に魔力を混ぜるよう指示を出していたと思われます」
「エイル対策か。軍人だけあって土魔法の封じ方を知ってるんだな」
「そのようです。砦の壁も補修されていました」
「土流なんたらか?」
「いいえ。土流魔法戦術を理解しての補修ではありません」
エイルの報告を聞いて、パッガスは歩き出す。
周囲の索敵をしながらエイルはパッガスの後に続いた。
「いくらなんでも、リニューカント執政軍とダックワイズ冒険隊の連合軍相手に戦って村を取り戻すのは難しいな」
どちらも、エルナダ大陸でまとまった戦力を運用できる二大勢力だ。彼らを上回る戦力を集めるのは並大抵のことではない。
「エイル、連中が俺たちの村を占拠した理由ってなんだと思う?」
パッガスの認識ではパッガス村はリニューカント執政軍が権力に任せて占拠するほど魅力のある場所ではないのだろう。
エイルは淡々と事実を告げる。
「防衛拠点として活用するためだと思われます」
「ただの村だぞ?」
「邪神ラフトックの封印、三角教過激派勢力を返り討ちにし、邪神ムガジダと麻薬中毒の教会兵を相手に多数の損害を出させた砦であり、内部には畑と水があり、周囲は魔物が住まう天然の要害です」
さらには、最も近くにある街にリニューカント執政軍の拠点の一つがある。
パッガス村は非常に価値があるのだ。
「半分以上はエイルの功績な気がする」
「お褒めに与り光栄です」
本当にうれしそうな顔をするエイルにパッガスは内心ため息を吐く。
エイルに文句を言うつもりはない。彼女がいなければ、パッガス村が成立したかどうかも怪しいのだから。
「村を拠点として利用するつもりなら、あいつらが出ていくって事はまず考えられないか」
「ティッグ大佐やその側近が街に戻る事はあるでしょうが、常駐軍は滞在するでしょう。畑もありますから、ダックワイズ冒険隊に任せて恩を売ると考えられます」
「どっちにしても、正面から戦って取り戻すのは無理だろうし、どうするかな」
パッガスが困り果てて空を仰ぐ。
「三角教がいないんじゃリニューカント執政軍を止められる団体はないし、そこにダックワイズ冒険隊とかも加わっているんじゃなぁ」
打つ手なしだと言いかけたパッガスの後を引き取るように、エイルが口を開く。
「新勢力が台頭してくるのを待つか、さもなければ……」
「自分たちで新しい対抗勢力を作るくらいしかないな」
エイルが言いよどんだ方法をパッガスが流れるように口にすると、エイルがコクリと頷いた。
「――かしこまりました」
「……え?」
何をかしこまったのか一瞬わからずにパッガスが疑問符を口にすると、エイルはにこやかに続ける。
「パッガス様が新勢力を作り上げ、エルナダ大陸の覇者となられるその御覚悟を確認できて私は安心しました。全力で動きましょう」
「……今の誘導尋問じゃね?」
「かねてよりリニューカント執政軍に対立していたからこそダックワイズ冒険隊やサウズバロウ開拓団に与していた者達が離反しているはずです。手始めに彼らを取りこみましょう」
「なぁ、さっきの誘導尋問だよな?」
「あぁ、ついに大陸の覇者。国家元首に褒められる時が来るのですね。実に楽しみです」
「聞こうぜ、エイルさん?」
納得はいかなかったが、パッガスにもエイルの言う事は理解できる。
今や名実ともにエルナダ最大勢力となったリニューカント執政軍に喧嘩を売る新興勢力が出てくるのを座して待つなど、何年かかるか分からない。
それくらいならば主体的に動いた方がいいという理屈はパッガスも理解できる。
「はぁ、覚悟を決めるよ」
パッガスは諦めたように言うが、表情はどこかすっきりしていた。
「振り回されるのが嫌で村を作ったのに何も変わってないんだ。それなら、国家元首だろうが何だろうがなってやる」




