第一話 ババを引いた男
金の髪の少女を探せ。
まるで標語のように、命令がエルナダ大陸中を駆け巡っていた。
おかげさまで、街中では金髪の女性を見かけない。出歩けばどんな因縁を付けられるか分からない上に、弁明の機会も与えられないだろうからだ。
探し回っているのが三角教だけではなく、リニューカント執政軍やGの兄弟といった三角教と対立関係にある二陣営である点も影響している。
自分が異端者ではないと確信できたとしても、『無関係の女性を捕えた』という攻撃材料を別の勢力に与えないよう内々に処理される可能性が高いのだ。
ティターは街を歩きながら、あちこちに立っている各勢力の見張りを横目に見る。
「実に妙な流れですね」
「なに?」
ンナチャヤがティターを見上げて訊ねた。逃がさないようにがっしりとティターの手首を掴んでいる。
「もうどの陣営も種そのものを探そうとしていない。結局、どこの誰が種を手に入れたのか分からないというのに、並行して探そうともしないのは妙な流れです」
金の髪の少女を探せ、とは三角教が言い出したはずだ。右に倣えでGの兄弟やリニューカント執政軍が動くのは、命令系統を考えるとおかしな話である。
「まるで、どこかが三勢力を裏で操っているようです」
可能かどうかは一度脇に置いて、ティターは路地を曲がり、隅でうずくまってぶつぶつと何事かを呟いている男に歩み寄る。
「ここにいらっしゃいましたか、クッフスタさん」
「――黙れ!」
和やかに声を掛けたティターに対して、ぶつぶつと呟いていたクッフスタは顔を上げて獰猛に歯を見せながら叫ぶ。
「貴様も私を馬鹿にしに来たんだな? そうなんだな!? ふざけるな! 私は失敗していない。種は私の管理下になかったんだぞ! なんで私が責任を取らされなくてはならな――」
まくしたてたクッフスタは我に返ったように途中で言葉を切ると、唇をかみしめて俯き、またぶつぶつと何事かを呟き始めた。
ティターはうっすらと笑みを浮かべながらクッフスタを見下ろして、再度声を掛ける。
「その通り、クッフスタさんが責任を取らされるなんておかしい。私はあなたが受けた理不尽に憤り、こうして調べているところなのです」
「……なんだと?」
ぶつぶつと呟いていたクッフスタが顔を上げる。
「それは本当か? 貴様は本当に味方なのか?」
「もちろんです。世の理不尽を知りながら見てみぬふりをする卑怯者にはなりたくありません」
「おぉ、おぉ、神は私を見捨てていなかった」
神に感謝するクッフスタにティターは手を差し伸べる。
「食事でもどうでしょうか? そこでお話をお聞きしたい」
※
パン屋併設の喫茶店でパンケーキと紅茶を前にクッフスタが語るところによれば、種を盗まれた責任を取らされる形で教会を放逐されたらしい。
「どこの誰があの種を手に入れたのか分からないが、今のところ悪用されている形跡はない」
「結局、あの騒動の元凶となった種の正体はなんですか?」
「そんな事も知らんのか。いや、隠していたのだから知らないのも無理はないか」
クッフスタは頭を振り、口を開いた。
「ラデン花の種だ」
クッフスタの言葉に反応を示したのは、甘味に夢中だったはずのンナチャヤだった。
「魔物操る」
「そっちの先住民は知っているようだな」
クッフスタがンナチャヤを見る。
ンナチャヤは警戒するようにクッフスタを睨んだ。
「絶滅した、聞いた」
「遺跡から持ち出したらしい。あの種子はとある魔物の角の粉末や蜂蜜と共に焼き固めることで、魔物を心酔させる効果を持つエルナダ先住民の秘薬が完成する」
「なるほど、武力でリニューカント執政軍に劣る三角教は、魔物を使って戦力差をひっくり返す目論見だったと?」
「ちがうな」
ティターの推測を真正面から否定したクッフスタはいくらか余裕が出てきたのか優雅に紅茶をすすると、説明を再開する。
「今の三角教はいくつかの派閥に分かれている」
「元々がラステ&メッティ教同盟ですから、それにエルナダ土着宗教派を加えて三派閥ですか?」
「いや、ラステ教とメッティ教にもそれぞれ派閥がある。エルナダ土着宗教を認めない過激派だ」
ラステ教、メッティ教は共に本国における二大宗教であり、歴史を紐解けば王権にも口出しが可能な時代があった。
今はその勢力を衰えさせ、宗教的な暴力性は鳴りを潜めて戒律もゆるくなってはいるが、未だに厳格な戒律を守ろうとする宗派も存在する。そういった宗派は扱いに困った上層部によりエルナダ大陸へ布教という名の島流しにされてきた。
「クッフスタさんはそう言った過激派閥から距離を置かれていましたよね。お酒も嗜まれると聞いたことがありますよ」
どこぞの高級店で盗み聞きしただけだが、さもクッフスタの事を良く知っているかのように親しげに、ティターは話す。
クッフスタは満足そうに頷いた。
「まぁ、私はそれなりに影響力があるからな。付き合いが増えれば、酒が駄目だなどとは言っていられない。神も柔軟性を尊ぶはずだ」
自分勝手な事をしたり顔で語ったクッフスタだったが、直後に表情を曇らせる。
「だが、今回私に種盗難の責任をなすりつけたのは過激派だ」
「ラステ教の、ですか?」
クッフスタはエルナダ三角教メッティ派に属している。となれば対抗派閥のラステ教に嵌められたのだろうと考えてのティターの問いに、クッフスタは首を横に振る。
「両方だ。ラステ教とメッティ教、両方の過激派が手を組んでいる。連中、エルナダの土着宗教撲滅を目的に協力し、邪神を復活させて土着宗教の危険性を世間に広く訴えかけようって魂胆だ」
エルナダ大陸の土着宗教は先住民の部族ごとに細分化されているが、エルナダ文明時代の流れを汲んでいるのがほとんどだ。
エルナダ文明は総じて人語を解する何らかの生物を神として崇めており、いくつかの国で戦争していた。戦時ともなれば相手国の神を悪しざまに罵って邪神と呼称するのも当然の流れで、土着宗教が崇めるほとんどの神が別の部族では邪神扱いされている。
ティターはラフトックを思い浮かべながら、クッフスタに訊ねる。
「邪神を復活させラデン花の種で心酔させ、操る計画ですか?」
「おそらくはな。だが、種は消え失せた。元々、種は三角教の上層部でも重要視されていた戦略物資だ。過激派はこれ幸いと本国にパイプを持つ優秀な私に責任をなすりつけることで自分たちが動きやすくなるよう手を打ったのだ。まったくもって、卑怯な奴らだ。貴様もそう思うだろう?」
「えぇ、本当に。卑劣な行いです。しかし、同時に侮れませんね。切り替えの早さも手回しの良さも。まぁ、クッフスタさんが生半可な輩に出し抜かれるはずはありませんからね」
「う、うむ」
鼻の穴を膨らませながら、クッフスタは上機嫌にパンケーキにナイフを入れる。
何とも扱いやすい御仁だと思いながら、ティターは続けて本題に入る。
「しかし、今話題の金の髪の少女、異端者とされるその少女はどういった経緯で追われているのでしょうか? 私はてっきり、その少女が種を持ち逃げしたのだと思っていましたが」
「その話か……」
先ほどまでの上機嫌が嘘のように冷めた顔をしたクッフスタは周囲をさっと見回した後、声を潜めた。
「その少女は種とは無関係だ」
「無関係?」
「言っただろう。過激派は邪神を復活させる事も目的の一つだ」
「金の髪の少女が邪神復活の鍵?」
「いや、邪神の復活を目撃したようだな。私も詳しい事は分からない。だが、過激派にとっては自分たちが邪神を復活させる場面を目撃した少女を生かしておくわけにはいかないのだ。土着宗教は危険だと世論を誘導したいのに、その危険な邪神を復活させたのが三角教だとばれてしまっては自滅にしかならん」
クッフスタの言葉に、ティターは努めて平静を装いながら紅茶のカップに手を伸ばす。
(三角教が自滅しかねないスクープ。ぜひ手に入れたい。ばら撒きたい!)
はやる気持ちを押さえつつ、ティターはクッフスタに訊ねる。
「先ほどの口ぶりですと、過激派はすでに邪神を復活させているようですね?」
「それを知る前に教会を放逐されたのだ。だが、あの種を巡る騒動の後、過激派の連中が帰ってきてから教会がかび臭くなったな」
「かび……」
小さく呟いたンナチャヤがティターを見上げる。
「村長に聞く」
「そうですね。邪神の正体もそれで掴めるかもしれません」
「先ほどから気になっていたが、その先住民は何だ?」
クッフスタがンナチャヤを指差す。
指差されたンナチャヤは胸を張った。
「妻!」
「……神は、産めよ、増やせよ、地に満ちよとおっしゃった。歳の差も、人種の別も、些細な問題だ。そう、我々メッティ派は考えている」
真剣な顔で言い切ったクッフスタに、ティターは苦い顔で言い返す。
「進歩的なお考えだと思いますが、ここでそれをおっしゃる意味が分からないという事で話を収めさせていただきましょう」
「いやいや、収めるなどとんでもない。私は祝福すると言っているのだ。しかし、これで安心した。過激派は共通の敵なのだな。私が元の立場に返り咲いた暁には、君たちの式を取り持ちたいものだ」
クッフスタは納得したようにうんうんと頷いた。




