第一話 反乱の芽
魔物の皮を縫い合わせて作ったボールに弾性の付与魔法をかけたミチューは、良く日焼けした子供たちの中に両手で放り込む。
キャーキャーと子供特有の甲高い声が上がり、蹴り上げられたボールがポーンと空に打ちあがる。
空を舞うボールを見上げて、十日前にパッガス村の砦の壁を荷車で越えた時のことを思い出して口を押さえたミチューは、視線をボールから外した。
ここはエルナダ先住民の村だ。木造家屋が立ち並び、広い農作地を持つのどかな村である。
十日前、邪神ラフトックの封印を解いたとの濡れ衣を着せられたミチューはほとぼりが冷めるまで身を隠そうとこの村に身を寄せた。得意の付与魔法で子供たちの遊びに幅を持たせたりしているうちにすっかり溶け込んでいる。
とはいえ、いつまでもこの村の厄介になるわけにもいかない。そろそろ街へ戻って情報収集後、事情を理解してくれそうなティターあたりと接触しようと考えていたのだが――
「みちゅ姉ちゃんあそぼー」
足に抱き着いてきた女の子にスカートのすそを引っ張られて、ミチューは笑顔で応じる。
「いいよー。何して遊ぶの?」
「おさいほう」
「お裁縫ね」
女の子が向かう先で年齢も様々な女の子が刺繍をしている。遊ぼうと声を掛けられたが、あの刺繍は嫁入り修行の一環だろう。
「お邪魔します」
ミチューが声を掛けると先住民語で何かを笑顔で返した年かさの女の子が布と針と糸を渡してくる。
本国に居た頃、ミチューも裁縫を練習していた。針仕事は基本的にメイドの仕事という貴族の家柄に生まれたミチューだが、母が小物に刺繍するのが好きだったため良く付き合わされたのだ。
「ミチューさんの、むら? くに? ではどんな、えっと模様がある?」
片言であやふやながらもミチューに分かるように話しかけて来てくれる女の子に感謝しつつ、ミチューは地面に杖で図案を描く。簡単なものではあったが、エルナダ大陸にはない花をモチーフにしている図案は女の子たちの興味を引き、色などについて細かい質問を受けた。
まだ覚えきれていない先住民語も駆使しながら説明しつつ、ミチューは年少の子供達が針で怪我をしないよう見守る。
(居心地良いなぁ)
子供好きというわけでもないが、慕われて悪い気はしない。
特に最近は誤解から追われる事ばかりで今のように日常に身を置く事がなかった。半分以上自分でまいた種ではあるのだが、やはり疲れていたのだろう。
のんびりと刺繍しつつ、先住民語の勉強がてら世間話をしていると、女の子の一人がミチューの後ろを見て不思議そうな顔をした。
肩越しに振り返ると村の長老が立っていた。
「ミチュー殿、少々話がある」
円状に座って刺繍しているミチュー達を眩しそうに見ていた長老はそう声を掛けた。
「分かりました」
「みちゅ姉ちゃんいっちゃうの?」
「少しお話して来るだけだよ」
引き留めようとする女の子の頭を撫でて、縫いかけの布を手渡したミチューはすでに歩き出している長老の後を追った。
村の寄り合い所に案内されたミチューは長老の後から中に入って、居並ぶ面々を見て足を止めた。
村の顔役たちがずらりと居並んでいる。これから村にとって重要な相談事をするらしい。ちらほらと見慣れない顔もあるが、近隣の村の顔役だろうか。
そんな場所に自分が呼ばれた事に嫌な予感を覚えつつ、勧められた茣蓙へと座る。
「皆の者、今日はよく集まってくれた」
長老が話を切りだし、場の全員の顔色を窺うように見回した後、ミチューに視線を向ける。
「まずは、ミチュー殿についてだ。これに心当たりはあるだろうか?」
そう言って長老が掲げて見せたのは、ミチューの似顔絵が描かれた手配書だった。
「ふむ、心当たりはあるようだ。なぜ笑うのかまでは分からんが」
長老の言葉に、ミチューは口元を手で隠す。
そっと周囲の反応を窺ったミチューだったが、人々の表情を見て困惑する事になった。
村の顔役たちは特に問題視した様子が無いのだ。笑っている者すらいる。
「邪神ラフトックを復活させた、ね。事実か誤解かは分からんけども、ミチュー殿に悪気があったとは思えんね」
「うちの孫娘が懐いとるんだ。まぁ、悪い人ではあるまいよ」
「それで、長老、その手配書がどうかしたかね?」
早々に話を進めようとする顔役たちに、ミチューは困惑を深めた。
いつもなら、ここで捕縛されかかるも上手いこと逃げ出して、どうやって見返そうかを考える流れだ。
だというのに、この場の人々はミチューを頭から信じ切っている。
見返す以前に誰からも疑われない状況にミチューは首を傾げた。
ミチューの困惑に気付いたのか、長老が声を掛ける。
「ミチュー殿、我々は普段のあなたを見ているのだ。疑うはずがなかろう。……なぜ残念そうな顔をする?」
「いえ、こちらの話です。それに、考えようによっては悪い事でもないですし。でも、いま私に手配書の事を知らせたのは何故ですか?」
問題視していないのなら手配書について触れる必要もないはずだと思い、ミチューが訊ねると、長老は他所の村の顔役を見た。
「リニューカント執政軍から税の取り立てが来ている。どこの村にもな。それも、貨幣での納税しか認めないそうだ。おそらく、我らの土地と畑を狙ってのものだろう」
「いくら私でも、村の税を肩代わりできるほど持ち合わせはありませんよ?」
「肩代わりしてもらおうなどとは思っとらんさ。今回を凌いだとて、次回の取り立てを乗り切る術がないのだからな」
長老はそう言って、ミチューに本題を切り出す。
「ただ父祖伝来の土地を奪われ滅亡するよりも、我らは抗う道を選ぶ。だが、闇雲に反旗を翻しても勝てる見込みがない。そこでだ。ミチュー殿、本当に邪神ラフトックは復活しているのか、それを聞きたいのだ」
邪神ラフトックを味方に引き込めるのならばリニューカント執政軍に対抗する戦力となり得るとの考えらしい。
ミチューは頷いた。
「ラフトックの封印が解かれていたのは確かです。復活しているかどうかは目撃していないのでわかりませんけど、まず間違いないと思います。それに、薬の邪神ムガジダらしきモノも私は見てます」
「ムガジダまで……」
長生きしているだけあって邪神の名前も特徴も知っているらしく、幾つかの質問をミチューにした後で確信を深めた長老は腕を組んだ。
「二柱の居場所さえ分かれば、あるいは……。しかし、協力してくれるかどうかも分からんか。ラフトックであれば、絶滅した植物の種でもあれば協力を約束してくれるかもしれんが」
「……あのー」
考え込む長老に、ミチューは声を掛ける。
「ラデン花の種って知ってますか?」
「ラデン花? 誰ぞ、知っている者はいるか?」
長老が周りを見回して訊ねると、他所の顔役の一人が片手をあげた。
「魔物を使役する秘薬を作る材料のはずだ。媒介する虫が絶滅した故、花も消え失せたと聞く」
「その種を持ってるんですけど、使えますか?」
「本当に持っているのか? 確かに、それがあればラフトックの協力を得られる。そうでなくとも魔物を使役できれば心強いが」
ミチューは手荷物から小さな箱を取り出して蓋を開く。中には赤い布で包まれた種が十粒、収められていた。
他所の顔役はミチューが取り出した種を見て、頷く。
「伝承通りの形状。おそらくはラデン花の種だ」
報告を受けて、長老は居並ぶ顔役たちを見回し、号令を発する。
「ただちに二柱の行方を捜索せよ。また、我らエルナダの民を束ね、協力して対抗する仕組みを作る」
長老はそれぞれに役割を振って送り出した後、最後に残ったミチューを見た。
「我らは戦を始める。ミチュー殿、今ならば客人である貴女が村を出ていっても誰も咎めない」
長老が選択を迫った時、建物の入り口から舌足らずな声が聞こえてきた。
「みちゅ姉ちゃん、いるー? お話おわったー?」
待ちきれずに呼びに来たらしい女の子の声にミチューは立ち上がった。
「いま行くよー」
呼び声に応え、ミチューは長老を見る。
「私も協力します」
「よいのか? 同じ民族、祖国との戦となるが?」
「私を逃がそうとするくらいですから、皆殺しにするわけでもありませんよね? それに、私の利益にもなりますから」
「そうか。協力に感謝する」
「いえ、私をリニューカント執政軍に突き出したりせずに迎え入れてくれて、こちらこそ感謝しています」
頭を下げる長老にミチューも頭を下げて、その場を去る。
平静を装っているが、ミチューはスキップでもしたい気持ちだった。
(なんでこんな簡単な方法に気付かなかったんだろう。私が邪神を復活させていない事を証明できないなら、当の邪神に否定してもらえばいいんだ!)
邪神復活の容疑は晴れても邪神に協力しては異端者のレッテルが剥がれない。
だが、先住民の反乱に協力しつつ、移民たちの被害が最小限で済むように立ち回ればどうだろう。
少なくともエルナダ大陸を邪神の力で滅茶苦茶にする異端者とは見られなくなるはずだ。
三角教の権威も失墜している今、異端者だと思っていたミチューに助けられた人々はどんな目を向けてくるのだろう。
「あぁ、もう……」
想像しただけでゾクゾクと退廃的な快楽が胸に満ちる。
「みちゅ姉ちゃん楽しそう」
「うん、楽しいよ」
女の子と笑い合い、ミチューはこれからの事を考える。
まずは邪神を見つけ出さなくてはならない。




